第二十二話 不審事件のはじまり
キッチンで二人が時短カレーの最終仕上げに辛さで揉めているのを眺めながら
「ウチも随分と姦しくなったもんだよ」と海人がしみじみしている。
「賑やかでいいじゃん。二人とも身内みたいなもんだし」
なんだかんだ言いつつ田浦も彼女がいないわけで、この家の空気感を羨ましがった。
「いやぁ、その、気がついたら一つ屋根の下の身内って奴なんだけれどさ。身内になったらなったで、今度はあの二人に変な虫ついたら嫌だなあとか思っちゃうわけで……お前もその虫にならないようにな?」
笑いながら冗談のつもりだったが田浦にしてみると、その気がなかったわけでもないので、少々痛いジョークだ。だが気取られるのが嫌で強めに否定する。
「ならねぇよ!」
「へぇ──、ならないんだ?」
浅い誤魔化しを見透かした海人の残念そうな顔。
「当たり前だろ。俺だって好みってもんが……つーか、お前、その顔やめれ!」
「好みねえ……ところで田浦。真面目な話、部室以外では極力、いままで通りを装ってほしい」
「ん? 何を装えってんだ?」
「僕ら全体の関係性のことだよ。学内の面倒くさい連中もそうだけれど、どうも変な感じがしてさ。余計な情報を垂れ流したくないんだ」
「別に俺、誰にも何も喋んないし、どっかに書いたりもしないけど?」
「そういうのばかりじゃなくて、態度から関係が匂うとかだよ。だから、ともかく今まで通り普通に。普通だぞ普通。わかるか普通」
「普通普通うるせえ。わかったよ、普通な。んー、でもさ」
何か煮え切らない田浦に海人は面倒くさくなってきた。
カレーも出来たようだし話を切り上げるのには丁度いいタイミングだ。
「でもさもサモサもない。深く考えた結果だろうが、不自然な動き方をするなって意味だよ。そろそろカレーも出来たみたいだ。お前、俺のカレーじゃなくて本当に良かったな」
「お前のカレーがなんだよ? カレー下手な奴もなかなかいないと思うが?」
「明日乃のカレーがホテルカレーなら、僕のはモルタルだからな」
それを姫子がカレー皿を用意しながら聞き耳を立てていた。
「えっ、お兄って料理ダメダメなの⁉」
それを聴いて今度は田浦が突っ込んでくる。
「お、お兄⁉ おい、星野‼ お前、昴さんにそんな呼ばせ方を……犯罪だ‼」
「僕は強要してないし、頼んでもいないぞ! 犯罪ってなんだよっ⁉」
明日乃が姫子からご飯が盛られたカレー皿を受け取りながら
「そんなつまんない話していないで、星野、こっちきてカレー配膳してよ」
海人が立ち上がって姫子と共にキッチンからカレーを持ってくる。
各人の動きが整然かつ自然であることを田浦が凝視している。
「……」
「あと、スプーンか」
最後に明日乃が自分の分を持ってきてテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
並んだカレーからの湯気と共に立ち上る香辛料の匂い。
見た目からして既に家庭料理とは格が違った。
具材も適度な大きさでゴロゴロと入っている。
「ありものでの時短カレーだからベストじゃなくてごめんね」
「これでベストじゃないんだ⁉ うまそ! 頂きまぁす! ──って、んんまっ‼」
爆速で食いだす田浦を三人とも嬉しそうに見てから、食べだした。
「僕だってさ、毎日驚いてるんだ。お前が驚くのは当たり前──って、んんまっ‼」
「やっぱ、お姉って何やらせても凄いけれど料理は別格だよ──って、んんまっ‼」
「なに、それぇ。みんな同じことしか言ってないじゃない」
そして三人同時に御代わりをする。
”面倒だから自分達でやりなさい”と言われて三人がキッチンに列をなした。
「星野、お前このレベルのものを毎日食ってんの? もう人生勝ち組じゃん」
言いながらメシを激盛りにしている。
「あのな、お前の人生の勝ち負けは、綺麗な彼女にとびきり美味しいメシを作ってもらえることで決まるのか?」
「それ以外に何があるんだ?」
「田浦くん、正直だね!」
