第二十七話 後片つけのはじまり
「ん! ……こいつ、喋ったぞ⁉」
だが、知性はあまり感じられない。
やっと見つけた、なんて言ってる時点で大量殺人のニュースから推測した通り、彼女達が最初から標的だったということになる。
「明日乃! 姫子! どうやらコイツは二人へのお客さんらしいぞ!」
姫子は悲鳴をあげそうなのを我慢している。
「星野、離れて隠れてて‼ もし、隙があったら麻痺キューブ使ってみて! 姫子、駅前で人目が多すぎるから走るよっ‼」
「お姉、走るのはいいけれど、どこ行くの⁉ うわ、キモいの来たぁ‼」
咄嗟に海人が指示する。
「君らが駅前を超速で走って逃げるのは目立ちすぎる! すぐ横の自転車をちょっと借りて、それで逃げろ‼」
明日乃と姫子は、それぞれ駐輪している自転車に急ぎ近寄るとワイヤーロックをいとも簡単に引きちぎった。
「姫子、最初はそっと漕いで‼ チェーンが切れるから!」
自転車に乗った二人は、そのまま環七方向に向かう。
ゴアアアアアアアァァァァァァァッ‼
言葉は最初の一言だけで、後はただの異形の怪物が、目標である二人に向かって咆哮すると鎌の腕を脚として使いながら追いかけ始めた。
警官達は、彼らの移動が速すぎるのと周囲への流れ弾の恐れがある為、無暗に発砲できない。
警官の何人かは走って怪物と追われる自転車女子二人を追いかけたが、残りの多くはパトカーや白バイに乗りこみ始めた。
ホイッスルとサイレン、街の喧騒とは異質の騒音が響く。
海人も一瞬、移動しようとしたが、とても人間が走って二人を追いかけられる速度ではない。
ここは音声でのアドバイスに徹することにする。
一方、自転車の女子二人は、亀梨駅前の騒動で警察が通行止めにしていた環七の大渋滞の車両を避ける為、如何にも縁石を利用した様に見せかけて自転車をジャンプさせ、水切り石よろしく車の屋根をドカンドカンと踏みつけて渡りきる。
その後を怪物も追いかけてきて渋滞に突入する。
足先が鎌なので路面に穴を開けつつ超速で進んでいたが、環七の渋滞車両をものともせず脚を車に振り下ろして進もうとしてしまい、脚が車を貫通してしまう。
そのせいで、足を取られた怪物は、貫通した車ごと脚を持ち上げ、振り回しては、自動車を足に着いた泥同様に遥か向こうに吹っ飛ばすと即座に二人を追った。
その間、現場に入ろうとしたパトカーと機動隊車両は渋滞に阻まれてしまい身動きが出来ない。
その合間をぬって白バイが数台、追跡し出す。
サイレンと”道を開けて下さい”のアナウンスは周囲の緊張感をただ増すだけだった。
「星野、このまま荒川土手まで走ってから決着つけようと思うけれど、いい?」
それは、明日乃から海人への殺傷許可のようなものだった。
もう、何人殺害されたか分からないくらいの被害だ。
警察の火力では太刀打ちできない。
しかし自衛隊は法的根拠の欠落から防衛出動出来ないだろう。
「明日乃、姫子。最早、この事態は君らでしか終息させられない」
ここで海人は、初めて自分の意思での重大な決断を口にした。
「やってくれ。方法は任せるから、出来るだけ目立たず迅速に」
「わかった」「はい」
河川沿いの土手を自転車が駆け降りると、怪物もついてきた。
「姫子、適当な場所でアイツを固定して」
「うん、わかった」
そよ風が吹き、二人の髪を緩くなびかせた。
姫子は自転車を停めると跨ったまま、怪物に対して両掌を前に突き出す。
劣化版とはいえ、潜在能力は姉と同じ。
怪物を中心にして半径五メートルの範囲で空間の粘性が極端に増す。
目には見えない変化が始まる。
すると、急に周囲との動きに落差が生じ始めた。
周りの雑草は風でなびいているが、怪物とその周囲だけ、雑草も、もちろん怪物も、全てのものがスローモーションのボリュームを上げるように動かなくなる。
それでも、尚且つ怪物は何かをしようとしているのだが、その動きさえも出来なくなる。
同時に重力ポテンシャルも増すため、全てのものが怪物を中心にして斜めに歪曲していくように見え出す。
現場から離れている海人には、そこで何が起きているのかは把握できない。
イヤホンから聞こえてきたのは明日乃と姫子の声だけだった。
「ゴリラなのかカマキリなのか蜘蛛なのか知らないけれど、あなた、誰にそんな不細工に作られたのよ? 心が顔に出ちゃってたよ。もう寝なさい」
「じゃあ、お姉。最後、お願いするね」
そこまで聴こえた時に海人のところに警官達がやってきた。
「君、大丈夫か⁉ ここは、まだ危ないから早く非難して‼」
