第三十一話 文字通り地下組織のはじまり
「はっきり言っちゃうと使うのはグリップ部分だけなんだよ」
この言葉で姫子もやっと海人が考えていることを把握した。
「そういうことね。確かに、キューブは掴みやすいけれど握りやすいとはいえないものね。じゃあさ」
ろくでもないことを考えた証のように黒い瞳がキランと光る。
「次は百円ショップって思っていたんだけれど折角の秋葉原なんだから、ここで欲しいの買ってもいい?」
「よほど、とんでもない物じゃない限りはまあいいけれど? 何か目的でもあるのかい?」
見るとスマホで場所を探しているようだが、やがて手を引っ張られて入ったのは輸入玩具が中心のショップだった。
そこで「あった、あった」と買ったものは有名なネズミープロのラッキーミウスのブロー成形人形とジャンクコーナーにあったパチモノロボットである。
どっちも捨て値みたいなものだが、こんなものが欲しかったのかと海人は不思議に思った。
地元に戻ってからは百円ショップでたんまりとデコネタを買わされてから帰宅する。
結局、鞄含めてふたりで両手いっぱいの買い物でリビングに入ると、明日乃がソファで横になってモニターを眺めていた。
DVDを観まくっていたらしくテーブルの上には作品ケースが山積みになっている。
恐らく数倍速で観たのだろう。
しかも、よく見るとイギリスのSFドラマを中心に観ていたことがうかがえる。
「今日は? ずっとSF観ていたの?」
「んー、まあそうかも。でも、少しは作ったものもあるんだよ? 例えば、これとか」
といってテーブルの上に置いてあるオルゴール程度の大きさの小箱を指さした。
何かと思って開けようとすると慌てて「そーっと! 本当にそーっと開けて」という。
言われた通りにそーっとあけると中にはほんの少しの黒い粉が入っていた。
「なに、これ? 何の粉?」
「とりあえず、作ったナノマシン一万機。移動能力はほとんど無いから、目安をつけた人物に上から撒いて付着させて音声とかを拾うのが主な目的のもの。今後、こういうのいると思って」
なるほど、と思いつつ
(なんだか明日乃のやることが少し僕に似てきたと思うのは気のせいかな)とも感じた。
「で、そっちの収穫はどうなの? 改造するのにいいもの手に入った?」
「お姉、そこはもうバッチリだよ!」といって姫子はラッキーミウスの人形をむんずと掴んで明日乃に見せた。
「ああ? そうなの? アンタがそれでいいなら、いいんじゃない?」
もう、ネズミ人形をみた時点でどうでもよくなったらしいことは海人にも分かった。
買ってきたものを工作室にもっていこうとして何気なく天井を見るとリビングのライトと天井の間に何か金属製の隙間がある。
こんなデザインの土台があるライトじゃなかったはずだが。
「これは? ライトの高さが変わっているけれど」
「それまだ、接続が終わっていないから、出来上がったら説明するね」
どうやら家の改造は地下だけに留まっていなさそうだ。
それでも彼女的には最低限、違和感が出ないように進めているのだろう。
「買ってきたもの、二階に置いたらご飯作るから。でも、ここ数日は簡単なものにさせてもらってもいい?」
「ああ、別にインスタントラーメンでもかまわないよ」
と言ったら本当にインスタントラーメンが出てきた。
とはいえ、調理例程度には飾り付けられており全然インスタントでもいけるじゃん、という出来ではあった。
明日乃が休んで二日目。
教室で田浦が明日乃を心配して話しかけてきたが
「病気じゃなくってクラブ関係のことでさ」とだけ言うと
「あ──、察し。そのうち教えてくれ」とだけ言って去っていく。
部室やら自宅やらの件での薬が効いたのか、田浦は最高に物分かりが良い奴になってしまった。
帰宅すると最初、明日乃はいなかったが暫くすると部屋から「おかえり」と出てきた。
そして地下室の設備方針を決めたいからなのか、割と重要な意見を出す。
