第十九話 帰る場所のはじまり
数々の情報収集の分析をしているうちに、すっかり深夜になりかけていた。
「随分遅くなっちゃったな。いくら何でも、もうそろそろ帰らないと」
すると姫子が寂しそうな顔をした。
彼女だけ帰るところがないからだ。
そんな妹に明日乃は姉らしく頭を撫でてやりながら、話しかける。
「大丈夫よ、姫子。心配しなくてもアンタが帰るべきところは、ちゃんとあるよ」
すると姫子は半べそをかきながらも喜んだ。
本当は、よほど心細かったのだろう。
「明日乃がさ、僕んちを改造してみんなで住めるようにしてくれたんだよ」
「え⁉ 三人で住めるの⁉ ほんとに⁉」
「ほんとほんと。それにね、今日は晩御飯をわたしが作るよ。昨日のうちから仕込んであるものもあるからね」
それを聞いて姫子は、また半べそをかきだした。
「こらっ、これから私達の普通が始まるって時になに泣いてんの! 家に帰るわよっ」
「うん……みんなで帰ろう、私達の家に。座敷ちゃん、また明日ね」
「今日はお騒がせしました。また、明日からもお騒がせします。では」
そう挨拶すると座敷ちゃんはニッコリ微笑んで手を振ってくれた。
部室から出て職員専用門から三人で出る。
夜風が気持ちよい。
そして、この夜に紛れて亀町の培養施設から逃げおおせた奴も、同じ空の下のどこかに潜んでいると思うと気が引き締まる。
「ね、わたしの部屋とかあるのかな?」
「あるよ。作っといた。まだ、布団以外は何もないけれど」
「ほんとーっ⁉ お姉ちゃん、有難う‼ それと星野くんも有難う」
「あ、うん。気にしないで全然いいからね。家着いたら、簡単な説明するよ」
夜も十時近いんで、流石に高校の生徒は見当たらない。
それだけではなく、やはり怪獣騒ぎのせいか、人通りも極端に少ない。
そんな道を三人でトボトボと歩いていると急に姫子が
「ねえ、三人で住むの、凄く嬉しいんだけれど……お姉ちゃんと星野君ってどういう関係なの?」と言い出した。
「えっ、どういう関係って……」
海人が考える間もなく明日乃が言い切った。
「わたしの彼氏だよ?」
「えっ‼ 彼氏⁉」姫子は驚いた。
海人も驚き過ぎた。
「え‼ 彼氏⁉ 僕が⁉」
驚く二人に明日乃がアッサリ言う。
「彼氏でしょ?」
「どうして⁉」
「彼氏じゃないの?」姫子がガッカリした。
「彼氏だよ!」また明日乃が断言する。
「い、いつから⁉」
「旧校舎の屋上で月が綺麗だっていったでしょ!」
「えーっ、いったんだ!」姫子が目をキラキラさせた。
「それ、意味違うだろ!」
「違うんだ?」姫子はガッカリした。
「彼氏だよ! だって、いいシーンだから愛してるっていった感じだったもん!」
「いわれたんだ⁉」姫子は持ち直した。
「いってないだろ‼」海人が否定する。
「いってないんだ?」姫子は、またガッカリした。
「いったもん!」
「いったんだ⁉」姫子は嬉しくなった。
「だから、まだ言ってないっていってるだろ‼」
「まだ⁉」姫子は驚いた。
明日乃がニヤリとしながら言った。
「じゃ、いつ言ってくれるの?」
「それは! あ……あれ…………?」
しまったと思った時には遅かった。完全にハメられた。
海人は元々告るつもりではあったとはいえ、こんなタイミングじゃない。
こんなんじゃない。
もっと、ちゃんと自分の意思で言いたいと強く感じていた。
口を尖らせつつも「そのうち……言うから……さ」と絞り出した。
「そのうち言うんだ⁉」姫子は更に驚きながらも笑っていた。
「そのうちだ、そのうち! それくらい、自主的に言わせてくれよ……」
すると明日乃は、超上機嫌な笑みで爽やかに返した。
「うん、待ってるよ」
そんなギリギリな会話をしながらの帰宅となった。
まずは、学用品や服などを置くためにも姫子の部屋を案内する。
「ここが今日からわたしの家でわたしの部屋なんだ⁉ となりがお姉の部屋!」
「この部屋には、間取りの関係でクローゼットとかのスペースが出来なかったけれど、廊下の向かい側に、かなり広いクローゼットの空間を作れたから服とかは、そっちを使えばいいよ」
しれっと凝った造りをやっていたわけだ。
各部屋の隅には布団が折りたたんで置いてある。
「お布団なんだね?」
「ああ、それなんだけれど。明日、学校から帰ったらホームセンターにベッドを買いに行かないか?
