第二十九話 父の話のはじまり
「えっと、ちょっと待ってくれ。聞きたいことが、いっぱい出そうだ」
流石に海人といえど全く想像もしていなかった話なので、いまいち理解が追いついていない。
そもそも焼き肉食い放題の店で食べながら話すには情報密度が高すぎる。
「星野。父の話はわたしから折を見て話そうとは思っていたんだけれど、長くなるかもしれないから、あとは帰ってからにさせてもらえる?」
確かにそうだ。まずは、自分達の話より、外敵になるかもしれない奴らに関するかもしれない情報の方を先に片づけたい。
「それで、姫子。まずは、父から何て伝えられているの?」
「端折って言うと、地球全体に害悪の侵入を阻むフィールドが張ってあるって。でも、東京は自分がいるから開けてあるってことみたい。でも……んー……もうちょっと事情は複雑で……なんか上手く話せないなぁ」
「じゃあ、わたしも詳細を確認したいし、わたしから星野に説明したいから、父からの情報をわたしにくれる?」
困惑気味だった姫子は助かったとばかり、すぐに右の掌を広げた。
「いいよ、お姉。その方が話早いよね」
明日乃は、姫子の薬指に自分の薬指を引っ掛けると、二人とも握りこぶしを作ったと思ったら、すぐに手を離した。
「そういうことね……わかった」
ここから、何かするのかと思ってみていた海人は拍子抜けした。
「あれ? 今ってなんかやったのかい?」
「あ、うん。父の考えってデータみたいにハッキリしたものじゃなくて……そうねえ? 雰囲気みたいなものとして伝わるものだから言語化しにくいのよ。で、今は、その雰囲気って感じのものを姫子と共有しただけ」
雰囲気を伝えるというのは、個々人の経験というバックボーンまで必要な場合が多い。
それを伝達するとなると確かに難しい。
ゼロベースで明確にデータ化して伝達するのは不可能ではないが、莫大な情報量を必要とする。
今やったのは、かなりファジーで量子的なイメージを持って瞬間で伝達したということだと理解するしかない。
「なるほど。それで、具体的な言葉に明日乃なら変換できるのか?」
「ある程度、分かったことだけ伝えるね。
まず、地球は父の到来も含めてわたし達がいようがいまいが、いままでとは違った質での、宇宙からの脅威にさらされるのは間違いなかった。
そこで……えっと目的は……ちょっと置いといて、父は地球全体に特殊なフィルタリングを持つ絶対的な障壁をかけたの。
それは地球のものだけは出入り自由だけれど宇宙からくるものは、その障壁に必ず阻まれる。
でも、自分を中心にして半径百キロだけは自由に出入りできる円柱状のエリアを設けた。
つまり、宇宙からの来訪者にとっては東京と近隣だけが宇宙と自由に繋がっている空間となったの」
なるほど、今の話だけでもいろいろな疑問が解けたと海人は箸を動かすのも忘れて考え始めていた。
その間も姫子は、お構いなしだ。
「そうそう。さすがお姉。そういうこ……あっ⁉ お肉が! 焼けすぎちゃった! でも、いけるから食べちゃう」
しばらく考え込んでいる海人に明日乃が気を使って「デザート食べたら帰ろっか」と言うと姫子はもう少しと粘った。
だが────
「あんたが食べ続けると他のお客さんに出すものまで全部食べちゃうからお店が困るでしょ!」と強めに言うと、それが店員にも聞こえたのか苦笑いしながら軽く頭を下げた。
会計する時に「次もお待ちしていますが、出来れば事前ご予約を頂けますと助かります」と言われ、全員、顔を赤くして店を出た。
「次は、どうであろうが一番高いコースを選んで店に貢献してやろう」という海人の声に姉妹も「目玉商品は控えめに。安い肉は手加減せずに」と心から宣言したのだった。
帰宅してからリビングで紅茶を飲みながら、今の自分達に近い事柄から順番に整理していく。
「知りたいことは山ほどあるけれど、まずは分かったことから僕なりに整理してみるよ。正誤も含めて聴いてもらえるかな」
明日乃はソファに座り、そのひじ掛けに座る感じで姫子が姉の隣にいる。
彼女達にとって、単に宇宙艦との関係性までを整理するのか、それとも自分達が何者であるのかまで海人が語るのかは、重大事案であった。
というのも、自分たちが宇宙人だアンドロイドだという程度のことならば、彼も知性の発達の仕方こそ違えど、意思の疎通は出来る可能性が高いと判断するであろう。
だが、自分たちはそれらではない。
本来、そういう対象ではないものなのだ。
そういう存在を海人がどう捉えるのか。
この星野海人という人間は状況によって相当にドライな判断をする。
