第四十三話 男のロマンのはじまり
放課後に部室に全員集まると珍しく田浦まで来ていた。
「あれ? 昼飯以外でお前が来るのは珍しいな。どうした?」
海人の辛辣なツッコミに微妙な表情の田浦であったが、どうやら彼なりの勘が働いたようで「一応、俺も正規の部員だからさ。最近、お前らの動き。いつもと違うくらいは分かるから、何かあったなと思ったわけよ。で、何やってんだ?」と様子を見に来たという。
「まいったな。僕らの動きが変というのは、そんなに目立っていたのか」
懸念する海人だったが、田浦は否定した。
「ちがうちがう。俺は三人の動向をいっぺんに見ているから分かるだけで他の奴とかにはわかんねぇよ」
「それならいいけれど。あまり褒められたことはやっていないから、バレるとかはマズいんだよ」
含みを持たせた海人の言い方は、ますます田浦の興味をひいてしまった。
おまけに外観だけとはいえ明日乃が持っている改造スマホを見たものだから、とにかく、どうしても自分にも見せろと引き下がらない。
「前から気になっていたんだけれどさ。宇宙科学研究クラブって言ってるけれど、宇宙で科学のことやってるとこ見たことねぇんだけれど? この前から学内を隠し撮り調査みたいなことしかやってなくね? それにさ……なんていうか、座敷ちゃんがいる時点で、こんなこと言うのも変なんだけれどよ……持っているもんとか、なんか変なんだよな? お前らの関係も」
これには明日乃も姫子も返しようがなかった。
海人ですら、ちょっと上目遣いで(まいったな)という顔しかしょうがない。
困った挙句、明日乃が「どう話すかは星野に任せるから、田浦君には話した方がいいんじゃない? 協力もしてもらっているんだし」と言い出した。
海人に任せるというのは、言葉通りのどう話すかではなくて、どこまで話すかを任せるという意味だ。
咄嗟に話すにはさじ加減が難しいが、まずは自分たち以外のことに注意をそらすことを話すしかない。
「わかった。確かにお前からは調査にしか見えないだろうな。でも、僕らはこれでも宇宙を科学で研究しているんだよ。驚くなよ? この高校には何人か宇宙人が紛れている」
田浦の目が点になった。
にわかには信じられないのだろう。
普通ならバカバカしい話だ。
「え、いや、お前。それって。え? 何言ってんの? そんなの……」
信じろってか? と言おうとした時に座敷わらしが紙に(私)と書いたものを見せた。
「あ……」それを見た田浦は、もう何も言えなくなってしまった。
田浦の中では「宇宙人と妖怪。本当にいるならどっち?」というクイズみたいなことが起きているに違いない。
「あのよ……怪獣の調査くらいまでは、なんとなく科学研究なのかなって思っていたけれど、最近は学校の中の動画を見ていたりするから変だなとは感じていたんだ。けど……宇宙人か」
海人はゆっくりと頷くとカバンからサーモグラフィカメラを取り出した。
そして以前に撮った山瀬先生の普通の動画を見せ「いいか? これは、この前見せた画像だけれど、これにサーモグラフ画像を重ねるぞ」
すると他の先生と違い、山瀬の顏や手など露出している部分まで周囲の机や事務用品等とほとんど同じ色になった。
オレンジ色になっているのは、その手に持った紙コップのコーヒーだけだ。
その意味が田浦にはよく分かっていなかった。
「いいか、サーモグラフは温度によって色が変わるくらいのことは分かるよな? 例えば、そこに映っている紙コップのコーヒーの温度は七十度近い。周りの机とかは早朝でクーラーも入っていたから二十三から二十五度くらいだ。じゃあ、山瀬の体温はいくつだ?」
さすがに今度は意味が分かったようで慌てだした。
「おい、これって⁉ これじゃゾンビとか……宇宙人……かも……そういうことか!」
「そういうことなんだ」
田浦はしばらく考えてから、ゆっくりと話し出した。
「なるほど? で? 俺に隠してた理由はなんだ? それと山瀬を調べてどうするつもりなんだ? 警察に言っても無駄だろ、これ」
「山瀬を調べているのは、山瀬が有害な宇宙人である可能性があるからだよ。その証拠があるのか、勘違いなのかも含めて調べているんだ」
説明はしたが田浦が納得するには程遠かった。
まだ肝心の部分に答えていないからだ。
「調べて、それで悪い奴だったら? 誰に言えば解決する? 誰もいやしねえだろ。でも、放っておくのはもっと嫌なのは俺も分からねえわけじゃねえ」
「まぁ……そうだよな」
