第三十三話 ラーメンバトルのはじまり
トラベルチューブは地下を移動する機関なので窓はない。どのくらいの速度でどれだけ移動したのかもよく分からなかった。
案外、数十メートル程度なのかもしれないし、明日乃のことだから、数キロ移動したのかもしれない。
移動シリンダー内にあるランプが緑色に光る。
「さ、訓練する場所に着いたよ。ドアが開いたら降りて」
ドアが上にスライドして開くと二十メートルくらいの小さな地下鉄ホームのようになっていた。
海人も姫子も降りてから「ここ、どこ」状態なのだが、明日乃にしてみれば「どこもここも土の下」くらいしか言うことがない。
「地図で言うと、どの辺りになるんだ?」
「ええとね、かなり広いトレーニングルームにしたかったから、場所は水河公園の池の下三百メートルくらいかな」
ということは、自宅地下から一キロまではないくらいだ。
「ホームの左側の突き当たり奥がシミュレータールームで、右側の突き当たりはトレーニングルームになってるの。今、二人に必要なのはシミュレータールームの方だから、そっちに進んでくれる?」
言われるまま進んで無骨な手動のドアを開けると、中には旅客機のシミュレーターほどもある本格的なものが二台、アクチュエーターに乗っかっていた。
それぞれアルファとベータという大きなロゴが貼られている。
「アルファが姫子用でベータが星野用ね。タラップからドア開けて中に入れば、あとは自動でチュートリアルから勝手に始まるから。二人ともできるだけ早く使い始めて欲しいな」
「その前に、これ、何のシミュレーターなんだ?」という質問をしてみたが、それについては逆質問されてしまった。
「星野、なんかのシミュレーターを使った経験は?」
「え、ないけれど……」
「じゃあ、何のシミュレーターだろうが関係ないじゃない。どうせ初めてなんだから」
確かにそうではあるのだが、なんか釈然としない海人である。
「それに教育は対話型で進むから教科書めいたものもいらないし。むしろ、自分の倫理感をしっかり持って訓練して欲しいかな」
「まあ、そこは言っている意味は分かるけれど。でも、せめて、このシミュレーターで扱うマシンの名前くらいは教えて欲しいな。じゃないと、なんて呼んだらいいのかも分からないから」
明日乃は、いかにも虚を突かれたというのが表情に出た。
「えーっ、んーと……あっ! ウォーマシンアルファとウォーマシンベータだよ!」
どうやら、今、思いついたらしい。
しかも、火星がらみの古典SF作品からパクったのは明白だ。
そして、お里がすぐ知れる名前にした自覚があるせいか、明日乃はパラライザーの改造へ話を移した。
「あと改造した銃、サイコロガンだっけ? 星野のは、パラライズに加えてもうひとつ、新たな機能をつけようと思うのだけれど。熱線みたいなもの。正確には高エネルギー粒子の投射機能を付けるのは、どお?」
これは割と重要な問題で、これから場合によっては避けられない戦闘に陥ることがあるかもしれない。
その時に、現状では海人がウイークポイントに必ずなる。
自分の身を護るくらいは出来ないとならないが麻痺だけでは限界がすぐに来る。
だからもっと制圧力がある機能を加えるという意味だ。
こういう光線銃的なものは日本人としては実弾を使ったものよりも精神的罪悪感のハードルが低いとはいえ、逆に破壊力は実弾とは比較にならないだろう。
「それって、僕が扱って大丈夫なのかな……。普通にかなり危ういと思うんだが」
「あ、そうねぇ……。なんか制約を付けよっか」
「いや、誤射の可能性も含めると普通の制約じゃダメだ。だってキミが改造するということは、かなりの威力になっちゃうんだろ? うーん、ここは悩みどころだな。それに明日乃の何が出来るっていう限界自体が分かんないからなあ。どう頼んだもんだか」
限界というのは威力的と細かい制御的の両方の意味だ。
