第十六話 快晴姫子台風のはじまり
昴姫子と名乗る黒髪の美少女転校生に学級はざわついた。
何故なら顔がほとんど明日乃未来と瓜二つだったからである。
担任の山田教諭は一通り学級内を見渡す。
「あー、はい。君達、静かに。昴は家庭の事情で、このクラスの明日乃とは別々に育ったが双子なのだそうだ。
諸君らの混乱も分からないではないが、高校生活も残り僅かだ。
全員、互いに仲良くやって欲しい。
それで席なんだが──先に言った事情もあることなので明日乃。
今日はお前の隣で授業を受けさせるのでいいか?」
「はい、かまいません」
様子見なのか明日乃の表情も態度も固い。
「昴の机を明日乃の隣に入れてやってくれ。明日乃、昴に教科書を見せてやれ」
一時限目は、現国なので担任の山田徹男教諭が、そのまま授業を始める。
昴姫子は席に着くと、そのまま何か明日乃に話かけようとするが小声で
「あなたには、後で話すべきことが山ほどあるから。それまでは大人しくしてて」
とバッサリやられてショボンとしながら授業を受けていたのが斜め後ろの海人からも明確にわかった。
現状、可哀そうだが仕方がない。
他の奴からは”明日乃さん、転校生に冷たいな”と思われたかもしれない。
一時限目の授業が終了と同時に明日乃と昴が並んでいる席は人垣で見えなくなった。
昴が何をどう答えるのかを明日乃が捌くのに隣にいるのが幸いしている。
ただし、昼休みに部室に避難するまで、このしんどい状態があと二回ある。
海人も傍から見ていることしかできない。
このままでは、部室への脱出すらなかなかに難しいだろう。
そこで彼なりの簡単な策を講じてやることにした。
四時限目の授業が終わった刹那、海人がスマホを見ながら大声で叫んだ。
「大変だ‼ 焼きそばパンがいつもの半分しか持ってきてないらしい‼」
そう言いながら全力で教室から出ていくと、多くの生徒が海人につられて血眼になり購買に走り出した。
海人自身は購買に行く手前で中庭を走り抜けて、そのまま旧校舎の部室に走り込む。
振り向くと明日乃と昴が揃って階段の途中から二階の廊下にズダン!と飛び込んできた。
「星野、ナイスだったよ」と言う明日乃に対して、給湯室の前辺りで「ひどい目にあったよぅ」と泣き言をいっている昴姫子を”まあまあ”となだめながら部室に入れる。
座敷わらしが昴姫子を見て最初は”ほーっ”と驚いていたが、すぐさまテーブルの上にお茶が一つ増えた。
丁度、四人なのでコタツテーブルに全員座ると、まず明日乃が話始める。
「昼休みも私たちにとっては長い時間じゃないから手短にいきましょ。まずは姫子。確認だけさせて。わたしの経験してきた記憶はどこまで引き継いでいるみたい?」
すると昴姫子は、さっきまでのしょぼんとした態度とは打って変わって明るく答えだした。
「えっと、いろいろ好きになってからだからぁ、だいたい六年前から昨日の途中くらいの範囲で飛び飛びな感じだよ?」
「つまり、怪獣事件とか、だいたいのことは把握しているんだよね?」
「うん、そう!」
明日乃のマジ加減に対して昴の明るさは、元が同じとは思えないくらいだ。
ここで海人は自分が名乗ってすらいないことに気が付いた。
「あっ、そうだ。自己紹介してなかった。僕は星野海人っていうよ。よろしく」
すると昴姫子は、海人の顔をよく見てから
「へー、思っていたより普通の人に見えるけれど。今、お姉ちゃんと星野君は、どういう関係って考えたらいいの? 微妙な関係?」
「どういう関係って……そんなの後からにしてよ! ほら、星野も聞きたいこと聞いておいてよ。時間ないんだから」
明らかに話を適当に誤魔化して、海人に振ってきた。
だが、確かに最初にハッキリさせなくてはならないことがある。
「僕が第一に知りたいのは、昴さんの能力が明日乃と比較してどうなのかってところだね。やはり同じくらいなのかな」
この疑問は当然のことである。
現実的な話、もし、同能力の姉妹で喧嘩をした場合などは想像を絶することになるだろう。
姉妹喧嘩の決着より人類の存亡が決着させられてしまう可能性さえある。
そんな危機感で質問したのに昴姫子は超能天気に答えた。
「あ、わたし? わたしとお姉ちゃんと? 比較になんないよ?」
海人は驚愕した。
明日乃でさえ地球の危機級な能力かもしれないのに、その妹は比較にならないくらい凄いらしい。
確かめるために恐る恐る聞いてみた。
「やっぱり……物質合成とか出来ちゃうわけかい?」
するとまたもや能天気に
「なにそれぇ。そんなのお姉ちゃんしか出来るわけないじゃん。わたしは、ちょっと物を軽くしたり、短い距離の物質転送が出来るくらいだよ?」
「物質転送⁉ そんな凄いことが⁉ どのくらいの距離で、どれくらいのものを⁉」
「えっとね、十センチくらいの大きさのものを三十センチ移動できるよ! 凄いでしょ!」
