第四十七話 鍔迫り合い(つばぜりあい)のはじまり
昼休みのチャイムが鳴る。
購買に急ぐ連中に合わせて三人とも立ち上がると一斉に教室から走り出した。
海人は一階に降りて職員室とは反対側の通路を使い理科準備室前の廊下に交わる廊下へと急ぐ。
そして窓から理科準備室が見えたところで留まり様子をみた。
姫子は明日乃と一緒に部室へと走った。
旧校舎二階の部室前の廊下、教室三Aの前で姫子は姉と目くばせをすると立ち止まり廊下の窓を開け、新校舎と旧校舎との連絡通路が見えるその場で待機した。
明日乃は、そのまま部室に入るとドローンコントロール改造スマホを持ち、別ウインドウで理科準備室内の映像を見ながら海人からの指示を待つ。
「座敷ちゃん、認識阻害を目いっぱいお願いね」
と頼むと座敷わらしはニヤリと粘り気のある笑みをした。
それは彼女が決してマスコットなどではなく、妖怪という異質な者である本質を垣間見せた瞬間だった。
『星野、こっちの準備は出来たよ。どのタイミングでドローンを飛ばせばいいの?』
『それなんだけれど、山瀬が銀の箱を見ている時にブローチ型受信機の反応が既にあって、しかもこっちに向かって移動していることを知り、居ても立っても居られないという状態になって欲しいんだよ』
山瀬が作業途中の状態を放ってしまったまま、出来るだけ理科準備室から引き離したい。
それには反応が向かっている先が旧校舎であることが分かることと、到着まで時間がないという切羽つまった状況が必要だ。
『じゃあ、ドローンは今から発進させちゃって、ゆっくりこっちへのコースを飛ばしちゃうね。それで理科準備室から旧校舎の教室三Aのところまで走ると普通の人なら九十秒以上かかるはずだから、山瀬が銀の箱を見はじめてからドローンを加速して七十秒で三A前の姫子がキャッチするようにすればいいんじゃない?』
それが上手くいったとすると、山瀬が旧校舎三Aに行き着くまで一分半。
事態を把握しようとして一分か二分。
急いで戻ってくるとして一分半。
つまり、海人が理科準備室の金庫の中身を調べられる時間は最短四分程度であり、立ち去る姿を見られない為には三分以内で出来るだけ多くの資料を机の上に広げてマイクロマシンに撮影させる必要があるということだ。
そうなると問題は市販の二ダイヤル式金庫を海人がどれだけのスピードで開けられるかにかかっている。
『よし、明日乃の案でいこう。早速、ドローンを飛ばしてくれ。あとは……山瀬が来るだけだが』
言っているそばからカバンを持った山瀬が理科準備室への廊下を歩いてきた。
『山瀬が来るのを廊下のマイクロマシンが捕らえたよ』
『ここから先は、山瀬の状態を出来るだけ細かく教えてくれないか。あいつの行動次第では作戦中止もありえるから』
『わかった。今、準備室の鍵を開けたとこ。さあ、ここからね』
山瀬は中に入ると、いつもの席に座りカバンを横の床に置いた。中から銀の箱と手提げ金庫を取り出して机上に置く。
『今、例の銀の箱と金庫を机に置いたよ。これから銀の箱の表示を見てどうなるか……』
『今だ! ドローンの速度を上げて直線でこっちに向かっていることを分からせるんだ!』
明日乃は、スロットルを少しだけ上げ、時速八十キロにした。
いつも通りのつもりで銀の箱の表示を点灯させた山瀬が表示を二度見した後、椅子から立ち上がったのがモニターに映った。
『星野! 立ち上がって驚いているみたい! 表示を何度も見てるよ! あっ、窓の外と表示を交互に見だした!』
どうやら上手く喰いついたらしいことが、明日乃の言葉からもわかる。
『よし、奴の視界の範囲に入ったと思えるところでドローンの速度を思いっきり落として、ゆっくりと旧校舎の二階に入って行きそうだと見せるんだ! 姫子、ドローンをキャッチしたら、急いで部室に飛び込め!』
『アイアイサー! お兄、ドローンが見えてきたよ!』
山瀬はせわしなく箱と外を交互に見ていた。
が、視界に入ってきたドローンが砲弾の様な形状で、どう見ても浮上するためのファンらしきものすら見当たらない。
それがゆっくりと旧校舎の二階辺りに着きそうなのを見て一度は箱の横に付いている黒い通信機を手にしたが、すぐに元に戻すと慌てた様子で理科準備室から出ようとしていた。
『星野! 山瀬が部屋を出るよっ!』
それを聞いて海人は、山瀬と丁度、鉢合わせになるように歩き始めた。
『鍵も閉めないで、ずいぶん慌ててる!』
