第五十話 事前確認のはじまり
明日は、夏休み前の最後の登校日だ。なので、どうしても今日のうちにやらなくてはならないことがある。
倶楽部合宿の宿泊施設を探して予約することだ。
普通のホテルや旅館は、既に予約でいっぱいになっているかもしれないが、案外、地元に行かないと分からない民宿もありそうだ。
なので、直接行って二機のロボットを停められる場所がある宿泊施設を探さねばならない。
だが、行きはロボットでも、帰りがそこにベータを置いてバスと電車の乗り継ぎで帰ってくることを考えると、かなり早めに宿泊施設が見つかっても帰りの時間が相当に遅くなりそうである。
「こりゃ、休みに入ってからじゃないと探せないんじゃないか?」と不安を言う海人に姫子は良案を出した。
「探すのは二台で探して、良い場所が見つかったらベータをそこに置いて、二人でアルファで帰ってくればいいじゃない。戦闘とかしないなら補助イスみたいなので十分だし」
「でも、当日どうするんだ? それと合宿から帰る時は?」
「当日は、わたしが前のりしているってことにしてアルファで先に行くのは? ロボットの帰還は基地に帰るだけならフルオートで大丈夫だから問題ないじゃない?」
こうしてロボットの扱いの会話をしているだけでも自分の方が姫子より訓練学習が遅れているのを実感する。
移動方法や場所の問題で二人が相当に悩んでいるのを見聞きしていた明日乃が大胆な提案をしてきた。
「ねぇ、いっそ海から近いキャンプ場に場所借りて、こっちでグランピングにしちゃわない? 中を見られないようにすれば、電気はどうとでもなるから水も作れるし」
場所が割り当てられたとしてもグランピングじゃ材料を運ぶだけでも目立ちすぎるだろう。
それに田浦に何て説明するつもりなんだろうか。
「女子が二人で二十フィートのコンテナ相当の材料をどこかから運ぶのはマズいだろ」
何やら豪華な見かけのものを想像している海人に違う違うと手を振って否定した。
「おもて向きはテントでいいじゃない?」
もう、完全に地下施設を作る気満々だ。
だが、田浦への説明の難易度が爆上がりだ。
「そんなの施設のご厚意で他の人には内緒で貸してくれたことにしちゃえばいいじゃない」
そんな豪気な貸しキャンプ場があるわけがないから、母の知り合いから人づてに借りられたことにでもするしかない。
「じゃあ、条件を幾つか出させて欲しいんだ。入口はマンホールにハシゴ。中は小さな部屋が4つ。今回の宿泊が終わったあとは元通りとか掘り起こされない工夫をするってのが出来るのなら、明日乃に任せちゃうのもありかもしれないな」
だが、姫子的には自分達の思い通りになるのが逆に抵抗があるようだ。
「探してダメだったら、お姉にお願いするってことにして、まずは探してみたいかな。お姉だって自分で作ったとこより、知らないところで泊まってみたいでしょ?」
それには明日乃も「うーん、確かにそれはそうね」となった。
「そうだよなあ。明日乃に頼ることが多くなると、明日乃自身もつまらなくなるだろ? だから滑り止めとして頼ることはあっても、最初から丸投げはいろいろな意味で良くないよな」
実は明日乃自体は、その程度のことは嫌でもなんでもなかったのだが、倶楽部の中で自分の立ち位置をなんとか普通の女子高生に近くしようとしてくれているのかな?と思ったら嬉しくなってきたので、そのまま「うんうん」と返事をした。
それに明日乃には自身が抱える問題が意外と深刻になってきたことがあった。
なんとか自分の能力の細かい加減をしようとして努力してきたのだが、全く制御ができる気配がないどころか最小の出力スケールが最近、大きくなる傾向にあった。
そうなってくると、エネルギーコストが高い物質生成以外の破壊的なことに自分が手を出すのは危ないということになる。
だから破壊的な能力の調整より、自分はものづくり技術を磨くほうがよいかもしれないと思い始めていたところだった。
「滑り止めでテント張って地下を作るのは大丈夫だから、二人で気楽に探しにいって。その間に学校内の監視を強化するためのマイクロマシンと高エネルギー探査プローブを山盛り作って撒いておくから」
「わかった……あ……休みの間、部室にいる座敷ちゃんって、どうしているのかな? それに遠征やることとか言ってないけれど……やっぱり言っておいた方がいいか?」
山瀬の込み入った事案でテンパっていてすっかり忘れていた。
座敷わらしは場に住む妖怪であると頭から思い込んでいたが、もしかしたら遠征に「自分も行く」と言い出すかもしれないことを三人とも失念していた。
だが、山瀬の件についても、どうするかの目途なり方針なりを決めないと計画も立てづらい。
「明日乃。今、山瀬とかどこにいるか分かるかい?」