「ねぇ、わたし思ったんだけれど、わたし達の活動範囲内だけでも、もう少し細かい状況がわかるようにしたほうがいいと思うんだけれど、どお?」
実際、亀梨駅前事件にしても、その前の亀町怪獣出現にしろ正体不明のやつらに、こっちが先手で仕掛けられている一方で死傷者が出るという最悪な展開になってしまっている。
相手がいつ、どこから来るのか分からなければ、明日乃の防衛力はあっても、かなり後手の対処しか現状できていない。
せめて何かが起こりそう、また起こってもすぐ場所が特定出来るようにしないと、種々雑多な外星人の目的が何であろうが、無差別実験的に被害が拡大することになってしまう。
それらを察知するためには、まずは高エネルギー線のモニタリングポストがほしいところだ。
「明日乃、その意見には賛成なんだけれど調べるから待っててくれないか」
そういってノーパソを開いたところで姫子が帰ってきた。
取り巻きの誘いを断るのに手間取り、海人より随分と遅れての帰宅だ。
リビングに入るなりソファに座り込む。
「いやー、やっぱお姉いないと捌けないし逃げられないよ。大変だった……あれ、調べもの?」
ノーパソでAIとチャットをしながらも
「おかえり。ああ、今、訳が分からない奴らからの押し売りをどう排除するかの方法を考えているとこ」
「ふーん……。ねね、今日は昨日買ったやつの工作とかするの?」
「う──ん、やる。三十分後くらいかな」
どうも込み入ったことをやってるらしいと知り、姫子はキッチンにいくと冷凍庫からアイスクリームを出した。
「わたし、アイス食べてるから一区切りつくまで気にしないでいいよぉ」
海人が最初に思いついたのは、東日本大震災の際に活躍したモニタリングポストのデータだけ、そのまま拝借する方法だった。
しかし、都内のモニタリングポストの数と場所をみて「こりゃダメだ」と諦めた。
百ヶ所しかないのだ。
何者かを追跡したりするには粗すぎる。
そこで今度は、自分達でモニタリングポストを自宅中心にして設置するとどうなるかを考えた。
(昨日、片手間でナノマシンを一万機作ったと言ってたな。じゃあ、五十メートルずつくらいのグリッド配置で試しに一万機のプローブを配置するとどこまでカバーできるんだ?)
AIが提示したのは、この家から半径2.8キロ圏内であった。
地図を円形で囲ってみる。
(一万機あっても、こんなもんなのか。案外と狭い範囲だな。でも丁度、僕らの生活圏でもある)
「なあ、明日乃。ナノマシンじゃなくてコガネムシくらいのサイズになってもいいから移動能力のある高エネルギー線とかのモニタリングプローブ作れないかな」
「え、探知範囲はどれくらいで? あと、何機必要なの?」
「リモートセンシング範囲は30メートルくらいでいいんだけれど、数は一万機必要なんだ」
一万機と言われても明日乃は別に驚きもしなかった。
もしかしたら、それくらいは考えていての提案だったのかもしれない。
「明後日でもいい? 先に地下施設を作っちゃいたいから」
「ぜんぜん構わないよ。というか、なんか大変そうだな、地下の設備」
すると、些かゲンナリした顔で
「土砂がねぇ……圧縮するのが面倒くさいんだよねえ。姫子の転送能力が上がってくれれば簡単かもしれなかったけれど」
すると聴こえたのか「ん? お姉、なんか言った?」とアイスをバクバク食べながら能天気な返事をしたので「訓練施設が出来たら、アンタを鍛えるって話!」
「えーっ」と言っているのを微笑ましくみていたが、気になる部分があった。
(今、訓練部屋じゃなくって訓練施設って言ったような気がしたが……ま、そこまで土砂ほじくり返すって話でもなかろう)とスルーした。
プローブの話も終わったので、いよいよキューブの改造に取り掛かるのに「二階で工作してるわ」と言うとご飯出来たら呼ぶから、と言って、明日乃は自分の部屋に戻っていった。
二階の物置兼工作室に入ると海人はジグソーとベルトサンダーを奥から床を引きずるようにして引っ張り出してきた。