走り出した山瀬を丁度見かけたように横から声をかける。
「あっ、山瀬先生! 丁度、よかった。あの」
「ん? ああ、キミか! スマンが、後にしてくれ! 今、急いでいるんだ!」
そう言い残し、山瀬は旧校舎に向かって走って行った。
それを海人は聞こえぬほどの小声で「ごゆっくり~」と言うと、すぐに理科準備室に入る。
机の上には銀の箱と手提げ金庫が出っ放しだ。
急ぎ金庫を手に取るとやはりロックはかかったままだ。
今の番号は左が8、右が4。
さて、これからが海人の変な特技の出番だ。
その時、姫子から通信が入った。
『お兄、山瀬にいつの間にか鶴見と榊原が合流して廊下をこっちに向かって走ってる!』
どうやって連絡をとったのだろうか。
怪しい行動をしていた二人であったが、もろに山瀬の手先と化していたとは。
それに海人にとっては捜索する人数が増えたことで、ドローンの捜索が想定より短時間で終わる可能性がある。
海人が理科準備室で行動できる時間は、さらに厳しくなった。
『星野、こっちはわたし達に任せて金庫開けるのに集中して! 姫子、あと15秒くらいで窓に飛び込ませるからキャッチして』
『いいよ、お姉。いつでもどうぞ!』
バタバタと走ってくる音が下から聞こえだした。
そこへラグビーボール程の大きさのドローンが飛び込んできたのを姫子が片手でキャッチをすると、そのまま抱きかかえて部室の開いた扉から中に転がり込んできた。
数秒遅れで山瀬達三人が二階の廊下に到達する。
三人は誰もいない教室などを手早くみて回っていたが、やがて廊下の窓の一つが開いていることを発見した。
「三Aか……おい、この辺りだ」
山瀬に言われるがまま鶴見と榊原は窓の外を覗いてみたり三Aの教壇辺りや用具入れなどを見ていたが、それらしい痕跡が見当たらない。
山瀬はあからさまにイラついてきたが、急に何かを感づいたらしく
「ん……し、しまったぁ! おい、お前らは昼休みの間、ここをもっとよく探せ! 出入りしたり近づいたりする人間も見逃すな⁉」
そう言い残すと、その場から走り去った。
その一連を扉を半分開けて見ていた姫子は、二階の廊下を走り去る山瀬の動きがおかしいことに気がついた。
「お姉、山瀬の走り方がなんかおかしいよ⁉」
海人は机の上の手提げ金庫の高さに目線を落とすと真ん中にある解錠レバーを右手の親指で引っ掛けて解錠方向に力をかけながら左右のダイヤルをゆっくりと回し始めた。
レバーに力を入れていることでダイヤルの奥にある円盤にほんの少しブレーキがかかる。
その微妙な変化を読み取ろうとしていた。
左のダイヤルが急にトルクが必要な部分を感じた。
そこで右ダイヤルだけに集中してゆっくり回していくと解錠レバーがほんの少し動いたのを親指で感じると同時に右ダイヤルに不自然な引っ掛かりを感じた。
つぎに左ダイヤルだけに集中して回転させていくとカチャッという音と共に急に解錠レバーが大きく動き、金庫の蓋が跳ねあがった。
中には銀の箱でプリントしたと思われる紙が何枚も入っていて、たまに山瀬が書いたのか手書きの文字らしきものが記載されているものもある。
どれも何と書いてあるのか、見たこともない文字である。
他にもいくつかのメモ。
それらをスマホで写真に撮る。
メモの下に鍵が入っていた。
取り出して鍵を引き出しの鍵穴に差し込んでみると、引き出しが開いた。
中には、見たことが無い文字の入った金属板やファイル。
それを写真に撮ると施錠して鍵を金庫に戻した。
そしてプリントをまとめて掴むと机の上にバーッと広げた。
『明日乃、これ読み取れるか?』
すると明日乃が慌てている。
『星野! ヤバいよ‼ 急いでそこから逃げて! 山瀬の走るスピードがおかしい‼』
連絡廊下を走る山瀬を明日乃は部室の窓から見ていた。
どうも、一歩の距離と速度がおかしすぎる。
連絡廊下を走る山瀬は飛ぶでもなく一歩が二メートル以上ある。
まるでスピードスケーターのように一瞬で廊下を走りきってしまった。
ナノマシンからの情報でも瞬間時速が六十キロ出ている。
明日乃には、あの亀町怪獣騒ぎの後、近隣の廃ビルに入っていった奴らが見せた速い移動の記憶が蘇った。
『星野‼ 早く‼』
明日乃に急かされ、出した用紙をまとめて金庫に戻すとダイヤルを8、4に合わせてから理科準備室を出ようとした時、海人よりも一瞬早く山瀬が扉を開けた。
出会い頭で山瀬も海人も互いに驚いた。
だが、双方ともに挙動不審なことは出来ない。