山瀬に注意をひきつけ、話の中心をそらそうとしたが失敗してしまった。
やはり田浦ほど近くにいる人間にすべてを秘密にするのは無理がありすぎた。
となると、開示する範囲を考え直さねばならない。
考えあぐねていると、我慢していた明日乃が意を決して話をし始めた。
「あの、田浦君……その……実は、わたし達……」
まずい。
もし、明日乃が自分は人間ではないと言ってしまったら少なくとも宇宙人だと思われる。
その瞬間にこれまでの学校生活や海人との関係は作り物で、明日乃と山瀬は同類と思われ全ての関係が壊れてしまうかもしれない。
海人は事態の収拾の方法を超スピードで組み立てる。
「超能力‼ 田浦、実は超能力姉妹なんだ!」
突然の脱線設定に明日乃と姫子は目が点になった顔を見合わせた。
「この二人は実は物凄い超能力を使えて、それで宇宙人を退治することが可能なんだ!」
これには明日乃も姫子も残念な表情で海人を眺め始めた。
海人的には完全な嘘でもないし、通常の能力じゃないんだから超能力と呼んでもおかしくない、という理屈なのだが女子二人には(言うに事欠いて、そんな幼稚園児の言い訳みたいなことを)というイメージだったようだ。
それを聴いた途端、田浦は目を見開き、驚愕した。
「な‼ な‼ なんだってぇええええぇぇぇぇ‼」
田浦の叫びに海人は(終わった)と半ば観念した。
座敷わらしまで含めた四人全員が『あーあ、くだらない言い訳で怒らせちゃったよ』と肩を落とす。
しかし田浦は興奮しながら海人に詰め寄ると
「お前‼ なんでそんな大事なことを黙ってるんだよ! やっぱり、そうだったのかっ‼ 俺、おかしいと思ったわぁ!」
それを聴いた座敷わらしまで含めた四人全員が「信じちゃったよ、これ‼」と前のめりにコケそうになったのをなんとか踏みとどまった。
(じゃあ、今のが通るのなら、これもいけるか?)と海人はさらに言葉を続けた。
「そして、それだけじゃないんだ。明日乃はモノづくりの天才で、難しいものでも大概はすぐに作れてしまうんだ!」
もうヤケクソだ。
こんなアホ話でも田浦に話を通せるなら、これからの行動を無理やり隠さなくても奴の中で勝手に理由づけするだろうという算段だ。
すると田浦はウンウンと頷きながらどんどん合点がいっているらしく興奮しながら話しかけてくる。
「わかる! 明日乃さんのさっきの改造スマホとか、でっかい交通標識キーホルダーとか本当に凄いと思うわ! けっこう時間とか、かかるんすか?」
話がいきなりとんでもない方向になり、明日乃も慌ててなんとか話を合わせようとする。
「え、いえ、そんなでも。わりとチャチャッと作れる……のかな?」
「マジすか! かーっ、やっぱ本物の天才って一味違うわ! 料理が上手いのも、やっぱモノづくりの天才としては当然だったってわけかっ! じゃあ姫子さんも、なんか得意なことあるんすか?」
海人は取っ散らかりながらも将来へのつじつま合わせを踏まえて姫子の能力の話を振った。
「あ、姫子は……自分の身体に念動力をかけることができるんだ!」
すると田浦は、怪訝な表情となった。
どうも意味が分からなかったらしい。
「それって、何が凄いんだ?」
『ちょっと、星野! それ、設定が難しすぎ!』
明日乃から駄目出し通信が入る。
姫子もどうしていいのかオロオロしだしている。
「つ、つ、つまりだなぁ! 自分の身体を超能力であやつって怪力にできるんだ!」
それを聞いた姫子が何か思いついたらしく、隣の部屋にダダッと走っていくと天体望遠鏡を片手で持ってきて「田浦君、これ持ってみて?」と言うと田浦の横に置いた。
例のミザール カイザー型のフル装備なので持てなくはないが超重い。
田浦がふらふらしながら望遠鏡を持ち上げるさまを見て、大事にしている望遠鏡が壊されないかと座敷わらしまでオロオロし出す。
「いや、これを片手で軽々と運んでくるとか、姫子さんも凄いんすね! それで悪い宇宙人を取り押さえようってこと?」
「ま、まあ、そんなところだ」
全員、背中に嫌な汗が出ていたが、これでなんとかなったようだと一安心した。
だが、まだ終わっていなかった。
「で、取り押さえてどうすんだ?」
正論ど真ん中の疑問に完全に虚を突かれて頭が真っ白になった海人から咄嗟に出たのは
「反省するまで正座させるとかかな? 他にもいろいろ考えてるからさ!」
これも酷い。
小学校の体罰問題じゃないんだから、フラッシュアイデアにしてももう少しマシなものが出せなかったのかと、今度は姫子からクレームの通信が入る。
