第二十六話 交戦のはじまり
それを聴いて、海人は驚いた。
まだ、殺人事件の犯人に関する直接の情報がない状態で出歩くのはかなりリスキーだ。
ただ明日乃は、どうやら相手を一本釣りするつもりでの話だろう。
自ら姫子と共に撒き餌になりつつも、喰いついてきたら撒き餌のはずが逆に食らいつくということか。
ともあれ、昼休みが終わるので教室に戻ってからドローン通信で詳細を聞いてみることにする。
教室で席につくと適当に教科書とノートを出してから口元に手をやり小声で即席会議を始めた。
「明日乃、姫子と囮捜査するってことか?」
「うん。それも、近くてウチの高校の人がいないところがいいと思って。それでさ、星野も来て欲しいんだ」
自分も来いと言われるとは思わなかった。
「えっ、囮の足手まといになるだけだろ。どうするんだ?」
「違うよ、離れて周りを探って欲しいの。どういう展開になるか分からないから、わたしが相手の位置が分かっても、それをガン見するわけにもいかないでしょ」
明日乃の目論見がわかってきた。
わりとフワッとした計画だ。
相手の出方が分からない状態で仕掛けるのだから出たとこ勝負になら去る負えない。
それも海人さえまだ把握出来ていない明日乃の能力があればこそなわけだ。
「つまり、離れたところから記録しながら誰なのかを特定出来るようにすればいいのか」
「そうね。案外、話し合いまでいける相手かもしれないし、いきなり襲ってくる相手かもしれない。或いは、わたし達をただ観察し続けるだけかもしれないし」
「ああ、なるほど。そういうことか。そうだね。それに……」
「それに?」
「生徒だとは限らない」
姫子がびっくりして授業中なのに大きな声を出してしまった。
「ええっ⁉」
あまりに大きな声だったので、教師まで含めてクラス全員がビクッとなってしまった。
「ん! どうした、昴。寝ぼけたか? 古典が眠いのは仕方がないとしても、本当に寝る奴があるか。よし。お前、夢の国から帰ってきたお土産に、教科書八十ページの“けり”の用法を一つ言ってみろ。夢の中で習ってきたよな?」
居眠りのバツのつもりで振った軽い設問だったが姫子は基本的に明日乃の学習していることは全て反映されているので問題ではなかった。
起立して答える。
「はい……“けり”は過去・詠嘆の助動詞ですけれど、ここは終止形接続なので詠嘆じゃなくて過去です」
その通りだったので、教師もそれ以上の追求は出来なかった。
「分かっているじゃないか。でも、寝ちゃダメだぞ。昴、座っていい。では続ける」
大人しく座った姫子に明日乃の叱咤がとぶ。
「ちょっと、何やってんのよ。こっちが驚いたわよ」
「だって、お兄が凄いこと言ったからさあ。ねぇ、それって先生もお兄は疑ってるの?」
姫子が言うのも分からないではないが
「疑うって言うか……普通に一人くらいはいてもおかしくないはずだよ。流石に職員室でカメラ入ったカバンを掲げて撮影は出来ないから想像でしかないけれど」
「それにしても、ウチの高校だけなのかな、宇宙人人口比高めなの」
そこは重要な視点だ。
街中にも宇宙人はいるのか?
どれくらいの頻度でいるのか?
高校内と比べてどうなのか?
これらにより、いろいろ意味が違ってくる。
「明日乃としては、どうなんだ? 街中で気配とか始終感じたりするのかい?」
「全然ないってわけじゃないけれど、こことは頻度が段ちで低いよ。というより、この高校に集中してるって感じ? まあ、わたし達のせいでもあるかもなんだけれど」
(ん⁉ ということは、明日乃の能力について宇宙人側では知っている勢力もあるってことなのか?)