先に口を開いたのは山瀬の方だった。
「キミは……ここで何をしていたのかね?」
ここですぐに返事を返さないと、探っていましたと言っているようなものだ。
通信がつながっている明日乃と姫子は黙ったまま固唾をのんで聴いている。
「いやだなあ、先生。何を言っているんですか? さっき、話そうとして急いでいるから後でと言われたんで、ここで待てって意味かな? と思って休み時間を潰してまで待っていたのに。山瀬先生を待っていましたとしか言いようがないじゃないですか」
それを聞いた眼鏡の奥の目が細くなった。
が、すぐに穏やかな笑みに戻す。
「ああ、いや。そうだったか。すまないね。ところで質問か何かかね?」と言いながら机に向かうとさり気なく銀の箱をカバンにしまう。
そのまま手提げ金庫もしまおうとするが手が止まる。
「あ、はい。先日、教えて頂いた光の反射と屈折に関係したことではあるんですけれど……先生? 聞いておられますか?」
海人の質問を聞いていないかのように手提げ金庫をじっと見ている。
しばらく黙ったままだったが、ふと我に返ったかのように動き出した。
「ん? ああ、何だったか……光の特性か……そうだ、キミ。名前は?」
「星野ですけれど」
「星野、星野……三年の星野……すまん。覚えがないな。で、キミは科学が好きということだが、何故、三年担当の林教諭ではなく私なのかな?」
海人としては、早く会話を打ち切って画像の確認を明日乃達としたいのだが、質問があると自分の方から言い出したために勝手に話を切り上げるわけにもいかない。
「前にも言いましたが、一年で教えてもらったことの延長上の疑問とかが出た時に三年担当の先生に聞きづらくて。それでなんです」
「ほう……ところでなんだが、私の方からもキミに少し聞きたいことがあるんだが。私の質問の方が先でもいいかね?」
あまりよい展開ではない。
このまま話が進むと与えたくもない情報を探られることになる。
それに山瀬は海人を知らないと答えていたが同じクラスの鶴見と榊原を使っている奴が本当に何も知らないのだろうか?
(どうせ答えるなら、そこから逆に情報を引き出してやる‼)
「僕なんかで宜しければ。どのような事ですか?」
「いやなに、大したことじゃない。ただ——最近放課後に旧校舎の方でよく活動しているクラブがあると聞いているんだが。あの辺りは古い建物だから、備品の管理状況を把握しておきたくてね。……変わったものは見なかったかい?」
(元々、気になっていた旧校舎の現象に次々と増える怪獣受信機の反応まで加わっているのだから、内面は正体不明の現象に焦っているに違いない。ようし、それなら!)
海人はしばらく考えるふりをしてから
「変わったもの? うーん……昔の教室の配置図が踊り場にありましたけれど……そういうことではなくてですか?」
「配置図か。ああ、そういうのは確かにあるだろうね」
少し間があった。
山瀬の目が海人をじっと見ているが、気のせいか人間の視線とは微妙に違う感じがする。
「例えば——そうだな。見慣れない道具とか、あるいは見慣れたはずのものが見慣れない形になっていたり、とか」
何気ない振りと口調を装っている。
だが明らかに質問の内容がおかしいし、焦点を絞ってきている。
「先生、それ。科学的にどうなんですか?」
海人の返しにきょとんとした顔をして、それから声を出して笑った。
「ははは、いや失敬。確かにキミの言う通り、学者がオカルトじみたことを聞くもんじゃないな……では言い方を変えよう。最近、旧校舎で不審な音や振動を感じたことはないか? 先日の怪獣での地震の件もあるし、建物の劣化が心配でね」
ここで海人は田浦から仕入れたカードを切った。
「ん~、あーあ! あります!」
すると山瀬はわずかに身を乗り出す。
「ほう。どんな?」
「一階の階段の上り口の床板が経年劣化なのかゆるんじゃって、京都の鶯廊下みたいに鳴りがけっこうするんですよ。あれはあれで風情はあるんですが、どうなんでしょうね?」
「……そうか。廊下か」
苦笑していたが「業者に修理依頼するにしても床下の方は一度調べておいた方がいいかもしれんな」と急に温度差があることを言い出したのを海人は見逃さなかった。
「ふーん、床下ですか……変な物とか出ると大変だから、そこはやめておいた方がいいかもしれないですよ?」
ブラフだった。
すると山瀬の動きが一瞬止まり、何かが走ったように見えた。




