第二十三話 準備のはじまり
全チャンネルが一斉にニュースに切り替わった。
無理やりライブ映像までを差し込んだらしく、早口でキャスターが原稿を読んでいる。
「繰り返します。先程、午後七時から七時半頃、東京都葛飾区の水河公園で刺殺されたと思われる男女の遺体八人が発見されました。遺体は、いずれも身元がハッキリわからない程の損傷を受けており、現在、警察が現場検証をしています」
画面にはヘリからの映像が映し出されていた。
ライトに照らされた水河公園の木々の間に規制線が張られ、無数のパトカーと救急車が停まっている。
カメラの増感された荒い画像でも、その異様さは伝わってきた。
現場のレポーターが声を震わせながら状況を伝えている。
「お兄、水河公園てすぐそこだよね? この家、大丈夫なのかな……」
「何いってんの。さっき、認識阻害かけたばかりでしょ」
「あ、そっか! でも、監視カメラくらいつけた方がよくない?」
「わたしもなんか考えておくから。あんた心配し過ぎよ、誰に似たの?」
すると姫子は頬を膨らませてクチを尖らせながら「お姉に似た……」と一言。
これには、明日乃も返す言葉がなかった。
テレビでは、さらにLIVE映像が続いている。
「近所の人からの話では、特に悲鳴などは聞こえなかった、ということです。また、身長が大きな熊の様な生物がいたという目撃情報もあります。警察では付近の住民に家の戸締りをして外出を控え、また例え熊を目撃しても刺激しないようにして、直ちに警察に通報するよう呼びかけています」
報道のヘリが低空飛行をし近所の犬が吠えた。
ローターの爆音が通り過ぎ、小さくなるにつれ静寂が舞い戻ってくる。
海人は注意深く報道の内容を分析していく。
(明らかに熊じゃないな。被害者の損傷具合は放送出来ないだろうし。
推測するにブルーシートの量と範囲からいっても、遺体の状態は最初にテロップに出たバラバラに近いと考えるのが自然だろう。
それと、助かった被害者の話が出ない。単なる動物相手なら、必ず怪我人が出るはず。
何かはわからないが遭遇してまった人達は全員死亡したということか。
複数犯ではなく動物がこれを?)
姫子が不安そうな目で海人と明日乃を交互にみている。
そんな妹の心配を和らげるためか明日乃は手早くカーテンを閉めながら”戸締りもしたよ”と言った。
そしてリモコンでテレビも消すと
「さ、続きは明日。こういう話で今日を終わらせるのは良くないよね。お茶でもいれよっか」
するとスマホが振動した。
明日乃や姫子のスマホも鳴っている。
見ると、学校からのLINEだった。
できるだけ集団登校をするようにとのことだ。
通学路の主要なところに朝から何人か警官が立ってくれるらしい。
本来ならば、犯人の足取りがある程度つくまでは休校にしてもいい位の犯罪なのだが、学校としても悩んだ末の方法なのだろう。
「うーん。休校にならんかったな。集団登校だってさ。どうする?」
「どうするって何が?」
「いや、何がって君ら二人に僕も加わっての登校になるだろ」
「そうだけど?」
姫子だけは喜んでいる。
「わあ、三人で登校できるのいいよね! やってみたかったんだぁ!」
「いや、それって、この三人の家が同じ方向にあるってことがバレちゃうよね?」
「ま、それくらいまでは仕方がないじゃない? どうせ、最後までは分からないんだし」
明日乃は鼻で笑った。
「お兄、これは学校からの指示なんだから、しょうがないよね──」
確かにしょうがないと言えばしょうがないのだが、正直、面倒くさい男子連中から吊るし上げられそうな予感しかしない。
「さ、ちょっと早いかもしれないけれど、もう歯磨いて寝る準備しなさいね」
最早、姉というより母親だ。余計なことは考えるなということだろう。
姫子は姫子で素直に「はーい」と言ってパタパタと洗面所に向かっていった。
姫子の足音が遠ざかると、リビングには海人と明日乃だけが残る。時計は九時半を回ったところだ。
明日乃はキッチンからソファに座る海人の横に座ると、しばらく顔を見つめていた。
「星野、怖い?」
カーテンの向こう側が赤く明滅してゆく。
パトカーが無音で警らしているのだろう。
洗面所からの水の音だけが小さく聴こえる。
海人は彼女の方を見ずに、そのまま応えた。
「犯人は、人間じゃない。もちろん既存の生物でもない」
海人の顔をみつめたまま、静かに問う。
「どうしてそう思うの?」
「瞬時に八人も識別不能に出来る程の生物は地球にはいない」
少し目を伏せて……
「正解」
しばらく二人とも無言だった。
