第二十一話 秘密共有のはじまり
田浦は固まった。
しばらく固まってから、思い出したように宙に浮いたままの急須のまわりの空中を手であちこち遮ってみた。
何もない。
手に引っ掛かる感触もない。
だが、急須は浮いている。
そして”ぱちん”と手を叩かれた。
「あ、痛って!」
すると、座敷わらしがすまし顔で実体化し、急須をテーブルに置くとお茶を飲んだ。
「お前、お行儀が悪すぎるから手を叩かれたんだぞ」
海人が笑いながら言うと、田浦は一生懸命に言い訳をした。
「だって、お前! こんなの普通は手品かなんかだと思うだろ? 確かめなきゃ納得できないっつーか……あ、なんかすみませんでした。えーと、誰さんだっけ?」
「みんなは座敷ちゃんってよんでいるけれどな?」
「え、それ名前……ま、いいや。えっと座敷さん、俺、宇宙科学研究部に入部する予定なんですけれど。田浦って言います。よろしくお願いします。こんなとこでいいのかな?」
田浦が自己紹介すると座敷わらしがスッと紙を出してきた。
元は海人が持っていた入部届である。空欄を指さし、鉛筆を出す。
そこに書けということだ。
「なるほどなあ。お前が執拗に約束を守れるかを聞いてくるわけだわ……って、あれ?」
名前を書く欄に明日乃未来、昴姫子の名前がある。
「おい、あの二人が⁉ って、どうやって、いや、どうして入部してんだ? あの二人にも俺と同じようなことがあったってことか?」
「まあ、そういうことになるかな」
「よく入部したなあ! よし、モチベがガッツリ上がったわ」
そう言うと入部届に名前を書いた。
「田浦、宇宙科学研究部への入部おめでとう。この倶楽部だけど、注意点というより留意点が幾つかあるんだ。まず、この部屋も含めて一定範囲については────」
海人は認識阻害や校舎全体の構造保全を座敷わらしがおこなっていること、部活についての予定などを一通り問題ない範囲での実例をあげて解説をしていった。
それをひとつひとつ頷き、神妙に聴く田浦。
一通り聞いた後、腕を組んでから、はぁ~っと大きなため息をついた。
「これを、お前は俺にすら黙って秘密にしていたのか。確かに迂闊に言えん。うん、言えんな、これは。科学を研究する部なのに、まずはここからか。メンバーといい、とんでもねえ倶楽部だな」
「腑に落ちたって感じか。よし、じゃあ今度は僕の家にいこうか。確か話があるんだろ? 男同士とやらの」
「あー、まあ、ここの話に比べりゃ些細な話だが、でも、普通は俺の話だって大事な話だと思うんだよ。青春を謳歌する俺達としては! ってやつ。それに、ここじゃ、ちょっとな」
と言い、チラッと座敷わらしの方をみた。
海人は”そういうことか”と察したが、そこは敢えて無視してカバンを持ち、退室の用意をする。
「さて、紹介も入部届も書いてもらったことだし、では座敷ちゃん、明日から田浦の受け入れを宜しく。今日は、これで失礼します」
慌てて田浦もカバンを掴むと軽く礼をしてドアを閉めた。
退室してから、田浦は後退りしながら部室を見ていたが、どんどんピンボケ画像への逆再生のようにただの行き止まりの壁になっていく様子をみて改めて驚愕している。
「これ、夢じゃないのがスゲエな⁉ いや、分かっちゃいても、ため息しか出ねぇよ」
興奮冷めやらないようだが、海人達には、むしろここからが本番だ。
旧校舎から出て海人の自宅への道を行きがてら話をする。
「なあ、部室行く前に、今日、どんなに衝撃的なことがあっても一切他言無用だって言ったの覚えているか?」
「ああ、あの部室は衝撃的だったな」
「田浦」
「あ?」
「まだ、今日という日は終わっていない。分かるか?」
