第三十四話 訓練のはじまり
海人にはまだ熱いのでフーフーと冷ましながら食べている。
海人が二度、麺をフーフーと冷ましている間に、明日乃はチャーシューの山を、姫子は野菜盛りを、オタマと箸を双腕重機のように操って三度も口へ運んだ。
五分もすると器にそびえていた山は、ほぼ平地になっていた。
さらに十分ほど経つと、二人はすり鉢のような器を両手で持つとスープまで一気に飲み干した。
約十五分間の大食いイリュージョンはマッチョな店員達の度肝を抜いて終了。
ただ食べただけなのだが店内の客からも惜しみない拍手が起きた。
お代を支払う時に「有難うございました‼ 次はサービスもしますんで、また食べに来てください‼」との店主の言葉に「うん! 次は本気で食べるからね!」と姫子が返すと店内全員がどよめいた。
初めて来た店で二人は店員達の心をガッツリ掴んだようだ。
そしてラーメンを三人で食べて六千六百円払ったのも、海人には初めての経験だった。
店を出て歩きながら風に当たると食べていた時のうっすらとした汗がとんで気持ちいい。
「しかし、食べ放題の時もだけれど食欲には驚くよ。そんなに食べるなら家で明日乃が作る量じゃ本当は足りないんじゃないか?」
それには、二人とも違う違うと首やら指を横に振ったりして否定した。
「食べるのって美味しいと嬉しいとか楽しいとかあるじゃない? 量がいっぱいあって楽しいなら楽しい時間は長い方がいいし、美味しくて嬉しいなら量なんて関係ないじゃない? そんな感じなんか分かってもらえそう?」
明日乃は、わかってもらおうと精一杯説明するのだが姫子が台無しにする。
「あ、でも、わたしは美味しいものがいっぱいがいいんだけれど!」
「あんた、食べ過ぎなのよ!」
食べ過ぎって⁉ これが、さっきアタオカブタミッドを食った奴の言う事だろうか。
『山盛り大将どちゃんこラーメン』から、すぐ近くには『生活応援スーパー おぼろストア』という大型のスーパーがある。
そこで、持ってきたエコバッグにいっぱいのものを買ったのだが、大きなエコバッグ四つ分ともなるとなかなかに重い。
が、こんなに人がいるところで女子だけでホイホイ持っていくのは明らかに悪目立ちする。
そこで姫子が一番重い袋を一つ持ち、海人が一番軽い袋を左手に持った。
右手は明日乃と一緒に一つの袋を持っているように見せかけたが、実際には明日乃が二袋分を支えていた。
買ってきたものを冷蔵庫や棚に整理すると、何だかどっと疲れがでた。
「ご飯食べて買い物しただけなのに、なんか疲れたな」
姫子もデレーッとなって「訓練やるのはいいんだけれど、一時間くらい休憩しない?」と言っている。
「まあ、そうね。今からいきなり地下施設で訓練とか落差ありすぎるもんね」
そこから各人、ゴロゴロしながらスマホを見たり、お茶を飲んでいたと思ったら伏せて寝ていたり、テレビの週間まとめニュースをぼーっとみていたりしていた。
しかし五十分くらい経った頃、なんとなく全員「やろうか」という雰囲気になり、海人と姫子はパラライザーを持って明日乃の部屋に向かう。
「明日乃、この声紋チェックは明日乃以外でも作動するのか?」
「ええ、この三人のうちなら」
「ほう! じゃあ、僕がやってみようかな」
どうぞとばかりに、シガレットケースを開けて海人に向ける。
軽く咳ばらいの後、普通に名前を名乗るのかと思えば全然関係ないことを言い出した。
「んん──っ。爽やかに、窓から入りくるは何の光。祖は東。ジュリエットは太陽成り」
【声紋チェック。宇宙科学研究クラブメンバー、星野海人の声と確認】
同時に部屋が下に下がり始める。
「あ、やっぱ名前じゃなくても承認されるんだ?」
「それは、どうでもいいんだけれどさ。わたし、星野のそのセリフ。SFのDVDで観たわ」
「そこ、恥ずかしいからあまり突っ込むなよ」
「わたし、なに言おうかなー」
などと言っているうちに、作戦指令室になるのであろう部屋に着いた。
「トラベルチューブに乗り換える前に聞いてもいいかな。今、この指令室の機能って、どれくらい生きてるんだ?」