それと、事前に受け取っていたキューブを二つ、棚から持ってくる。
「あとは、昨日買った銃か」
姫子が手早く箱から出してくれた。
それとキューブを重ねては切り取り箇所のイメージを固めていく。
目安がついたところで差し金とマジックの極細で銃に線を入れた。
「ほら。この線の通りにカットして、そこにキューブを接着するだけなんだけれど、たぶん使い勝手はよくなると思うんだ」
姫子は、ふんふんと様子をみてから、自分も真似して線を入れ始めた。
その間にS&W M19は、ばらせるところまでばらされてジグソーでカットされ始める。
慎重にはやっているのだが、そんなに直線に上手くは切れない。
とにかくカット出来たら、あとはベルトサンダーで直線と水平を出してキューブを接着するだけだ。
GLOCKも順調にカットとサンダー処理を終えたところで、昔のホームドラマのように下から「ご飯できたよー」と声がかかった。
そのままリビングに行くと「二人とも玄関から出て外で粉を落としてきて!」と怒られる。
今日の晩御飯は、更に質素でモヤシ炒め。
冷蔵庫にあったキムチと納豆、そしてTKG。
まるで海人が一人で生活していた時の様だが、全員、やることやって忙しいのだから、これは当然。
それに、人間は好きなことをやっている時は食べることに割と無頓着になるんで、全然問題なしなのであった。
全員、ササッと食べた後は食器を片付けると、また各々の作業をしに部屋に去っていく。
海人と姫子は、作業室で瞬間接着剤でキューブとグリップを仮付けした後、隙間から二液混合のエポキシ系接着剤を注入し今日の作業は終了した。
翌日は土曜日なので久しぶりに海人ひとりで部室に寄ってみた。
座敷ちゃんは、いつも通りに接してくれたが、海人が渡し忘れていた百均で買ったお手玉を三つ渡すと、驚いていたがすぐに嬉しそうに宙に投げたり手の甲に載せたりして遊んでいた。
「今週は、家や道具の準備があったから来れなかったですけれど、来週からまた全員来ますので宜しくお願い致します」と頭を下げると、羊羹やら生八つ橋やらを出し始めたので「ご飯もあるから」と出された分は食べてから部室を出た。
家に帰ると既に姫子は帰宅していたようで靴があったがリビングにも作業室にもいなかった。
「ただいまー」と大きな声で言ってみると
「お兄、おかえりー。部屋で工作の続きやってるー」という姫子の声がした。
それから「あーあー、聴こえますか。星野、おかえり」と上から声がした。
どうやら、照明と天井の間にあった金属の隙間はスピーカーだったようだ。
そのスピーカーから「今日の晩御飯も手抜きになっちゃうけれど、パスタでいい?」と聞いてきた。
六時になったら上に行くといって切れた。
帰宅前に自宅をよく見てみたのだが、全然変わったところは無かった。
家の中だって、リビングの天井にスピーカーがある以外は以前と全く変わりない。
だが、何かとんでもないことが進んでいる気がしてならなかった。
夕方六時になって明日乃がキッチンに入った。
その時に出来上がったキューブに銃のグリップが付いたものを見せる。
「こういうのじゃないと、やっぱ狙って撃つって感じにならないんだよね」
ああ、なるほどといった感じだ。
「そういう風にしたかったんだ。そういわれてみると、なんかカッコよくみえてきた」
工作を褒められてなんか嬉しくなった海人は調子に乗り始めた。
「この銃の名前も考えたんだ! キューブってのじゃ、武器っぽくないからね」
「ふーぅん。なんて名前にしたの?」
「サイコロガン‼」
一瞬、静かになった。
「あ……それ、各方面的に大丈夫な名前なの⁉」
「大丈夫だコロン。サイコロもガンも通用語ナリ」
「わたしパスタ作るね。大量に作るけれどいいよね?」
海人のギャグは華麗にスルーされた。
そしてご飯時なのに姫子は部屋から出てこない。
(姫子に聞かれなくて良かった。危なく立ち直れなくなるところだった。このダジャレは、もう二度と言わない)と心に誓った海人であった。




