第三十七話 暗躍者のはじまり
「それはね、しかたないでしょ。星野には、まだまだ長―い訓練があるんだから」
確かに姫子のアルファの訓練内容との差から考えても長い時間がかかるであろうことは理解出来た。
「まあ、腐っても仕方がないから、早速、ベータに乗ってくるよ。状況を考えると気長には出来ないけれど、やらなきゃ先に進まない」
トラベルチューブの中で海人は考え込んでいた。
カラ元気であんなことをいってはみたものの、自分には操縦センスがないんじゃないかとも疑い始めていた。
そこでシミュレーターに乗ると、ある質問をしてみた。
「ベータに質問だ。今、やっている砂を掴む練習なんだが」
【今回から砂ではなく別の訓練を行います。スクリーンを注視してください】
(お、ついに武器の基礎練習をすることになりそうだ!)
【砂浜にいろいろな大きさのゴミが落ちています。これを小さいものもすべて拾い上げて一ヵ所に集めて下さい】
「え、砂の次は海岸掃除なのか? これは、何の訓練なんだ?」
【これより、操縦装置が変わります。グローブを脱いでください】
言われた通りに脱ぐとグローブは引き込まれ、代わりに外骨格に指を通すであろうリングが付いているものが出てきた。
画面には、このように装着しますという図説が表示されている。
その通りにしてみると、グローブの時より指の動きを細かくトレースしてくれる。
「なるほど、これなら細かいゴミもかなり拾えそうだ……じゃなくて、だからこれ、なんの訓練で、どんな武器に繋がるんだよ?」
【これは武器の訓練ではありません。武器の訓練は、素振りをやっていますね。そして、キューブラスターを使った射撃訓練もしていますね。予定通り育成プログラムをこなされています。何か問題でも?】
【何か問題でも?】と言われると予定通りなら問題ないとも言えるが、海人的には問題だらけだ。
「うーん、このままだと明日なにかあっても僕は戦力にならないよね? それでいいのかなあ?」
【星野海人に直接の戦力を担わせるくらいの敵性戦力であれば、明日乃未来が対処します】
「そうか、確かにそうだ。と、すると僕がやっているのは一体なんなんだ?」
どうにも強大な敵性勢力には明日乃が、それ以下なら姫子が。
では、海人は何を相手にする直接戦闘の訓練なのだろう。
「うーん……」
【ヤル気が出ませんか?】
「いや、ゴールが見えなさすぎてさ」
【では、お答えします。ひとつは、星野海人は司令官的役割を持ちます。前線での指揮をとるためにも自衛力を必要とします。ふたつめは保険です。万が一、明日乃未来が強大な敵性勢力に対して、どの程度の力で叩いて良いのかを制御出来ないと判断した場合に星野海人が出撃します】
「え、ちょっと待てよ。姫子でも明日乃でもどうにもならない相手を僕がするとか無茶だろ」
正確には明日乃が叩けない相手に対峙するのではなく、例の微妙な加減が出来なくて相手の全滅しか選択肢が無くなる状態を避けたいという意味だろう。
エスプレンダーの存在理由も恐らくそれだ。
【いいえ。その事態を打開する方法を習得中なのです。では、海岸のゴミ拾いの練習を始めて下さい。今回は百個です】
(その凄い話が、どうしてゴミ拾いと接続するのかが今のところ理解できないが、まあ、やるしかないよな)
シミュレーターサイズ仮想十五メートルのロボットが、しばらくゴミ拾いを続けているとベータからストップがかかった。
【予想より筋がいいので難易度を増します。残りのゴミは全て紙コップです。潰すことなく回収してください】
「またまた御冗談を。この小さい紙コップを潰さずにって無理だろ。中には砂に埋もれている紙コップもあるんだろ?」
【はい。あります。最初から上手くやろうと思わなくて良いです。まず、可能な限りやってください。ただし、今日は五十個ですが最終的な目標は五百個を無傷で回収です】
