第二十五話 偵察のはじまり
姫子が振り返りかけて、前を向いたままの明日乃に袖を引かれた。
「駄目よ。どこも見ないで。前だけ見て」
昨日の夜以来、パトカーのサイレンは鳴っていない。
新たな犠牲者はいなさそうだ。
だが、それは身の安全を保障するものではない。
海人は役に立つかは分からないが内ポケットにある電磁波モニターに片耳イヤホンを挿してからスイッチも入れ、基底よりも数値が急激に上がった場合はピー音が鳴るようにしておく。
学校が見えてきた。
正門前に軽く人だかりができている。
何社かの報道が付近の学校の通学状況を撮るために取材をしているようだ。
だが学校側が警備員を手配したのか、敷地内への侵入は許していない。
校門をくぐる直前、一瞬だけ海人の方に視線を送った。
「放課後、部室」
その一言だけ言うと、画面映えする美少女高校生姉妹はカメラ等に囲まれそうになるのを巧みにスルリとすり抜けて玄関に入って行く。
カメラは追ったが、如何に報道といえど流石に無許可で校内に入るわけにもいかない。
すぐさま適当な生徒へ門の外でのインタビュー画面に切り替えた。
(ほとんどの奴らの神経が報道取材のお陰で、そっちにいってる。チャンスだ)
早朝でもあるし、調べるのは新校舎側だけでいい。
海人は、サーモカメラが入ったカバンを左右にゆっくりと振らせながら学校内を速足で歩いて行く。
一階を撮影しだした時、一瞬だけピー音が鳴った。
が、すぐに治まってしまったので何か雑音的なものを拾ったと解釈した。
一通り撮影した後、二階へ。
その後は一応中庭を撮ってから教室へ向かうが、かなりギリギリになってしまった。
正面に廊下を歩いてくる担任の山田が見える。
山田教諭も海人を見つけたようで、憮然とした表情になった。
担任より十秒だけ早く教室に入り席につくと同時に山田が出席簿を抱えてガラリとドアを開けた。
海人を一瞥すると教壇に出席簿を置きホームルームを始めた。
「はい、全員いるな? えー、昨日の水河公園の件だが学校周辺は安全だ。ただし犯人が捕まるまでは、なるだけ複数人で下校して不要な外出は控えるように。あと、来週の期末テスト範囲変更のプリント配るから後ろに回せ」
そんな話をした瞬間
『ギリギリだったじゃん、お兄。入ってきた時、汗激ヤバだったよ』と姫子の声が聞こえた。
かなり耳元に近い声だったので慌てて姫子の座っている方を確認すると、確かにそこにいる。
『星野、聴こえているよね?』
今度は明日乃の声だ。
これも明日乃を見てから周囲を見渡して、小声で話してみる。
「おい、これ、どうなっているんだ?」
途端に朝から遅れて教室に入ったりと目をつけられていたせいで、山田が声をかける。
「どうした、星野。お前、今朝、遅れて入ってきたり、さっきから落ち着きがないな? いつものお前か、それとも体調が悪いのか。どっちなんだ?」
バツが悪そうに応えた。
「あ……ええと。いつもの自分です」
「うん、そうか。じゃ、一時限目は現国だから、特にお前を気にせずに! このまま授業を始める。教科書八十二ページ」
酷い授業の始め方だ。
『お兄、怒られた!』
『ちょっと姫子、黙ってて。星野、今、髪の毛のひとつに極小のプローブ、まあドローンかな。付けてあるの。そのドローンから直接、耳のリンパ液を複数の固有共振周波数で振動させることで声として聴こえてるのよ』
それは凄いんだが、こっちから話す時はどうする、LINEの役目はあるのか、何故、いままで使わなかったなど同時に疑問が多数出てきた。
『星野は、小声で山田に口元の動きを見られない様に喋ればマイクが拾って聴こえるから。試してみて』
机に肩肘をついて手を口元にやって小声で話してみる。
「山田のやつ、特にお前を気にせずに授業を始める、とかなんとか言ってたくせに僕しか見てないとか陰険だよなぁ」
『ちょっと。第一声がそれ? 山田とかどうでもいいから実のある話してよ』
『今度はお姉から怒られた!』
小声でも簡単明瞭に伝わっている。
これでは、トイレまで含めた生活音ダダ洩れだ。
なるほど。コレは、のべつ幕なしに使うものじゃないことも理解できた。
「わかったわかった。じゃあ、次の十分休憩の時に姫子とのサービストークで人を集められるかい?」
明日乃が髪をいじりだす。姫子の肩がちょっと動いたのが見える。
