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第十四話 同居のはじまり

 その部屋は、明かりを点けても全体的に黒かった。

 棚に黒やグレーのプラスチックで出来た本体に数多くのスイッチとダイヤル、ゲージ等が配置された機械達。

 それが一つ一つ違う種類のものが幾つもスチール棚にズラリと並んでいる。


「これは……なに?」


「これは、通称ラジカセと言ってラジオとカセットテープへの録音と再生をする家電だよ」


「こんなに? 何台あるの? 一体、何をするために?」


 何をするためにラジカセを集めたのか。

 それを言われて、はたと困った。

 確かにそのうち、ラジカセの歴史みたいな本を書きたいと思ってはいたのだが、それが目的で集めたわけじゃない。

 何故か分からないが機械っぽいものに囲まれていると妙に落ち着くのだ。

 いわゆるメカフェチの一種なのかもしれないが、アニメや特撮のメカやロボットのプラモデルではなく実際に起動するものでなければ彼の中では意味がなかった。

 また、既に絶滅種に近いジャンルでもあるので安く済むのも収集に拍車がかかった理由だ。

 その意味でラジカセは彼の手が届く範囲の中ではもっとも手軽な精密メカニズムであった。


「これは……趣味というか、なんかこういうスイッチいっぱいのメカメカしいものに囲まれていると妙に落ち着くんだよねえ。なんなんだろうね?」


 明日乃はスピーカーが左右になった、カセット入れるとこも二つになったと順番に眺めている。

 ほぼ博物館だ。


「このカセットテープという磁気記憶媒体を学ぶ為に磁気関係の書籍が多かったのね。ねえ、これ、聴けるのある?」


「CDラジカセでも良ければ、幾つかは電源繋がっているかな」


 海人は、数ある中でパナソニックのRX―DT8という機種を選んでCDを入れた。

 ちょっと派手めなLED表示が点灯し、レトロなシンセサイザーでの曲が流れる。


「ねえ、星野のことだから、この機種でこの曲をかけたことにも何か意味があるんでしょ?」


「ん~まあ、そうだね。

その昔、日本にはバブルと呼ばれた景気が良かった時代があったんだけれど、このCDラジカセは、その時代の物の中でも一番音が良いと言われている機種の能力そのままに若年層向けにデザインアレンジされたものなんだ。

そのチープになった外観とは裏腹に割と本気の鑑賞にも耐えられる中身という不釣り合いなところが好きでね。

それと曲の方はヴァンゲリスで、これもその昔、カールセーガンが司会をした宇宙番組 COSMOSで使われていたものなんだよ」


 オタク垂れ流しの説明を聞いて明日乃は、DT-8という機種の中に星野海人という人物を感じてニヤニヤしだした。

「理由がやっぱり星野っぽい。見かけと中身が不釣り合い、いいじゃない」

 