「とりあえず、どんな機能にしたいか言ってみてくれたら、やれるやれないも言えるけれど」
海人は暫く考えると、かなり難しいだろうセーフティロックの方法を思いついた。
「地球由来の未改造生物を照準に入れた場合だけ、ブラスターの機能がロックされるなんて出来るかい?」
「ああ、なるほどね。ん──たぶんというか、全然やれそう」
これには、割と驚いた。
銃自体が最近の車の自動運転のように独自の判断力がないと出来ないことなので、あのサイコロにそんな機能が付加できるとは考えづらかったからだ。
「銃は持ってきてないでしょ? 戻って銃を改造したら射撃の練習も出来るようにするね。でね、あのさ……えっと、今の変なヤバいネーミングやめない?」とイジイジしだした。
いままでこういう場合の明日乃はグジュグジュ言っている方が本題の場合がある。
どうやら、複雑な三段論法的話し運びを使ってでも、なんとかして名前を変えさせるためのきっかけを作りたかったらしい。
そこまで嫌な名前だったらストレートに言えば良さそうなものだが、たまに変なところで弱腰な意固地になる。
しかも、彼女の方から代わりの名前を出してきた。
「サイコロじゃなくてキューブなんだから、キューブラスターって名前にしようよ。どう? かっこいい名前でしょ?」
「あ、ああ。カッコイイな。流石だな」と笑って言いつつも海人の本音は
(コイツ、その名前を先に思いついてから銃の能力を名前に合わせやがったな。きったねぇぞ、こんちくしょう!)
「二人とも銃は家に置いてきてあるでしょ? 取りに戻るついでに早めだけれどお昼ご飯にして、それから、ここでシミュレーター訓練始めない? その間に銃の方は改造しておくから」
「いいんじゃないかな。これから何だか楽しみのような、怖いような変な気分だよ」
姫子も何だか微妙な顔だ。
それを見て明日乃は、ちょっとガッカリし出した。
「なんなのよ、二人とも。これだけ造っても、まだ不満なの? なら、増設するから」
「お姉、そうじゃないよ。全然ちがくて。こんなにやると思っていなかったから、特訓も厳しいのかな~って。で、特訓の中身もわかんないし。そういう方の不安ていうか、むしろ自分に不安?」
海人も姫子と意見を合わせた。
むしろ、この基地自体が海人好みに作られているのだから、文句どころかこれ以上ないレベルだ。
「そうだよ。こんなの僕らが気に入らないわけないじゃないか。考えていたのが八畳間くらいの地下のカラオケルームみたいなのだったから。想像と出来たのとの落差が凄すぎてさ」
てっきり、せっかく一生懸命に作ったのに不満なのかなあと勘違いしていたのが分かり、明日乃は胸をなでおろした。
「何か足りなさそうなものがあったら言って。あ、でも台所とかお風呂とかは造らないよ? ここは基地みたいなもので、わたし達の生活の場は家なんだから」
つまり明日乃が護ろうとしているのは、普通の家と、そこで営まれる普通の生活の全てなのである。
だから、どんなに高度な基地を造ることができても、それは彼女の「普通」だと感じる家を護る為の道具にすぎない。
主役は基地ではなく海人達と暮らす家そのものなのだ。
そして海外SF作品を観ながら、外敵から家を護るためには、いっそ家ごと地下にしまい込んでしまえばいいと思いついたのだろう。
「じゃあ、家に戻って飯食って一息つくか」
ということで明日乃の部屋まで戻り、部屋のエレベーションが地上にロックされると、いつもの星野家の空気感になった。
リビングのソファに姫子は座るなり「あー、やっぱり家が一番落ち着くわ」という長期旅行から帰ってきた定番セリフを言う。
「また、すぐ訓練所に戻るんだから。今から、そんなこと言っててどうするの……あら、食材が……」
キッチンに入った明日乃が冷蔵庫の中をみて、思案している。
どうやら、食材が足りなさすぎて料理に至れなさそうだ。
