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第四十四話 罠のはじまり


 田浦の目線は天井の遥か向こうに広がる男のファンタジーを見つめていた。

 海人は、どっちかというとお前のはロマンやファンタジーじゃなくて願望強めだろうと言いたかったが、じゃあお前は彼女の水着を見たくないのかと明日乃を目の前にして絶対に言われるのが分かっていたので田浦に同調するしかなかった。


「あってる」


 そう言った途端に部室のドアが勢いよく開いたと思うと「今の話! 聞き捨てならぬ!」と言いながら姫子が早足で中に入ってきた。

 とっとと残クレワンボックスにマイクロマシンをくっつけて戻ってきていたのだ。

 姫子は海人の前まで来ると微笑んでいるが遠い目で「へぇ~、お兄も男の子なんだねぇ。見たいんだ、水着」と緩く聞いてきた。


 これは迂闊に返答できない。

「見たい」と言えば女子二人からコテンパンにいじくられ、「見たくない」と言えば拗ねるわ、失礼だと怒るわ、挙句に昼間の海では目隠ししていろとまで言われかねない。

 どうしたものかと熟考して出したのが「正直、女性の水着姿には興味薄いけれど二人の水着姿は見てみたいなあ」という玉虫色の回答だ。


「意外かつ見事な答えだわ……お兄にしては頑張った。でも、どこか根暗な匂いがするし、チャラくはないけれどオッサン臭いから三十点減点で七十点だよ」という姫子の採点。


 海人的には、けっこう頑張ったつもりだが、辛口な採点には(なんでコイツは、こういうとこだけシャキッとした性格になるんだ?)と不満しかない。


 明日乃はというと、マイクロマシンのコントロールそっちのけで、下を向いてもじもじしながら「水着とか作らないから買いに行かないと。かあいいの欲しい」とか小声で言っている。


「いや、だからさ。水着問題より先にするべきことがあるだろ。まずは、そっちな」と海人は残念な態度で話をさえぎった。

 すると田浦と姫子が「えーっ」と、こっちもあからさまに残念がった。


「だいたい姫子。山瀬の車につけてこれたのか?」とやや怒って聞くと「そんなの、すぐわかったから後ろのバンパーの内側に付けてきたよ」と即答されてしまった。


 明日乃も「姫子が付けたのから信号きてるよ。あと、理科準備室のは座席の真上にまで移動させた。あとは山瀬が二十秒くらい座っていてくれれば投下したナノマシンを付着させられるんだけれど」と準備が出来たようだ。

 夏休み開始までの四日間で山瀬が長時間、理科準備室にいるチャンスがあれば良いのだが。


「あのさ、考え事しているところ悪いんだけどよぉ」と田浦が不思議そうな表情をして聞いてきた。

「教員の駐車場って新校舎の向こう側だろ。なんなら、ここから校内で一番遠い距離だよな? そんな行ってから一分や二分で帰ってこれないと思うんだけど」


(コイツ、意外に細かいところに神経を使ってんだな。こういうところが情報を集められる勘所なのか)と感心している場合じゃなかった。

 さて、なんと返したもんか?


「わたしとお姉はパルクールが出来るから、ここから降りるのは秒で出来るよ。あと、追っかけをおいていくくらいに足速いし階段上がるのは……なんだっけ。そうそう、超能力を使ってジャンプみたいなことするから早いんだよ。なんなら、帰る時にお姉とパルクールして降りてみせよっか?」


 それは完全な嘘じゃない。

 実際、追っかけを撒く際にパルクールで加速した勢いで部室に入ってくることが何度もあった。


「ホントに? そりゃすげぇや! ぜひぜひ!」


「田浦も期待していることだし、今日はそろそろ帰ろうか。あ、そうだ、座敷ちゃん。あのブローチ、あのあと何かありましたか?」


 するとさらさらと(また、一回光った)と書いて見せた。


「ふぅむ……なら、ここに彼らの目を釘付けしてもらうのも手か……座敷ちゃん、明後日の昼休みにブローチ受信機をもうひとつ預かってもらえますか」


 座敷わらしはこくこくと頷いている。


「残っているやつもこっちに持ってくるの? 今度は受信機自体がマークされているかもしれないから、一個目みたいに誰かが持って歩くわけにはいかないよ? どうするつもりなの?」


 明日乃の疑問も当然である。

 地下基地に置いておけば探知すらされないものをなぜ危険を冒してまでわざわざ部室に移動する必要があるのだろうか。


「それなんだけれど、昼休みに理科準備室に直接潜入して探ろうと思うんだ」


 これには部室にいる全員が驚いた。

「おい、だって、そりゃマズいだろ。もし、見つかった場合どうすんだよ⁉」


「そうだよ! お姉がマイクロマシンとか配置したんだから、カメラ映像でいいじゃん!」


「かなり危険だし、どうして今、危ない橋を渡ろうとするの?」


 予想はしていたが海人としては、待ちの態勢ではどうしても解明出来ないと判断する根拠があった。


「なあ、考えてみて欲しいんだ。怪獣操作に関することで、ここを拠点にする必要性はあるか?」


 間髪おかず明日乃が答える。

「ないわね。亀町の施設みたいに廃墟寸前のビルとか人がいるけれど目立たないところが都合がいいみたいだし」


「じゃあ、認識阻害を自分達のものにしたくて研究するためにここに来たのか?」


 すると今度は田浦が真面目に答える。

「それなら新校舎の理科準備室じゃなくて旧校舎の理科室とかの方が都合がいいだろうし、だいたい山瀬が直接調べにくるんじゃねぇの? 来ねえってことは、なにかバレないでやらなきゃなんねぇ別のことがあんじゃねぇか?」


