第十八話 僕らの目的のはじまり
部室に二人が戻ってきた。
姫子は、畳間部分で横になって寝ている。
どうやら、座敷ちゃんにもてなされて和菓子を食いまくった挙句、お腹いっぱいで幸せになったらしい。
「ただいま。座敷ちゃん、姫子が迷惑かけなかった? ごめんね」
座敷わらしは、ふるふると頭を横に振ると、姫子を突いて起こした。
「あ~、お姉ちゃん、星野君、おかえりー。遅かったね。どうだった?」
頬に畳のあとがついている。随分、寝ていたようだ。
「いや……どうも、こうも……。拠点らしきものを見つけたんだけれど……」
「えっ、ほんと⁉ 凄い、良かったじゃない! あれ、星野君、元気ないね?」
「あいつら、僕達の前で拠点ごと自爆しちまってさ……」
「えっ⁉ 自爆⁉」
さすがに姫子も声がない。明日乃は冷静に、そして重い現実を突きつける。
「怪獣なんて非常識なものを持ち出して周囲に被害与えた挙句、犯人達は命かけて私達の追跡を阻止してきたわけだから。もうゴッコ遊びの時間は終わったの。
ここからは、警察や自衛隊でも対処出来ない私達の周りのことを私達自身が対処することになる。だから、星野。腹くくんなさいね」
そして改めて言った。
「わたし、いつか言ったよね。ここから先は引き返せないって」
彼女の瞳がこういうことなんだぞ、という意味で射してくる。
しばらく考え込んでいたようだが、海人の中で何かが成立したのだろう。
大きく頷くと、そのままホワイトボードの所までいき、”宇宙科学部方針”と書き始めた。
そこには”表目的 宇宙物理への理解と天体観測を通じた事実への理解”の後、ひときわ大きく”真の目的”と書いた。
「真の目的? でも、学校の倶楽部だよね、ここ」
「姫子の言うことは、もっともだけれど、でも、僕らが国の機関ですら対処できないものに立ち向かうのには、僕たちなりの理由が必要だよ。それは、これだ」
“日常を護る”と大きく書いた。
明日乃は、あっ!という顔をしている。
「それ、それよ。わたしの気持ちそのまま! わたし、今が一番好きな時なんだ。
だから、今を護りたい! 確かに真の目的だよ‼」
「わたしは、まだ誕生したばかりだから何の経験もないけれど、でも毎日、楽しいし美味しいものいっぱいだから、ずっとこのままだといいなあ」
「そういうわけで、ぼくらは自分たちの為だけという理由で専守防衛活動をする。これ、どうだい?」
二人とも、その意見に同調するという微笑みをみせた。
「それにしても星野。よく、みんなを守るとか正義の為に戦うって言わなかったね?」
それには海人も苦笑いするしかない。
「よしてくれよ。
僕らはどんなに戦うチカラがあったとしても本分は高校生であり個人だ。
みんなを守るみたいな大風呂敷は広げられる度量も覚悟も義理もないよ。
自分たちのことだけで精一杯だよ。
ましてや、正義なんて相対的なものを絶対的な目的になんかできないさ」
「だから、なんならついでに周りを助けましょうってことなんでしょ?
最初から人助けが目的とかだと気持ちが続かないよ、わたし無理~」
姫子が言う様に、現実はテレビのヒーローのようなわけにはいかない。
むしろ、ヒーローだってテレビに映っていない時は、何をしているのか?
の部分がリアルな話なのである。
彼らはテレビの中以外では、どんなに大規模な被害・災害が起ころうとも決して現れない。
それを架空の存在だから当たり前という希望の無い話にするのではなく、全部なんて面倒見切れないよ、というヒーロー達の本音がそこにはあると理解してもらう方が人々の夢も自主性も壊れない。
星野海人は、自分たちをそのような立ち位置として理解してもらおうと考えたのだ。
また、自分の立ち位置をそう理解することで、これからも起こるかもしれない惨劇に対しての自己の精神的脆さをカバーする方法をとったとも言える。
「僕らの行動原理ともいえるものが出来たから、じゃ、それを踏まえながら今日の情報を細かく見ていこうか」
まず、専用ポーチからサーモグラフィーを取り出す。
小型サーモグラフィーとしては大きめの液晶画面なのだが、これを全員で見るには小さすぎた。
そこで、海人はカバンの中をごそごそと探って携帯充電器ほどの大きさの小型プロジェクターを取り出した。
それを見て明日乃は、クスッとしながらも呆れている。
「ねぇ、星野ってさ。何しに学校に来ているのよ?」
そんな彼女に海人は至って真面目に答えた。
「そんなの充実した時間を過ごす為に決まってるだろ。
さ、これで大きな画面とまではいかないけれど、さっきよりは遥かにマシだよ」
ホワイトボードの裏面をスクリーン代わりにしてサーモグラフィーと接続すると、早速、体温が極端に異なる二体が何かを見つけて持ち帰るところが映った。
「映った、映った。へぇー、これが犯人の一味なの?」
「姫子、映画じゃないんだからね。
これからグロいのとかモロに出るけどアンタ大丈夫なの?」
言っている間に、画面が大きく揺れた次には、ビル内の実験用手術台の周囲のグロい惨状が流れ出した。
画像を止めて詳細を見だすと、姫子が渋い顔をしだす。
それを半ば無視しつつ、散らばっている死骸の一部をよく観察していく。
やたらとガラスケースやガラス瓶のようなものと液体が多い。
単に水生生物が多いというだけではなさそうだ。
