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第五話 謎のはじまり

海人はクチが半開きのまま明日乃を見ていた。


頭の中は真っ白だ。

(明日乃さんと友達になれたらいいな)とは思っていた。


だが、それは長い長い道のりの果てにやってくるもので、これから信用やら信頼やら慣れやらを積んでいって、自分の方から「図々しいとは思うけれど」と枕詞を付けてお願いをするという、そんな過程を経てやっと明日乃に友達と認識してもらえるものだと考えていた。


何故なら大量の男子が最初から彼女に一目ぼれで、自分もその中の一人でしかなかったからだ。


それに人間には”つり合い”というものがある。


顏も頭も良くてスポーツも出来る奴らとは違い、自分は外見も中身も客観的にみて勝負にならない、つり合わないと入学初日にして自ら悟った……はずだった。


だが今、目の前に、その明日乃未来が向こうから自分に手を伸ばして友達になって欲しいと言っているのである。


何かの間違い──という経過ではないことは分かっているが、にわかには信じがたい。


「あの……星野君……」

名前を呼ばれて我に返った。


そして明日乃の手を取り、立ち上がる。

その手は少し小さく細い感じがした。

だが暖かく海人の手を握っていた。


「なんか、びっくりしてぼーっとしてたよ。あの、もしかして僕が初めての男の友達になるの?」


「うん……男女含めて初めて……」


そう言いながら海人の手をぜんぜん離そうとしない。


(あれ、これ、友達?)と勘違いしそうな状態なんだが、これは自分が混乱しているせいだ、思い上がるなと言い聞かせる。

だが、湧き上がってくる嬉しさをどうにも止められない。


「いゃあ、なんていうんだろ⁉  嬉しい以外の言葉ないや。語彙力ないな僕は!」


舞い上がっている海人とは対照的に明日乃が、だんだんふくれっ面になってくる。


「星野君‼」


顔を赤くして半ば怒った顏のまま、すねだした。握っていた手にも握力がかかった。


「わたし、返事もらってない! 恥ずかしくても勇気出して言ったのに!」


「ああっ、ご、ごめん! でも、僕なんかが友達でマジにいいの?」


「僕なんかとか言わないでよ。さっきも言ったけれど、わたし三年も待ってたんだよ?」


急に引っ掛かることを言いだした。

(三年待っていた? なんだ? それだと高校上がる前から僕のことを知っていたことになるじゃないか) 


「あの、明日乃さん。僕のこと、いつから知っていたの?」


すると彼女は口角をあげて、にーっと笑った。


「気が付いたのは、星野君が六歳の時からだよ。興味をもったのは、十一才の時」


──どうにもおかしい。


子供の頃、近所にいた女の子や小学校高学年の時に幼馴染と言えそうな女子そのものに覚えがない。それだけお互いが小さいころから知っていたとなるとストーカーというわけでもなさそうだ。


(第一、ストーカーされるほどモテていたなら、今頃までボッチ学生やってませんちゅうの)

と自分にツッコミを入れながらも、もし近くにこんな派手な女の子がいたらビジュアルとして記憶に残っていてもいいはずだ。


いったい、彼女はどこからどうやって、何故、自分を見ていたのだろうか⁉


しかし、こっちが見たことが無かろうが知らなかろうが、言ってる本人が昔から知っていると言っているんだから、そうなのだろうと理解するしかない。


「そうなんだ? で、明日乃さん。友達になってくれて有難うなんだけれどさ。そろそろ、あの、手……いいかな?」


明日乃は握っていた手を慌てて緩め、引っ込めた。


「ご、ごめん! つい……嫌だった?」


「いや、まさか! 嫌なわけ! あるはず……ないじゃないですか」


かなり、ぎこちない友達となった。


海人はともかく、明日乃も一対一となると教室での饒舌さは息をひそめ、恥じらいばかりが前面に出ている感じである。


「じゃ、じゃあ! あの──さ、せっかく友達になったんだから”さん”付けだけでもやめない?」


普通に女子がこだわる部分を早速、注文してきた。

たかが名前の呼び方違いでしかないが、気持ちも入ることだから人によっては呼び名の切り替えは案外に難しい。


「ど、どうなのよ、星野?」


(そういう感じか⁉ よし、苗字だけなら僕でもまだ何とかなりそうなハードルだぞ)


「い──いんじゃないか。なあ、あ、明日乃」


「……」


お互いに酷いダイコンぶりだ。


それでも最初の難関を乗り越えた感じなのか、苗字を呼び合った後、ふたり同時に安堵のため息をすると、互いに顔を見合わせ笑い出した。


「あははは! ヤバいね、これ! ちょっとさ、解説テンションに二人とも戻さない?」


「いっや──、慣れてないんで悪いねぇ。そうだね。もう少し軽くいかないと話すことも話せないよな」


笑ったことで肩の力が抜けて、好きなことをしている時のノリにやっと戻った。


「あ、そうだ」

何か思いついたように、明日乃の目がきらりと光った。


「ん? なに? なんか面白いこと、思いついた?」


「面白いことっていうか」


少し間を置いて、明日乃はいたずらっぽく口の端を上げた。

「この話、二人だけの秘密にしていい?」


「友達になったこと? それとも屋上で宇宙の物理話していること?」


「屋上で話をしていること。だって、他の人に言っても分かんないでしょ、多分。私も今日、星野の考えていることが初めて全部繋がったし。変に広まって……えっと、改変された噂とかなったら嫌じゃない?」


