第三十九話 しかめっ面のはじまり
アルファウォーは、ショッピングモールの一階に横向きで頭から突っ込んだ。
一階はパーキングスペースだったが右半身を下にした横倒し姿勢で、左肩が二階床の鉄筋コンクリートにめり込んで停止していた。
駐車していた二十台ほどの車がペシャンコになっていたり、大きく損傷してセキュリティーアラームがけたたましく鳴っている。
ショッピングモールの二階部分は店内へのエスカレーターとなっており、幸いにもショッピングカートの待機スペースで左腕が止まっているので、かろうじて巻き込まれた人はいなかった。
突然の衝撃とコンクリートの粉塵に店内には悲鳴が起こったが、その数秒後は何が起きたのかを全員が見定めようとしたためか数秒の静寂が訪れた。
しかしスプリンクラーの作動をきっかけに再び叫び声と共に、近くにいた客達はエスカレーターから離れた非常階段へ殺到し、将棋倒しになって負傷者が出始めた。
火災報知機の非常ベルも鳴りだして、二階より上の売り場も騒然としだした。
「何とか犠牲者出さずに済んだと思ったのに……それにしてもモロにやられたね。アルファ、損傷状態はどんな感じ?」
【攻撃を受けた際にスティングハンマーを手放しただけで機体自体には損傷ありません。ただし現在、光学迷彩がコンクリートの粉塵の付着で一部が無効化しています】
「それは、ちょっと良くないね。建物を壊さないように出られそう?」
【倒壊被害を避けながら最適に離脱します】
抜け出す為にアルファウォーの左腕が動いた途端に悲鳴が上がった。
どうやら、粉塵で光学迷彩が効いていないのが店内に入ってしまった左腕だったようだ。
「手だ‼ 動いてるぞ‼」
「殺される‼ 早く行ってよ‼ ギャー‼」
怪獣とアルファウォーの衝突の振動を地震だと思い、丈夫そうな店内で様子を見ていた人達は非常ベルの音で火災が起きたと思い、階段で避難していたが二階を通過する際に巨大な手が動くのを見て、建物の外に出るとJRみいさと駅の反対方向へと逃げ出していくのが見えた。
アルファウォーはショッピングモールから抜け出し、立ち上がろうとするがモールの向かいに広がる公園の立ち木を脚で何本かバキバキと倒してしまう。
空中に浮いた大きな腕。
落雷でもないのに、いきなり倒木する様は逃げる人々に更なる恐怖心を生み出した。
アルファウォーはうっすらと見えている左腕から粉塵を落とす為にすぐに飛翔して左腕から振動波を出すと粉塵が吹き飛んだ。
【光学迷彩、回復しました】
姫子は一旦、俯瞰で見る為に高度二百メートルまで上がると怪獣はJRみいさと駅を背にした付近を破壊しており、何故か駅方向への被害が及ばないようにしていることに気が付く。
「あれ? こっちは助かるけれど……なんか変……」
【こちらAI衛星 EDOです。UFO、速度時速三千六百キロで移動中。現在、船橋上空】
「あ、忘れてた! 正体不明機、ここから離れちゃったんだ?」
その時、明日乃から指示が入る。
『姫子、その場から動かないで。星野、もう着くよ。どうしても捕まえられなかったらアレスティング・キッチャー出すけれど、まずは自分で掴みにいって』
【ガンマキャリー左後方、八時の方向。高度五百、マッハ二で接近中。速度、同調させます】
『コネクティングハンドル、オープン。迷彩解除。星野! 掴んで‼』
海人が後方モニターを確認すると巨大な翼を持つ角張った飛行体が確認出来た。
その胴体下側にT字のバーが二つ見える。
「あれか。明日乃、案外と簡単にいけそうだ。代わりに速度同調のために現場から離れそうだけれど」
【速度差四十キロ。接近します】
「ここだな!」
追いつかれる一瞬手前で右足のスロットルを多めに踏み込むと、T字バーが目の前にきた。
そのまま両手で掴むと同時にAIが切り替わり、声の質も変わった。
【コネクティングハンドルでの接続完了しました。これよりコントロールはガンマが行います】
(どうも、このハンドルを通じてコントロールをする為にデリケートに掴む練習をさせられていたらしいな。ただ、それだけとは思えないが。そしてガンマキャリーと接続出来たまでは良かったが、この後はどうしたものか。まずは、現場に戻るのと何が出来るのかを聞いてみようか)
「ではガンマ。この位置から周囲にできるだけ被害を出さない攻撃手段はあるか?」
【超質量バレットでの狙撃があります。接近すれば他の兵装が有効となりますが使いますか?】
「では、超質量バレットで狙撃の後に、接近して周囲に被害が及ばない兵装を使用して攻撃してくれ」
【了解しました。超質量バレットスタンバイ】
ガンマキャリーの胴体上面が展開し、コの字形をした細長いレールが二本伸びる。
どうもレールガンの類いのようだ。
「姫子、今いるところから怪獣は見えるかい?」
空中で待機している姫子からは怪獣が良く見える。
いまだ悶絶しているようではあるが、どうやら次の目標が決まったのか片足を引きずりながらも移動をし始めた。
だが、その移動速度は極めて遅く、一歩進むのに二十秒近くかかっている。
単に怪我で遅いわけでもなさそうだ。
「よく見えてるよ。でも、なんだか凄く動きが遅いよ?」
「わかった。これから攻撃をしてみるから、効果を見届けて欲しいんだ」
