第四十六話 本番のはじまり
学食で食べると聞いた途端、姫子がアホ面になった。
「学食のカレー、無限に食べられそう。何杯、おかわりしようかな」
『ちょっと姫子。席は端の目立たないとこにしてよね? 今、そっちに行くから』
いままでは人が集まるのが面倒なので学食を使わなかったのだが、今日は山瀬の件で時間が遅くなったので空いているだろうと予想して学食を提案したのだ。
しかし誘ってはみたものの、さすがにこの姉妹と同時に学食に入るわけにはいかない。
それと、そんなに学食のカレーが好きだったとは海人もついぞ知らなかった。
「ぼくが君らの席に行くと問題が多いからぼくが先に席に座っているよ。問題なさそうなら、こっちの席に来て食べるといい」
そう言い残して海人は走って学食へ行った。
十二時半も過ぎるとさすがに空いている。
今後の験を担いでカツカレーにしてみた。
「席は端のほう、端のほう……」壁ぎわの人気がなさそうな六人席が空いている。
「景観もへったくれもないがここでいいか」
トレーに載せたカツカレーとサービスの小さなサラダをテーブルに置く。
その時、かなり人数が減っているにも関わらず食事中の男子連中から「おおっ⁉」という声が入り口付近からした。
見ると明日乃と姫子が学食に入ってきたのだ。
二人で食券を買っているのだが、何やらもたもたしている。
姫子に至っては、さらに何度もボタンを押しているようだ。
「何やってんだ、あいつら」
そしてやっとカレーコーナーのおばちゃんのところにいったかと思ったら、明日乃と姫子で両手のトレーに合計七つのカレーが載っていた。
どうやら複数買いしていたらしい。
二人は、他の四人掛けの席などはスルーして真っ直ぐ海人の座る六人掛けの席までやってきた。
「わー、ここ六人掛けの席だからテーブル広くていいなー。すみませんけれど相席いいですかー」
抑揚の全くない酷い棒読みで姫子が対面に座りトレーを置くと明日乃は海人側の席をひとつ飛ばして座った。
三人しかいないがカレーが二つ載ったトレーもある。
トレーは海人のも含めて五枚あるのでテーブルは、ほぼ埋まってしまっている。
他の男子が相席して食べようとしていたがトレーの置く場所がないため、しかたなく近隣の席に座り、こちらを見ながら食べ始めている。
海人は小声で「まあ、こうなるよなあ」と言うと「カレーのために我慢する」と明日乃が小声で返してきた。
パクパクとひたすら食べていると、缶コーヒーを手にした奴がいきなりやってきて
「ここ、席が空いてるから座っていいですかね?」と姫子側の端の席に勝手に座った。
誰も目線すらやらずに食べ続ける。
中肉中背のそいつは缶コーヒーを開けると明日乃に話しかけてきた。
「明日乃さん、隣の……えーと誰だっけ? 星野くんだったかな? 最近たまに一緒にいるところを見かけましたけれど仲いいんですか?」
(不躾な奴だ。そもそも、お前は誰なんだよ)
憮然とした表情でメシを食う海人と「クラスメイトです」とだけ答える超塩対応の明日乃。
「ああ、そうだったんだ? まあ、知ってますけれどね。なんか最近、昴さんと一緒にクラブに入られたって聞いたんですけれど? それ、何部ですか?」
カレーを食べていた明日乃のスプーンが止まった。
「たしか旧校舎の二階に上っていくのを見たって奴がいたんですけれどね。あそこの二階って部室登録してあるクラブって二つしかないんですよ。映画研究部と写真部なんですけれどね? どっちも外での活動が主体なんで二階の部室ってほとんど使われていないんですよね」
姫子は聞こえていないふりでカレーから目線を離さない。
明日乃は、ムカついているのを押さえながらも落ち着いて
「それを知ってどうするの? それにあなたいったい誰?」と塩対応のまま返した。
するとちゃらけながら「いやだなあ、僕はあなたのファンですよ。ファンなんだから、そりゃ何でも知りたいに決まっているじゃないですか」とニヤニヤしている。
なんだか腹が立ってきた海人が、我慢できずにそいつに文句を言おうと半ば立ち上がった時、後ろから昼食のトレーを持った田浦が声をかけてきた。
「おっ⁉ なんだよ、星野。お前、珍しく学食に来てるじゃねぇか! それに、このテーブルは華やかでいいねぇ。それと、キミはコーヒーだけ持って何しに来たんだ? さ・か・き・ば・ら・くん!」
海人、明日乃、姫子、三人の鋭くなった目線がその男子に向かう。
(こいつが、榊原か!)