駅前は騒然としていた。
割れたガラス、多数の穴の開いた路面、原形を留めない肉塊とブルーシート。
野次馬が遠巻きに集まり始め、警察の規制線が慌ただしく張られていく。
大衆と警察は、怪物が彼らの知らない、そして怪物に追われて逃げていた少女達に密かに処理されたことを知る由もない。
海人は怪物が去った方とは反対側の公園方向へと警官に誘導されていく。
そこへ、明日乃と姫子が走り寄ってきた。
「自転車を元にあった場所に置いてきたら、警察の人にあっちにいってって言われて遅くなっちゃった」
「二人とも、大丈夫だった?」
「あのね、星野。大丈夫なのはあなただよ? こういうの慣れろとは言わないけれど、これから度々あるかもしれないんだよ?」
「そうだよ、お兄。お姉とわたしはキツイ時はちゃんと言うから。今は自分がどうなのかを考えてよ」
そう言われて海人は、落ち着こうとしたがアドレナリンが出ているのか、なかなか落ち着かない。
なので、互いの緊張をほぐす為にもこう言った。
「少なくとも、今は大丈夫。それにしても、おっそろしかったなあ! 流石に、こりゃ巻き込まれたらお終いだと思ったよ。キューブ使う余裕すら無かったし」
そして、全員で肩の力を抜いた。
「しかし……この街、惨劇のイメージがついちゃうな」
「インパクト強すぎだよね……ねぇ、お姉、そこだけ何とかならないかな?」
明日乃も考えていたようだ。
このままだと彼女の望んでいた日常という世界が異物によって端から壊されていく。
とはいえ、事件そのものが無かったようには出来ない。
「うん……」
これには、海人も落としどころがなかなか見つけられなかった。
これだけの残虐殺人を含んだ事件での衝撃的なシーンを見た人の大部分に記憶の改ざんをしなければ、恐らく、この街は詰む。
しかも、急がないと野次馬が散ってしまいリカバーも出来なくなる。
では、全てではなく、一番衝撃的なところだけの改ざんならば⁉
「明日乃。半径二百メートルの範囲でいい。警官も含めた全ての人について、アーケード内で警官や市民が真っ二つにされて外に投げ出されるシーンの部分だけを淡い記憶にさせることは出来ないか?」
「あ……そこだけで良ければ、なんとか」
「じゃあ、すぐにやってくれ。拡散してしまう前に」
「星野の記憶も同時に、そこだけ淡くなるよ? いいの?」
「映像記録は残してある。僕は、もう一度見てしまえばいい」
「そう。なら、今すぐ」
そう言うと明日乃は目立たぬようにする為か、高架下の自販機の陰に走っていった。
すると自販機の陰で何か光っているように見えた。
それから数秒後には、走って戻ってきた。
「範囲がピンポイントに近かったから、なんとか出来た感じ。でも、警官の中にいたムービーカムの映像とかは、細かすぎていじれなかったよ」
「上出来だよ。そんな映像、簡単には世の中に出ないからさ。仮にリークとして出たとしても週刊誌ネタで終わるよ。一週間もすれば、この駅前も事件前に近い状態に戻ってくれるんじゃないかな」
姫子は余程この街が好きだったらしい。
「だったら、いいなあ。クレープ食べそこなっちゃったし」
「じゃあ帰りは、みいさとのファミレスでデザートでも食うか」
「賛成。殺伐とした一日で終わるのは嫌だもん」
「そうね。反省とかも後日にしようよ」
道路は、封鎖で大渋滞なので、どっちにしろ徒歩で帰らないとならなかったが、頭の中を整理するには丁度いい時間でもあった。
その頃
ようやく、河川敷まで、まず白バイ警官達が到着した。
怪物の通ったところは鋭い爪跡が穴のようになり幾つもついているので分かりやすい。
ただし、最終的に彼らが見たものは怪物の死骸そのものではなかった。
「なんだ、こりゃ……?」
「さあ……あ、でもこれ」
警官のひとりが鎌の先端らしきものであった部分を見つけた。
「ということは、これは、あの怪物なのか?」
そこには、直径二メートル程の肉の球体があり、爪らしきものや毛から、怪物のなれの果てであることが辛うじて想像できた。
「これ、死んでるんですかね?」
そんな疑問を一人が言ったので、不用意に近づいていた警官達は飛びのくように一斉に距離をとって抜銃した。
やがて他の警察車両や機動隊、鑑識、学識者とマスコミも押し寄せるだろう。
だが、これが何なのか、何故こうなってしまったのか。
その一部始終を見たかもしれない周囲の目撃者を探しても、誰一人として答えを持って現れないことを後に知ることになる。