「あのさ、もしかして明日乃って狙われてるの?」
「んーん、狙われるというのは殺害とか捕縛という意味なら、そうなるのかな? 相手に聞かないと分からないけれど。でもね、今、わたし達の周りにいる連中達は、ほぼ違うはずだよ?」
「ふっふーん。なぜだか分かるかね、星野くん?」
何故か姫子が自慢しだした。
「なんだろう? 見たことない連中だから、とかか?」
「ブッブ──。正解は、お姉をどうにかするには、あまりに投入している戦力が非力過ぎるからでぇーす! お兄が予測しているお姉の力とは多分、全然ケタが違うと思うよぉ?」
姫子は、そんなことを言うが海人は明日乃の力が破壊力に使われた時の想像はモロにはしたことが無かった。
何故なら物質生成を出来るということは、普通に考えて、生成できる量と同じ量を対消滅させられることを意味するからだ。
そして明日乃が一度に生成出来る量が分からないから破壊力への換算も想像が出来ない。
目撃実績としては、仮に校舎を直した生成コンクリートの量が百キロだったとすると、それを爆発エネルギーに換算して2ギガトン以上。
つまり、あの一晩だけで明日乃が使ったエネルギーだけでも関東一円はクレーターと化す。
そこまでの時点で海人は明日乃の破壊エネルギーについて考えるのを止めたのだった。
何故なら、既に彼女は海人の家の改造、これから行うであろう地下訓練場の生成ともなると新校舎の修理とは比較にならない物質生成を行使することになる。
そんなものをいちいち計算してビビっているようでは話にならないようなことが、これからも起きるだろう。
だから、海人は明日乃がやれる事実だけを把握するだけで、他は気にしないことにしたのだ。
「ま、姫子がそういうなら、そうなんだろうな」
「そうだよぉ? お姉は凄いんだから!」
「ちょっと! 黙って聞いてたら! おかしな売り込みを星野にしないでよ! 頭、叩くよ!」
「怒られた……」
プッと吹きたしそうになるのを我慢して、本来の話に戻す。
「それでだ。僕の今の装備は、サーモグラフィと電磁波測定器。あとカバンにアクションカムが入っているくらいだ。あ、それと麻痺のキューブがポケットにある」
「記録係としては充分じゃない? 今回は、接触が目的じゃなくて誰がわたし達の周りをうろついているかを探るわけだから」
「つかず離れずくらいの距離でついていくようにすればいいだろうな。二人とも気をつけなよ? そして、いざとなったら躊躇せずに実力行使した方がいい。あ、やっぱ手加減して」
「はぁーい」
「わかった」
放課後になり、二人が校門を出てから50メートル程あけて海人が続く。
姫子はご機嫌で鼻歌を歌いながら歩いている。演技か素か判別がつかない。
「チョコバナナにしよっかなー、でもイチゴホイップも捨てがたい。あ、カスタードを忘れちゃいけないよね」
「お子ちゃまは、甘々食べてなさいよ。わたしはレタスハムチーズにするから」
「渋っ‼」
能天気な会話にはのらずに海人は周囲を見渡すが、下校時からついてくる者はいなさそうだ。
それはそれで意外であった。
あからさまに一人や二人くらい追っかけがいそうなものだが、いないということは、あの二人を休み時間の度に囲む連中のうち、しつこい奴らは何らかの意図または指示で接近してきた連中ということになる。
正体まではともかく、簡単に馬脚を出しているところをみると素人くさい。
(つまり、鶴見と榊原は限りなくグレーに近いということか。それと指示役が存在する)
亀梨駅までは、それなりに遠い。
普通ならばバスなりを利用するところだが、今回は敢えて徒歩で行く。途中にどんな奴が引っ掛かるとも限らないからだ。
亀梨駅が近くなるにつれて人通りも多くなってくるので、海人は二人との距離を20メートル程度まで詰める。
亀梨駅は高架になっており、ホームから降りると南側バスロータリーと北側バスロータリーに分かれている。
両方のロータリーは駅高架下が広いアーケード状態で接続されており、それを利用した店舗や屋台等がある。
南側ローターリー側はひらけており広場のように広い歩道を利用して幾つかの人気屋台が展開していた。
ちょっと寄って食べられるスイーツ店が多く、その中でも二人が目指すクレープ屋は特に人気の屋台である。
高架下アーケードを潜り抜けるとクレープ屋が見えた。
平日の夕方、人は、やや多い程度だ。二人がメニューを眺め始めたその時である。
背後に男が迫ってきた。
だが、ただの客かもしれない。
クレープ屋の前で二人がメニューボードを見上げている――その三メートル後ろに、男が立った。
カジュアルな服装。
二十代後半か。
中肉中背、特徴のない顔。
だがサーモグラフィでは一目瞭然─体温26度。
男はしばらく二人を眺めていたが、やがてポケットからスマホを取り出した。何かのアプリでも開いているのか指が動いている。
