第二十話 仲間のはじまり
折り畳みベッドフレームを早速、二人とも自分達の部屋に持っていった。広げてみては試しに寝てみて、それからマットレスを広げると試しに寝てみてとやっている。
「ね、これ、やっぱ、フレームがマットレスのサイズないとダメだね。無理やり載せたら寝相悪いと完全に落ちるよね」
姫子が不安そうにしている。余程、寝相に自信が無いらしい。
「どうする? 付け足す? それともフレームを一回切っちゃって延長する?」
彼女らが、そんなことを言いながら作業を進めている間、リビングで海人は田浦にどこまで言うかを考えていた。
今までさんざん便利に使ってしまって申し訳ないなあとも感じていた。
それに、少し前に授業を明日乃とエスケープしたのがバレているのも田浦だけだ。
それについても、あいつは黙ってくれているし、その時に本当のことが分かったら最初に教えると約束もした。
そして田浦はその約束を守っているが自分は、まだ守っていない。
海人の気持ちは決まった。
「星野~、ベッドできたよ。いい感じ。見においでよ~」
明日乃が自信作なのか呼んでいる。
いってみると、ベッド改造以前の問題で床面が五十センチ程下がっていた。
いつの間に部屋まで改装していたんだろうか。
お陰で部屋に入るのに 、つい”よっこらしょ”と言ってしまった。
「ベッドで寝てみたら、天井低いなーって思ったから床の方を下げちゃった」
そして、折り畳みベッドだったものは固定ベッドにされ、下に収納まで作った大改造となっていた。
「これ、基のベッドフレームは必要だったのかな?」
「必要だよ。だって、それがあったから小改造で済んだんだもの。考えなくて済んだし」
「はぁ、そんなもんなのか? ベッドより部屋の改造になっちゃってる気もするが」
「なぁに言ってんのよ。どっちも部屋のコーディネートの一環でしょ」
「お兄、わたしの部屋のも見てよ。お姉のとは違う仕様なんだよ」
どれどれと見に行くと、姫子の方は折り畳み機能のままフレームの拡大と強化をしたものに、木のバネ材の替わりにヘタらない様にどうやら本当にバネ鋼材を使ったらしい。
こうなると折りたたむには相当に重いはずなのだが、そこは姫子だから何の問題もない。
そしてどう見ても、かなり派手に物質生成を使っている。
海人的には、何か小言の一つもいってやろうと一瞬思ったが、やめておいた。
本来なら、物質生成を使うことに慣れてしまうと、どんどん周りとの価値観がずれていくので良くないのだが、周りに合わせるのは学校でも買い物をするのでも、彼女らは十分にやっている。だから家の中くらいは好きにするのもいいだろう。
ベッドが出来て二人ともポンポン跳ねたり転がってキャッキャしてと修学旅行のようだ。
放っておくと延々とやっていそうなので、リビングで田浦について相談したいと言うと、案外とすぐに気持ちを切り替えてリビングのソファに座った。
「明日の田浦問題なんだけれど・・・しかたがない。田浦には部室の秘密と、いっしょに暮しているところまでは公開しようかと思う。たぶん、あまりの衝撃であいつ真っ白になるとは思うけど」
「結構、踏み込んだところまで開示しちゃうんだ? 田浦君、大丈夫かな?」
明日乃が田浦の信用度のことを言っているのか、それとも開示した内容に耐えられるのか、どちらのことを言っているのかは分からないが
「ああ見えて口は固いはずだけど、その口を他人に対して完全に閉じさせるためにもウチの倶楽部員になってもらって部室のことを教えるんだけれどね」
「え……うーん?」
姫子が天井を仰いで分からないをアピールしている。
「座敷わらしがいる部室は、それだけでも普通の人間には異常過ぎて何も考えられなくなる。ましてや、そこに部員以外はたどり着けないとなると、部員になるということで心理的には”選民意識”に近いものになるはずだ。まず、そこで第一段階の口封じが完成する」