するとスマホだったものを取り出してチョコチョコいじっていたが、やがて「うん、わかるよ。これ、ほぼ止まっているから、鶴見や榊原も含めてそれぞれの家にいるって事なんじゃないかな。音声も聴いてみる?」
事情はどうあれ、さすがに同級生のプライベートを聴くのはまずい気がした。
「山瀬のだけは聴いておこうかな」
「あーあ……そうね」といって山瀬のナノマシンからの音を拾いはじめたようだが明日乃が首を傾げている。
「どうした?」
「うーん、全然、音がしないの。それどころか動いてもいないみたいだし、なんなんだろう?」
「山瀬に付けた三機とも?」
「うん、三機とも」
「ちょっとスピーカーにつなげて音を大きくしてくれる?」
「じゃあ、天井スピーカーに切り替えるね」
頭の上の方から、遠くを走る車の音が聴こえてきた。
どうやら防音完備の秘密のアジトというより普通の民家っぽい。
そしてボリュームはかなり大きくしているのだが、外から入ってきている音は聴こえているのに家の中での音がまるでない。
足音、水道を使う音、冷蔵庫のモーター音、寝ているなら衣擦れや呼吸音、それら生活音が全くしないのだ。
「あれ? おかしいな? じゃあナノマシンからの映像は出せるのかな?」
明日乃がモニターを操作し、画像が出てくるかと思いきや真っ暗な画面にしか見えない。
「増感させるね」というと室内灯も家具もないフローリングの部屋がバッチリ映った。
しかし、しばらく見ていても画像がピクリとも動かない。
「これ、動画なの?」
「リアルタイムの動画だけれど……全然、動いてないね?」
「あいつ、服をハンガーにかけて出かけたんじゃない?」
姫子の言う通りかもしれない。
「ううん、位置反応から、それはないと思うよ? だって白衣と背広からの反応が同じところから出ているもの」
そうなると、いくつも変な部分が出てくる。
位置の履歴からすると山瀬は白衣を着たまま学校と潜伏場所を往復していることになる。
それをそっくりそのまま脱いだ?
仮に服を脱いで出かけたとして、白衣と背広を同じハンガーにかけて出かけたということなのか。
だが、車からの信号は移動していないことを示している。
着替えて歩いて出かけた可能性もなくはないが、どうも腑に落ちない。
「映像を三台同時に切り替えてみてくれないか?」
あまりに不可解な映像や音声、状況だ。
襟元についたナノマシンが写す角度を変え始めた。
そこからの映像は、どうやら頭髪の一部を捉えている。
「この襟元のやつのカメラアングルを更に変更して顔が写るか試してくれる?」
明日乃が手元のコントローラー画面をいじると画面が移動していき、首辺りの皮膚やらのドアップが見えてきた。
つまり山瀬は服を着たままで、そこにいることが分かったのだが、だとすると、この状況はいったいどういうことなのだろうか。
「あ! ちょっと⁉ これ、みて!」
背中に付着したナノマシンからの映像が増感されると、白衣の生地が写ると共に何やらチューブか、太いコードらしきものが見えている。
白衣のシワにさえぎられて、どうなっているのか詳細までは分からないのだが、どうも山瀬に繋がっているように見える。
更に観察していると「え? これは?」と明日乃が言い出した。
「星野、五十ヘルツ前後の振動成分が、三十秒ごとにあるんだけれど……これって、もしかして心音かも⁉」
「おいおい。たまにって……それが山瀬が動かない理由って意味なのか? それじゃ山瀬が瀕死の状態か、または……休眠⁉ え、山瀬って宇宙人じゃなかったのか⁉」
「これを見ちゃうと、そういうことになるのかも? 怪獣作っちゃうだけの生体技術があるんだから、バイオロイド的なものなんじゃない?」
「なになに? 山瀬ってロボットだったの? ワタシハ、ロボットダ。ギー、ガチャン!」
いったい、いつのロボットの真似をしているんだ、こいつは。
「姫子、そういうロボットじゃなくて、ほとんど人間にみえる人工生命体のことよ」
「ほら、よくUFO事件とかでも登場するグレイだってロボットだって言う人もいるくらいだからさ」
すると姫子は「あーあ、そういうやつの仲間ってこと? ワレワレハ、ウチュウジンダ」
そんな自分のことを宇宙人だと自己紹介する宇宙人なんぞ聞いたこともない。
「じゃあ、お兄。山瀬が止まっているのはスイッチが切られたからなの?」
非常に雑な言い方ではあるが姫子の言う通りだろう。
山瀬に指令する奴がスイッチを切ったというイメージだ。
「夏休みに入ると生徒が来ないからなんじゃないか? 山瀬の目的が人選にあるのなら、下手に動いて馬脚を……」
そこまで言った時に海人は、ふと考えた。
(これが普段の睡眠に相当する休眠じゃなく、仮に夏休みに向けた長期停止だとすれば……動かさない方がいいという判断なのか。
明日、他の先生に聞いてみて、もし山瀬が既に休暇に入っているようならば長期停止と考えてよさそうだ。
でも動くからといって誰に怪しまれるというんだ?