だが、当の田浦は納得した様子で
「そりゃ、もし山瀬が黒だったら、ダメ生徒として名高いお前に正座させられた挙句、反省を促されるなんざ拷問だろうな。是が非でも見たいもんだわ」とまんざらでもないようだ。
海人は田浦のあまりの物分かりの良さにキツネにつままれた気分で呆けていると
「そうだ、前に山瀬のことを教えてくれって言ってたよな。調べてきたぜ? 聞くだろ?」
という目が覚めるようなことを言い出した。
「是非、教えてくれ。奴のことなら何でもいいんだ。特にどんな性格なのかが分かると助かる。山瀬ってどんな奴なんだ?」
山瀬の行動についてのヒントがあれば正体や背景組織を早く解明出来るかもしれない。
すると田浦は学生服の内ポケットからメモ帳をとりだし、見ながら解説を始める。
「俺もさ、変な先公がいるなって感じではあったんだよ。えーと……ヤマコーのフルネームは山瀬巧介。理科系全般を教えている林先生が定年間近になってきたんで負担を分担するために二年前くらい前から最初は非常勤で来始めたらしいぜ?」
二年ほど前からこの高校への潜入調査を始めたのだとすると、明日乃や海人自身が入学した辺りからということになる。
ただ、明日乃と座敷わらしが出会ったのは今年に入ってからなので、山瀬が認識阻害技術の模索という理由だけでこの高校に留まっているわけでもなさそうだ。
「ヤマコーの評判を聞いてみたんだが、授業内容は淡々と進めるって感じでつかみどころがなかったわ。授業以外でも話をしたりした奴がいなくてさ。あ、ただ一人だけなんだが、ヤマコーと三年の誰か二人が話をしているのを見たってのがいて。背がでっかいがっしりした男子生徒で三年って言ってたから一人はうちのクラスの鶴見で決定だろ。もう一人がよく分かんねえんだ。ただ、どうも明日乃さんの追っかけやってる榊原なんじゃないかと俺は思う」
榊原は明日乃の、鶴見は明日乃から姫子に乗り換えた奴らだ。
やれやれという感じで明日乃がまとめた。
「それって、もし山瀬と鶴見君や榊原君がつながっているなら、単なる追っかけで部室前の廊下まで来ていたわけじゃなさそうね」
「どうやら、認識阻害の仕組みやら突破方法を探りにきていたというわけか。確かに教師である山瀬が探しに来るわけにもいかないだろうからな」
田浦が神妙になってきた。
自分の調べたことがいくつかの事実で紐づけされていくと最初はやや馬鹿にしていた、何らかの意図を持って高校に潜伏する宇宙人というシナリオにリアリティが出てきている。
「ほかにわかったこととかあるか?」
田浦はメモ帳を何ページかめくると「大した情報じゃないけれど」と前置きしながら
「山瀬は自家用車で通勤してる。車が趣味なのか非常勤のわりに高級車らしくて黒のワンボックスカーだぞ。残クレなんとかで有名なやつ」
これはデカい情報だ。
海人が急にきびきびし出す。
「姫子、駐車場にいって黒い大型ワンボックスがあったらマイクロマシンを。明日乃は、理科準備室のマイクロマシンの位置を奴が座る椅子の真上に移動させてくれないか。田浦、お前がいてくれて本当に助かったよ」
姫子は頷くと部室のドアを開けて外の様子を見た後「いってくるね」と一言いってドアを閉めた。
明日乃もお手製のスマホらしきものでマイクロマシンの操作をしながら
「わたしたちだけじゃ気がつかないことを教えてもらえてありがとう。田浦君独自の視点もわたしたちには重要だって思い知らされるよ。これで分かったことがあったら、ちゃんと教えるからね」
褒めたたえられて田浦は照れていたが「マイクロマシンってなんだ?」としっかり聞いてきた。
だが、それは海人も予想しており、田浦の関心をずらす答えを用意していた。
「明日乃が作った小型のドローンだよ。相手に気づかれず調べることが出来る必殺技みたいなもんだ。そんなことよりもお前に伝えるのを忘れていた重大なことがある。夏休みに入ったら、すぐに観測合宿に行くぞ。場所は大洗だ。文句ないだろ?」
大洗といえば海水浴場や観光施設が目白押しの人気スポットだ。
「マジ⁉ それって、海水浴もするって意味? 天体観測だけじゃなく?」
「ああ、夜は天体観測をするが昼間は海水浴場で過ごそうと思ってるぞ?」
「えっと、それは⁉ つまり、男のロマンを拝めるって理解であってるんだよな?」
掲載が線状降水帯で欠航になってしまい、家に帰れなくなった分だけ遅くなりました m(__)m