『休憩ごとに? 二人で自然に雑談すればいい? それとも何かネタ仕込む?』
「まあ、今だと水河公園事件とかの話でもいいんじゃないかな。ともかく集まったやつらを片っ端からサーモグラフィで写すから」
『あ──なるほどね。わたし達はカモフラージュ』
姫子は軽い咳払いをして、こっそり親指を立てた。
最初の休憩時間になると早速、姫子は前髪をいじりながら、隣の席の女子にわざとらしく声をかける。
——ねえねえ、昨日の亀町やばくなかった? 買い物で行ったら怪獣で壊れてる建物あるし近くの公園の事件あるしで人があまりいなくて、逆にマジ怖かったよ——
昼前までに三回の休憩があった。
明日乃と姫子は見事な連携を見せ、自然な会話で人を集めた。
転校生の美人双子が話しかけてくれば、断る理由などない。
サービストークに引き寄せられたクラスメイト、隣のクラスの野次馬、通りがかりの後輩——海人たちの机の周りには常に数人が集まっていた。
それ以外にも教室はいつもと少し違ったひそひそ話が絶えない。
「昨日の公園のやつ見た?」
「行方不明の人まだ見つかってないらしいよ」
「警察何やってんの」──話題は一つしかなかった。
そんな奴らをサーモグラフィがなるだけ広範囲を捉えるように机の上にカバンを置き、さりげなくぐるりと撮っておく。
そして明日乃、姫子の周りに集まる人物達、ある意味で最も怪しいやつらをゆっくりと撮る。
「昴ちゃん、昨日のテレビ見た? 大丈夫? 怖くね?」
最初に絡んできたのは、いつも二人の周囲にいる身長182センチのがっしりした体格。
坊主頭に日焼けした肌。
白い歯を見せて笑う。
ついで言うと明日乃から相手にされなくて姫子に乗り換えた男、鶴見蓮。
大柄なので部室を探りに追いかけ回していた奴らの中にコイツがいたことも分かっている。
まず怪しい筆頭だ。
他にも、やたらと粘着質な榊原とか、名前は知らないが学年違いの奴でよく見かけるのとかがいる。
しかし、それらとは別に気になる奴がひとりいた。
この騒ぎにも似た話題に加わることもなく、窓側の席でただずーっと空を見ているだけのように見える遠野。
『どぉ、お兄。なんか怪しいのいた?』
それに答える前に明日乃の愚痴が割って入ってきた。
『あ──、この榊原、めんどくさい! クラブのことばかり探ってくる』
それはそれで怪しい。
学校の近辺がこんな状況なのに聞きたい優先がクラブというのは、おかしな話だ。
「これ、映像データもかなりたまったんで昼休みにでも部室で一旦、見てみるか?」
『賛成~』
『サービストークしすぎたかもしれない。振り切るのに時間かかるかもしれないから、先に部室にいってて』
「了解だ。撮ったサーモ画面を皆で見ながら明日乃の観測と合わせて評価してみよう」
その後の授業と休憩は、姉妹トークの盛り上がり以外、何事もなく過ぎる。
昼休みのチャイムで予定通りダッシュで旧校舎の部室に行く。
教室を飛び出す海人の背中に「星野どこ行くんだ」と誰かが声をかけたが無視した。
廊下を抜け、渡り廊下から旧校舎へ。
昼休みの喧騒が遠ざかるにつれ、空気が変わっていく。
部室に入ると、流石にまだ誰も来ていない。
だが、座敷ちゃんがお茶を五つ用意したところをみると程なく二人はやってくるのだろう。
「あれ、座敷ちゃん。お茶が五つなの? ひとつ多くない?」
先にお茶を頂いていると、ドアが開いて明日乃と姫子が入ってきた。
やや疲れ顔なのは、よほど話を続けるのが辛かったのだろう。
”もう、いいよね。終わりが見えないサービスはそろそろやめよう”とか言っている。
「抜けるのは二人同時じゃないと遅れた方のが追跡を撒くの面倒になるから、なかなかタイミングがね。難しいんだよね。あ、お茶、ありがとう……ん?」
やはり、お茶が一つ多いことに気が付いた。
まあ、部室に入れる奴はあと一人しかいない。
「と、いうことは」
と言った矢先に田浦が入ってきた。
「ちーすっ……って、揃ってるなあ。わりぃ、ここで昼飯食わせて。あ、なんか打ち合わせあるなら俺のことは気にしなくていいから、やっちゃって。どうせ、ついてけない話するんだろうから、なんとなく聴くだけ聴いてるからさ」
「ああ、そうしてくれ。ほら、お前のお茶も出てるぞ」
静かでお茶も出て、クラスのヒロイン二人を目の前にして昼飯を食えるというシチュエーションに田浦は嬉しそうだ。