──今のところ、手品くらいにしか用途が思いつかなかった。
「星野。姫子は、ある意味でわたしなんだけれど、あくまで別の存在だから。コピーじゃないの。だから、いろいろとスケールダウンしてる部分もあって……」
「あ、でも、オッパイはわたしの方がちょっとスケールアップしてるんだよ?」
「ちょっと! まだ会ったばっかりで何でそんなことアンタが知ってんのよっ⁉」
「自分で測ったも~ん。あのね、お姉ちゃんのサイズはねぇ」
「姫子⁉ マジやめないと頭叩くよ!」
「なあ、明日乃も昼休みの時間ないって自分で言ってんのに揉めるなよ……」
「あーっ、星野君が揉むとかいってるぅー」
「言ってねーだろ‼」
その時、座敷わらしはコタツでミカンを剥いて食べていた。
きっと、この実のない会話、早くおわらないかなと思っていたに違いない。
「ところで昴さん。細かい話は放課後にまたここでするとして、この部室のことを簡単に教えておくね」
が、昴姫子はすぐに大人しくはしなかった。
「その前に一言物申す。その昴さんってなんだかイヤ。姫子、呼捨てでいいよ。お姉だってそう呼んでるし」
「えっ、でも名前で呼ぶのは……」
明日乃をチラリと見て助けを求めたが、フンとしながら
「本人がいいって言うんだから、そうすれば?」と歯牙にもかけないフリをした。
海人も面倒くさくなってきたし、時間も迫る一方なので姫子で通すことにする。
「姫子、この部室はここに居る座敷わらしさんの認識阻害の効力下にあるんだ。
この学校の中で、ここだけが僕らが安心して息抜きも相談も出来る場所なんだよ。
明日乃と姫子が一緒にいるとどうなるかは、今日、経験した通りだ。
あれを避けるためにも、まずは宇宙科学研究倶楽部に入部申請をして欲しい」
そう言いながら、海人は入部申請書を出した。
すると、すかさず座敷ちゃんが鉛筆を出す。
「ここに名前を書けばいいのよね……はい、これ」
けっこうな具合で下手くそな字だ。だが、これで部員が三人+一人になった。
昼休み終了の予鈴が鳴る。
外の具合はどんなものだろうと部室のドアを開けて廊下を見ると、丁度、おっかけ共が諦めて教室に戻るところだった。
「姫子、あいつらが見えなくなってから出るよ。それじゃ座敷ちゃん、また放課後ね」
「座敷ちゃん、またねぇ」
部室から出た二人は、階段のところまでいくと海人を残してパルクールのように去って行った。
その身のこなしには舌を巻くしかない。あっという間に見えなくなった。
「やっぱ、似てるところは似てるんだ⁉」
そして海人は遅れて教室に入り、教師に怒られた。
放課後に入ると、男子女子選ばず二人へのお誘いがいつも以上に殺到している。
それを「今日は初日だから」「今日は水入らずで」と適当にかわすと「今日は急ぐから」の言葉を合図に二人でダッシュして去ってしまった。
その後を海人はのんびりと部室に向かう。
ドアを開けると、先に入っていた二人はすっかりくつろいでいた。
「いゃぁ、星野さん、ここホントいいわぁ。助かるっていうより落ち着くよねぇ」
ごろんと畳に寝転がって
「ここ居心地いいなぁ……毎日来たい!」
“星野”さん”と呼ばれたことに違和感があるが、とりあえず置いといた。
「明日乃も明るい性格だと思っていたけれど、姫子は輪をかけて明るいんだな。こりゃ、モテそうだ。これから大変だぞ?」
「あんた、今日LINE交換をバンバン頼まれてたけれど、全部受けるとかダメだからね? わかってるでしょ?」
姉からのキツイ指摘に、姫子は友達作りたいとか言い訳をしていたがスマホを明日乃に取られるとブロックされまくったのか涙目になっている。
「これから先のことを考えるとLINE交換は必要最低限にしておいた方がいいと僕も思うよ。ま、もっとも今後はLINE自体、使うのはまずいと思うけれどね」
「えっ、それってどういう……」
姫子はピンときていない様子だが、明日乃は何かを察しているのか、以前からLINEを持っていても使うことには消極的だった。
海人は彼女程の警戒はしていなかったが、怪獣出現で異星人と思われるものが人類に介入し始めている明確な証拠が出た時点からはネット関連での情報交換は控えるようにした。
海人が考えるに彼女にとってLINE交換とは、たぶん名刺位のつもりなのだろう。
それを関係ない人に配りまくるなと姫子に言っているわけだ。
「姫子、わたしと星野はこれから少し出かけるから、ここで待っててくれる? ちょっと遅くなる可能性があるから、あんたを家に無防備な状態でおいとくわけにもいかないしね」
これは、亀町での状況調査のことである。
一日たったとはいえ、現場には警察や消防以外にも国の調査機関や、もしかしたら他国の調査も秘密裏に入っているかもしれない。
そして、それ以外の調査をしている者の可能性も。
海人はカバンの中から、朝に思いついて持ってきたサーモグラフィーを取り出した。
