第十五話 嵐の前のはじまり
明日は、亀町の被害場所で犯人に繋がる状況調査もある。
そのタイミングで【後から生まれた双子の妹】という、ただでさえキテレツな人物が転校生を装って同じクラスに来るばかりか一緒に住むという。
海人の精神的にも余裕がない状況になるのは間違いない。
いや、それ以前に本日只今から明日乃と一緒に住みだすわけで、まずは直近の問題から解決しないと脳と身体が硬直してしまう。
「ごめん、パニくりそうなので一つづつ解決させてくれ。まず、明日乃が住むのは分かった。そして、妹も住むんだね?」
明日乃がふんふんと頷いている。
「妹の名前は、明日乃なんていうの?」
「えーと、昴 姫子だよ?」
「おい、苗字違うじゃないか! ……ま、まあ名前は何でもいいや。最早、些細なことだし。それで、部屋はこれから明日乃が増改築をするんだね?」
明日乃がふんふんと頷いている。
「それ、家の外観とか結構変わっちゃう? あと、工事時間はどれくらい?」
「そうだよねぇ……ご近所さんからつっこまれない程度にするね。あと工期は十分間くらいかしら」
「ああ、じゃ、まあ、それはいいか。でもさ、これからなんだけれど日常生活では、特に外では、特殊な能力は不用意に使わないで欲しいんだ」
「そこはわたしも十年間の生活で学んだよ。わたし、ここが好きだから壊したくない。だから、そこは約束するし妹にも徹底させる」
海人の一番の懸念が何とかなりそうで胸をなでおろした。
物質生成とは、ファットマン型原爆と同等のエネルギーから物質を生成することが出来たとしても、それは1グラム程度にしかならない。
それを校舎のヒビを直す程の物質として何十キロか数百キロ分かを生成したのだ。
(もしも明日乃が破壊的方向に自らの能力を使いだしたら、恐らく東京が消し飛ぶでは済まないだろう。そして、そういうことを僕に知られたくなかったわけか。
きっと今まで明日乃は自分のことを話せる相手がいなくて苦しかっただろうし寂しくもあっただろうな)
そう思ったら何だか泣けてきた。
「あ、明日乃! これからは、僕がちゃんと話きいてやるからな!」
なんか、勝手に泣き出した海人に明日乃は、多少ひいてしまった。
「え……うわ──、なんなの……う、うん。ありがとうね」
しかし、とりあえずは、鼻をかんでから次の問題点を片付けることにした。
それは、生活用品と食料の補充だ。
幸い、海人には母から送金されてくる金額が非常に多く、しかも彼自身が趣味以外への不摂生には極力、カネは使わない奴であったので3人での生活費が全て海人が負担しようとも金銭面では苦労することはない。
「それで早速なんだけれど近所のドラストに生活用品とか買いに行かないか? 洗面道具の一つもないからさ」
買い物と聞いて、急に彼女がはしゃぎだした。
「ね、ね! 何買ってもいいの? わたしと妹のを別々に揃えても? 歯ブラシとか歯磨きコップも3つ並んじゃったり? 出来ればバスタオルも別にしたいんだけれど」
「いいよ? 何でも。あと、この時間だとスーパーもしまうとこだろうから食料品も買うよ」
「マジ⁉ じゃあ、早く行こうよぉ!」
「ちょ、せめて着替えないと。あ、僕はいいとして明日乃、この時間に制服はちょっとな?」
さすがに夜十時にドラストに制服は、あまりよろしくない。
かといって、女子の服が家にあるはずもない。
思いつきで、海人の服とズボンを履かせてみたが丈が合わない。
「星野、このジーパンってまだ履いたりする?」
「いや、改造するならどうぞ?」
「ありがと。ちょっと待ってて」
といってリビングから廊下に出ると、すぐにミニスカートに直して戻ってきた。
結構、可愛い感じで似合っている。
だぶついたTシャツも、こうなるといい感じだ。
「準備完了だよ! 買い物、おかいものー」
外に出ると、やはり遠方でサイレンがたまに鳴っていたりする。
「明日、亀町に行くけれど現場では大変なことになっているっぽいな」
「そうみたいね。あいつ、火も吐かなきゃ攻撃もしなくて歩いただけなのにね」
怪獣が何トンあったのかは知らないが、そういうもの用に道路は出来ていない。
建物だって相当な被害だろう。
結局、あの怪獣は本当に何をしに出てきたんだろうか?