「アイアイサー。いつでもいいよぉ」
姫子が見ているなら、アルファウォーからの映像であとから分析も出来る。
「よし、ガンマ。やってくれ」
【超質量バレット発射します。続けて接近しナイファーウイングによるプラズマセイバーソーを使用します】
言い終わると、ほぼ同時に軽い振動がした。
発射されたはずの弾丸は海人には速すぎるのか全然見えない。
バーが収納され機首が怪獣の方向を向くと、メインモニター中央の点にしか見えていなかった怪獣が急激に大きくなっていく。
一方、姫子の視点では、怪獣の首辺りから右肩、右胸にかけてが、いきなり刃物で円弧に切り取られたように無くなり、かなり離れた鉄道の高い盛土にも突然、円形のトンネルが出来た。
バレット自体は浅い角度で盛土の向こう側の舗装路を100メートル程削ると、そのまま跳弾し上空へ消えて行った。
「えっ、なにが⁉」と言っている間に姫子も初めて見るガンマキャリーと言う飛行体が超低空で飛来した。
左腕が落下し臓物と血液を噴水のように噴き散らかして既に絶命しているであろう怪獣の胴体に、光る後退翼のエッジが触れ通過する。
怪獣は水平に真っ二つにされると、上半身だけがバランスを失い地面へ落下。
ガンマキャリーは、そのまま上空へ昇ると光学迷彩を作動させ青空に消えた。
ベータウォーは離脱して光学迷彩のままアルファウォーに接近する。
「姫子、どうだった?」
「え……いや、どうもこうも……お兄、あれ、どうするの?」
そこには下半身だけが立ち尽くす、かつて怪獣だったものが血液を垂れ流し、その傍らにグチャグチャになり円弧に欠けた上半身が痙攣を起こしながら転がっていた。
周囲には超質量バレットで吹き飛ばした臓物やらがあちこちに派手に散らばっており、さながら悪趣味なペイントゲームのように悲惨な状態だ。
その惨状を見て、海人もいささか腰が引けた。
「どうしようか……やったらやりっぱなしでいいのかなぁ、これは」
別々のモニターを見る三人共、同じしかめっ面になっている。
『せめて下半身だけでも片付けてあげたら?』という明日乃の言葉にそりゃそうだとなり、毒性や病原性を確認し、問題なければ二台のロボットで下半身を船舶の航路が内房側より少なめの九十九里の沖に捨てることにした。
ロボットは光学迷彩のまま死骸を運ぶので、どう見ても怪獣の下半身だけが空中へ浮き上がり、とんでもない速度で空を駆けていく様は気が変になりそうなビジュアルだ。
途中、二機のロボットは偵察または要撃の任務でみいさと市に向かっているのであろうF‐15とすれ違い、追跡されるも振り切って予定していた沖に下半身を投棄した。
しばらく、その場に留まって様子を見ていると海水の色が変わった場所が出てきた。
別に毒性とかではなく単純に体液だ。
後から追い付いてきたF‐15が、その場で大きく旋回したからその様子は確認したのだろう。
一通り終わったところで明日乃から通信が入る。
『二人ともお疲れ様。透明UFOは船橋の沖でロスト。海中なのか基地なのか、それともお得意の転送なのか。それと、興味深い映像が撮れたから戻ったら見せるね』
「ああ、姫子のスティングハンマーを拾ってから一緒に帰るよ。これ、どこに帰投すればいいんだ?」
『中川の支流の大場川のところに老人ホームがあるでしょ? そこの前の川の中に着水する姿勢になれば、あとはロボットのAIが自動でやるから』
「わかった。姫子、ハンマーは見つかったか?」
するとバツが悪そうに「あったけれど、パチンコ屋の立体駐車場に刺さってて何台か壊しちゃってる」
幸いハンマー部分も独立したエンジンがあり光学迷彩がかかっている。
とはいえ、車の持ち主には申し訳ない。
宇宙艦が来てから発売された宇宙火災保険に入っていることを祈るだけだ。
拾ったスティングハンマーをアルファウォーの背中に再接続し、大場川帰還口に到着した。
二人がトラベルチューブで司令室に到着すると明日乃がニコニコ顔で待っていた。
「おかえりなさい! 初の本格的な実戦だったけれど、無事に帰ってきてくれて良かった!」
だが、海人も姫子も嬉しさ半分といった感じだ。
というのも、市街地での実戦のリスクがあまりに大きいのと被害やら犠牲は幾ら気を遣おうが一定数出てしまう。
ガンマキャリーの兵装の威力も予想外だった。
被害を出さない火力という都合が良い兵器を考えてしまったことが問題なのか。
それならば使用手段をどう限定するか。
考えなければならないことが多く、手放しには喜べない。
だが、そこは切り替えていかねばならない。
「姫子、僕らがいなかったことと比較したら良かったわけではないにしろ、最悪ではなかったと解釈すればいいんじゃないかな」
「……そうだね。防衛出動だもんね」
「そうなんだよ。だから、怪獣やらヘンテコなものが出る前にどうにかできれば一番いいんだけれど、出ちゃったものは何とかするしかないくらいの気持ちでやろうよ」
二人の話を聞いていた明日乃が「それなんだけれど、ヘンテコなものが出る前になんとかするヒントが拾えたかもしれないよ? これを見て」
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