「部屋自体の機能は全部生きてるから、あとはプローブやドローンを配置したり増やすだけ。そうね……例えば、今、現在配置してあるプローブからの情報を見てみよっか」
明日乃が部屋の中央にあるオレンジの机を兼ねたスクリーンモニターに手をかざすと、真上からの関東一円が表示された。
スマホの画面拡大の時に指二本で拡大していくのと似た要領で、特定の範囲を拡大する場合は、表示されている部分を指で円を描くように囲み、それから両手を広げる。
作画支援ソフトと似たような操作方法だ。
たちまち、みいさと市の自宅付近が拡大され「高エネルギー反応詳細」と指示すると、約三キロ圏内だけが表示された。
この圏内というのは、恐らく先に配置した一万個のプローブの捜索範囲だ。
その中に、いくつか光点と小さなバーグラフが出ている。
「もう、三キロ圏内だけでも、何らかの活動をしている輩がいるみたい……あら?」
やや大きめな反応が高校から出ている。と、思ったらすぐに消えた。
「なんだろ、今の。あれ? 他にも表示範囲ギリギリ引っ掛かってるJRみいさと駅の方にも、なんか強めの反応があるな? こっちは、消えないみたいだ」
表示されたままということは、常設の施設かなにかかもしれない。
高校といい、駅周辺といい、ろくでもないことのイメージしか出来ない。
気持ちだけがジリジリと焦る。
「星野。気になるところだろうけれど、今、行ってもほとんど何も出来ないだろうから、二人は、まずは色々と覚えてもらったり訓練してもらわないとね」
その通り。
もう万が一、何かあったらではなく、何かあるところに行くことが多くなるのだろうから。
「あ、そうそう。トラベルチューブに乗る前に、持ってきた二人の銃はこのテーブルの上に置いといて」
置くときにゴトンという音とドゴン! という音がした。
トラベルチューブで移動中も海人は高校から出た反応が気になっていた。
(この前、電磁波測定器で一瞬ピーク音がするくらいにまで反応が跳ねあがっていたのは、どうもたまたまじゃないんじゃないか? だが、そんな短時間だけ何かを使って何になる? 座敷ちゃんもいるわけだから、早々基地作りみたいなことも出来ないはずだし)
考え込んでいる海人の顔を姫子が心配して覗く。
「お兄、難しい心配事考えているでしょ。でも、それを解決するためにも今から頑張ろ?」
それは全くその通りなのだろうが、一体、何の訓練なのだろうか。
トラベルチューブから降りてシミュレータールームに入ると
「二人ともシミュレーターに乗ってくれれば、あとは説明から何から全部、シミュレーターの言う通りにやってくれればいいよ。乗るやつ間違えないでね。内容違うから。あと、初日はここまでっていうのもシミュレーターが決めるから」と言われる。
どうも、ゲームのチュートリアルみたいな感じなのだろうか。
「明日乃は、どうすんだ?」
「わたし、銃の改造もあるし、となりの部屋での自主練もするよ。終わったらわかるから晩御飯にしよ?」
「はぁ~い」「わかった。じゃ、あとで」
そのまま明日乃は扉から出て行った。
「さてと、姫子。こういうのは習うより慣れろだ」
「そうだよね。じゃ、やってみよっか」
タラップをあがりきると勝手にシミュレーターのドアが開いた。
【星野海人さん。中へ入り着座してください】
ごっついゲーミングチェアみたいな座席が、こちら側を向いている。
「これに? 座れと」
着座すると同時に腰回りと頭がシューッという音と共に周りが膨らみ固定される。
椅子が半回転して搭乗口と反対側に向くと操作パネルのようなものが立ち上がり手が楽々と届く位置まで近づく。
【私はベータです。これより訓練を開始します。このシミュレーターは、練度により機能が付加されていきます。では最初に正面のマルチモニターをご覧ください】
すると、ほぼ視界全面がビル街になった。
そのビルの谷間にいる状態。
つまりビルよりも低い何かに乗っていることになる。
「ベータ。この乗り物は、いったい何だ?」
【全高十五メートルの人型ロボットベータです】
「ロボットか! それで、人型なんだな? 良かったよ」
