第三話 変化のはじまり
午後の授業が終わり、放課後の時間になると明日乃の周りには、また人が集まってきてた。
男子女子入り混じりで、やれショッピングモールのクレープ屋がどうとか、カラオケの誘いだとかで相変わらずの人気ぶりである。
海人から明日乃の姿が視認できないのも、いつも通りのこと。
ゆえに「お先に」も「また明日」の挨拶すら彼女に言えず、科学雑誌をカバンに入れ始める。
閉める直前に、何処から飛ばしてきたのか八つ折りにされた紙がカサッと小さな音をたてて勢いよくカバンに入ってきた。
驚いて周りを見渡したが、こんなものをピンポイントで投げ込める奴は誰もいない。
取敢えず、紙を取り上げ広げて見る。
『ちゃんと続きを聴かせるように。また、あした!』
シャープペンで書かれたプリンターで出力した様な文字。
どう考えても明日乃からのメモだ。
あんな話でも少しは楽しんで聞いていたのかと思うとフッと笑ってしまった。
そのメモをポケットに入れて明日乃の方を見るが、やはり人垣で全然見えない。
(いったい、この状況でどうやってメモを飛ばしたんだ?)
というのもあるが、何故にLINEで言ってこない? という疑問の方が勝ってしまった。
マジックショ―のようなことをされて若干モヤッとしながら下校し、十五分少々の徒歩で帰宅する。
星野海人は家に独り住まいだ。
リビングダイニングを除いて一つ一つの部屋はせいぜい六畳間程なのだが一応6LDKになる、そこそこ大きな家である。
星野家は3人家族であったのだが、十年前に漆黒の宇宙艦が降りてきた時、大学の助教授であった父が混乱の中での事故で急逝した。
母はそのショックで数週間は放心状態であったが、ある日を境に、以前から軌道にのりはじめていた服飾デザイナーの仕事にのめり込んでいく。
立ち直った様にみえた母は、仕事をとても楽しんでいる様だった。
自分のことで母の自由を束縛したくなかった海人は寂しくても自分を気にかけぬよう常に平静を装っていた。
その甲斐あってか、母の才能は見事に開花し、次第に業界にも世界的にも認められる存在となっていく。
そして、今や有名デザイナーとなった母は仕事の拠点を日本から海外へと完全にシフトしようとしていた。
彼女は一人息子と海外での生活を望んだが、海人は、それをかたくなに拒否し続けた。
そんな海人に母は非常に憤慨していた。
自分は夫の死をも乗り越えて人生の成功を掴み、その幸せをやっと息子に分け与えようという時に、何故、拒否をするのかと連日にわたり詰め寄られる。
一時は泣きながら「お父さんが亡くなった時から、お前が従順な子になってくれたと思っていたのに、私を欺いていたのか」とまで言い出した。
それには反抗期でもあったこともあり、海人もキレてしまい家出をした挙句、補導されて帰ってきた。
そのことがあってから、母との関係は更にギクシャクし始めた。
実は、海人には本人にも説明できない困ったことがあった。
それは自分の好きなジャンル以外のことが全く頭に入らないというものである。
科学の難しい専門用語は覚えることは出来ても、人の名前すらなかなか覚えられない、
一般的なはずの外国語でさえほとんど記憶に残らない。
そのことが海人の中では強いコンプレックスとして存在しており、それ故、日本以外に住むということがどうしても嫌だし考えられなかったのだ。
それに母と一緒にいるとなると、どうしても(あのデザイナーの息子)という肩書が付いて回る。
外国語が出来ない、それだけでも成績としては致命傷である。
(あの人の息子は出来が悪い)そんな噂は、自分も母も必ず苦しめることになる。
何か自分がやらかす度に、つまづく度に大きく迷惑をかけることになるだろう。
だが、そこに接点がなければ、そのようなことに悩まされることはない。
それに海人自身、自分がどう生きていくのかを見てみたいというのもあった。
それらを一通り母に話した上で、親子ではあるが別々の場所と別々な生き方を暫くしてみて改めてどうするかを考えたい、我儘を許して欲しいと伝えてみた。
すると、最初は頑なに嫌がっていた母も息子に根負けする形で七年もの猶予期間を与えてくれた。
ただし、大学四年になるまでに自分の本当にやりたいことが見つからなかった場合には、今度は母の言うことを聞かねばならない。
それが条件であった。