山瀬の手先である可能性が非常に高いと思われている学生は鶴見ともう一人。
そいつが、この榊原だ。
田浦の援護射撃が続く。
「なあ、榊原まさよしくんよ。名前が正義なんだから、学校内メディア気取りで何か探るなら迷惑かけないように正々堂々と取材したらどうなんだ、ああ?」
「べつに僕は迷惑かけているつもりはないけれど? 皆も知りたいことだと思うけれどな」と居直る榊原に姫子が怒り出した。
「ちょっと! あんたの前に置いてあるカレー‼ わたしのなのに、そんなにぺらぺらと話されたらツバ入るじゃん‼ もう、それ、食べる気しないから、あんたお金をそこに置いて、そのカレー持って別な席で食べなさいよね、榊原‼」
物凄い剣幕で黒髪の美女から怒られている榊原に学食中が注目した。
奴の顔色がどんどん悪くなっていくのがあからさまにわかる。
「わ、わかったよ。お金は、ここに置いておくから、せめてここで食わせてくれよ」
「はあ⁉ ダメに決まってるでしょ! だいたい、あんた‼ 最初から名乗りもしないで図々しいのよ‼ ほら、早く席あけなさいよ!」
田浦と姫子の攻撃に耐えられず、三百円をテーブルに置くと「さっき、カレー食ったんで二杯目はきついよ……」とボソッと言うと学食の反対側の端に向かって去っていった。
その背中を見ながら田浦はチッと舌打ちしたあと
「いやぁ、俺もたまには学食で食べようと思ってさ。あれ? こんなところに都合よく空いてる席があるな?」とわざとらしく、さっき榊原が座っていた席を眺めている。
「田浦くんさ、もう、その演技いいから座んなよ」と明日乃に笑われながら促されると
「あ、もういいの? そんじゃ、遠慮なく」といい座った田浦のトレーにはカレーが載っていた。
「なんだよ、このテーブル全員カレーかよ。これ、みいさとカレークラブでいいじゃん」と言ったのを遥か向こうにいた榊原がメモしているのが見えた。
「おい、榊原が今のカレークラブってのメモしていたぞ」と海人が小声で言うと、口々に
「あいつ、バカじゃないの?」
「何でも調べて報告するのが役目なのかしら」
「ついに俺のギャグが宇宙規模で拡散される日がきたのか!」と好き勝手にいじりだした。
ワイワイやりながらカレーを食べるのって、ちょっといいなと思うが、こいつらさっきから敵だとわかると容赦ないなあと複雑な気持ちの海人だった。
あとは、放課後に軽い打ち合わせをしようと思ったが榊原がいる場所で迂闊に部室に集まることを直接口にはできない。
そこで「みいさとカレークラブのお茶会をやりたいな。お茶を飲めるところで」と振ってみると全員、察したらしく
「ここのカレーの味は本当に美味いな!」
「そうね、だから学食で食べたくなるよね」と言いながら味に納得したように頷いてみせた。
放課後、部室に田浦も含め全員がすんなり集まると、まずは田浦を称賛する。
「いや、昼飯の時は助かったよ。皆、見ているしさ。下手なことできないから」
「ほんとに助かったよ! ああいうの苦手なのよね。どうしたらいいのか分からなくなっちゃう」
田浦は照れながらも「あいつのやっていることはパパラッチみたいなもんだ。俺みたいに人間関係から探る学内ジャーナリストとは違うんだよ。ありゃ、めんどくせぇ奴だから山瀬にやっているみたいな追跡ができるなら、あいつと遭遇しないように、やっといたほうがいいぜ?」とアドバイスをくれた。
「ところでお姉、あそこで星野が榊原とやり合ってたら、どうするつもりだったの?」
突然、話を振られて一瞬考えてから
「もし、殴り合いにまでなりそうだったら、わたしが立ちふさがったと思う」
それを聞いて海人はかなり焦った。
どの程度の意味での立ちふさがり方なのかが想像できなかったからだ。
「大丈夫よ。まさか女子を殴らないでしょ?」
「ああ、そっちか! よかった」
「おい、星野。それ、男として全然よくねぇだろ。なんで彼女に助けてもらえてよかったみたいなことになるんだよ?」
話が噛み合っていない。
明日乃は、女子という立場を使って暴力から守るという手段の話をした。海人は、明日乃が超人的な方法じゃなくてよかったと考えた。
田浦は彼氏として、それでいいのかと言い出した。
全員バラバラだ。
姫子は自分が聞いてみたことが変な空気にしてしまったと感じ、おろおろし出した。
「でも、まあ、そうならなくてよかったよ。それより、明日だ。それが済んだら合宿だぞ」
その言葉に全員が盛り上がった。
「明後日、水着買いに行くでしょ! あと、何を持っていくか決めないと!」
「俺も大洗のこと調べておくわ! でさ、どこに泊まるんだ?」
それを聞かれて、三人とも急に静かになった。
山瀬のことで頭がいっぱいで、とてもロボットで現地調査している時間が取れていなかったのだ。
「え、あ、ま、まだ決まっていないけれど金曜日までには決めるから。もう少し待っててね」
「へぇー。姫子さんが探しているんだ?」
「い、いや、わたしだけってわけじゃなくて! お兄も一緒に……あっ」
「ああ、ふたりで別々に検索してるってことだな? 安くていいところ、おねしゃす!」
この二人の会話も全然噛み合ってない。
とはいえ、さすがにアルファとベータで現地での着地と乗り込みが迅速にできる宿泊場所を探すとも言えず、困っていたら都合よく勘違いしてくれたんで助かった。
こうして夏休み前の最大の難関に挑むことになるのだが、海人は山瀬の能力でひとつ見落としていたことを後で知ることになる。
そして、理科準備室捜査の日がやってきた。
明日乃は自宅に受信機を輸送するためのドローンを置いてから家を出た。
海人と姫子にも会話用ナノマシンは付けてある。
配置されたマイクロマシンからの映像にも問題ない。
山瀬がいつも通り駐車場に来て、いつもの時間に理科準備室に入る。
そして、いつも通りにバッグから銀色の箱と手提げ金庫を机の上に出す。
一通り、いつものプリント作業をすると、その紙を手提げ金庫に入れたのを明日乃は映像で確認できた。
『星野、問題ないみたい。箱と金庫をバッグに戻して理科準備室に鍵をかけてから出ていったよ』
『了解だ。昼休みも監視とドローンをよろしく頼むよ』
やがて四時限目の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴った。




