第五十一話 謎の予約のはじまり
「つきわたり庵? これは? 和食処ですか?」
すると座敷ちゃんは『旅館』と書いた。
そこでスマホで検索してみたが出てこない。
なので、どんなところなのかも分からない。
「ここなら行くということですかね?」
こくこくと頷きながら、更に何か書いている。
『此の者共、此度は此の宿所に逗留仕らせ度く候
右の段につきては、一切の咎責、悉く我が許にて引き受け申すゆえ、 其方においては、何の憶念も抱かれぬよう願い上げ候
御面倒ながら、滞りなく取計らい下されば、忝く存ずる』
そしてなにやら、そこに判を押して紙を渡してきた。
(なんだ、長文も書けるけれど僕らが読めないだろうと気を使っていたのか)
「確かに、よ……読みづらい……で、これをどうすれば?」
持っていけとジェスチャーしている。
先に受け取った住所と地図で行きゃなんとかなるということらしい。
「先に電話予約とか」
すると全力でふるふると首を振っている。
電話すらない鄙びた(ひなびた)趣の宿ということか。
じゃあ、直接、行ってみてきいてみるしか方法はない。
しかし、そういう宿なら普通の方法では予約も出来ないわけだから案外うってつけかもしれない。
「助かります。じゃあ、早速、今からここに行って予約とれるか聞きに行ってきます。大丈夫だったら、報告しに来ますんで一緒に遠征しましょう」
座敷ちゃんは頷きながらも早く行けとやっているので、もらった紙を持って部室を後にした。
先に大洗に向かった姫子が様子を言ってこない。
やはり、なかなか難しそうだ。
「姫子、これから大洗に向かうんだけれど、そっちはどうだ?」
歩きながら聞いてみると「着地場所がなかなかなくって。問題なさそうな場所に降りて、その辺りの宿泊施設五件回ったけれど、どこも空いてない。もう少し探してみるね」
男女混合だから複数の部屋が必要なだけに苦戦は必至だった。
「こっちは、座敷ちゃんに教えてもらった旅館があるんで、まず、そこにいってみようと思ってる」
「えっ、座敷ちゃん来れるの? しかも、旅館を教えてもらった? どんなところなんだろ?」
「地図とか紹介状みたいなのをもらったんだけれど、海岸線沿いの場所らしいよ。なんなら合流して二人で行ってみるか?」
「そうするぅ」という声を聞きながらベータウォーを着地させた駐車場の場所辺りまで来たのだが位置が全然わからなくなってしまった。
意識して「この辺だったか」と探っても光学迷彩もかかっているので、やはり分からない。しかたがなしにベータに相談してみる。
「ベータ、認識阻害と光学迷彩を一時的に解いてくれないか」
『そのオーダーには承服しかねます。現状は目撃されることでのデメリットしか見込めません。したがって目撃される可能性がゼロに近くない限りは迷彩を解くことは出来ません』
「座席の場所が分からないんだよ」
『では、口頭にてナビゲーションします。今の場所から、そのまま真っ直ぐ十六歩歩いてください』
どうやら歩数や方向を指示することで着座までナビをするようだが、一歩の歩幅を意識すると、どうもいつもと違う歩幅になってしまったようだ。
『そのまま二歩下がってください。次に合図するまでその場でゆっくりと時計回りに回転してください。……ストップ。そのまま七歩前進してください』
なんだかスイカ割りゲームみたいだなと思いつつベータの指示通りに動いてみる。
『そこで九十度時計回りしてください。では、そのまま、ゆっくりと小さく五歩下がってください』
後ろに四歩下がったところで、かかとが何かにつまづいて、そのまま倒れ込んでしまうと、そこはベータの操縦座席だった。
座った瞬間に視界に座席やベータウォーが写り、海人はそのままコックピットに収納されていく。
『おかえりなさい』
海人は早速、座敷ちゃんからもらった住所と地図の紙をかざす。
「この場所に行って欲しい。それと、この地図の画像をアルファウォーにも送って欲しいんだ」
『了解しました。では指定場所まで自動で飛行します。到着予定は三分後』
流石に超早い。
もらった地図を改めて見ているうちに着いてしまった。
『指定場所の高度百メートルに到着しました。アルファウォー、左側九時方向より接近』
下を見ると海岸より三百メートル程の位置にある森で、車が一台通れるほどの細い直線路がある。
どうやら、そこに降りて海岸方向へロボットのまま歩けということらしいのだが、そんなことして本当に大丈夫なんだろうか?