その七年間については、生活費を含む一切の費用の面倒をみるという。
当然、バイトをする等の話もしたのだが、そこについてだけは母は一歩も引かなかった。むしろ「やりたいアルバイトならば良いが、生活をする為のアルバイトならば許さない」という態度である。
母は、それらの条件を言い渡した後、海外での生活に完全にシフトしてしまう。
そこからは、親に啖呵を切った海人の、自分が本当にやりたいことへの模索が始まった。
誰もいなくなってしまった家に自分の好きなもの、学びたいものを買い集めていくうちに、多数あった部屋は、それぞれのテーマの様なものに従った科学館の展示にも似た世界となっていったのだった。
玄関に入ると、シューズボックスの上には百四十四分の一のヴォストークロケットの模型が飾られている。
そしてリビングに続く廊下には、額に入ったSF映画のポスターが幾つか左右に飾られており、この部分だけでも何か普通の家とは違う雰囲気を醸し出している。
その廊下からリビングに入ると海人はカバンを適当に床に置いてソファに座り込み、今日一日、何があったかを考えた。
明日乃未来が意外にも本気で宇宙に興味がありそうで、自分にだけ声をかけて話をしてくれている。
しかも昼休みに皆には内緒でというところを思い起こすだけで胸がざわつき、居ても立ってもいられない気持ちになる。
同時に、頭の中の冷静な自分が彼女に何か得体の知れない違和感を感じ始めていた。
とはいえ具体的に何が?という理由もない。
ただ、何かが普通じゃない。
静かな部屋にいると、その違和感ばかりが頭を占める。
気を紛らわす為にテレビをつけ番組一覧を見ると、今日は久しぶりのオカルト特集番組「いけいけ都市伝説」をやるらしい。大好物の番組だ。
とはいえ、海人は別にオカルト信者ではない。
むしろ、科学の目で視て「こいつは酷いな」と突っ込み笑いとばす。
つまり、あくまでエンタメとしてしか見ていないので、番組ナビゲーターが幾ら盛っても、雑な盛り方を視てはメシウマなだけなのである。
晩飯のモヤシ炒めを作っている間に、つけっぱなしのテレビからは件の「いけいけ都市伝説」が始まった。
この番組は不定期にやっているエンタメ番組で、宇宙人だ、ユーフォーだは当たり前で、最近はAIが人類を支配とか遺伝子改造人間と悪の秘密結社があるとか言い出している。
今日のネタは、どうやらUFOやUAPらしい。
なかなか好きなテーマだ。
出来上がった豚肉モヤシ炒めに醤油をぶっかけてメシを食いながら、ナビゲーターの元お笑い芸人である佐古春夫が言う適当なことをメシのオカズ代わりの一品として聴いていた。
「世界中でUFO、UAPの目撃や撮影された動画がいっぱいSNSなんかに上がっているよね。
これらについて、かつては信じられないような事件が世界中で起こっていた。
でも、皆さん。最近のこれらの衝撃的映像や事件は、殆どがフェイク、つまり偽物画像や映像なんだよね。
生成AIの普及で、誰でも簡単にフェイク動画が作れるようになってしまったことが原因なんだよね」
「へぇ……」
意外である。
というのも、この手の番組は真偽のほどは問題ではなく視聴者が驚く映像さえ手に入れば、もっともらしい肉付けをして、収拾がつかなくなろうが問題提起という名のもとに内容ゴリ押ししてからの、カミングスーンで誤魔化すというのが常套手段だからだ。
それが(フェイクが蔓延で本物がない)と言ってしまっては撮れ高を削って番組を作らなくてはならなくなる。
要するに自分で自分の首を絞めるようなことを何故か言っているのだ。
「この世界中が嘘だらけのUFOや宇宙人の映像の中で唯一、本物の映像や目撃が多発している地域があるんだよね。それが【日本の首都 東京】」
「ん~?」
確かに十年前から東京には他の場所とは決定的に違う、宇宙人の存在に直結するものが浮かんでいる。
「そう。皆さんもニュースで、あるいは直接見ている、あの巨大な宇宙船。
あれが来るまではUFOや宇宙人の動画や写真は世界中のそれほど人口が集中していない、中規模な都市での目撃情報が多かったんだよね。
ところが、あの宇宙船が東京に来てからは、東京近郊での目撃情報が急増したんだよね」
それについては事実だろう。
いままでの日本での目撃情報というと甲府近辺が有名で、他には北海道や東北、都下でもせいぜい埼玉県や千葉県であった。