「そう感じてくれるなら嬉しいよ。さて、それじゃあ最後の趣味部屋にいこうか。君に一番見せたかった部屋だからね」


「そうなると、やっぱアレの部屋なんでしょ? 期待しちゃうよ?」



 ラジカセの部屋を出て隣のドアを開ける前に「あまりハードル上げられると期待外れになるからさ。普通の男子の部屋だと思って見てくれるかな」と保険をかけた。


 明日乃がドアを開けて中を覗くと照明がつけられる前から目を見開いてしまっていた。


 鉄製ラックには過去、人類が作ってきたロケットの模型がズラリと並び、その隣には何故か巨大な戦艦大和の模型がガラスケースに入れられて飾られている。

 天井からは国際宇宙ステーションや準天衛星みちびき、ハッブル宇宙望遠鏡の模型が吊るされている。

 壁一面に今までの惑星間探査機の航路が軌跡として描かれたポスター。

 その前にはそれぞれ役目が違うであろう天体望遠鏡が三台。

 横の棚には双眼鏡と幾つかの機材らしきものと、それらを収めるためであろうケース。

 そして、何かのコスプレのコートとSF的ヘルメットが二つ。電子拡大鏡とメスシリンダーやビーカー、スパイラル管等のガラス器具。

 おかしな形の置き型照明と地球儀、月球儀、火星儀。

 部屋の真ん中にはセガのホームスターなどのホームプラネタリウムが数台。

 ハリウッドSF映画における子供部屋にも似たような趣向のものがあるが、その子供がそのまま大人になると、こんな部屋になるというコンセプトルームみたいなものだった。


「これは……宇宙で科学でカオスだわ……」


 海人はロケットの模型に近寄り、怪獣の振動で倒れていたレッドストーンとタイタンⅡやらを立て直す。

 よく見ると、ロケットの模型はプラモデルやペーパークラフトの混成で、ある程度はスケールが揃えてあるようだ。


「こういう感じなんだけれど、どお?」


「どっから聞いたらいいのかわかんないよ。わかんないけれど最高かも」

キョロキョロしながらニコニコしている。


「なんかさぁ、普通の男子の部屋って、もっとこう、バットとかサッカーボールがあったりアイドルのポスターとか授業の参考書とかエアーガンとか? そういうものがあるって思っていたけれど、今、わたしが言ったものがひとつもないよね。わたしが知っている男子のイメージが間違っていたのかなあ」


「あれ? そういやそうだな? まあ、そういうの興味ないしね?」


 眺めていた明日乃が部屋の中にあったコスプレ用と思えるかなり派手な厚手のコートを指さした。


「あれ、なに? どこで着るものなの?」


 それには海人も幾分恥ずかしそうに答える。


「あれは、実は僕が自分でデザインしたもので、イメージ的には宇宙戦艦の艦長の服なんだ。

作ってもらうのに随分とお金もかかっちゃったけれど、あれを着るとなんか気持ちがシャキッとするんだよね。将来、宇宙の解説番組をしたいと思っているんだけれど素顔出す勇気もないからさ。コスプレしてヘルメット被ってやろうと思って」


 ふーんと凝視してから、しばらく考えていたが


「ねぇ、星野は何かと戦いたいの?」


「え⁉ いや、全然? なんで?」


「だって、宇宙戦艦の艦長になりたいんでしょ?」


「なりたいね。でも、戦いたいんじゃなくて、悪意がある相手から一方的に殴られるのが嫌なだけなんだ。僕の基本は専守防衛なんだよ。殴りに行く為に戦艦の艦長になりたいわけじゃないんだよね」


 悪くない返しだったらしい。

 顔が満足げだ。


 他にも聞きたげだったが、急に彼女の雰囲気と表情が変わった。


 眉間にシワが出来そうなくらいになっている。

 おまけに小声での独り言で”えーっ”とか”いや、なんで、ちょっと待ってよ”とか言い出した。誰かと話をしているようだ。


 挙句「ちっ!」と言ったかと思えば”はーっ?””そんなの分かるわけないじゃん””もう、そうなっちゃったんだから、ちゃんとするしかない”と内容がどんどん混み入ってきている様子だ。あまりに気になったので聞いてみた。


「なんかあったのか? また、怪獣とか宇宙人の兆候でも?」


 すると困った顔をしながらも

「ううん、そんな物騒な話じゃない。あ──、でも──、これ星野にどう相談したらいいのか、わかんない」


 ますます分からないんだが物騒な話じゃないだけでも、まずは良かったのだろうか。


「ねえ、教えて欲しいんだけれど、この辺で家って適当に建てていい場所なんてないよね?」


「ないよ? どこに建てるのも自分の土地をまず取得しないと大問題になるね。え? 家を建てたいの? あれ? そういや、君んちってどこ?」


 それまでしなかった普通の疑問だったが明日乃にはどうやら痛いところだったようだ。


「家は……」随分、苦しそうだ。


「家なんだけれど……」もしかしてボロ屋なんだろうか。


「ないの」



「ないんだ?」


「うん」


「じゃ、今まで下校してから、どこにいたの? あと食事とか洗濯とかお風呂とか、お金はどうしていた⁉ 授業料とか」


 明日乃の日常という未知への疑問が一気に噴き出した。一体全体どうなっているのだろうか。


「お金は、ちょっと変装して深夜のコンビニバイトとかファミレスの店員とかしてたよ。わたし本来は寝るとか空腹とか寒い暑いもないから、全然平気だったんだけれど……」


「でも、コンビニだろうがファミレスだろうが採用する時、履歴書とかあるでしょ色々と」


「そこだけは、困ったから影響が最小な範囲で」


「なんか、やっちゃったんだ?」


「うん」


「頻繁にやっちゃダメだってことは、分かっているよね?」


「うん」


 やはり、人間の意識や記憶を改ざんすることが出来るようだ。

 ただ、それは良くないことだという意識は強いようで遊び半分で自分が楽するために使うということは無いらしい。


「なんか、尋問みたいになっちゃって僕も嫌なんだけれど。でも、聞いとかないと相談されようもないからさ。それで、家がないっていうのは、何がどうなって、どうしていたの?」


「わたしの場合、寝る必要がないとはいえ、ずーっと起きていてもやることない時はヒマでしょ。だから、その時は自分の存在を希薄にすることで”休む”に相当するのかなあ? そんな感じだったんだよ?」


(ん? なんだ? そんな感じ「だった」ってなんだ? 自分の存在を希薄?)