僕らと山瀬が互いの存在を知ったのは、ここ数日の話だ。
でも夏休みは予定通りの日程で毎年のことのはず。
もし、そうならこの山瀬の休止は僕らと関係なく予定通りだったとみていい。
だが、普通に考えると、夏休みの間は学生以外のサンプルを探すという指令も出来たはず。
なのに何故か学外での捜索を想定していないように思える。
余計な行動をさせると問題が起きる可能性があるということなのか?
いったい、山瀬を操る奴らは何を警戒しているんだ?)
急に黙って考え込んでしまった海人がふと気が付くと、二人が目の前で手をプラプラさせたりして見えているか確認していた。
「おーい、星野。大丈夫? 考え事もいいけれど、山瀬が夏休み期間中に本当に動かないか気になるなら監視記録やアラームをセットすればいいじゃない? だから山瀬より宿泊施設どうするかを先にやらないと」
また、すっかり忘れていた。
こうしてどんどん時間が削られていくので宿泊施設の予約が出来なかったわけだ。
「時間が押しちゃったな。とりあえずアルファとベータで現地まで飛んで、そこからはスマホの検索と地図頼りであたってみるしかないと思う。姫子は先に行っててくれるかな。僕は部室に寄って座敷ちゃんの確認とってから行くから」
人数に関わることだから、意思確認して早く姫子に伝えないとならない。
もう夜だから学校の駐車場も空いているだろう。
「じゃあ、そういう段取りで行ってくるよ」
「じゃあ、お兄。先に大洗で探しながら待ってるね」
二人はロボットの搭乗座席に座ると降下して見えなくなった。
海人の座席がベータウォーにセットされプレスタートが始まる。
【星野海人の準備が完了しました。発進準備にかかります】
《レディ トゥ スタート。エンタイアリィ ウォーターゲート オープン》
「マスタースイッチ・オン」
【了解。マスタースイッチ・オン。続いてオールスイッチ・オン】
「水位百パーセントになり次第、ただちに発進」
【了解。水位百パーセント。ベータ サリー ゴー】
水河公園の静かな水面が突如として巨大噴水のように噴きあがり、散歩中の犬達が吠えまくった。
驚いた犬にリードごと引っ張られている人や水柱に驚いている人達が足元に映っている。
ロボット自体は見えないので、池の天然ガスが出たくらいには思われているかもしれない。
海人は、そのまま、みいさと高校の駐車場まで飛ぶと車がいなくなった職員用駐車場に着地した。
「降りたいから、降着姿勢をとってしばらく待機してくれ」
【了解。姿勢を変形させます】の声と共に左側にロボットの側面から見た図が表示され、膝関節部分の隠し関節で体育座りに近い姿勢となると背中のハッチが開き、座席ごとレールで地面に降りた。
立ち上がってロボットから離れると、全然見えなくなった。
(これは場所を正確に覚えておかないとベータまでたどり着けないな)
夜の校内は真っ暗なのでポケットに常備している赤色LEDを点灯させる。
赤い光源しかない中で人気のない校内を歩くのは、怖いのと心細いので勝手に身体が硬くなる。
そして本来は更に怖いはずの旧校舎に入ると、海人が来たのを感じているのか部室までの廊下がライムグリーンに光り出す。
何も知らなければ半泣きで逃げ出すところだろうが、これは座敷ちゃんのサービスだと分かっているので、さっきまでの硬直はどこへやら。
リラックスして部室へ向かった。
扉を開けると、相変わらず中は明るい。
そして、部屋の真ん中のコタツテーブルには、既に座敷ちゃんが座っており、海人の為のお茶が置かれている。
「こんばんは。座敷ちゃん、実は聞きたいことがあって来たんだけれど。大洗に泊りがけで倶楽部遠征するんだけれど、座敷ちゃんはどうする? 来る?」
外に出る誘い自体が初めてなのか、それとも事情があるのか、腕組みして考え始めた。
「一応、倶楽部員、全員行くんだけれどさ。まだ宿泊施設がみつからなくて探しているんだ。それで宿泊人数どうするのか確認したくてね。ロボットの置き場が確保されたら、明後日には行こうと思っているんだけれど。ただ、最悪、宿泊場所が見つからなかったら明日乃がテントの地下に宿泊設備を作るって言ってて」
そこまで座敷ちゃんが聞くと(あ!)っという顔をした。
そして、おもむろに鉛筆で住所と地図を描き始める。
わりと海岸線のすぐ近くのようだ。
そして『つきわたり庵』と書いてよこした。




