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第三十二話 既視感のはじまり


 キッチンに入った明日乃がパスタの乾麺を見ながら動きが止まっている。


「ねえ、これ。パスタの麺、たぶん三十人前分くらいあるけれど、全部作っちゃっていいかな?」


「そんなに⁉ パスタが無くなるのは別に買えばいいから使ってもいいけれど、ウチの寸胴だとそんなに一度に入らないだろ。それに食い切れるのか?」


「それなんだけれど、一旦、全部、茹で上げちゃってから五人前ずつくらいフライパンで調理しようと思って。ケチャップとか足りなくなるから、半分くらいはペペロンチーノモドキになるかなぁ」


 姫子もかなり食うが、それでもせいぜい七人前くらいだろう。

 海人は頑張っても三人前。

 つまり明日乃が食べるのは最低でも二十人前を食べることになる。


(その量を食うのは、何故なんだろう? 物質生成と食べることは全く関係がないことは、以前に本人も認めていたことだ。すると一体⁉)


 とはいえ、そこを追求するのは女子に失礼というものだ。

 まあ、放っておこう。


「もう、既に明日乃の家でもあるんだから、気兼ねなく好きにやってくれていいよ」


 自分の家でもあると言われて、凄く嬉しそうになった。

 さっきまでは、多少疲れた感じがあったように見えたのが、急に元気になって「どうせなら、美味しいのつくるね!」とか言い出した。


 パスタのいい香りにつられて姫子がリビングに出てきた。

 コイツはコイツでなんだか疲れた顔をしている。

 サイコロガンの改造なんだか装飾って、そんなに神経すり減らすようなことだろうか?


「お姉、いい匂いする。パスタ?」


「二種類作るから。超いっぱい作るから好きなだけ食べていいよ」と言われた途端に姫子も元気になった。

 美味しいものを食べさせていれば姫子は多分、ずっと元気に違いない。


 出てきたパスタは……というより所謂スパゲッティだった。

 よく【むかし懐かしい味の】という枕詞がついているアレである。

 昭和の喫茶店の味を経験しているのならともかく、未経験の海人達には懐かしいも何もない。

 ただ甘めで油多めのナポリタンなものなのだが妙に食が進む。


「お姉、これ、なんかよく分かんないけれど美味しいね!」


「次はペペロンチーノにするから」


 そして、三人で食べていくのだが、まず最初に予定通り海人が三杯で脱落。

 姫子はガンガン食べていたが六杯目でペースがガタ落ちしてギブアップした。

 ただ明日乃だけが延々と作っては食べ、残りを全て平らげてしまった。

 これには流石に姫子も驚いて「食べた物、何のエネルギーにしてんの⁉」と言い出した。


 明日乃は「まあ、消化って過程が必要だと、ああなるよねぇ」と腹をパンパンにして床に横になった海人を笑いながら見ていたが、やがて「また、作業してくる」といって自室に消えた。




 四日目の朝、日曜日。

 起きると明日乃はすでに朝食を作っていた。

「徹夜に近くなっちゃったけれど、なんとか出来たよ。長くなるから食べて落ち着いてから、案内するね」

 案内が必要な程なのか? トレーニングルームを作るだけの話じゃなかったのか? 等と思いながらテーブルにつくと昨日の晩がヘヴィな量だったので、軽くトースト一枚とベーコンエッグ、サラダが出てきた。


 相変わらず朝がヘロヘロな姫子が髪をクッシャクシャにしながらテーブルまでやってきた。

 いったい、どんな寝相なんだろうか。


「おはよ~。わたしの銃も完成したから、あとで見せるねぇ。それにしても休みなのに二人とも起きるの早いよ……」


 寝ぼけながらも愚痴る妹に明日乃は、姉らしい言葉をかけた。

「遅く起きる癖ついたら、明日からが辛くなるから無理にでも起きて食べなさい」

 

 窓から朝日が入ってきている。

 スズメなのか、鳥の鳴き声もする。

 たまに車の音もする。

 そんな中、三人で食卓を囲んでいる。

 驚くほど普通の生活っぽい。

 そう。普通の家の普通の暮らし。

 でも、住んでいるのは宇宙人から狙われやすい僕らだ。

 だから、家に求められるのはセキュリティということになる。


 確かに、今、この家は認識阻害がかけられているし明日乃自身が防衛力そのものではある。

 だが家単体でみた場合、防犯対策としては周りの新しい家より少し劣っているかもしれない。

 よく考えてみると、その家に地下室を作ったところで認識阻害が万が一突破されてしまった場合、生活圏である家本体の被害は免れない。

 周りの家でさえ最近建てた家には窓に電動シャッターが付いている。

 セキュリティを考えた場合、そういうシャッター的なものの方がよかったのではないか? と思い、明日乃に聞いてみた。


「なあ、地下室を作っちゃってから言うのもなんだけれど、監視カメラとかシャッターを付ける方が地下室を作るより先だったんじゃないか?」


「え、シャッター? 窓とかに? いらないよ、そんなの」


「そうかなあ……」


 不安そうにする海人に対して明日乃はクスクスと笑い出した。

「じゃあ、地下室を見せるからついてきて」


「あ、メシ喰い終わってからでいいよ。逃げるもんでもないし」


 そのやりとりを見ていた姫子が突然立ち上がった。

「じゃあさ、まずはわたしの改造した銃をみてよ! 今、持ってくるから!」


 だだっと走って、すぐに何かを持って戻ってきた。

「これ! いい感じでしょ‼」


 ラインストーンと立体シールだらけにされたキューブにはラッキーミウスの頭と腕、そしてパチモンロボットの大きな足が取り付けられている。

 何か恐ろしいものに見えなくもない。センスがよく分からない。


「一応聞くけれど、これはどういうコンセプトなんだ?」


「コンセプトは……安定?」


 (いや、不安定だろ、情緒が‼)