だから結論として、明日乃と姫子とのいままでの経過も、知性としてのことではなく単なる情報の蓄積から生じる選択的な反応であり初期のAIとなんら変わらない、人の形をした物体というだけであると判断されるかもしれない。
二人は海人が何を言うか、不安でしかなかった。
勿論、不安を払拭する為にその気になれば、普通に海人の頭の中を探ることは出来る。
何を考えているのかも知ることは可能だ。
でも、どうしても、それをしたくなかった。
それをやった瞬間に自分が無くなる、そして星野海人もただのタンパク質とカルシウムにしか見えなくなる。
そして、空間に記録された情報から星野海人の情報を取得して全てが終わる。
以前は、そうだった。
そんな過去を思い出してしまった。
もし、星野海人をいじくって明日乃が明日乃未来ではない存在に戻ることがあった場合。
その時、姫子の存在は消滅してしまう。
昴姫子も明日乃未来の存在に支えられた、そのような儚い存在なのだ。
もし、星野海人が自分たちを単なる物体としてしか見なくなっていたならば、全ての情報を消して去ろうと考えた。
自分たちは、そもそもいなかった、そんな世界にして去るつもりだった。
姉妹は、海人から見えない場所で互いの手を握り合った。
そして、海人が話し始める。
「まず、世界の宇宙人だ、UFOだというのが東京以外の目撃情報は全てフェイクであるという話は、どうやら本当だということだよね。それは君達のお父さんが非常に特殊で強力な、
いわばバリアを張った影響なわけなんだが。ここで普通に考えると娘の君達を守る為だけであるなら、まず地球に君らを降ろさないだろう。いや、もっと言うなら地球を選ぶ理由にならない」
明日乃はうつむき加減で目をつぶり聴いている。
姫子は、海人の方を向かずカーテンの方を見ている。
「うん、それで?」
「まあ、百歩譲って地球に娘を降ろすことが何らかの条件だったとしてだ。
その場合、娘を護るなら地球全部をバリアで覆ってしまって隔離してしまえばいい。
でも、そうしなかった。
しかも、娘を降ろした場所から、ほんの少しズレた場所に停泊して宇宙への風穴を開けた。
それまでは、宇宙からの来訪者は好き勝手に来放題だったのが、その時から地球全体としては鎖国状態だが唯一、東京だけが出島となったわけだ。
でも、地球人が宇宙に進出するのを妨げる障害は設けなかった。
あくまで外来への制限なんだ。
ここまでは、現状確認だ。合っているよね?」
姫子がそっぽを向きながら「合ってるよ」と答えた。
「それで、僕はバリアに穴がない世界と穴がある今とを比較して考えたんだけどね。
バリアに穴がない世界は、純粋に地球人類だけで世界がどうなるのかを見る世界だ。
これは日本にとっては、かなりしんどい世界なんだ。
自国を満足に防衛する手段も限定される中で、常に核を持つ国からの脅威に晒され続けることになる。
そして、どういうわけか娘をそこに降ろしたわけだが、もし有事になった場合どうなるのかを考えると、好むと好まざるとに関わらず、この星の戦闘に巻き込まれることになる。
そんなどうでもいい、面倒なことを君達の父親が望むわけがないよね」
そこまで聴いて明日乃が姿勢を動かすことなく話す。
「父は……早い話が人類どころか太陽系に何が起きても干渉する意思は一切ないし、わたし達への接触もほとんどないの。
それに惑星という小さな単位で干渉したことなんて過去に無かった。だけど、ここには、わざわざフィルタリング機能を持つバリアを張るなんて細かいことまでした。
だから父の中で地球は特別扱いなのは間違いないの。理由までは分からないけれど」
今の話を聞いて海人の中でのピースが噛み合った。
そして、明日乃達が大きな勘違いをしていることも。
「今ので僕の中での仮説に自信がついたよ。じゃあ、順番に話を続けるね。君達のお父さんが直径二百キロのシリンダーバリアを開けてくれたことで、三つ良いことが起こったんだよ」
姫子がようやく目線を海人に向けた。
「良いことが三つ? こんなトラブルが起きているのに?」
「それだって特別悪いこととは言えないんだ。
まず一つ目のいいことは、日本が得をする。
これは、日本以外の国が今の日本をどう見るのかを想像すると分かるよ。
怪獣やら、得体のしれない事件が起こる中、巨大ロボットが出てきて事件を解決するような国を侵略する気になるかい? ただでさえ、正体不明の巨大な宇宙艦が停泊している国なのに」
「あ──、確かにそっかぁ。いくら日本のものじゃないって分かっていても地球外のものが助力しているって形跡があるのは怖いよねぇ」