実質四日間もこもりっぱなしだったので買い物が出来なかったらしい。
「なんなら、近くのラーメン屋とかで食べてから買い物して帰るかい?」
「ごめーん。そうさせてくれるかな。これからは食料備蓄も視野に入れないとね」
ということで、エコバッグを四つ持ってラーメン屋に向かった。
「それにしても酷い名前ね、ここ。『山盛り大将どちゃんこラーメン』って、絶対に女子一人じゃ入れないじゃない」
「お兄、ここ来たことないけれど、何で今まで連れてきてくれなかったの?」
海人は苦笑いしながら「入れば分かるよ」とだけ言った。
ガラガラと音がする扉を開けると中から「はいっ、らっしゃい‼ カウンター席でお願いしまーす‼」という威勢のいい掛け声が厨房からする。
店員は、全員男で坊主頭に豆絞りを頭に巻いている。
黒のタンクトップには「大将!」とでっかいロゴが入り、前掛けには「どちゃんこ食ってけ‼」と書いてある。
そして全員、ボディビルダーな筋肉質。
これはキャラ強めな店だ。
以前、二回ほど海人は食べに来ていたが、味はよくても盛りが厳しいので避けざるを得なかったのだ。
「みて、お姉! 三玉まで料金同じだって! 野菜ウルトラ増し増しまであるよ!」
「え、このアタオカブタミッドってなに⁉ チャーシュー何枚か分かんないくらいあるよ」
興奮する女子二人を店の人は微笑んで眺め、海人は小さくなっていた。
「決まったら、自分で頼んでくれ。僕は、醤油ラーメン、麺極小、他は普通で」
「あいよ」店の人は、ちょっとガッカリした感じだ。
ついで明日乃が「アタオカブタミッド、麺五玉、野菜ウルトラ増し増し、バリカタ、肉みそトッピングで」
これには「えっ、あの、うちの店ってかなり量多いけれどいいの? ラーメンだから持ち帰りとかないよ?」と確認が入った。
「ああ、この女子二人は量食べるんで大丈夫ですから。で、姫子は決まったのか?」
「うん。わたし、特盛どちゃんこ全部のせを八玉で。野菜ウルトラ増し増し、バリカタ、あと餃子二枚」
それらを聞いた店の兄ちゃん達が俄然、活気づいた。
「はい! アタオカ五玉増し増し肉みそ、特盛全のせ八玉増し増し、あと餃子二枚‼」
「やべぇぞ、これ」「マジすか」って厨房からの声が聴こえてくる。
カウンター越しに見ていると海人のラーメンは普通のラーメンどんぶりに盛り付けをしているのが見えた。
だが、その向こうでは巨大なすり鉢がふたつ用意されているのも見えた。
そして、海人の普通のラーメンがとっとと出てきた。
「伸びないうちに食べちゃいなよ。わたしたちの待ってたら冷めちゃうよ?」
「ああ、気にしないでくれ。そのうち食べるから」
星野海人は猫舌なのであった。
冷めるまでの短い時間もシミュレーターのことが気になってしかたがない。
戻れば、すぐに分かることとはいえ、あの航空機シミュレーターに似た外観を見てしまうと、中も航空機のコクピットのようにスイッチとメーターだらけかもしれない。
そこに予備知識無しはスパルタを通り越して無茶振りだとゴチャゴチャ考えていたら時間は一瞬で過ぎていた。
二分ほど待ってから食べ始めると再び厨房から「俺、こんなの見たことないんだけれど」という笑い声が聴こえたので目線をやると、かき氷のようにそびえ立つチャーシューとモヤシが見えた。
湯気と肉の香りが、席まで押し寄せてきている。
それからムキムキの兄ちゃんが、いつもは片手でラーメンをカウンターに載せているのが、流石に今回は両手で、カウンターから回り込んで席まで静かに持ってきた。
ゴトン‼ と置いた音まで重量級。
器の直径だけでも、海人のドンブリの三倍以上ある。
用意されたレンゲも、もはやオタマだ。
「はい、お待ち‼ で、お客さん。本当にいけそうなんですか?」
二人はそろって、にこやかに答えた。
「あ、余裕なんで」
「たぶん大丈夫だよぉ?」