そんなことはお構いなしに、深夜営業もしているドラストを見つけた明日乃はるんるんで、はやくおいでよと手招きしている。
カートにカゴを載せると、次々と必要なものをあれこれ選んでは入れていく。
食料品に差し掛かると肉のコーナーで動きを止めた。
「ねえ、明日の晩御飯なんだけれどさ。今日ファミレスでハンバークだったけれど、明日もハンバーグじゃ嫌?」
「いや? 僕は別に構わないけれど、急にどうした?」
「今日のハンバーグね、食べながら分析したの。それで妹に食べさせようかなって」
「そんなこと出来るんだ⁉ それに料理も?」
「できる、できる! お弁当見たでしょ?」
その弁当をどこでどうやって作ったかは分からないが本当に手作りだったらしい。
米や飲み物まで買ったので、かなりの重量になってしまった。
袋の取っ手が重さで細くなってしまうと痛いので、取っ手付きのカートンの中に入れて持つがやはり非常に重い。
「ね、星野。この袋とカートン持つの交代しない?」
言うが早いがカートンの底を手のひらで支えてウェイトレスのトレーの様に片手で持ってしまった。
帰り道に犬の散歩をしていた近所のご婦人から明日乃と家に入って行く様子がガン見される。
あとで面倒なことにならなければよいが。
家に入るなり明日乃は早速、改築に取り掛かった。
海人が買ってきたものを仕分けして収納やら配置した頃には改築は完了していた。
廊下に出てみると、なんと廊下が直角にもう一本増えている。
客間としていた八畳間は六畳間ほどになり奥に同じ大きさの部屋がひとつ増えていた。
外観のイメージを変えないために増築した部屋の出っ張り分だけ全体として三割増しにしたため予定より延長五分ほど時間がかかったらしい。
その日は、ベッドなどは買っていなかったので明日乃には客用布団で寝てもらった。
一方、海人は全然寝付けれなかった。
憧れだった人と友人になったばかりか、今、同じ屋根の下にその人がいる。
そして明日からは朝から毎日見ることになるのだ。
(ヤバいな。これ、どうしたら寝られるんだろ?)
そんなことを思っていると”コンコン”と寝室のドアがノックされた。
「星野、寝ちゃった?」
「いや、全然。入っていいよ」
ドアがそーっと開くと、なにか困った顔した明日乃が海人のだぶだぶのシャツを着て立っていた。
デカいシャツとはいえ、シャツはシャツ。
ワンピースというには短すぎる。
高校生には刺激が強めだ。
「どうしたのさ? もう、けっこう遅い時間だろ?」
「うん。寝る癖がついていたのに、なんだが眠れないの」
「えーっ、そう言われてもなあ」
目のやり場に困りながら、自分も寝られないのに寝れない相談をされる。
だが、明日の朝のことを考えると寝ぼけた状態で登校するのはマズい。
考えた挙句、寝具を交換することを思いついた。
「じゃあさ、僕が明日乃の部屋の布団で寝るから、明日乃はこのベッドで寝てみたらどうかな?」
「あ、そうじゃなくてさ。そうじゃなくって……話しながら、寝れないかな」
「リビングでか? 逆に熟睡できないだろお互いに」
すると、なんだか体を左右に振ってグジグジしだした。
「だから、あの、それも違ってて、隣で寝ながら話をしているうちに、こう、スヤーッっとなる感じになるんじゃないかなーって」
────────「ん?」────────
お互い黙った。
そしてしばらくすると静寂が我慢できずに明日乃の方がしゃべりだした。
「そ、それも違うから! ちょっと! そういうことじゃなくて、隣で寝るだけなんだからねっ! そこから先は、お話だけなんだから!」
「わ、分かってるよ、そんなこと! 僕がメッチャ端によれば、楽勝で寝られるさ!」
海人はドアとは反対側のベッドの端までいくと背を向けて寝た。
「あの……ありがと……」
そーっと彼女がベッドに入ってきたのが、たわみで分かる。
当然、目をつぶるどころか眠気自体が吹き飛んでしまっている。
寝れないからって、こんなことしたら更に寝れないに決まっている。
明日乃は、何を話したくてわざわざ来たんだろうか。
「あのさ、星野」
彼女が話はじめた時に海人は起き上がって”ちょっと待って”というとベッドに設置されている枕元にあったホームプラネタリウムのスイッチを入れた。
天井に星々と天の川が投影され、非常にゆっくりと動く。
思ってもいない演出に明日乃も”うわぁ──”と声がでた。
「こんなものがあったのを忘れていたよ。これなら、無理に目をつぶらなくてもよさそうだし」
「いいなぁ。なんか、本当に外で寝ているみたいな気になるね」
「だろ? それで、何の話をしようか?」
「星野はさ、わたしのこと怖くないの? あと、便利かもって思わない?」
「なんだ、そんな簡単な話かあ。また、どんな大変な話かと思ったら」
「そんな簡単な話じゃないでしょ。そっち基準じゃ──」
「そっちというのが、もし僕を指しているなら簡単だよ。怖くも便利とも思わない。可愛くて、すごく大変だとは思ってる」