折り畳みベッドくらいしか買えないけれど、二人の分、二つ買おうよ」
これには二人とも喜んだ。
「なんか、どんどん自宅っぽくなるの楽しいなぁ」
「さて、じゃわたしは晩御飯を急いで作らないとね。もう、みんなお腹へってるし」
そう言うと明日乃はキッチンに向かった。
「じゃあ、夕食を用意している間、間取りを案内するよ」
「うん。よろしくね、お兄ちゃん!」
いきなり”お兄ちゃん”と呼ばれて海人は面食らった。
「お、お兄ちゃん⁉ なんで僕が姫子の兄なんだ?」
「だって、お姉ちゃんの彼氏なんでしよ? お兄ちゃんじゃん」
「あのな、その彼氏ってやつも、さっき帰り道で初めて言われたんで、そんな認識は十五分前までなかったんだからさ。それに」
「それに、なんなの? お兄ちゃん」
ひたすら、こっぱずかしい。
一人っ子の海人が「おにいちゃん」と呼ばれたことは中学生の時に書店の裏で高校生の集団にカツアゲされたとき以来だ。しかも「おにいちゃん」の意味が違う。
だが、現在はベストプロポーションの美少女から二人きりの部屋で「おにいちゃん」と呼ばれている。
実に不適切なシチュエーションである。
変な汗がでそうだ。
「あのな、その呼び方、なんとかならん?」
姫子は、こ意地のわるそうな笑みを浮かべる。
「な―らないよぅ、お兄ちゃん」
間違えてでもクラスでそんな呼び方された日にゃ、と考えたら頭痛がしてきた。
「頼むから、その呼び方は、せめて家の中だけにしといてくれないか」
「ふーぅん? まぁ、いいよ? アイアイサー!」
と敬礼してくれたが、信用していいんだろうか。
ノリが明日乃よりかなり軽いので不安しかない。
キッチンの方から”もうすぐ出来るからテーブルについて”の声がした。
「やったぁ! ご飯だご飯! 何作ってくれたのかな」
海人は知っていたが、彼の興味は別にあった。
前日のファミレスのハンバーグの味を分析して再現すると言っていたが、再現なのか再構築なのか。
キッチンからは肉の焼けるいい匂いがしてくる。
並行して幾つかの調理をしていたようだ。海人には出来ない芸当。
「もう出すから、座ってて」
既に盛り付け段階らしい。
「わぁい! わたし、ここ座るからお兄ちゃんはそっち座って」
それを聴いた明日乃が盛り付けを失敗したらしい。
「あ……。え、お兄ちゃん⁉ 誰が⁉」
「誰って、お姉ちゃんの彼氏なんだからお兄ちゃんでしょ?」
「ふ──ん? お兄ちゃんねぇ?」
ちょっと目線がキツい。どうリカバリーしたものか。
並べられた料理は、ハンバーグのアボカド載せに副菜。サラダ。
そして海人のハンバーグだけアボカドを載せるのを失敗したものが出てきた。
「それでは! 頂きます!」
姫子は、そのまま食べるところだったのを後から慌てて”頂きます”といって食べ始めた。
「ん……これ!」
明日乃がほくそ笑む。
”どうよ”って感じだ。
再現性は完璧というより、普通に元を越えている。
肉自体の差もあるのだろうが、下味と熱の入れ方が絶妙だ。
たぶん、火入れが二段階ないしは三段階なのだろう。
食べ進めていくと、半分からはチーズインとなっている。
一つのハンバーグで二つの条件を高いレベルでバランスをとるのは難しいはずだ。
「お姉‼ これ、ヤバいよ‼ どうしよう、御代わりって出来るの?」
「一個余分に焼いてあるから、大丈夫」
「明日乃、これ、店出せるレベルだぞ。しかも、繁盛店になるんじゃないか?」
「そお? ありがとう。でも、理由は昨日言った通りだから。
皆で美味しく食べられれば、それでいいんじゃない?」
海人は、頷いた。
これは明日乃が食べた物は、どんな料理でさえ彼女が必ず、これから食べる人間の状態を察知して最適解で味を上書きする方程式を作った上で調理をする。
それはベースにする料理を一度食べさえすれば相手の体調に合わせた調整を行う無敵不敗の料理人を目指すことすら造作もないということを意味した。
「確かに料理は大事。
美味しいものが食べられたら、辛いことでも乗り越えられる力が湧いてくるから。
でも、だからといってわたしは料理だけを楽しむために来たんじゃないの。
だから、わたしの周りの人だけで楽しくなってくれれば、それがいいの。わかる?」
姫子が突然、食べるのを止めて海人の顔をみてニマァーッとした。
「お兄、どうよ、わたしのお姉ちゃん。凄かろう?」
海人がしどろもどろになっていると明日乃がスパァーンと姫子の頭を叩いた。
「余計なこと言ってないで、食べなさいね?」
「あい……」
食器を片付けてから、時計を見ると午後十一時を回っていたので、すぐに各人の部屋で睡眠をとることにした。
姫子が舞い上がって、なかなか寝れないのに明日乃を巻き込み、しばらくワーワー言っていたようだが、気がつくと寝静まっていた。
翌朝も明日乃は簡単ではあるが全員分の朝食を作り、全員で共にテーブルを囲んだ。
その際に話題にしたのが通学順番であった。
姫子は三人で通学したいと言い張ったが、それはどう考えても面倒なことにしかならない。なので、順当に明日乃と姫子が一緒に登校し、海人が数分遅れで登校するとなった。