何か達人とか仙人になるような話に聞こえてきた。
【心配は無用です。既にクローラ式油圧ショベルでワインをグラスに注いだりマッチを擦り、火をつける等のことが出来る人が存在します。油圧ショベルよりは繊細な動きが出来ますし、指などにもフィードバックがありますから練習により必ず出来ます】
「要するに、テレビ番組に出るようなびっくり人間を養成したいんだな。わかったよ」
【理解が早いので助かります。では、練習を続けて下さい】
結構なスパルタ加減なんだが、理由がなんとなくでも見えてしまえば構いはしない。
むしろ、できるだけ早く習得しなければ……とはいえ、青い空、青い海、誰もいない白い砂浜で紙コップをもくもくと拾う巨大ロボット。
「シュール過ぎるな……」
当然、初日の今日は全ての紙コップをクシャクシャにして練習を終えた。
アルファの方は、まだ訓練をしているようでシミュレーターが派手に上下左右に揺れている。
しばらく終わりそうもないので、となりの練習場にいくと明日乃が道路標識のオッサンで射撃練習をしていた。
オッサンの足を持って帽子から発射されているのであろう光弾でドローン標的を撃っている。
それも一発一発撃っていると当たらないのか、弾数無制限を武器にファミコン時代のシューティング系の連射のように、オッサン銃を上下左右に向けると連射された光弾が蛇のような軌跡を描いてドローンに向かっていく。
一度ヒットしてしまえば五、六発命中するため、ドローンは跡形もなく四散した。
海人が部屋に入ってきてから明日乃は撃つのをやめて傍にくる。
「今のは一番低威力なんだけれど、どお? 実体弾じゃないから弾道じゃないんだけれど、なんかそんな風にみえるでしょ」
「ああ、そうだね。なんか当たる方に銃を向けてから見ながら当てるみたいな感じだな」
「そこがいわゆる銃とは違うところ。意識して作ったわけじゃないんだけれど、結果オーライだったよね」
ここでちょっと気になった。
「一番低威力って言ったけれど、威力変えられるんだ?」
すると即座に返ってきた答えは「変えられるけれど、最大威力を見たいとか言わないでよ? この部屋の耐久を超えるかもしれないから試してないし。もし、超えたら水河公園の沼の水が入ってきちゃうから」
またろくでもない威力のようだ。
ロボット要らないんじゃないか? と一瞬思ったが、その銃を性能通りに扱えるのも、また明日乃だけなのだろう。
そこへシミュレーター訓練を終えた姫子が入ってきた。
「お疲れぇ~。今日の訓練は長かったぁ。でも、軽い実戦なら出来るかもしれないって言われたよ!」
「えーっ、早いなあ。僕なんか、海岸でゴミ拾いからの紙コップ集めだ……」
姫子は海人が何を言っているのかをすぐには理解出来なかった。
同じロボットのシミュレーターなのに、あまりに内容が違いすぎる為だ。
「お兄、ベータの話だよね? ベータシミュレーターの中で寝てたわけじゃないよね?」
「寝させてくれないだろ。南の島の別天地みたいな海岸で紙コップを拾う清掃作業だよ。おっと‼ 何でかって聞くなよ? 僕が知りたいくらいだから」
流石に明日乃も、どんなことになっているのか理解していないらしく「で、でもベータは順調だって言ってるんでしょ? じゃ、いいじゃない……いいのよね?」と実に不安なことを言った。
毎日の素振り三百本で肩は痛いわ、腕はパンパンになってくるわで細かい腕と指の作業が続くのは、かなりしんどい。
どうやったら上手くいくようになるものだか。
そこから二週間が過ぎた。
海人はベータシミュレーターで紙コップを十個に一個くらいはまともに拾えるようになっていた。
そして調子に乗っては砂の中に埋もれているコップに挑戦して裂けてクシャクシャにしていた。
それでも、最初の頃よりは随分とマシになっている。
その間にも、いろいろなことが分かってきた。