「選民? 意識? それだけでいいんだ?」
ピンとこない姫子に対して明日乃は楽しそうだ。
「うわ──、星野ってあざといね──。それで、次はどうするの?」
「部室をクリアしたら、そのままここに彼を連れてこようと思う。かなりな衝撃だろうけれど、田浦みたいな普通の感覚の奴が理解者になってくれることで、僕らがクラスで浮いちゃわないようにしてもらえると思うんだ」
「田浦君に一日で、そんなに情報突っ込んじゃって大丈夫なのかな……」
「いや、本来は部室と家のことは別なことのはずなんだけれど、いっぺんに情報を突っ込むことで部室の秘密と一緒に住んでいることの秘密という、本来は違う情報の重さであることを等価であると無意識に思わせることが目的だから」
「よく分かんないんだけど、お兄の思考ってエグい」
「お前ら、さっきから二人して僕をあざといとかエグいとか何なんだよ。一所懸命というか、部室と家のことを二所懸命に考えたんだぞ?」
頷き、笑いながらも明日乃は真面目に応えた。
「いいよ、星野の考えで。ダメでも最悪、記憶を部分的に消すことも出来なくはないから。でも、知人にやるには危険な部分もあるから出来ればわたしにそんなことさせないでね」
「やっぱ、そういうの出来るんだ? でも、確かに知り合いとか友達にそういうことはしないで済ませないとダメだよな。仮に話がこじれても、その時は説得するよ」
「是非そうして。それで、明日の昼はどうするの?」
「二人は部室で座敷わらしに田浦という奴が入部予定だけれど、最初は僕と一緒に行くまでは田浦も他の人と同じに弾いちゃって欲しいと伝えてくれないか。僕は昼休みは、部室には行かないから。それと、放課後なんだけれど二人は部室には行かないで帰宅して待っててくれないか。田浦を連れて行くから」
姫子が敬礼しながら
「もろもろ、りょーかいっ! なんか明日どうなるのかドキドキする」
「姫子はドキドキで済むかもしれないが田浦は卒倒するかもしれないぞ?」
「えーっ、倒れたらどうするの?」
「そうなんない様に祈ってくれ」
“えーっ、えーっ”と慌てる姫子をよそに明日乃は淡々と晩御飯の用意をしにキッチンへいった。
翌日は、朝起きると女子二人は自室とベッドが嬉しすぎて寝不足のようだ。それなのに朝ごはんを用意しようとしているから、今日はシリアルにしようと提案すると”助かる”と言いながらもキュウリを切ってスティックで出してくれた。
朝食を済ませてから、登校してくる他の生徒に余計な詮索をされないようにと全員バラバラの時間で登校する。姫子は、バラバラ登校を嫌がっていたが事情が呑み込めてきたのか渋々承諾して登校した。
教室に入ると早速に田浦が海人のところへやってくる。
「おはよう。家、片付いたんだろな? 今日こそは俺の、俺達の青春についての超重要な話を聞いてもらうからな」
「ああ……それなんだけれどさ。ウチに入れる条件ってのを付けたいんだが」
「はぁ? なんだそりゃ? お前、まさか反社会的なことでもやってんじゃないだろな?」
「お前、言うに事を欠いて、そりゃないだろ」
「あ、違うのか。わりぃわりぃ。とりあえず言ってみ。その条件っての」
「ウチの倶楽部に入ること」
すると、田浦は薄笑いの物凄く変な顔をした。
「お前さぁ、素直じゃないよぉ? 部員が足りない、俺に入って欲しいならそう言やいいじゃねぇか。回りくどいんだよ。いいよぉ? 入部してやるよ」
「いや、お前が昼休みにうちの部室にたどり着いたら入部してくれ。場所は、旧校舎の中央階段を上がって左のドンツキ。三Aの更に奥だ」
「あー、行くのは良いけど、誰かいるのか?」
「まあ、いけば分かるから」
「ふーん……わかった。メシ食ったらいってみるわ」