「あれ? でも、お弁当持ってきてたよね? 食べてたし。さっきもいっぱい食べて美味しそうだったじゃないか。それにウトウトしている時とかなかったっけ?」


「そこそこ。それそれ。なんか生活リズムを合わせていくうちに、最近、お腹減ったり眠たくなったりしてきちゃって。

だから深夜バイトも、ちょっと無理っぽくなってきちゃって。それでも昨日とかは学校から帰る体にしちゃったから、お腹減ったり眠くなるよりマシかと思って存在希薄にしようと思ったら、それも全然出来なくなっちゃってて」


 海人は得心した。

 だから腹減っていたのかと。

 ファミレスドカ食いするわけだ。


「なるほど。事情はだいたいつかめたよ。で、相談というのは?」


「…………」 


 明日乃は下を向いたきりクチを尖らせて黙っている。


「いや、僕に出来ることなら何でも遠慮なく言っていいよ。正直、お金も含めて大概のことは相談にのれると思う」


 なんかグジュグジュ言っている。

「……いっ……せて……」


 なんだろうか、クチを尖らせているから全然聴こえない。


「ごめん、もう一回いいかな」


「き、きょ……いっ……わせて……」


 やっぱり、何だか分からない。

 困った。

 だが、あまりしつこい奴と思われたくない。


(どうする? 分かったフリして、なま返事してしまうか? 大概はお金で解決する問題だろうし、本当は何なのかは後からゆっくり聞けばいいだろう。今は彼女の不安を解消するのが最優先で間違いないよな?)


「あ──うん。明日乃。僕は全然いいよ? とりあえず、どうすればいい?」


 明日乃が急にぱぁーっと明るくなった。

 凄く嬉しそうなので、なんだかしらんが良かったと思った。


「ほんと‼ 助かる‼ 今日から宜しくね‼」


「ああ、うん? よろしくね? 何をよろしくだ?」


「えっと、わたしの部屋、どこにすればいいかな? 二階の四つ目の部屋? それとも一階のまだ見ていない部屋とか?」


「えっ? 私の部屋? それってなんだっけ?」


「えっ……あ──っ‼ だめだよ? まだ、そういうのダメなんだからね?」


「ちょっと待て! なに、勝手に顔赤くしてるんだよ? いったい、どゆこと?」


「だから、今日からいっしょに住まわせてって言ったじゃない」


「あ、あ────あ‼ そういうこと⁉」


「さっき、僕、全然いいって自分で言ったじゃん‼」


「い、いいました。はい……」心臓が嫌な意味で何度も跳ねた。


 海人は、あまりの予想外にすごすごとリビング横のドアを開ける。

「この客間でどうかな?」


 彼女が中に入ってしばらく四隅を確認すると、また変なことを言いだした。


「相談なんだけれど、迷惑かけないように増築していい?」


「え、そんなにここ狭いかな?」


「違うの。もう一人来るの」


「だ、誰⁉ まさか明日乃の親父とか⁇」


 ぷっ、と噴き出すと笑い出した。そんなに可笑しいことだろうか?


「違う違う。えっとね、関係を説明するのが難しいんだけれど」


 なんだ? かなり遠縁の親戚ということか?


「一番近い言い方だと双子の妹が来るの」

言いながら完全に視線が泳いでいる。


 それと、妹というのは初耳だった。どうして今まで黙っていたんだろう?


「双子の? じゃあ、見かけも凄く似ているとか?」


「そこは、わたしも会ってみないと分からないよ。さっき、誕生したみたいなの」


 双子の妹がさっき誕生した、まだ見たこともないとか、もう時系列がメチャクチャでどう理解したらよいものやら。


「詳細は後でいいや。その妹は、これからここに来るのかい?」


「今日は来ないよ。実体化準備中ってとこなのかも」


 さっきから気になることしか言っていないのだが、明日乃の部屋の準備だけでも今からやるわけだし、更に改築するとか言っているのだから、もういちいち気にしている場合じゃない。とりあえず妹やらが今日来るんじゃなくて本当に良かった。


「それで明日の朝、ウチの高校で私達と同じクラスに転校生として来ることにしたの」


 海人は絶句した。


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