「明日乃。今、姫子と合流した。これから宿泊先を探しに着地する。そっちの諸々の様子はどうだい?」
『お疲れ様。山瀬の様子は変わらず。他二人も家族と団らん。こっちは探査プローブを作るのが面倒くさくなっちゃったから地下に自動製造ライン作ったところ。これから生産だから東京二十三区程度をカバーするには一か月くらいかかりそう。それと、宿泊地がどう転んでも水着は明日、買いに行くんだから!』
どんなにテンパろうが水着を買う事だけは忘れないくらいに海が楽しみらしい。
「わかった、じゃあ明日の水着の買い物するためにも宿泊場所をなんとかしないとな。姫子、地図の通り、どうやらあの道に着地してロボットでの徒歩移動でいいらしいが歩くと地面が揺れて分かっちゃうから軽くホバリングしていこうか」
『うん、お兄、それは良いんだけれど、建物らしきものが全然見えないんだけれど、この手書き地図ってあってるの?』
「そうなんだよなあ。ベータ、この場所でいいのか?」
『はい。指定場所に間違いありません』
「だとさ。縦に並んでしか降りられないからアルファが後ろついてきてくれ」
『はーい』
ベータウォーが着地し、そのすぐ後ろにアルファウォーが着地するとすぐに数センチ浮いてゆっくりと木々の中の道を進む。
この辺にしては、珍しく背の高い樹が多い。
ライトを点けようと一瞬思ったが、変に目立つかもしれないのでモニターの増感で対処する。
すると前方に灯りがあった。
そのまま進んでいくと、急に車が数台置けそうなひらけた場所と共に二階建ての小ぶりな木造の旅館が現れた。
壁の白漆喰との組み合わせで、どことなく城っぽい雰囲気もある。
二体のロボットは建物から出来るだけ離れた場所で降着状態に変形して停止した。
アルファウォーから姫子がハンマリングミウスポーチをぶらぶらさせながら降りてきた。
「お兄、ここなの?」
真ん中にある玄関の上に潮風で色が変わったのか灰色がかった大きな木の看板があり、
【月渡しの宿 つきわたり庵】と書いてある。
座敷ちゃんの書いた旅館に間違いない。
「どうも、そうみたいだ。こりゃまた、なんともひなびた外観だなあ。ともかく、空きがあるか聞きに行こう」
玄関に近づくと深いひさしから吊るされているほんのりとした灯りがLEDではなく、本物の提灯とろうそくらしいことにびっくりする。
今ではあまり見なくなった模様が入ったガラスが嵌った玄関引き戸をガラガラと開けると土間となっている。
その奥の一段高くなった広い玄関床の真ん中に薄藍の羽織を着た三十代後半くらいだろうか、品のある女性が座っていた。
その女性は「いらっしゃいまし」と深々と礼をしたので、海人も恐縮して頭を下げたのを見て姫子も慌てて頭を下げた。
「お客様、よく当館をお見つけくださいましたね。お泊りでしょうか」
「あの、実は宿泊の予約をしたいんです。人数は……一応、五人で明後日から一泊二日の予定なんですが可能ですか?」
その旅館の女性は暫し考えた後、驚くべきことを尋ねてきた。
「お客様、今、お乗りになられてきた乗り物も当日は五つ置かれるのでしょうか」
その言葉を聴いて姫子が、すぐさま後ろ手でハンマリングミウスに手をかける。
認識阻害と光学迷彩の二重迷彩をあっさりと見破るのは、ただものではない。
海人も言葉選びが慎重になる。
「あれが見えるのですか? そして何に見えます?」
「はい、見えます。人の形をしたからくり人形ですね。あの……お客様。大変失礼とは思いますが、うちをどのようにして御知りになったのかをお教えいただけますでしょうか」
「あっ、忘れていました。これを」
と、座敷ちゃんにもらった推薦状のようなものをそそくさと出した。
女性は、それを受け取ると随分と驚いたようだ。
「あら! まぁまぁまぁ! 左様でございましたか。みいさとの! 重ねて失礼いたしました。わたくし、女将をさせて頂いております。ご宿泊は五名様ですのでお部屋は五つご用意できますが、如何いたしますか」
「わぁ! 聴いた? お兄! ひとり一部屋だって! すごーい!」
この夏休みギリギリでの直前予約で五部屋用意が可能と聞いて、料金を想像すると海人もさすがに尻込みした。
(ひとり最低でも二万だと十万だぞ。どうする⁉)
「え、あ、えっと、料金は……いかほどでしょうか」
すると女将は、微笑みながらあまり聞いたことがない条件を出してきた。
「宿代ですが、それはお泊りになられるお客様次第ですので、今、出すことが出来ないのです」