「ん────! 大変なのは否定しない。……困ってる?」
「いや? 楽しんでるけど? そして望んだ世界だよ」
「そう?」
「そう」
そういってから、しばらく静かになった。
「星野、まだ起きてる?」
「ああ。うん」
「上見てみて」
「え……ああ」
海人は、仰向けになり天井の星々を見つめた。
「冬の星座だね」
「あのオリオン座の右斜め上のところ。ここから見ると散開星団が二つあるでしょ」
「プレアデスとヒアデスだな。特にプレアデスは好きな星団だよ」
「そう。良かった」
「あれ……たしか、妹の名前って昴っていってたよね?」
また、しばらく沈黙が続き、星は巡る。
「名前の由来は、そのうち教えるから、それまで待っててくれる?」
「ぜんぜん待てるよ。その気になったらでいいから」
「優しいね……ね、手。こっちにのばして」
「え……」
言われるまま、海人がそーっと手を伸ばすと明日乃が手を重ねてきた。
「昴姫子は、わたしから分岐した、もうひとりのわたしなの。でも、コピーとかクローンとかそういうんじゃなくて……可能性というか揺らぎというか。わたしのせいなんだけれど」
「言わんとすることは、ぼやーっとは分かるかな。でも、なんか頭もぼやーっとしてきた」
「なんか、わたしも話したら安心して眠たくなってきちゃった」
「……お互い、よかったね……」
「……う……ん……」
翌朝、目覚ましが鳴り起きると、既に明日乃はベッドからいなくなっていた。
そのままベッドムールからリビングにでると明日乃が何やら作っている。
「お早う、星野。もうすぐ朝ごはん出せるから座るなり顔洗うなりしてて」
朝はシリアルや栄養補助食品で済ませてきた海人にとって目の覚めるようなことだった。
顔だけ洗って戻るとダイニングテーブルにトーストとハムエッグ、サラダにカフェオレが用意してあった。
「お──、まともな朝メシって何か月ぶりだろ⁉ なんか明日乃の手作りってのも相俟って感動するわ!」
そんなセリフに明日乃は、呆れ顏とやれやれポーズで応える。
「あんた、そんなんで今までよく生きてこれたわね。これからは、わたしが朝ごはんつくるから。あんたも地球人なら少しは宇宙から地に足つけて生きることも覚えなさいよね」
なんか宇宙から来た人に朝からこっぴどく怒られている気がした。
それでも、温かいものを食べられるのだから有難い。
ふたりで手っ取り早く食事を済ませると、海人は二階にあがって観測機器が置いてある部屋から小型のサーモグラフィーをもってカバンに押し込めた。
「何か忘れ物?」といわれたが「まあ、そんなところ」と適当に答える。
その後は、さっさと歯を磨いてから揃って玄関をでたが、二~三歩歩んでから気が付いた。
「明日乃、これ、このまま登校はマズい。バラバラに登校しよう。僕が五分遅れで入るよ」
明日乃も言われて気がついたらしく自分の頭を小突いた。
そこから、何も言わずに先に歩いて行ったが、その背中は少し寂しそうだった。
校門から昨日直したはずの新校舎をみると、ひび割れは派手な黄色の材料で埋められていた。
そのため、まるでサイケなイナズマの落書きにしか見えない。
(どうして、ここは詰めが雑なんだ? 家の改築は完璧だったのに。気を使う場合と使わない場合の落差がすげえな)
廊下は、至る所にガラスが散乱している為、教師と生徒が一緒に撤去と掃除をしている。
一時限目は、授業より掃除になるかもしれない。
げた箱で靴を履き替えていると田浦が声をかけてくる。
「お、星野! 今日、早くね?」
「んー、なんだろな。よく寝れたから?」
するとニヤッと笑って肩を組んできた。
「今朝はビッグニュースがあるぜ? 知りたいか? よし、知りたくなくても教えてやる。どうやら転校生が来るらしい。しかも、女子だぞ女子!」
一体、コイツはどこからそんな情報を仕入れたのか。
間違いなく昴姫子のことだが、しらばっくれて応える。
「今の時期にか? 高校三年の半ばで受験勉強真っ只中に転校とか、酔狂なことで」
「あとは、どこのクラスに入るのかだよな──」
続きを言いかけたところで予鈴が鳴った。
「おっと、続きは昼飯の時のお楽しみだ」
「昼はダメなんだ、これが。ひとり寂しく飯食ってくれ」
大スクープのつもりが軽くいなされたので、わりとショックだったようだ。
自分の席に座ると追加情報を探ってか意地になって時間ギリギリまでスマホをいじくっていた。
ホームルームのチャイムが鳴る。
担任が出席簿を抱えて教室に入ってくると、いつもの朝が始まる——はずだった。
「おはようございます。えー、突然だが。今日からこのクラスに新しい仲間が増える。転入生だ」
教室がざわついた。
「この時期に?」「女子?男子?」——担任の「入れ」という声とともにドアが開いた。
黒髪ストレート、大きな黒い瞳。
明日乃未来と瓜二つ——だが雰囲気はかなり違う。
「昴 姫子です。よろしくお願いします!」