「わたし達もお昼しながら話そっか。星野、なんか食べる?」
「え、でも朝は確か弁当作って無かったよな……」
“ん?”と小首をかしげて海人は見つめられた。
話を合わせなさいという意味だろう。
「さ、サンドイッチ作っていたよな? 食べようかな」
「持ってくるから、ちょっと待っててね」と言って隣の部屋に行ったと思ったら、すぐにサンドイッチを四人分持ってきた。
座敷ちゃんの前にもサンドイッチが置かれたが、しばらく見ているだけ。
だが、玉子サンドを手に取り、口に運ぶと美味しそうに食べだした。
「さて、じゃあ食べながら撮った分を視ていこうか。五倍速再生していくよ。気になるところがあったら教えてくれ。通常速度にするから」
再生し始めると、実像にサーモ画像が乗っかった映像がモニターに表示される。
校門を過ぎて下駄箱から廊下を歩いて行く。
守衛の待機部屋、保健室、用務員室等を過ぎていく。
職員室の前を過ぎる時にカメラが職員室向かいの窓側に一瞬振れて中庭が映し出されると明日乃が「止めて」と言う。
少しだけ戻してから通常再生をすると、カメラが中庭にいる人物を捉える。
サーモグラフィの表示は青い。
かなりの低温だ。人物が特定しやすいようにサーモ表示を消してみた。
男子生徒ということだけは確かなのだが距離があるのでそれ以上のことはよく分からない。
「どうやら、一人見つけたようだな。誰かまでは分からないが、見続ける価値が出たね」
「いいよ、続けて」
理科室、理科準備室のところで海人が「あ」と言った。
「どうしたの?」
「いや、たぶん何でもないとは思うんだけれど、念のためにスイッチ入れておいた電磁波測定器が、この辺りで一瞬だけ反応したんだけれどさ。本当に一瞬だけなんで雑音拾ったんだと思う」
「ふ──ん」
どうやら、明日乃的にはピンを刺した感じだ。
だが、今は主旨が違うんで映像を流していく。
学食の中を映したところで一人の女子が券売機で食券を先に買っている。
姫子が「あ、これじゃない?」と言い出した。
「このこ、赤すぎない? オレンジ通り越してるよ。誰だろう⁉」
「ちょっと待ってくれ。サーモ画像を落としたけれど、どうだろう・・・わかるかな?」
サーモ画像が通常画像と重なり、人物の輪郭が浮き上がった。
背の低い茶髪の女子生徒だった。
制服のリボンの色からして一年生。
食券買いながら、スマホをいじっている。
「これも、名前までは分からない。なんか見たことある気もするんだけれど、わたし、あまり学食使えないから──」
「え? これ、一年二組の藤宮ゆかりじゃん」と田浦があっさりと答えを出した。
「田浦、なんでお前、知ってんの?」
「いや、何でって……可愛いからに決まってんだろ。もう、ファンクラブとかあるし」
「凄い! 田浦君、役にたったね!」
手を叩いて喜ぶ姫子に照れる田浦とは別に海人と明日乃は難しい顔だ。
「……そうか、ファンクラブねぇ?」
隠密行動とは真逆の流れだけに解釈が難しい。
「なあ……どうも思っていたよりも、外星人比率が高そうなんで驚いているんだが。しかも体温が全然違うということは複数の種族が潜伏しているってことだよね。でもさ、彼等は全部、敵なのかな?」
明日乃の眉がぴくりと動いた。
「そこは…………どういう意味?」
「うーん、楽しいから住んじゃったみたいな、邪悪じゃない外星人もいるのかな?って思っちゃうよなあ、こういうのがいると」
すると彼女は「そう考えて行動した方がいいんじゃないかな」と言いながら軽く微笑んだ気がした。
「だよね。今、この高校にいる奴は危険な可能性が非常に高い奴がいそうだけれど、宇宙人は全部敵! と思い込むのは、よくないと思うんだ。 現に僕らも……座敷わらしまでいるしね」
「でも、そうなるとフィルタリングというか、わたし達に敵対的興味を持つ奴を燻りだす必要があるかな……そうねぇ…………星野、わたしから仕掛けてみたいんだけれどいいかな」
「えっ、大丈夫なのか⁉ 相手はどんな奴なのか全く見当がついていないのと同じなんだよ?」
明日乃は少しだけ視線を落とし、決意を固めたように顔を上げた。
「昼休みの時間が終わりそうだから、詳しいことは授業中に話すから。姫子、今日は帰りに亀梨駅前のクレープ食べに行くよ」
途端に姫子の顔がばあっと輝いた。
「ほんと⁉ やったー!」