「うーん……これ、水槽ってより培養って感じじゃないかなあ? 明日乃、どう思う?」
「そうね……ただ、言えるのは死骸を見る限り動物が多いよね……でも……ん~」
ビルの規模からなのか、それとも作業の内容からなのか、どうも動物をここで怪獣にするまでの大改造という感じではなさそうだ。
「あのさ、わたし気づいたんだけれど。
あ、当然と言えば当然なんだけれど、ここの死骸には地球以外のものってないように見えるんだけれど」
「そうなのかい? もし、そうだとしたら、理由がかなり絞れてくるが。よし、もう少し先を見ようか」
明日乃の指摘を考慮してみていくのだが、そもそも海人は地球外生命がどのようなものかは知らないので、見覚えのあるものなのか位しか判断しようがない。
胎児状態のものもあるので決定的なことは言えないが、どうも明日乃の言う通りっぽい。そうだとすれ ば、体高五十メートルの怪獣は、サイの様な怪獣ではなくてサイに何かをしたものということになる。
だが、ここにはサイどころか猫科の大型獣の痕跡すらない。
「もしかすると、ここは怪獣に至るまでの最初期の段階の場所なのかもしれないな」
「ん~、というと? 何段階かあるってことなの?」
「そう考えるのが自然だろうね。
ここで、ある程度までにしたものをどうするのか。
なんで、そんな面倒なことをこんな場所でしているのか。
ここから、どこにどうやって持っていくのか。
そして、なんで地球なんだ? 今のところ謎だらけだな?」
ふと、姫子がずっとだまっていることに気づく。
「なんか姫子の元気ないな? やっぱ気持ち悪くなったのか?」
浮かない顏で深刻そうに言ったのが
「気持ち悪いのもあるけれど、言ってることがよく分からないんでお腹減ってきた」
それを聴いて全員、コントの様にガクッとなった。
「もう! わかったから、もう少しだけ待ってよ。もう少し見ていけば、何か分かりそうなんだから」
映像はビルの裏付近にあった配線の束を映している。
海人は、ここでポーズをかけ実写とサーモ映像とを何度か交互に出して詳細を暫く見ていた。
「ここから、この施設を動かすための電気を得ていたということね?」
「ん~、まあ、そうなんだけれど……」
どうも何か引っかかる。
この設備を維持するためには、そこそこの電力が必要であったようだ。
盗電をいろいろなところから少しづつしていたらしい。
それは分かる。
だが、瓦礫で一部の被覆が破れた配線の中には非常に細い配線の束があり、それと同じ被覆管が何本かある。これは、電力ではなく信号線だ。
「盗電だけじゃなくて、何か情報でも収集しようとしていたのかな? インターネットを使わない情報ってなんだろうな?」
明日乃もしばらく考えていたが、やがて気がついたことがあった。
「葛飾区のこんなところでネットに載らない何かの情報を収集するより、普通に考えるともっと日本の防衛なり産業なりな場所で情報収集するんじゃない?
それに、今どきわざわざ銅線からの情報って……」
なるほど。それはそうだ。
銅線で集められるものは限られてくるし、そんなに広い範囲での情報でもない。
一番、可能性があるのは、やはり電力に関することだろうか。
ある程度の推定が出来たのでポーズを解除して映像は先に進む。
倒れたコンクリート壁を明日乃が片手で軽く持ち上げると、その下に小さな光るものが幾つか見えている。
それを拾ったところで映像が終わった。
サーモグラフィーのスイッチを切ったところで、ポケットから映っていた金属製のものを二つ取り出してテーブルの上に置いた。
「映っていたのが、これなんだけれどね。わざと壊れて中身が見えてるのを持ってきた」
涙滴型をしたブローチ大のもので、模様の様な凹みがある。
ひとつは、欠けて指が入りそうなくらいの穴が開いていて、そこから中身が見えている。
すると、姫子がそれを取り上げて覗き込むと「これ、良く見えないから、少し穴を大きくしてもいい?」と言い出した。
「出来るの? なら、助かるけど」
「なんか簡単っぽいよ? ほら」
と、小指を穴に引掛けて親指とで挟むとパキンという音と共に全体の半分くらいまで割れて中身が露出した。
海人は、姫子が剥いだ金属外皮の裏を見て唸った。
それから、中身の回路のような部品を覗いていたが、やがてあることに気が付いたのか「虫眼鏡あるかい?」と言った。
座敷わらしが大きな虫眼鏡を棚から持ってくると、それで中身を見てから、また唸った。
唸ってばかりの海人に明日乃が理由を聞くと、海人は虫眼鏡を渡して
「ここに板みたいな部分があるだろ。そこに小さな黒い部品が貼り付いているんだけれど、それをよく見て」
という。そこには、何か文字があった。
「ん……56……? ……えっ⁉ 数字⁉」
「ああ。この外装の金属も何か特別なものかと思ったけれど、裏を見てみたらプリンターで作られたものだしね。
この装置が何かは別として地球側に協力者がいるね。
しかも少なくとも小企業レベルの」
「うわ──、なんかろくでもない話になってきちゃったね。道理でわたしでも簡単に壊せたわけだぁ」
姫子の能天気発言だが、仮にこれがアルミだったとしても人間の力で普通に素手では、ましてや小指一本で破壊は無理だ。
だが問題の本質はそこじゃない。
「整理しながら考えていくよ?