怪訝な顔で席に戻る田浦に海人は心の中で謝罪とエールを送った。
昼休みになると田浦は昼食を終えたのかコンビニのパンを食べている海人のところにやってきた。
「早く食って部室いこうぜ」という田浦に「違う。田浦、お前だけで行くんだよ。僕は行かないから、まずは行ってみてくれ」
海人は行かないと言うのを聞いて、田浦はサッパリ分からんというジェスチャーをした。
「初めてのおつかいみたいな感じだな? で、部室に行った証拠でも持って帰ってくればいいのか? それとも誰かいるのか?」
「ああ、女子がいるよ」
すると奴の目の色が変わった。
「お前、それを最初から言えよ。なんだよ、そういうこと?」
「ちょっと待て、なにを勘違いして」
言いかける海人の言葉を遮って田浦は勢いを増した。
「いいから、いいから。皆まで言うなって! いきゃ分かる。そうだろう、そうだろう。三Aの奥な。じゃ、ちょっと行ってくるわ!」
走っていく田浦をよそに海人は昼食のパンの続きをかじりながらポツリと言った。
「悪いな、田浦……」
昼休み終了の予鈴が鳴って、田浦が教室に戻ってきた。
戻るなり海人のところに来て文句を言いだす。
「お前! 三Aの奥なんかねぇじゃねぇかよ! 嘘とか、なに、ぶっこいてんだよ! 俺、お前になんかしたか? どうなってんだよ⁉」
「わかった。まあ、落ち着け。放課後、僕と一緒に部室に行こう。話はそれからでいいか?」
「それからでいいか? じゃねぇよ! そもそもお前が今、一緒に行けば済むことじゃないかっ!」
「頭に来ているのは理解しているから。まずは放課後まで抑えてくれ。今日は、部室にいって、それから僕の家に行ってお前の話を聞く。ちゃんとわかっているからさ」
「たくよぅ……回りくどいんだよ。わかってんなら、いいけどよぅ」
文句を言いながらも話は一応聞く、そんな田浦であるから海人も唯一の友人と認めているのである。
海人、明日乃、姫子の三人にとって、初めての重大な局面であった。そして、田浦にとっては人生における最大の事件となりえるだろう。
六時限目が終了すると早速、田浦がやってきた。
「お前んちに行くのも控えてるんだから、早くいこうぜ」
“ああ”と言い立ち上がると、カバンを持ち旧校舎へ向かう。途中、歩きながら田浦に問う。
「なあ、あえて聞くんだが、お前、口は固いよな?」
「なんだよ、いきなり。お前、今日、なんか変だぞ?」
「僕のことはいい。お前は約束を守れる奴だと思っていて間違いないよな?」
「約束は、まあ守る方だと思うが……何、そんなヤバい話になんのか?」
「ああ、ヤバい話だ。自信がないなら、部室も入部も家にくるのも諦めた方がいいぞ。 そこ、どうなんだ?」
「お前がそこまで言うの珍しいな。約束って、内容聞いてからじゃねえと怖えんだけど」
すると海人は立ち止まった。険しい表情で田浦に迫る。
「それじゃダメだから、言ってるんだよ。お前は約束を守れる奴なのか? 僕はお前を信用していいのか?」
流石に田浦もこれには適当には返せない。覚悟を試されていると感じたらしい。
「……。お前、マジだな……」
夏も近づいて、これから夕陽になるという陽が二人の影を伸ばしはじめている。
しばらく黙って海人の目を見た後、頭をがりがりと掻いた。
「——わかった。守る」
「これから今日、どんなに衝撃的なことがあっても‼ 一切、他言無用だぞ‼」
「お、おう。そんな念押すか」
「決めたんだよな、田浦。僕もかつてお前と同じことを経験した。その時に言われたのと同じ言葉をお前に言うぞ。ここから先は、もう戻れないからな」
田浦の背中に冷たい汗が流れる。
「ちょ、ちょっと待て。俺も今一度、確認させてくれ。犯罪とか非社会的勢力との関係とか非合法なことじゃないだろうな? 国とか警察とかに捕まるようなことじゃないだろうな? そこをハッキリさせてくれよ!」