田浦は口を半開きにした困り顏でゆっくりと海人の方を見た。
「まだ、あんの……?」
「僕の友達なんだろ? 遠慮せず毒を食らわば皿までいってくれよ」
「いや、お前んちに一つ目の唐傘おばけがいたら即効で友達やめる」
「いねぇわ! だいたいお前、何回かウチに入ったことあるだろ」
「あるけど、最近になってカッパとかろくろ首とかがいるかもしれねぇじゃん」
海人はカッパで姫子を、ろくろ首で明日乃を連想して、ちょっと笑いそうになった。
「最近ってのは、お前もいい勘してるよ。でも、安心しろ。僕の家は妖怪百物語じゃない」
「それって、そのまま受け取っていいのか?」
「もちろんだよ。さて、着いたな。田浦、鍵は開けてあるから、あとはお前が自分で玄関から中に入って自分の目で、僕が言いたかったことを確かめろ」
「鍵開けて学校に来てたのかよ⁉ そんなことして大丈夫なのか⁉」
しげしげと見つめる星野家の玄関。
何の変哲もない普通のドアだ。
「べつに普通じゃん。——開けていいのか?」
「田浦。びびんなよ?」
「ビビるって何を——」
田浦がドアを開けた。
女性用の靴が玄関にふたつあった。
「靴? 二人分か? お前、一人暮らしじゃ?」
それには答えず、靴を脱ぎだす。
「黙って上がって。右のドアがリビングだから」
田浦も靴を脱ぎ、言われるがままにリビングのドアを開けた。
「いらっしゃい、田浦くん」
「じゃーん。田浦くん、驚いた?」
明日乃未来と昴姫子が私服で出迎えたことで目が点になっている。
「んっ……なっ、え?」
半ば硬直している田浦に海人はとどめを刺してしまう。
「田浦。ここが僕らの家だ。この意味、わかるか?」
「ちょっと待て……ちょっと待てっ‼ 整理させてくれ!」
「ああ、時間はやるから、よく見て落ち着いて考えろよ? そして、何を秘密にしたらいいのかをお前自身で答えを出してくれ」
「悪い、座っていいか?」
“どうぞ”とソファを指すと、ドスンと座りうなだれて両手で頭を抱えていた。
一瞬、ガバッと起き上がって一言いった。
「秘密って、これ全部をか?」
「部室から全部な。それで? どうなんだ?」
海人の質問に答えず、リビングを見回す。
ダイニングとの間のテーブルにマグカップが三つ並んでいる。
三人分の食器。
リビングのカーペットに女の子座りしている明日乃未来と昴姫子。
モテ期とは全く無縁のはずの友人が、同じクラスの女子二人と同居という事が頭の中をグルグルと回っているのだろう。
やっと出てきた言葉は「──つーか、お前。いつからだよ?」
「そこは、問題じゃないだろ? 聞きたいのは、そんなことか?」
「……いや……違うな……お前、一体、何が起きてんだ?」
「なあ、田浦。お前がこの秘密を守るってことは、お前が想像してもいないことも守ることにもなるはずだ。そこも考慮して欲しい」
「俺が想像もしていないこと?」
「ああ、だから想像もするな」
「無茶言うなよ!」
見かねた明日乃が声をかけようとするのを軽く待ってという手を出す。
「星野、俺はお前の友達だよな?」
田浦もよほど解釈に困り果てたのだろう。
友達だから秘密を守るという落としどころを求めての言葉だ。
しかし、そこを海人はバッサリと切った。
「ああ。でも、この話は、友達という関係で処理してもらうんじゃ困るんだよ。友達だからということなら、この話。お前の友達にお前は話すのか?」
「ぐ……。話さねぇよ。話さねぇけどさ。
あのな、星野。——俺さ、正直お前がさっきから何抱えてんのか全然わかってないんだよ。あの部室とお前たちが一緒に住んでいること、無関係じゃないんだろ?
流石にそこは俺でもなんとなく分かるよ。
そうじゃなくても最近は変な事ばかり起きてるだろ?