ビル内の細かいコードと手術台にも似た金属テーブル、血の跡、よくわからない部品。
ビル内には物質をどうこう出来るような大電力を使える設備がない。
これらと怪獣の出現には地球外文明という共通点がある。
そしてこれらを使ったと思える怪獣が現れるわけだ。
でも直前に空中で巨大なエネルギーがあり、その発生していた上に見えない何かがいたような、おかしな様子が見えた。
そしてどこからか……
たぶん見えない何かから小さなものが投下された後に怪獣が現れた。
怪獣には、この拾ってきたやつの大きくしたものが付いていた。
でも怪獣を亀町に出現させる理由が見当たらない。
それにただ歩いただけで破壊活動もしていない。
でも、こっちに向かって歩いてきたようにみえた……ここから読み取れることか……」
「かなり難しいね……」という明日乃に対して、海人は悩んでいるというよりも答えが出そうな問題に没頭していた。
今、海人の中では点と点、線と線が繋がり、構造として構築されていく。
そして全体の形が朧気に見え始める。
「そうだなあ。難しいかもね。でも、紐解けないわけでもなさそうだよ?」
「んんん? どういうこと?」
「まず、怪獣が現れる前に何かが飛来して、そこから落ちていく何かが高エネルギーを発した時に怪獣が現れて着地というよりは落っこちた。
だから、最初にとんでもない衝撃が来たわけだよ。
その後、怪獣がここに歩いて接近している時は大した振動じゃなかっただろ?
つまり、最初の酷い衝撃での着地は予定調和じゃなかった可能性が高い。
それと、廃ビル現場の状況から見ても怪獣の大元は、ここで作られていたのは間違いない。なのに、この施設が巻き込まれそうな場所に怪獣を投下した。
では、廃ビル施設は彼らにとっての廃棄予定施設だったのか?
それもない。
廃棄処理の場所に対して、追い込まれてもなお複数の命と交換するだけの重要情報がある価値の場所を、攻撃手段もない状態の怪獣で踏みつけて粉砕なんて雑なやり方では、あまりに証拠が残りすぎる。
つまり、この廃ビルを利用した育成施設は廃棄するつもりはなかったということになる」
明日乃でさえ海人が何を言わんとしているのかが、まだよく分からない。
ましてや、姫子に至っては、お腹が減りすぎて片方のほっぺたを膨らませて待っている。
「星野くん、結論早くぅ。血糖値が下がりまくって目まいがしてきちゃうよ」
座敷わらしが、そっと羊羹を一切れ差し出した。
「わかった、わかった。じゃあ、これ、僕の推定での事件の流れをいうよ。
不可視の何者かが亀町の育成施設から定期便での転送ゲートによる回収を行いに来て、亀町育成基地から大きな施設への転送ゲートを開ける予定が、手違いか事故で大きな施設から亀町へという逆方向の転送になってしまった。
その際に、まだ改造途中であった生物が転送されてしまい、予想外の空中投下となってしまった。
実験中のものを出してしまった上に、最早、回収も出来ないことから、以前から調査対象としていた、みいさと高校にコントローラーで怪獣を振り向けて校舎を破壊することで認識阻害のカラクリを明らかに出来る可能性に賭けた。こんなところかな」
お腹が減っていたはずの姫子が「あ──、なるほど⁉」と言い出した。
「星野くん、なかなかやるじゃん! それだと確かに全部が説明出来るよね、お姉ちゃん」
話を振られた明日乃は、なんだかニヤニヤしている。
この仮説に満足したということか。
「こんな仮説なんだけれど、まあまあいい線いってると思うんだけれど、どうかな?」
すると明日乃は、ちょっとだけ前歯が見えるくらい笑いながら言った。
「うん。好き」
「気に入ったなら良かった。明日乃がそう言ってくれると嬉しいよ」
二人が明るく「やりがいがある」とか話しているのを聴いて姫子は思った。
”この二人、肝心なところで噛み合っていない気がする”