「お、いいねえ田浦。その通り。最初は僕も認識阻害目当てだと思っていたんだよ。でも、田浦の言う通りなんだ。調べ方が消極的過ぎるのと、新校舎の理科準備室から旧校舎を探るというのは、意味が薄いし不自然だ。だから山瀬は認識阻害の技術を調べに来たんじゃない。それは、恐らくオマケだろう」


「それなら、何のためにここにいるの?」


「そのヒントをつかむ為に直接証拠を拾う必要があると思ったんだよ、姫子。あいつは何かをやるためにわざわざ高校生が大勢いるここに来た。そう考えるのが妥当なんだよ」


 海人がそこまで言うと、どうやら侵略やら調査といった単純明快な理由ではなく何かもっとドロドロした理由なんじゃないかと全員が感じていた。


「でも、ヤバい感じしかしないのに、どうやって山瀬に知られずに探るつもりなの? 星野のことだから作戦はあるんだろうけれど」


 明日乃は海人を心配しているが、海人にしてみると自分が窮地に陥った時に明日乃がどうするのかの方が心配であった。

 万が一にでも明日乃が頭にきて直接、力を使う事態になったら相手や事情を選ばず、この辺りが根こそぎ危ないかもしれない。

 だが、そんなことにまでなるような相手ではない確信もあった。


「たぶん大丈夫。山瀬も二年間も隠密で活動してきたのだからバレそうになった場合、即実力行使ではなく背景を知られないようにまず誤魔化すだろう。当然こっちも似たようなリスクがある。そうなれば互いに正体を隠しながら知らないふりをして腹を探り合うことになる。だから怪しんでも交戦までには至らないよ。少なくとも最初のうちはね」

 と説明をするも皆、全然納得していない。


「じゃあ、もう少し具体的に。奴らの真意を探るチャンスは一回だけある。それは、もう一つの受信機をここに運ぶ瞬間だ。今までとは別な受信機が移動して旧校舎に入って行くなんてことがあったら、さすがに山瀬も自分の目でその正体やらを確認するか取り返す動きをせざるを得ないだろ。焦った山瀬が金属の弁当箱と手提げ金庫を理科準備室に置いた状態で確実にいなくなるその瞬間だけが手提げ金庫の中身の紙を撮影できる」


 海人の言っていることは分かるのだが、大きな問題が二つもある。

 さっそく明日乃がツッコミを入れてきた。

「さっきも言ったけれど受信機を誰がどうやって家から運ぶのよ? それと手提げ金庫を開ける方法がないじゃない。ダイヤル式だから、山瀬がバッグから取り出した時の手元を拡大するしか方法ないよ? けれどアングルで上手く数字が読めるか分からないし……」


 そこで海人は詳細を話すことにした。

「よし、わかった。じゃあ、これから手順を解説するよ。まず、明日は明日乃は理科準備室内の山瀬の手元を中心に映像を撮ってくれないか。もし、そこで奴が紙に出力した内容が確認できて、なおかつ重要な内容だった場合は、この作戦は中止するよ。でも、ダメだったら、この作戦をやる。そこで、まず明日、なんとしても山瀬にナノマシンを投下して付着させてほしい。そのあとは山瀬がどこにいるのかを教えてくれないか」


「ナノマシンは、もともとやるつもりではあったけれど、いったい何をするつもりなの?」


「山瀬と世間話をしてみようと思う」


「待った、お前、何考えてんだよ? ろくな話じゃないだろ」


 田浦は、たしなめたが理科準備室での行動がバレた場合を考えると全く知らない生徒がそこにいるということでは誤魔化しが効かない。

 保険として、科学に興味がある学生で山瀬に聞きに来ているという形を事前に作っておく必要がある。


「いや、そこは普通に学生らしい科学の疑問点を聞くだけだよ。そこは心配しなくていい。むしろ、気を遣ってくれるなら、なんか旧校舎についてのネタがないかな? どこかが壊れていて危ないとか、気になる部分が何かないか?」


「はあ? なんだ、そりゃ?」


「ん~、例えば中央階段の一段目がブカブカしていて踏むとキュッって鳴るんだけれど、そんなの?」


「それだ、姫子! 明日の昼にでも自分で確かめてみるよ。それで、明日乃。スマホでドローンをコントロールできるよな? 明後日、家から出る前にドローンに受信機を持たせて待機させておいて欲しいんだ。で、昼休みに部室の前の廊下の窓を開けてドローンをキャッチしたら部室に退避してほしい」


 明日乃はハッとして「侵入するのが、そのタイミングなんだ⁉ けっこうタイトだよ⁉」と言って険しい表情をした。


「夏休み前の勝負所だ。なんとしても尻尾を掴むつもりだからね」


「俺とか手伝えることあるか?」


「いや、むしろ普通にしていてくれ。その方が助かる」


「わかった。でも、お前。本当に悪い意味じゃなくてヤバい奴になってきたな」


 悪い意味じゃないと言いつつ田浦は明るくはならなかった。

 海人が全体として、どんな作戦を考えているのかが正確には把握できなくなっていたからだ。


ご評価等、宜しくお願い致します。

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