それでも、この姉妹が一緒での登校は相当に目立つことになるので本来はバラバラに登校して欲しいところだ。
昼休みには、毎度の部室でくつろぎタイムだったが、今日の放課後はベッドを始めとした買い物があるので放課後の部活はなしとした。
替わりに海人が、明日の部活時間に見せたいものがあるということで、明日の部活は長くなる宣言をした。
どうやら重要な話らしい。
授業が終わり、海人は真っ直ぐ帰宅する。
珍しく十分程も遅れて二人が帰宅した。
流石に部室抜きでは二人といえど人目がある場所で追っ手を撒くのには時間がかかったようだ。
「今更なんだけれど、座敷ちゃんがいる部室って本当に大事なんだね。大変だったよ」
「飛んじゃったら早かったんだろうけれど、そうはいかないものね。常識的な非常識っていう加減が難しくって。それで時間かかっちゃった」
常識的な非常識というのは、身体能力的には一線級の競技者の能力を日常生活範囲で使うようなことだ。
例えば百メートルを9秒58で走る奴のパルクールは十二分に非常識であろう。
「二人とも私服に着替えたら、早速行こうか」
姫子は明日乃の買った服を借りての買い物だ。
しましまホームセンターには服も置いてあるから、服も一緒に買うことにする。
折りたたみベッドは二つ買った。
問題はマットレスだが、折りたたみベッド用だとシングルだから二人とも狭いと言う。
そこは仕方なしにセミダブルのものを二つ買い、後からベッドを加工しようということになった。量が多くなったので当日配送を手配した。お陰で帰りは手ぶらで帰ってこれた。
しばらく三人でリビングでくつろいでいるとインターホンが鳴った。
「お、しましまホームセンター早いな。えっと」
とインターホンの画面を見ると、そこには田浦が立っていた。
これは最高にマズい展開だ。
ともかく、家にあげるどころか玄関を開けることすら出来ない。
二人には小声で「今、田浦が来てるから静かにしてて」と伝え、インターホンに向かい話す。
「あ、田浦じゃないか。困ったなあ。今、中が整理するのにメチャクチャで玄関も開けられないんだ」
「ええっ⁉ いや、足の踏み場さえあれば問題ないだろ。
今日来たのは、お前に相談というか、男同士で話たいことがあってだな……
お前、LINEに既読つかないから行って話すしかねぇなって思ってさ」
どうも思ったよりもヘヴィな理由で来たようだ。
だが、ここで入れるわけにはいかない。
非常に心苦しい事態だ。
「田浦、すまん。本当に悪い! 今日は、どうしてもダメなんだ。
整理が細かすぎて玄関先まで使ってやっている状況なんだ」
まあ、彼女達の履物も片付けていないのだから、広義の意味で片付いていない細かい状態ではある。その意味では、まるっきりの嘘ではないと自分に言い聞かせる。
「だから、せめて明日。明日にしてくれ。な?」
「なんだよ、せっかく飲み物やつまむものまで持参してきたのによぅ」
「悪い! 明日、学校でも話も聞くし事情も話すから! 今日は、ごめん‼」
「お前が、そこまで言うなら今日はわかった、帰るわ。
でも、明日だかんな? 約束だぞ。じゃあ、また明日な~」
水際で田浦を食い止めたとはいえ、さて、どうしたものか。
「お兄、どうするの田浦くん」
「しかも、明日来ちゃうんでしょ? 苦し紛れとはいえ、本当にどうするつもり?」
二人に詰め寄られてしまい、考えがまとまらない。
「方法なり考えるから、僕なりの結論出るまでベッドの改造とかしててくれると助かるな」
「あ──! そうね⁉ でも、まだ届いてない──」
“ピンポーン”「あ、すみません。しましまホームセンターです」
危なかった。
もし、田浦がいる時点でベッドが届いてしまっていたら玄関を開けるしかなかった。
とはいえ、結構な量だ。
とりあえず玄関ドアは開けたものの、簡単に入れられる大きさでもない。
「服だとか小物が入った箱だけ先に受け取りますんで、後は玄関先に置いといてくれれば、自分たちで時間かけて中に入れますんで」
「そうですか? じゃ、ここに置いていきますね」と配達の男二人でどんどんと置いていくと、
「またお願いします」と言ってトラックは去って行った。
「言ってたら来たわ」と伝えると、二人は楽しそうに玄関先から折り畳みベッドと巨大なマットレスを両肩に載せて自室へと運んで行った。
残ったシーツだとかが入った段ボールを取りに玄関先にいくと、たまたま洗濯物を取り込むところだったのか、隣の奥さんが明日乃達が見かけと違うパワーで運んでいったのを見ていたらしく、クチを半開きにして海人を見ていた。
一人暮らしの学生のはずが、突然、可愛い女子が2人いて、常識離れの力でものを運んで行く様を目撃して理解不能で停止しているというところだろう。
あの奥さんに見られたのは、明日乃がドラストでクソ重いカートンを片手で持ちながら家に入った時から二回目だ。
明るくお辞儀をしてから玄関を締め、ため息をついた。