だが、考えていることは同じだった。
「明日乃……たぶん、殺すことを前提の奴がついに現れた。だから僕らも……殺し合いという選択をしなきゃならないのは、さすがに、ちょっと怖いよ」
明日乃は海人の肩に手を回すと、海人が壊れない程度にギュッとした。
「わたしがいるから」
「姫子だって心配だよ」
「二人とも、わたしが守る」
明日乃の体温が、海人の震えを静かに溶かしていく。
しばらく、そのままでいたが海人がかなり気になる推察を言い出した。
「もしかしたらなんだが……いや、前から薄々思っていたことなんだけれど。
僕は高校に地球人じゃないスパイ的なものが紛れ込んでいる可能性を疑っている。
この水河公園の惨殺事件も認識阻害をキミがかけてくれたことで目標を失ってしまったから目撃者を手あたり次第に惨殺しただけで、本来は犯人がここに来るはずだったということはないかな」
顔をあげた蒼い瞳は真剣そのものだ。
「根拠は?」
「はっきりいって無いに等しい。でも、細い可能性、違和感を感じる。おかしな宅急便のすぐ後の事件だしね」
「つまり、狙いはわたし達ってことかな。それなら確かに学校も視野に入れてくるでしょうね。どちら様かは分からないけれど。いえ、既にってところかもね」
「なら、僕らも調べる方にふってみようか」
「おや? 何をする気なのかな?」
明日乃が海人の肩を抱いたまま、そんなことを言ったタイミングでリビングの入り口から姫子が覗きながらニヤニヤして同じことを言った。
「おやぁ、二人とも何をする気なのかなぁ?」
海人の肩に回していた手を慌てて引っ込める。
「ちょっとぉ! どこから見てたのよっ⁉ 別に何もする気もないわよっ!」
「へぇーっ、何もしないんだぁ? ならいいや。お邪魔しましたあ。さ、寝よっと」
やれやれという感じだ。
それに海人はこれからちょっとした作業をやろうと思っていたところなので、茶々を入れてくる姫子が寝たのは都合がよかった。
「上で作業しようと思うんだ。だから、さきに寝ちゃっていいよ」
「ん? この時間から作業? さっきの調べる方に動くのと関係ある?」
「まぁ、そのことだね。君も凄い確度で調べるんだろうけれど、僕も僕がやれる範囲で探ってやろうと思ってさ」
興味津々らしく彼女は寝る気が全然無さそうだ。
「ね、わたし、見てていい?」
「いいけれど、つまんないよ?」
言いながら海人はリビングの床に置いていたカバンを掴むと中身をその場で全部出してから二階に上がっていく。
階段を上って最初の左のドアを開けた、そこは工具や小さな工作テーブル、それと幾つかのプラスチックのコンテナが積んてあった。
工具の機械油とプラスチックの微かな離型剤の匂いが混ざった、独特の空気。
明日乃は、まだ入ったことのない部屋だ。
「あ、なに、この部屋。他の趣味の部屋とは、全然違うのね」
「ここは、簡単な工作と大学に入ってから本格的にやろうとしていたクラブ活動用の器械とかを置いとく部屋なんだ」
コンテナの一つを開けるとサーモグラフィが入っていた商品箱があった。
「この前のも、この部屋から持ってきたものなんだよ」
明日乃はコンテナをしげしげと見ていたが、やはり聞かずにはいられなかったらしい。
「大学に行くのに勉強じゃなくてクラブをしに入るんだ? なんか星野らし過ぎて笑っちゃうよ。でも、一体、何をするつもりなの? それと、サーモグラフィ以外に何をもってたりする?」
重ねたコンテナを降ろし、蓋をあけて中を見せると簡単な解説を始めた。
「何部にするかは、カチッと方向が固まってから話すよ。
でも、ここにある器械で君なら何ができるかが分かるかもしれないから、とりあえず説明するね。
これは簡易電磁波測定機。ただの数字だけじゃなく折れ線グラフが表示されるから異常が分かりやすい。
こっちは焦点さえ合えば無限距離で温度が測れる非接触温度計。ただし、千度までしか測れないのが痛いけど。
こっちは、スターライトスコープ。
で、こっちの箱が赤外線望遠カメラ。これにはカメラとビデオ機能がある。
それと、これが動体センサー付きの固定型暗視ビデオカメラが三台。防水ケースになっているし赤外線投光もついている。
それと、これが大気コンディションメーターだよ。PM2・5はもちろん、もっと小さい粒子や一酸化炭素、二酸化炭素などの濃度も同時に表示する。
他は、まあ風速計とかデシベルメーターとか普通の物かな」
ぱちぱちと瞬きしている。
「……結構、本格的なものばかり……。趣味の域超えてるようにしか見えないよ。こっちには、アクションカムとかサーチライトもあるよね。下世話な話だけれど、お金かかってるね」