同時に電磁波測定器に接続したイヤホンからピー音がし始めた。
何らかのジャミングが入っている可能性がある。
「明日乃、後ろ」
「わかってる」
姫子も把握しているが無邪気に振舞う。
「お姉、何にするぅ?」
男の顔が分かる。
その男は明日乃まで三メートルの距離を詰めることなく、ただ立っているようにも見える。
すると突然、作り笑顔で明日乃と姫子に話しかけてきた。
(しまった‼ 二人と交信出来ているので見落とした! 二人の声は聞こえていても男の声がよく聴こえない! それとジャミングされていても記録は大丈夫なんだろうか⁉)
こうなっては、聞き逃さないようにして覚えるしかない。
「音声を録音する方法の確認を失念していた! 二人が頼りだ!」
男の作り笑顔。
距離三メートル。
近いようで近くない。
夕方のクレープ屋前で話をするには不自然な距離だ。
その詰め過ぎない距離のせいか男の声も上手く拾えていない。
男が何か言っている。
身振り手振りを交えて、二人に話しかけているのだけは分かる。
愛想のいい笑顔を崩さない。
姫子はきょとんとして、知らない人だ、という反応である。
所々、聴こえる。
どうやら、亀町の怪獣について話をしたいようだ。
「それを何故、わたし達に?」
「…………」よく聴こえない。
「それを知っているということは、あなたは首謀者側なの? それならそれで違う対応になるけれど?」
男は少々慌てたようで違うというような手振りだ。
「と、いうことは交渉したいということ? それ、わたし達に何のメリットがあるの?」
男が暫く考え込んでいる。
街の雑踏や駅に電車が入ってくるアナウンス等が聴こえる。
街というものは、別に何か音楽等が鳴っていなくても車、人の足音、話し声が合わさることで特有のバックグラウンドサウンドが常に存在する。
人は、それを気配として感じているのだろう。
その気配、街の喧騒が”ピピーーッ‼" という遠くで吹くホイッスル音と”パン!”という音で雰囲気が少し変わった。
“パン、パンパン!”と連続して音が鳴った。
駅の反対側のロータリー付近だろうか。
その瞬間、駅付近にいた人々の足が止まり、全員が聴き耳をたてたことにより自動車以外の音がしなくなった。
こちら側の交番から警官達が高架下のアーケード通路に走っていく。
次にキャ──という悲鳴や怒号にも似た声と共にホイッスルの音と「早く‼ 早くさがって‼ 逃げて逃げて‼ 逃げて下さい‼」という複数の声。
その間にも銃声であろう音がする。
(まさか⁉ 例の大量殺人犯が来ているのか⁉ まだ、陽も落ちていないのに⁉)
この事態の急変は正体不明の男にも不測だったのか、怯えながら走り去ってしまった。
更に応援のパトカーが次々とロータリー内に到着し警官達が、やはりアーケードの中に走っていく。
「明日乃‼ 何か起こっている‼ これは、僕らとは無関係とは……⁉」
そこまで言った時に高架下アーケードから銃を構えた警官が十人程、走り出てきて体制を立て直し銃を構える。
「発砲‼ 発砲‼」
「至急‼ 第二機動隊への応援要請‼ 拳銃では制圧できず‼」
「逃げてください‼ 危険です、逃げて下さい‼」
海人達の位置からでは、高架下アーケード出口を横から見ている状態なので、何が起きているのかが把握できない。
クレープ屋は、よりアーケード出口に近い危険な場所だ。
「二人とも、一旦、僕のいる場所まで下がる方がいい! こっちにきて‼」
その間も警官達は発砲していたがリボルバーの五発は、すぐに打ち尽くしてしまう。
その間にも新たにパトカーが次々と到着し、駅前はパトカーと警官と、その大きく外側に野次馬達でごった返した。
アーケードを正面から見ていた野次馬から悲鳴が上がる。
見るとアーケードから警官を含む数人の半身が血をバラまきながら空中を舞ってバスローターリーの真ん中辺りまで飛ばされた。
ガアアアアアアァァァァァァッッッ‼
叫び声と共にカマキリのカマの様な物が高架のコンクリート部分に手をかけたと思うと、そのままスッパリと切れてしまった。
幾ら鋭い刃物でも高周波振動等、何らかの方法を併用しない限りコンクリートを豆腐のように切ることは出来ない。
そのカマの様な物が全部で四本チラリと見えたと思うと、アーケード出口にかなり素早い速度で本体が現れた。
「な、なんだ、ありゃ⁉」
体高三メートル程度のゴリラの背中から六本の巨大な昆虫の鎌を持つ腕が生えた生物が現れた。
そのカマキリの腕は一本が六メートル以上はある。
その為、移動にも鎌腕を地面に突き刺して高速移動し、周囲を切り刻む際にはゴリラが着地して安定した土台となる。
鎌部分はすでに血だらけで、そのうちのひとつは警官の制服の一部らしきものが着いていた。
一斉に逃げる人々には目もくれず、その生物のゴリラ部分が三人を見るなり方向転換して正面を向く。
【グガゴゴゴ……やっと、いた……】