小型ではあるが実画像とサーモ画像を重ね表示できるものだ。
「それ、なに?」という明日乃の問いに「サーモグラフィーだ」と答えると”あ──、なるほど”と意図が分かったようだ。
「それにしても、なんでそんなもの持っているの? どう考えても日常生活で必要なものじゃないでしょ?」
「そうだよね。これは……その件、あとで話そうか。
まずは現場にいかないと。
それとさ、昨日の怪獣の映像がネットに上がっていた。
フェイクが多かったけれど、本物の動画も幾つかあったよ。
一つくらいは見ておいた方がいいかもね」
スマホ全画面表示でテーブルの上に置くと事件を知らない姫子が早速、喰いついてきた。
「え、なにこれ⁉ こんなの昨日でたの? ヤバくない、これ!」
「ヤバかったわよ。だから、エスプレンダーに処理してもらった」
「ふーん……お姉ちゃん、なんで自分でやらなかったの?」
「ぐ……! あ、あんたもアイツと同じこというのねっ⁉ 都合があったの‼」
イライラしている明日乃をニヤリとしながら姫子は姉をいじりだした。
「ふーん。都合があったんだぁ。でも、今、怪獣出たらどうするぅ?」
「もぅ、めんどくさいから自分でぶっ飛ばすわよっ‼ これで満足でしょ、アンタも!」
言いつつ、姫子の頭をゴン!とグーで叩いた。
見せたい部分の話が全然出来ないので、海人は仕方なしにもう一度再生して説明をする。
「ちょっと見てくれるかな? スマホで撮られたものだからアングルが下からなんだが、えっと……ここ!」
ポーズをかけてズームする。
解像度が悪いが、甲殻類の様な外皮のサイの顎の付け根部分に金属感のある光沢がほんの少し見える。
「これ、かなり小さいものだけれど、なんだと思う?」
しばらく三人で考えてみたが、はっきりとしたことは、これだけでは分からない。
「実は、怪獣型ロボットだったとか?」
「それはない。エスプレンダーが持ち上げた時に外皮がパラパラ落ちていたから」
「別アングルだけれど、そのシーンも撮られていた。これなんだけれど、撮ってた奴もよくもまあ踏んづけられなかったな」
スマホには、前進しようとするサイ怪獣の鼻先のツノを手で握り、頭を持ち上げようとしているエスプレンダーが映っている。
「あれ? なんかさっきの金属っぽいの無くなってない?」
「そうなんだよ。これ、もしかしたら落っこちちゃったんじゃないかな?」
明日乃が興味を持ち注視する。
「回収されていないなら、私達で回収したいよね」
海人の頭の中でザックリとした推定が組み上がっていく。
その推定の確度を上げる為の材料と情報を取りに行くという目的が見えてくる。
「まず当面の目的は、この金属らしきものを探すついでに、その辺に転がっているだろう怪獣の表皮の一部を回収すること。
それと、地球の犯人の特徴として現場に戻ってくるというのに習って地球人以外の者が紛れていないかを見てみる。
もし、いたら気取られないように追跡してみる。こんなところでどうかな」
「相手が何者で、その意図を知るということだよね。いいじゃない。それじゃ星野、行こっか」
そういうと、明日乃は背中を向けてしゃごんだ。
挙句”はい、載って”とか言っている。
「ん? なにやってんだ?」
すると立ち上がって向き直る。
「あのさ、どうやって現場まで行くつもりだったの?
全部歩いていたら、わたしはいいけれど、そっちが疲れるでしょ?
それに遅いし。
タクシーだって目的地言った時点で乗車拒否されるよね。
だから、わたしが星野をおんぶしていくしかないでしょ」
明日乃のいうことは一応、筋が通っている。
「えーっ、でもそれって男が女に背負われて移動ってカッコ悪すぎるし‼」
「誰が誰を見ての誰がカッコ悪いのよ。
誰にも見られないんだから、どうでもいいでしょ、そんなの。
遅くなるだけだから、さっさとしてよ」
それでも、躊躇している海人に面倒くさくなって明日乃は海人を引っ張ると、そのままお姫様抱っこをしてしまった。
わーわー騒ぐ海人を抱いたまま、「ちょっと行ってくるね」とサーモグラフィーが入ったポーチを姫子に指にひっかけてもらうと、ドアを開けて出るなり走り出した。
最初のうちは、恥ずかしいのと明日乃の胸がもろに当たっている感触で”やめろよ、降ろせ”と言っていたが、階段で変な浮遊感覚がして急に押し黙った。
明日乃は、そのまま走って外に出ると海人を少し強めに抱いた。
「星野、ここからは暴れないでしっかりつかまっててよ」
「え、お前、なにをやるつも────」
そこまで言って下を見た瞬間、付近の家の屋根と灯りを見て海人の意識が途切れた。
彼は、極度の高所恐怖症だった。
地上百メーター程を飛んでいることで、気を失って力が抜けた海人を持ったまま
「これはこれで持ちやすいか」と独り言をいった彼女は、なんとなく嬉しそうだった。