ところが、宇宙艦が来てからは東京或いは東京近郊でのUFOやUMAに関する投稿が激増した。
だが、それは単にきっかけが宇宙からやってきたのに引っかけてのフェイク投稿が増えたと普通に解釈していたが……
「番組では、これらの画像を多数解析してみた結果、驚くべき事実が判明したんだよね。
それは【東京近郊で起きていることだけはフェイクじゃない】
これは、もう、あの黒い宇宙船との関係を疑うしかありえないよね。
我々は、あの宇宙船が人畜無害であると思ってきたけれど、そうじゃない。
あれには目的がある。それを僕は人類家畜計画だと思っているんだよね。
【人類家畜計画】これについては、各国の諜報機関も密かに東京に調査基地を設けて調べていると言われているんだよね。
さあ、アナタがこの情報。信じるかどうかは! 自己責任です!」
相変わらず、酷い番組の閉め方だ。
少し考えてみれば分かる。
人類を家畜化するのが目的ならば、東京に拠点を置く意味がない。
着眼点はそんなに悪くないのに、解釈が雑で陰謀ありきになるのがくだらな過ぎる。
とはいえ、もし本当に十年前からのUFO事件が関東一円以外はフェイクばかりで東京周辺だけが真実の事件や目撃だとすると、それはあの黒い宇宙艦との関係を示唆する。
ただ、仮にそうだとしても目的が分からない。
それに、そもそもUFO等に関する十年分の映像情報は莫大な量であり、それを一介の民放の下請け制作会社がどこまで画像解析をしたのかは量的にも質的にも疑問でしかない。
番組を見終わった海人は、ため息をついた。
小学生の頃は、この番組の佐古春夫を羨ましいな、楽しいだろうなと思っていた時があった。
オカルトと科学を同列で語り、自分だけが真実を知っている様に言うだけならば、幾らでも破天荒な説明を流布して流石だと褒められる。
そんな空想と妄想で実社会を生きていく商売なのだから無限に続けられるだろう。
だが、自分は、もうそちら側の世界にはいけない。
何故なら、それは何も生み出さない、誰にも貢献しないと知ってしまったから。
そして、夕食の食器を片付けてからノートパソコンを広げてAIと宇宙の構造についての話をし出す。
この考えの方が将来、きっと誰かに貢献出来ると信じて論文化を進めるのだった。
翌日の昼休みの時間。
海人は、約束通りに屋上へ向かった。
相手を待たせるのが嫌で、今日は朝のうちにコンビニに寄ってサンドイッチとおにぎりを買っておいた。
明日乃がまだ席にいるのを確認してから走って来たにも関わらず、そこに明日乃はいた。
海人が半ばゼイゼイしながら食欲減退するほど階段を全力で駆けあがってきたのに、明日乃は肩で息することもなく笑いながら待っていた。
「遅いよ、星野君」
「遅いって……こんな……何で……わりぃ……ちょっと休ませて」
一体、どうなっているのか分からないが、そんな短時間でこられるルートがあるなら教えてくれても良さそうなもんなのに、と余裕をみせる明日乃に理不尽さを感じていた。
そんな息切れの海人を見ながら明日乃は笑う。
「ごめん。今のは冗談ね。急いできてくれて、有難う」
これである。
男子は、こういうのに弱い。
ごめんで済むなら警察は要らないとよく言うが、美人だったり可愛い女子に限って大概のことは(ごめん)で済むのも、また事実である。
特に明日乃の場合は(ごめん)すら必要がないことが殆どであった。
テヘッと舌を出すだけで男子はイチコロなのである。
「それで、昨日はどこまで話したっけ?」
「んーとね、赤方偏移からのハッブル定数と、それから導き出されたビッグバン理論までだったよ?」
海人は、食べようとしたオニギリを落としそうになった。
確かにそうではあるのだが、圧縮して話したとはいえ赤方偏移、ハッブル定数、ビッグバンの三つの単語にまで要約されてしまった。
つまり明日乃は、何てことなく普通に聴いて理解してくれていたことになる。
海人は、食べながら明日乃未来という女子のとらえ方を勘違いしていたことに気づいた。
(この人は話を聴いてもらう相手じゃない。意見を言い合ったりするべき相手なのかもしれない。でも、それって、どういう関係なんだ?)と考えたら急に胸がドキドキしてきた。
オニギリを喉に詰まらせてしまいそうになり、持ってきたお茶をがぶ飲みする。