「なんでそれが安定なんだ?」


「それは、お兄。ちょっと持ってみて」


 そう言うので自分の銃を持つ感覚で受け取ると、あまりの重さに転びそうになった。

たぶん十キロ以上はある。


「うお⁉ なんだ⁉ なんでこんなに重いんだよ?」


「それは、わたしが持ってフラフラさせないためと……ほら。置くと立つんだよ。あと、頭にも足にもお姉に頼んで合金入れてもらったから、これでぶん殴ることもできるんだよ」


 これでどこの誰をぶん殴るつもりなのかは知らないが、殴られた奴は惨めそうだ。


「へぇー、そりゃ凄いなって、もう銃ですらないじゃないか」


「そんなことないよ。上手く撃てるようになったら、お姉に長距離射撃できるように再改造してもらって。そしたら寝そべって撃つのにも足が付いてるから便利なんだよ?」


 考えていないようで、実は考えて作っていた……わけがない。


「それ、出来ちゃってから考えただろ?」


「てへっ!」

 図星だったらしい。


「姫子の銃のお披露目も終わったことだし、それじゃあ、そろそろ行ってみる?」


 明日乃は相当に自信があるのだろう。どうやら、見せたくてウズウズしている感じだ。


「そうだね。じゃあ、どんなもんだか期待して見させてもらうよ」


「まず、わたしの部屋に来て」

 ということで、部屋へ入ろうとしたが入り口で以前との違いに気づいた。


「あれ? ここは確か天井が低いんで床を下げていた覚えがあるけれど?」


 ドアを開けると五十センチ程の落差があったはずが廊下とフラットな状態になっていた。


「まあまあ。とにかく中に入っちゃって」


 言われるまま三人とも部屋に入るとベッドの横にある机の上にオルゴールの箱なのか、シガレットケースのようなものが置いてある。

 明日乃は、そのシガレットケースの蓋をあけると「明日乃未来」と名乗った。

 すると箱から、わざと機械的な合成音で「声紋チェック。宇宙科学クラブメンバー、明日乃未来と確認」と返答し、同時に軽いギュウンという音がした。


 やがて窓から地面が上がっていくことで部屋自体が下がっているのだとわかる。

 窓にうつる地面の土の下には分厚い金属の構造物があり、そこを過ぎた途端に地下の様子が見えてきた。


 広大な空間とそれらを支える構造物が林立している。

 家の基礎は巨大な複数のシリンダーで支えられていた。

 どうにも、とあるスーパーマリオネーションの基地のセットで見覚えのある景色だ。

 試しに、このシリンダーの役目を聞いてみると、いつもは家自体をシリンダーで支えているという。

 緊急時には家自体を地下に避難させるためシリンダーが縮み、家が地下に収納された後、地上は合金製の複合装甲で閉じられ、幾つかの迎撃システムが顔を出すという。


 もう、海人の頭の中ではさっきからバリー・グレイ作曲の某原子力潜水艦のテーマ曲がガンガン鳴り響いている。


 だいたい家が無くなるとか何なんだ? 

 あの権利元から怒られないのか? 

 そんな思いをよそに部屋は更に下がっていく。


 部屋のエレベーションの音が広大な空間に広がり小さく反響している。

 ようやく、止まったと思うと部屋に入ってきたドアは金属製の自動ドアに変わっていた。


「まずは着いたんで、ドアから出てみて」


 着いたと言われてもどこに着いたのやら。

 ドアが開くと、もう別世界としか言いようがない。

 何やら黒っぽい計器類に囲まれた、やや暗めの部屋の中央に、大きなオレンジ色のモニターになっているテーブルが周囲を照らしている。


 これもまたどこかで見たような感じの、まさしくメカメカしい指令室だ。

 どうも米国の某宇宙空母の指令室を参考にした気がしてならない……。


「この作戦指令室は、星野のラジカセの部屋からインスパイアを受けて、その雰囲気に近いのをDVDを見ながら選んだんだよ」


「あー、言われてみれば……そうか、僕はこういう雰囲気が欲しかったんだな。なあるほどなぁ」


 つまり、明日乃は海人が【本当は、こうだったらいいな】という憧れの世界を汲み取るためにSF作品のDVDを観まくっていたのだ。

 そして明日乃基準での可能な限り小さな形で現物を作り込んでいったつもりが、あちこちの作品の意匠がどんどん増えてしまい、結果、巨大地下基地が完成したというわけだ。

 これには感謝こそすれ、やり過ぎだと怒ることは出来ない。


 だが、ここであることに気づいた。


「明日乃、そういや、地下ってトレーニングルームを作るためなんじゃなかったっけ?」


 すると、ここからトレーニングルームに行くためには、短い距離ながら円筒型の乗り物に乗るという。

 トラベルチューブとかなんとか、これも聞き覚えがある名前だ……。

(これは、もう完全に自宅防衛秘密組織の基地だよなあ)

 そんなことをモヤッと考えながらも、海人は内心ワクワクしてトラベルチューブに乗り込んだ。


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