「だってそうだろ。このカレー一つとっても、他のカレーもう食えねぇぞ?」
そう言われて海人は考えだしてしまった。
最近、自分の感覚が少しおかしいのではないかと感じ始めていた。
そこに田浦がいることで、世間の基準というものを意識出来ることは今の海人にとって非常に助かる。
「そうなのか。お前の言う、それが普通なんだろうな。……明日乃の料理は、何を作っても一流シェフ並みだよ。でも、僕は、彼女にそうしてくれとは一度もいってない」
明日乃は、黙って食べている。何も言わない。
「はいはい。ごちそうさまはカレーだけにしとくわ。まだ食うけれどな」
「あはは! 田浦くん、おもしろい!」
食べる手を休めて海人は田浦をみた。
「なあ、田浦よ。お前、今の今だから多少の混乱をしているだろうが、これが平凡な日常だったとしたらどうだ?」
すると驚きながらも話にのってくる。
「平凡⁉ これが? お前が学校一の女子と同居してて、それが双子で、倶楽部に妖怪がいて——それが平凡? 普通の日々になるっていうのか?」
「あまりおかしなフラグをたてたくはないが」と前置きしながら一旦スプーンを置く。
「僕は、この日常を守りたいと思っている。だから、あまり学校で変な事にならない様に協力して欲しいんだ」
「いや、俺にとっては既に充分に変な事だらけだよ。その、お前の言う変な事ってなんだ?」
しばらく海人は腕を組み考えこんでいたが高い確率の推測が出せなかった。
「わからない……けど、勘でしかないが、もうすぐ激動の時が来るような気がする。何かの条件が揃いつつあるとしか言いようがない。だから、ちょっとした変化に気を付けろよ」
田浦は、黙ってカレーを食い終えると食器をシンクに置きにいきながらも
「お前がそういう顔するとき、だいたい当たるんだよな。わかった」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あれ、何だろな?」
立ち上がってインターホンのカメラ画面を見るが何故か真っ黒だ。
明日乃が表情を固くして”開けるな”とやっている。
どうやらカメラを指で押さえているらしい。まともな相手じゃない。
「どちらですか?」
「ナガト運輸です。お届け物です」
「どちらからの届け物ですかね?」
「これは……ご実家からみたいですね」
「あ、ウチじゃないです」といって、切った。
星野家は、とある事情から両方の実家より絶縁されている。実家というのなら、ここが実家だ。
そしてタイミング悪く田浦が帰ろうとする。
「さてと、食い逃げみたいになっちまうけれど、そろそろ帰るわ」
「ごめん、田浦くん。もう少しだけ帰るの待ってくれない? 姫子、田浦くんに飲み物だしてあげて。星野、ちょっとこっちきて」
靴音が一定のリズムで家の前を往復している。
廊下に明日乃と共に出ると、ドアの外を怪訝な顔で見つめながら
「星野。今、上からドローンで監視してるんだけれど、さっきの奴ら二人ばかり、まだ辺りをうろうろしてるよ。宇宙人とかではないけれど、なんだろう……内ポケットに銃。腰に通信機。あとは、スマホとかかな」
ドローン監視でみているとか、どうやって見ているとか聞きたいところだが今の問題はそこじゃない。
「何者かは置いといて。田浦も自宅に帰さなきゃならないしな。どうするか……あ、そうだ。座敷わらしみたいな認識阻害はキミは出来るのか?」
「ああ、それいいね。でも、外の奴らが家から離れてくれないと都合が悪いかな。田浦くんだけは、ここを見つけられるようにしておけばいい?」
「隣の家に影響がないようにして遮蔽してくれればいいよ」
「あと、出前も郵便物も届かなくなるけれど、いい?」
「致し方ない」
「あ! あと少しあいつらが家から離れれば……うん。この辺りならいいかな。じゃあ、認識阻害かけちゃうよ。あと、田浦くんには帰る時だけかけておくから」
「オッケーだ。やってくれ」
明日乃の髪が一瞬だけ光る。それだけで完了したらしい。