なんかやっぱり感覚が少しずれている気がした。

そこは普通、友達になったことの方を秘密にするもんだろう。


「他の人に話すなっていっても、そもそも僕の宇宙の話なんて誰も聞かないよ。 むしろ、2人だけで会って話しているって方が普通に大問題だよ」


「あ……」


固まった。


今さら気づいたという顔で、ゆっくりと周囲を見回す。


屋上。

二人。

午後。

授業中。


傾いた陽と緩やかな風。


「確かに──そうね」

そういうと、わざとらしく背伸びをした。


「じゃあ、戻ろっか。サボりの共犯者さん」


だが、明日乃がどんな事前事後工作をやっていたとしても、流石にふたり一緒に教室に戻るのはまずいだろう。


「僕は時間ずらして放課後に教室に戻って帰るよ」


「そう?」


何か言いたげに口が動いたが、飲み込んだらしい。

代わりに軽く手を振る。


「それじゃ、星野。また明日ね」


屋上の扉に向かう明日乃の足取りは軽かった。

鉄扉を閉める直前、もう一度だけ振り返って海人の姿を確認してから、階段を降りていく。かんかんとローファーの音が遠ざかり、やがて消える。


屋上には海人だけが残された。


午後の陽、風は穏やかで東京上空には相変わらずあの漆黒の宇宙艦が浮かんでいる。

しばらく、その風景をみているうちに明日乃未来と友達になった実感が遅れてやってきた。


心臓の音が聞こえた。


とんでもなく速くてデカい音だ。


(お、おれ、今日、どうにかなっちゃうんじゃないか……?)


そんなことを考えながらも興奮が収まらず、両手に握りこぶしを力いっぱい作ってから、片手を振り上げて……本当は大声で叫びたかったが屋上でサボっているのがバレるので小さな声で言った。


「やったぁ──っ」


我ながら、しょぼい叫びに達成感がスポイルしていった。



六時限目の終了チャイムが聞こえてくる。


海人が屋上から教室に戻ってくると、既に半分以上が下校していた。

明日乃も先に帰ったようだ。


そして不思議なことに午後の授業に自分がいなかったことを誰も言及してこない。


幸い田浦が帰るところだったので声をかけてみる。


「田浦さ、ちょっと聞いていいか?」


「ん? なんか用か?」


明日乃が、何をどうしたのかが分からないので様子を探りながら聞いてみる。


「午後の授業さ、ノート見せてもらえるか?」


田浦は、ちょっとひき気味に、そして怪訝な顔をした。

「え、なんだよ。俺のノートと自分のとを比較するつもりかよ。なんか、いやらしいぞお前」


(あれ? なんだ?)

今の話だと海人は授業に出ているという体である。


少し言葉を考えてから別な角度からの質問をしてみた。


「なあ、僕は真面目に授業受けている様にお前からみえたか?」


(田浦の席は自分より後ろだ。授業中に僕が席にいないなら、どうしたって分かる)


ところが田浦の返事は意外なものだった。


「いや、よく分かんないけど、先公からは真面目にみえていたんじゃねぇの? ははあ、お前。授業受けているつもりで、また隠して雑誌を読んでいやがったな? わりぃ野郎だな」


どうも、海人がいたことになっているのだろうか。

それとも誰かが自分の代わりをしていたのか。


「あのさ、今から、すっげー変なこと聞くけれどいいかな?」


「むしろ、お前が話すことで変じゃないことの方が少ないだろ。なんだよ?」


核心をストレートに聞いてみる。


「僕の席にいた奴。それ、本当に僕だったか? そいつは、休憩時間に何をしてた?」


すると田浦は呆れながら半ば馬鹿にしたように答えた。


「んーなのお前に決まってんだろ。で、休憩時間も……あれ……休憩時間な? いや……休憩時間じゃなくて……ちょっと待て」


なんだか様子がおかしくなってきた。


馬鹿にしていた顔が真面目になってきて眉間にシワまではしりだしている。


「星野。お前……授業、受けていないわ。お前、いなかったろ?」


「だよな……」


「俺、なんでさっきまでお前がいたと思い込んでいたんだ? なんかこえぇんだけど!」


今度は海人が眉間にシワをよせ始めた。


ふたりの男子が互いに「うーん」と言いながら難しい顏をしているのを見て、女子の一人が帰り際に「うわぁー! あんた達、なんかキモい!」と言い放って帰って行った。


お陰で謎の呪縛から一瞬で解き放たれた。


「田浦、お前が気か付いたことさ。これ、内緒にしておいてくれないか。モヤるの分かるけれど」


納得はしていないが、何かが起こっていることだけは察したらしい。


「わかった。でも、お前、いったい何がどうなっている? 何か変なこと知っているのか?」


「そこ、正直に言うわ。僕にも全然わからない」


「そもそも、お前。授業を抜けて、どこにいて何をしていたんだよ?」


そこは、約束したのだ。絶対に言えない。


「う──ん……ごめん。言えない」


「えーっ⁉」


海人は心の中で、数少ない友人と言えるかもしれない田浦に謝るしかなかった。

(すまん田浦。本当のことが言える日が来た時には、君に最初に報告するよ)


帰宅するために机の中のノートや教科書をカバンに入れながら「マジ悪いな」くらいのことを言って机の奥に手を入れると、何か冷たくて四角いものが手に当たる。


何かと思って出してみると紙パックのカフェオレに(今日は、ありがとう)と書かれたメモが貼ってあった。


メモを田浦に見えぬようにしてカフェオレもカバンに入れてしまう。


「さあ、今日はいろいろあったから、もう帰ろう」


「いろいろあったって、授業中にいなかった奴のいろいろなんて俺はしらねぇし!」


「そん~な怒んなよ。あ、なんか奢ってやろうか⁉」


「マジっすか⁉ やっぱ星野は友達だなあ!」


友達……自分は明日乃未来と友達になった。


同時に何かが動き出したような気配がしている。


そして(どうして明日乃はLINEを使わずメモを貼っていくんだろう)とも思った。


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