流石に四六時中、カバンにサーモグラフィカメラを仕込んでいるわけにもいかないので、携帯型の電磁波モニターだけ持って早朝から校内をうろついてみた結果、やはり理科準備室のところでピークを示す高い音がする。
あまり、毎日同じ時間に同じところをうろつくと何者かに気取られるので適当にしていたが、昼休みに旧校舎の部室に行くついでに理科準備室の前を通ると例の白衣を着た臨時教師が向かいから歩いてきた。
全く素知らぬフリで海人とすれ違うと後ろから別な生徒が声をかけているのが聴こえた。
「あっ、ヤマセ先生。林先生が探してましたんで職員室に行ってください」
「ん、そうか。ありがとう」と言い、やや足早に去っていく。
思わぬ収穫だ。
学校のホームページにも名前がまだ載っていなかったので助かった。
そのまま部室に行くと、相変わらずメシだけ食いに田浦が来ていた。
「ちーっす。いやぁ座敷ちゃんとだいぶ仲良くなれたわ」
「おっ、丁度良かった。田浦、この前、ここで見た画像の先生だが名字が分かった。ヤマセって言うらしいが、なんか知ってるか?」
「ああ、あれ、ヤマコーだったのか。白衣は林先生とかも着ているし小さい画面だからよくわかんなかったわ。苗字は山瀬だな。詳しくは分からないけれど、何が知りたいんだ?」
「そうだなあ……どんな先生なのか評判とか聞いてもらえるか?」
「そりゃいいんだが、なんかあるのか? ヤマコーって」
そこを詳しく説明出来る程の材料がない。
それに、興味本位で田浦が危ない橋を渡るようなことも避けたい。
「いや、なんてことない。学校のホームページ見ても載ってないからさ。どんな先生かなって思っただけだ」
「ふーん。じゃそういう事にしておくわ。明日の昼に、ここで報告すっから」
田浦の勘なのか、深入りを避けたのが分かった。
今は、その方がお互いのためだ。
「座敷ちゃん、コイツ働いてくれるそうだから、お茶菓子サービスよろしくね」
座敷わらしは、こくこくと頷くと、ういろうとおたべが出てきた。
「あ、なんかわりぃね。やっぱ、俺、ここ好きだなあ」
そんな田浦と座敷わらしに「今日は急ぐんで、また来るわ」と言って部室をあとにする。
そのまま屋上に行くと明日乃と姫子が待っていた。
部室で話す方が秘匿性は圧倒的に高いが、詳しい話は、ここではしないのと田浦に聞かせたくないこともあるやもしれないので久しぶりに屋上を使ってみたわけだ。
早速、海人から「ちょっと前進。詳細は帰宅後」
すると明日乃も「ちょっと気になる反応。詳細は帰宅後」とクスッと笑う。
姫子の報告は衝撃的だった。
「藤宮ゆかりと友達になった! 詳細は帰宅後!」
「なんだとぉ⁉ おい、大丈夫なのか?」
藤宮ゆかりはサーモグラフで、ほぼ外星人確定の一年の女子だ。
それと調査対象と友達になったというのは、さすがに迂闊過ぎないだろうか?
「全然、普通だったよぉ? 可愛いし、人気者だよ?」
「いや、そうじゃなくてだなぁ……まあ、いいや」と、明日乃を見ると頭抱えていた。
「ともかく、あとは帰ってからだな」
調査も訓練も地味だが進んでいた。ある意味順調だった。
帰り道は三人バラバラで帰っている為、いつも海人が一番遅く帰宅する。
認識阻害がかかっている自宅に入る時に近所の人には、どの様に見えているんだろうか? と一瞬考えたが気にされないのが認識阻害なのだから、そもそも見えていないのかと勝手に納得してしまった。
門を過ぎて玄関のドアを開けようとした時にドン! と地面が揺れる。
続いて ドン! ドン! 二回連続の縦揺れの後、すぐに上下微動が来た。
地震かと思ったがスマホの地震警報は鳴っていない。
しかも、この上下だけの振動が周期的に続いている。
これは以前、経験した振動に似ていた。
明日乃がドアを開け叫んだ。
「星野! 早く中に入って! たぶん、実戦になるから!」
ご評価頂けると嬉しいですm(__)m