ともかく上手く言えねぇけど何かあるよな、お前さ! 何が起きてんだよ?」
「奇遇だな。僕も分かんないんだよ」
「はぁ?」
「僕もよく分からない。分かっていない。だから、このことを一緒に抱える奴が欲しい」
田浦は、ようやく海人から自分が欲しかった言葉が聞けた。
「星野、それが、お前の本音だよな」
「まぁな。本音くらい言うさ。友達なんだろ?」
「くぅあぁぁ~! お前、ほんとずりぃわ! わかった‼ もう、何でも言ってくれ。全部、秘密として守ってやるさ!」
海人は嬉しさと肩の荷がおりたことで、やっと笑えた。
「へえ~、言ったな?」
「笑うな。言ったよ」
緊張が解けたところで、明日乃がジュースを用意して出してきた。
「お、明日乃さん、ありがとう。ところでさ、お前らのこれってどういう関係なんだ? 明日乃さんと昴さんは双子ってのは分かるけれど、それとお前が——」
するとキッチンから明日乃が、わりと素っ気なく応える。
「えーっ、星野は彼氏だよー?」
そのあっけらかんとした返しがゆえのリアリティがあった。
「ああああああんだとぉ⁉ ていうかお前ら、そういう‼」
「もう、そこでいちいち驚くなよ……」
重大なことに対しての冷静な返しに田浦は驚きから苛立ちになった。
「そんなん驚くわ‼」
姫子は田浦に同調する。
「ですよねぇ~」
「つまり、お前ら付き合ってんじゃん‼」
田浦自身もあまりの衝撃で、怒りなんだか嫉妬なんだか分からなくなってきた。
そこに海人は屁理屈をかぶせてくる。
「付き合いもしないで、一つ屋根の下にいる方が不健全っぽくないか?」
「そういう問題じゃねえ‼」
「お前、こだわるとこおかしいよ~?」
「こだわるだろ普通!」
「いったい、さっきからお前は何を怒っているんだ? もう秘密を守ることにしたんだから、落ち着いて現状を観察すりゃいいだろ?」
「怒ってねぇよ。情報が多すぎんだよ!」
「もう慣れろ」
「無茶言うな!」
海人は含み笑いをしながら彼の隣に座った。
「お前、今日、テンションおかしくなってるぞ?」
すると田浦は脱力した様子で「疲れたわ」と言うと、ジュースを飲んだ。
「なあ、星野。これで打ち止めだよな? それともまだ、なんかあるのか?」
“うーん”と言葉に詰まる海人に明日乃が助け舟を出す。
「田浦くんさ、ご飯食べて行かない? すぐ作るけどリクエストある?」
「ああ、メシ食ってけよ。めっちゃ美味いんだぞ、明日乃のメシ」
メシと聞いて、どうやら気持ちのリセットボタンが押されたようだ。俄然、元気になった。
「何でもいいなら、カレーとかあり?」
明日乃は冷蔵庫の中と棚の香辛料を見て、少し考えていたがどうやらイケると判断したようである。
「時短で作るから百点満点という訳にはいかないけれど、そんなんで良ければ作れるよ」
「手作りのものを食えるだけでありがたいんで。カレーでお願いするっす」
カレーと聞いて姫子は喜んだ。御代わりするのに呵責が少ないからだ。
早速に準備を手早くはじめる明日乃のところに姫子が行き、二人で”わたしも手伝う”
”いいから、座ってて”とやっている。
女子高生二人の明るい話声をバックに海人が田浦に話しかける。
「なあ・・・田浦。僕だって、最初はお前以上にとっちらかっていたんだよ。考えてもみろ。今からお前は、あの明日乃未来の手作りカレーを食うことになるんだぞ? 客観的にみて、お前。この事実をどう受け止める?」
「いや、それな。それ一つとっただけでも、学校じゃクチに出来ない話だよな」
「だろ? こんな些細なことでさえ、誰にも言えないんだよ。
だからさ、秘密にしなければならないことは打ち止めじゃなくて、これから本当に秘密にしなければならないことが始まるんだ。
中には墓まで持っていくどころか、死んだ後でも言えないことが起こることもあるかもしれない。それもこれも守るべきものがあるからなんだ」
「そんな大事なものがあるのか」
「うん」
それだけ言うと海人はしばらく黙った。
田浦も、それが何なのかまでは追及しなかった。
キッチンでは、明日乃が下処理した食材をどんどん姫子に渡していく。
姫子は、それを寸胴鍋に入れてゆっくりかき回している。
「あの二人、双子っていうには、なんか雰囲気かなりちがくね? 姉の方が落ち着いてるっていうか」
「そうだな。顏は似ていても他が違いすぎるから同じには見えないよな……あれ、そういえば、お前、なんか僕に話があったんだろ?」
「あ……ああ、それな。もう終わったからいいや」
「なんだよ、家に来てまでしなきゃならない男同士の話だったんだろ? 僕の方だって出すもの出したんだから、今更、隠すなよ」
「いや、マジで終わったんだって。大した事ねえからさ」
「聞かされてもいないことを勝手に終わらすなよ。なんだっけか、俺たちの青春の最重要がどうとかいってたろ?」
「いや、だから……それはよぅ……」
「ひっどーい‼ 田浦くん、わたしたちと秘密共有してるのに言わないなんて、ひっどーい‼」
いつの間にか姫子が隣にきて聴いていた。
「そうだよ、半分はお前と運命共同体みたいなもんじゃないか。ここで、遠慮してどうすんだよ。言ってくれよ」
二人に執拗に迫られてギブアップしたのか、ぼそぼそとやや小声で言い出した。
「だからよぉ……金髪美人と黒髪美人と、どっちが好きなのかってよ……話をよぅ……」
「え……」
「あ……」
聞いた途端、姫子はピューッと素早くキッチンへと去った。