「よし、答える。まず、宇宙科学研究部のクラブ活動だってことが大前提だ。その上で、お前の考えているような犯罪なんかではない。警察に捕まるような内容でもない。そこだけハッキリしていれば安心か?」
「じゃあ、合法的なことなんだな?」
「それは難しい……何故なら、法では裁けないから」
法で裁けないことで危うくないという事例をしばらく考えていたようだが頬をパンと叩くと、どうやら割り切ったらしい。
「……俺、お前みたいに難しいこと考えるの得意じゃねぇからさ。あとは、部室に行ってから考えるわ」
それを聞いて、海人と田浦は旧校舎への通路を再び歩み始めた。中央階段を上がり、二階の廊下に出る。
「別に俺、道間違っていたわけじゃねえよなあ? でも、この先の奥は三Aしかないぞ?」
「いいか、瞬きしないで前をよく見ながら僕と一緒に歩いてくれ」
「なんだよ、なんかある……の……かって、給湯室? 三Aの次は壁だったはずなのに⁉」
「まだだ。そのままついてきてくれ」
廊下をゆっくりと進むにつれて三Aの教室表示の奥に、だんだんと解像度が上がるように給湯室の表示が現れ、更に壁であったはずの行き止まりに古びたドアが現れる。
「お……おい、これ……。お前、星野海人だよな? 本物だよな? ここは、どこなんだよ?」
ビビりまくる田浦。無理もない。マジックの様に一瞬で何かが現れたのではなく、進むにつれてジワーッと見えてくるのは驚きよりも恐怖が先にたつだろう。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だって。部室に入るだけだろ」
「こ──怖がってんじゃねぇよ! ただ、その……確認しただけだ」
「じゃ、入るぞ。あ、どうも。連れてきました」
海人がドアを開け、誰かに挨拶をしながら入室するのを見て田浦も「失礼しまーす」と言いながら入る。
見ると広めの板の間の真ん中に畳の部分がありコタツテーブルの横に和装で黒髪の可愛い女の子が立っている。
どういうことだ⁉ という田浦の様子を見て、海人が笑っている。
「僕も最初はお前と同じことを思って、同じ反応をしていたんだろうな。まあ、座れよ」
「あ……ああ」
田浦が座ると、その女の子もコタツに座った。
もう半分くらい初夏なのに暑くない部屋だ。
だが、クーラーも見当たらない。
気がつくといつの間にかお茶が出されている。
「これ、飲んでいいのか?」
「どうぞ? 美味しいお茶だぞ?」
お茶の味なんかよく分からないはずなのだが、田浦はお茶が初めて美味いと思った。
そして、目の前の女の子のことを聞こうとすると、今度はいつの間にか最中が置いてあった。
「それも食べていいんだぞ?」
「あ? うん……一つ頂くか」
小皿に載った最中を食べようとした時、さっきまで無かったミカンが横に二つあるのに気づいた。
「おい、星野」
ミカンを剥きながら「なんだよ? ミカン嫌いか?」
「嫌いじゃねぇよ。むしろ好きだよ! そうじゃなくて! なんか、おかしいだろ、さっきから⁉」
「何を怒ってんだ?」
「怒ってんじゃなくて! 説明しろよ!」
「何をどこから説明すればいい?」
田浦は、自分だけが興奮していることにハッとして、無理に落ち着こうとする。
「そうだな。じゃ、まず。その子は、何処の子で誰ちゃんなんだ?」
「うん。この子は、座敷わらし。僕らの世界でいうところの妖怪と呼ばれる種族になる」
「……おい。俺は真面目に聞いているんだが?」
「僕も真実を語っているが?」
「目の前にいるこの子が妖怪なわけないだろ! なんなんだよ!」
部屋の空気感が一瞬、沈んだ気がした。
すると、田浦の目の前で座敷わらしは座ったまま姿を消して見せた。
そして、姿が消えたまま田浦の湯飲みに急須でお茶を注いでみせた。