そして、ひととおり眺めると
「これ、完全に最初から何かを調査するための物だよね」と言い当てる。
海人は、頭を搔きながら、バレたことへの照れ笑いをした。
「まあね。まさか、異星人探しのために、こんなに早く使うことになるとは思っていなかったけどね」
それを聴いて明日乃は意外に思った。
というのも、てっきり、この人は最初から宇宙人を地上で探すつもりだったのだと解釈していたからだ。
「その言い方だと宇宙人以外を探すための道具に聞こえるけれど」
いつもは的確なことを言ってくる彼女が珍しく予想を外したことにニヤリとして答える。
「宇宙人 も 探すつもりで買い揃えてきたんだよ」
ようやく、この星野海人という人間の本質が明日乃に分かってきた。
”この人は未知が楽しくて好きなのだ。好きだから全力で知ろうとする。知った後のことも考えずに”
「なんかわかってきた。それで? わたしがいない将来という道もあったわけだよね。調査した結果がとんでもない場合は、どうするつもりだったの?」
今度は明日乃の方がニヤニヤしだした。
相手によっては、即、生命の危機だ。
護身用の武器としてティーザーとか唐辛子スプレー等のろくでもないものを持っているのだろう。
「どうするつもりだったか……どうするつもりだったんだろう⁉」
「えっ⁉ ちょっとぉ! そこ、何も考えていなかったの⁉ 護身用の何かを買ってあるとか、何もないの?」
「護身用か……ん~。偶然、手に入った護身用の武器がひとつあるだけで全然考えていなかった」
「武器って。武器はダメでしょ、民間人なんだから。でも、とりあえず見せなさいよ。どうせ、碌なもんじゃないでしょうけれど」
「それ、別な部屋に置いてあるから、あとにさせて。まずは、明日以降のことを考えたいからさ」
そうだった。海人が、この部屋に来たのはとある加工をするためだったのだ。
海人は部屋の隅から電動ドリルを引っ張り出して、かなり大き目なドリル刃を取り付けると、カバンの中にサーモグラフィを入れてレンズ位置を確かめた。
「えっ、盗撮する気なの?」
「普通に撮るなら別にアクションカムを額につけるところだけど、今回は相手に分かると意味がないからね。かなり、犯罪臭がする加工なんで気が引けるが致し方ない」
そう言うとレンズ位置に印をつけたカバンにドリルで穴を開けた。
そこにカバンの内側からサーモグラフィのカメラ部分を出して、本体は養生テープでカバン内にしっかり固定する。案外と目立たなく出来上がった。
「これと、電磁波測定器にイヤホンを付けて持っていこうと思う。これで学内を一通り歩いてみて、もし体のどの部分も三十四度を下回ったり、逆に三十九度を上回る奴がいたら要注意ということだ。それと電源が無さそうなのに極端に電磁波に異常が出る場所なんかも」
「確かに。それにひっかかる奴がどれくらいいるのかは分からないけれど、ひっかかった奴は地球人ではない可能性は高くなるね。それでザックリ洗い出したら、わたしが判定しよっか」
そう。この方法では決め切ることが出来ない。
やはり明日乃の判定が決定に必要なのだ。
「これで全てを洗い出せるなんて思っちゃいないが、君の手間を少し省けるだろうと思ってさ」
「星野」
明日乃は、まじめな態度で海人に向き合った。
「あなたは、最初からわたしに丸投げしなかった。
自分でやれることを精一杯やって、どうしても出来ないことだけをわたしにお願いしようとしている。
普通はね、何でも出来そうな人がいたら、その人にやらせて自分は楽しようとするんだよ。
でも、星野は全然違うよね」
「それは、たぶん使命感の違いじゃないかな」
「使命感? 誰かに命令とか指図されてもいないのに? その使命ってどこから来たの?」
工作が完了したカバンに電磁波測定器を入れると、出したものを片付けながら
「明日乃。僕は、今が幸せだと感じているんだよ。前にも何度か話したことがあるけれど、これが、これからの日常だったら、ずっと続いてくれたらと思うくらいには望んでいた生活なんだ。だから部室で書いた”日常を守る”という目的は僕の願望でもあるんだよ」
そこまで話すとカバンを持って明日乃の隣にいく。
「僕は、この日常を守りたい。みんなとずっと一緒にいたい。だから、関係ない奴らに邪魔して欲しくない。贅沢だろうか?」
海人を見つめる瞳に迷いはなかった。
「……贅沢なんかじゃないよ」
そしてドアを開けると先に部屋から出るが一瞬だけ足を止め、一言。
「わたしも同じだよ」