「もういいよ。田浦くんに悪いことしちゃったね」
「あのまま帰すわけにはいかなかったから、良かったよ」
ふたりでリビングに戻ると、コーヒーを飲んでいた田浦がいじってきた。
「なんだよ、俺が帰るっていったら、いきなり二人で廊下で乳繰り合いやがって」
これには二人とも憤慨し、姫子は”やだ、二人とも”とか言い出した。
「誰が客のいる横の廊下で乳繰り合うんだよ! お前、そろそろ帰っていいぞ」
「姫子。あんた、田浦くんが帰ったら言うことあるから!」
そんな二人をみて田浦はいろいろ納得していた。
(なんだ、怒るところまで一緒に怒るとか、コイツら、やっぱり仲いいじゃねぇか)
「わーった、わーった。マジ帰るわ。明日乃さん、カレーほんと美味かった。じゃ、星野。明日から普通な」
「今日はいろいろとありがとうな。明日からも頼むぞ」
靴を履き、ドアを開ける。
「またな」
「ああ、また」
玄関のドアが閉まる。田浦は振り返らずに歩き出した。
しばらくすると海人のスマホが震える。田浦からのLINEだ。
【お前の日常ヤバすぎ】
そして、すぐにもう一通。
【でも、まあ、悪くない】
リビングに静けさが戻る。
時計は午後八時を回っていた。
明日乃に小言を言われながら姫子が小さなあくびをする。
何者かが来た。何を探りに来たのか。
いずれにしろ、いらぬ押し売りを避けるために認識阻害をかけてもらったのは良かった。
そんなことを思っていると、遠くでサイレンが鳴っている。
サイレンにも慣れてしまった。
随分と日本も治安が悪くなったものだ。
理由はいろいろあるだろうが、事件が起きやすい環境になったということか。
今度は救急車の音だ。ということは、なんか事故でもあったか。
まあ、パトカーと救急車は、ある意味セットみたいなもんだからな
──と思っていると、またパトカーと救急車のサイレンだ。
結構な大事故だったのか? こうなると公務員も大変だ。
……おかしい。
また、サイレンが鳴っている。
それにどうも同じくらいの音の大きさで止んでいるところをみると同一現場だ。
「ん……なんか外がうるさいね?」
「テレビつけてみるね」
番組こそやっていなかったがニュー速テロップが出ている。
《水河公園で大量殺人事件か。現在、現場検証中。被害者は六人と思われる》
「え、すごい近いじゃん⁉ こわ‼」
「姫子でも怖いんだ?」
「怖いに決まってるよぅ。凶器持ってたらどうすんのさ」
小さく震えているようだ。
本気で怖がる姫子だが、何が怖いんだろうか? こういう場合は姉に聞けばいい。
「おーい、明日乃。姫子ってナイフとか刺さるの?」
「えーっ、刺さらないよ?」
「ほら、姫子。刺さらないってさ」
「じゃあ、お兄は変な男がナイフ持ってやってきたら怖くないの?」
「僕は、刺されたら死んじゃうだろ!」
「ほら、怖いんじゃん!」
「ダメだ、こいつ」
明日乃がクスクス笑っている。
「星野はわたしが守るから。だから、姫子は自分を守れるくらいにはならないとね。特訓でもする?」
特訓と聞いて、及び腰で応えた。
「お姉、わたしさ、特訓の成果って出ないとかじゃない?」
「出ないわけないじゃない。あなたはわたしとある意味で同じなんだから」
これには反論のしようがない。返事もしないで寝るとか言い出した。
テレビでは午後九時のニュースが始まる。
先ほどのニュー速の事件が入っていた。
空撮では、凄い数のパトカーと救急車がいる。
ブルーシートがあちこちに点在して広げられている。
どうやら、犠牲者は八人らしい。
それにしてもブルーシートを広げている範囲がかなり広い。
しかも互いのシートの位置関係が一直線に近い。
しばらくニュースを流しっぱなしにしておくと、どうやら遺体の損壊が著しく酷い状態、いわゆるバラバラ殺人であることが分かってきた。
そして犯人は捕まっていない。
(短時間で八人もバラバラに⁉ 犯人達が何人だったら可能なんだ? それなのに容疑者の一人すら捕まえられていないとは?)