明日乃が苦し紛れにウォーマシンアルファとベータなんて名前をつけていたから、最悪、火星から来た三本足でムチのような腕がついた乗り物かもしれないと思っていた。
それにしても、十五メートルとは、なかなかに微妙なサイズだ。
【では、最初に起動の仕方です。操作パネルをご覧ください】
恐らく、今、海人の目の前にあるものだろうが、ツルッペタのただの金属板にしか見えない。
その真ん中が小さく開いて大き目なカバーが被ったボタンスイッチが出てきた。
【カバーを開け、スイッチを押してください】
言われるまま押す。
【起動完了しました】
「え⁉ これだけ!」
【腕を動かしてみましょう。アームレストからグローブが出ますので、そのまま腕を入れてください】
カチャッという音がしたが首が自由には動かせないので目だけで下を見ると、かなり大きめのグローブのようなものがある。
片手で入るか試してみると案外とあっさり、ちゃんとはめられた。
【アームレストを収納しますので、そのまま腕をゆっくりと動かして視界に入るようにしてみてください】
腕を支えていたアームレストが無くなったのと同時にボタンが一個しかない操作パネルと言っているものも下がったので腕が前に出せるようになった。
そっと腕を上げて自分の掌を見るような動作をしてみると、モニターに大きくロボットの掌が映っている。
ほぼVRゲームの感覚だ。
【場面が変わります。自動でしゃがませますので、足元の砂をこぼさないように手ですくってください】
すると場面が砂浜に変わり、しゃがんだせいか視界が足元の砂になる。
「これをこぼさないように手ですくえばいいのか」
腕を前に出して両手ですくってみるが、砂は指の間から大部分が落ちてしまった。
その結果が良いのか悪いのかは分からないが【本日は腕を動かすまでを習得しました。何か質問はありますか】と言われる。
どうやら今回は、ここまでらしい。
ならば、気になったことでも聞いておこうと質問してみる。
「あのボタン一個しかない操作パネルって何なんだ?」
【操作パネルは、全機能を手動で行う場合に起動スイッチ以外の部分が現れます。今後、習得範囲が増えるごとに展開していきます】
「気になるから、一回、全部見せてくれないか?」
【リクエストに十秒のみお応えします】
操作パネルの全面がスイッチで埋まった。
それだけではない。
上からも別のパネルが降り、左右にはスロットルらしきレバーやハンドル状のレバーが合計六本、さらに左右三つずつのペダルまで現れた。
これを全部手動でやることを覚えるのはかなりな無理筋だ。
十秒たったのちに海人は「出来るだけオートマチックな操縦だけ覚えるのはダメかな」と言ってみた。
ベータは、それに応えずに【本日の訓練プログラムを完了します。お疲れさまでした】とだけ言って海人を解放した。
横を見るとアルファのシミュレーターが激しく上下左右に動いている。
(え、なんか僕のと全然違うんじゃね?)
そんなことを思いながら見ていると動きが止まって、ゆっくりとタラップ位置でシミュレーターが開いた。
【本日はスティングハンマー基礎までを終了しました。お疲れさまでした】
「だはーっ、けっこう難しかったぁ! あ、お兄。どうだった?」
シミュレーターから出てきた姫子は、なんだか楽しそうだ。
「あれ? なんかこっちと違うこと教えているような気がするんだけれど、どんなだった?」
「なんかボタン押してからは、好きに動いてみろって言うから、ちょっと動いてぇ。そのあと大きなトンカチを持って達磨落としさせられたよ? お兄は、どうだった?」
「え……どうって……じっと手を見た……石川啄木かよっ!」
自分で突っ込んだところで、扉を開けて明日乃が入ってきた。
「二人とも、どうだった? そんなに無理ない訓練のはずなんだけれど」
すると姫子はシミュレーターが気に入ったらしく「凄い楽しかったよ! わたしは達磨落としやって、お兄は……うーんと……生活苦で砂を握る訓練?」
それを聞いて明日乃が不思議がった。
「え……砂を握る? そんな訓練、あったっけ⁇」