「えっ、それはいったいどういう……」
(これは、もしかして食事や風呂、何かを利用するごとに基本料金にどんどん上乗せされる仕組みで最終的には莫大な宿代になるとかなのか⁉)
「お客様が懸念されておられるのは、料金が天井知らずかもしれないということですよね。
手前どもの料金の算定方法は、当館にご宿泊されている間でのご経験がお客様の人生にどれくらいの影響を与えるかで決まりますのでご宿泊前での料金は決めかねるのです。ですので、まだなんともお伝えすることが難しいのです」
かなり難解な話になってきた。
予算やら覚悟やらが立てられない。
ともかく料金が宿泊後に決定することだけは理解出来たが。
「あの、では、せめて今まで宿泊されたお客さんの最低金額と最高金額だけでもザックリでいいんで教えて頂ければ、目安になるかもしれないので助かるんですが、どうですか?」
もめた場合の交渉材料にするつもりで聞いてみた。
女将は、思い出しながら宿泊料金の目安を話し始める。
「そうですね……一番、お安かった方は、一万二千円ほど頂きました」
それだと、この時期ならば五人で六万だからかなり良心的な方だろう。
「それでぇ、お高い方はおいくらくらいでぇ~」
姫子が恐る恐る聞いてみる。
「そうですね……お名前は明かせませんが御一人で来られた方で、お客様もご存じの方でしょうけれど、今の金額にいたしまして十八億円ほど頂いたことがございます」
これでは、最低と最高の真ん中とっても九億円になってしまう。
いったい、どんな失礼なことをしでかすと十八億も請求されるのやら。
または、とんでもないどんちゃん騒ぎでもやったのか。
最悪、明日乃に希少貴金属を生成してもらって支払うしかないかもしれない。
「あの、ちなみに十八億だとどんなサービス内容になるんでしょうか?」
これにも女将は微笑みながら、ふわっと答える。
「一番お高い方も一番お安い方も、内容は全く同じでございます。そのようなことですので、お客様が当館へのご宿泊をしていただく場合も、まったく同じ内容となります」
説明を聞けば聞くほど、分からなくなってきた。
だが、幾ら用意すればいいのかすら見当もつかないとなると心休まらない。
何か安心する話が欲しい。
「でも、宿泊費が全く不明ですと、緊張して落ち着かない宿泊になってしまいます。だいたいでよいですから、目安になる金額を教えて頂けませんか」
すると今度はクスクスと小さく笑ってから「ご心配されなくても大丈夫ですよ。推薦状も御座いますので、そうですね……」と言って姫子を見つめると、はっとした顔をしてから
「あの……そちらのお連れ様は……」と言葉が止まった。
「姫子がどうかされたのですか? 宿泊できないとかですか?」
「とんでもございません! そうではなくて、当館でのご宿泊のご予定で本当に宜しいのでしょうか」
雰囲気といい、女将の話す内容といい、気になることだらけになってきた。
どこか都市伝説っぽい匂いすらしてきたので海人としては、むしろここに泊まりたくなってしまった。
「なんかよく分かりませんが、明後日からの宿泊の予約をお願いしたいです」
「有難うございます。それでは、五名様で明後日よりということで承ります。代表は、星野海人様で宜しいですか?」
「はい……あれ? 僕、名前いいましたっけ?」
「お持ちになられました推薦状に書かれておりましたので。それでは、御予約の方。女将であります私、月代が承りました。当日のご来館をお待ち申し上げます」
さすがに、いくら内容が読めなかったとはいえ、自分の名前がなかったことくらいは分かる。
まあ、そこを今、掘っても仕方がない。
それより、聞いておかないとならないことがある。
「あの、明日のうちにロボットを先に一台、今の場所に置いておくことは出来ますか? それとチェックインは何時からですか?」
「ロボット……ああ、お乗りになられた外のですね? 問題ございません。それとご来館のお時間につきましては、ご予約日であれば未明からでも構いません。ご自由にお越しください」
いろいろと規格外な宿であることだけは分かってきた。
「有難うございます。それじゃ、お世話になりますのでよろしくお願いいたします」
と言い外に出ると、女将は深々と頭を下げてから見送っていた。
ただ、その後、二人ともロボットの場所が分からなくなり、ロボットAIからの口頭指示でマイケルジャクソンのムーンウォークみたいな動きをしながら乗り込むところまで見送られてしまった。