「だろ? 二つ目。ここからは、僕らの話だ。
そもそも一つ目の利点である地球の平和だ、日本が安泰だというのは、僕らにとってはオマケの話なんだ。
まず、元々、地球は異星人から狙われていた。
恐らく今まで来訪して来ていた奴らから、地球生物の一部に戦闘生物としての需要があると見込まれていたんだろう。
それが元で、たった二つの事件でさえ多くの犠牲者が出てしまった。
でも、それは、地球にシールドを張ってもらっていない状態だと止められる者がいなくて広域で異星人原因の大型事件が多発してしまう分、更に酷いことになっていたのは間違いない。
でも、君達は、それらの事件を止められる力がある。
それならば、僕らの目の届く一定範囲内で何かが起こって欲しい。
そうじゃないと世界中で起こる宇宙人関連の事件は間接的に全て僕達の責任ってことになる。
もちろん、僕らの存在が誰にも知られていなかったとしても、地球上の全ての大事件、残虐事件に対して僕等は知っていても止めには行けないから、知らないふりを続けることになるんだ。
逆に正義漢ぶって止めに行くなんてことしていたら、そんな精神的重圧やら呵責を抱えてひたすら人類救済の為だけに生きていく辛すぎる人生を背負うことになる。
第一そんなことを僕らが続けていたら、性格がねじ曲がりすぎて自らが危険な存在に成りかねない」
「つまり、面倒な問題を一ヵ所に集中させることで、地球全土が退廃的にならずに済むから、大局的にわたし達の普段の環境が保たれるってことね?」
流石に明日乃は呑み込みが早い。
そのまま海人は話を続ける。
「三つ目。実は、これが僕らには一番大事な事かもしれない」
それを聴き、姫子の指先がソファの合皮を小さくきしませて食い込ませていた。
「それは、一つ目と二つ目が担保されているから言えることなんだけれど。僕ら自身が日常が如何に大切かが分かるということ」
「日常……」と明日乃は呟き、姫子は海人を見つめる。
「それって……つまり、非日常があるからこそ、日常が光る。——そういうこと?」
「姫子、非日常しかなければ、それは未開の世界に裸で投げ出されてしまうことと同じだからね。日常とは、非日常からの差分からでしか享受出来ないんだよ」
うんうんと納得するも、彼女達の話の本題はそこではない。
嫌だが聞かなくてはならない。
「それで……父とわたし達のことについても、何か考えたんでしょう?」
「ああ。ある意味で、とても重大なことが。恐らく間違いなく分かった」
二人とも身体を強張らせた。握り合う手が震え、姫子が掴むソファの一部が静かに曲がっていった。
「二人とも、よく聴いて。君達の親父さんは、君達をとてつもなく愛しているよ」
「え…………」
「どうして? わたし達でさえ分からないのに?」
「それはね。親父に地球を選ぶ理由がないなら、選んだのは娘の君しかいないだろ。君が地球を選んだ理由までは分からない。だけど、十年前の君が選んだから。君が地球で自然に育めるように父親として必要最低限のことだけをしたんだろうな。何かを学ばせる為に」
「あっ…………」
「その過程で、君はここが好きになったんだろうね。どうしてもここがいいと思うくらいに。恐らく、その過程で生まれたのが姫子なんだろう。だから、姫子の記憶は君が地球のこの場所が好きになってからの記憶なんだよ」
二人とも声が出なかった。
ザックリでもあるし、本当は微妙に違う部分もあるのだが、父に関しては海人の推測が明日乃にもしっくりきた。
姫子の誕生の仕組みこそ彼には不明なのだろうが、理由は合っていた。
だが、最後の話をまだ聴いていない。
明日乃が息を止めているせいか、リビングが一瞬、耳鳴りを意識するほど静まり返ったように感じた。
「それで?」
「え? それで、とは? これで全部だが?」
困惑する海人に二人は更に困惑した。
「父やわたし達が、どういうものなのかって分かったんじゃないの?」
そう言われて海人は非常に困りながらも、緩く笑って答える。
「そこ、大事じゃないから、どうでもいいんじゃないかな?」
海人が考えていないわけがなかった。
そこを考えていなければ父の意思の仮説も姫子の誕生理由も説明など出来るはずもない。
だが、そこは「どうでもいい」という言葉で何の問題もないと意思表示してくれたことが海人なりの優しさであることも二人は理解していた。
姫子は顔に手をあてて泣いた。
座ったまま海人を見つめる明日乃の頬にも涙が伝っていた。
「星野。ありがとう」




