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第十二話 未知へのはじまり

 このまま、ずっと屋上にいるわけにもいかない。

 まずは、この旧校舎自体の被害がどうなっているか、部室は大丈夫なのかを降りながら見ていくことにした。

 電気は止まっているだろうから、いつも持ち歩いている赤色LEDライトが頼りだ。


「ねぇ、なんでそんなもの持ち歩いているの?」


「赤い光は暗闇に目が馴染みやすいんだ。天体観測する者の嗜みってやつだよ」


「へぇー、そうなんだ」


 とはいえアイピース選択やら水準器を見る時に使う用なんで、そんなに明るくはない。

 しかも赤い光で歩く夜の校内は、お化け屋敷チックで海人の苦手ジャンルだ。

 もっとも向かっている部室は妖怪が管理しているわけで、怖いとか何を今更なのだが。


 旧校舎二階の廊下はガラスが廊下に散乱している予想をしていたが全くの無傷だった。

 斜め向かいにある新校舎の惨状とは対照的である。

 結局、部室前につくまで何の異常もないという異常性だった。


「望遠鏡、壊しちゃったこと……座敷わらし、怒っているだろうな。素直に謝るしかないや」


 屋上に行く時に鍵はかけていなかったので、そのまま扉をそーっと開けると中は何故か明るかった。

 部屋の真ん中には、相変わらずコタツテーブルに座った座敷わらしがいて、既に三人分のお茶が置いてあった。


 畳をぽんほん叩いている。

 いつも通り、まあ、座れということだ。


「あの、さっきの。見えてました?」


 海人からの言いずらそうな質問に座敷わらしがこくこくと頷く。

 明日乃が部屋の左側を見ているので、何気なく目線を追うと、そこには粉々になったはずのミザール カイザー型があった。


「あれ⁉ 落ちてしまったのと同じ型のものが⁉ 予備機ですか⁉」


 ふるふると首を振っている。


「座敷ちゃん、あれ直したの?」の問いに、こくこく頷いている。

 まるで魔法のようににみえるが、どうもそうではないらしい。


 明日乃の「座敷ちゃん、なかなかやるね」の声に胸を張っている。

 どうだ、ということか。

 海人は立ち上がると窓際までいって新校舎やらグラウンドの様子を改めて見ている。


「この部屋は、外からは”無いことになっている部屋”だから灯りもオッケーなんだろうけれど、ここから見えるだけでも隣の新校舎の状況はなかなか酷いな。完全に真っ暗だし、明らかなヒビもある。これじゃ明日から校舎は使えないかもしれない」


 それを聴いて、二人が慌てだした。


「え……、それ、困るんだけれど‼ だって新校舎が使えないってなると臨時で、こっちの校舎の教室とか使うって話になるんじゃないの⁉」


 完全に女子二人が”え──っ”って顔をしている。

 大量の学生達に、ここが曝されるのが余程イヤなのだろう。

 ま、分からんではない。


「ツラの皮が厚いこと頼んじゃうけれど、天体望遠鏡みたいに直すってわけにいかないですかね?」


 難題だったらしく、小さな女の子が小首をかしげて困った顔をしている。

 やがてふるふると頭を横に振った。


「やっぱ、デカいから難しいですか……」


 それにも頭をふるふるとしている。

 どうやら、そういう問題ではないらしい。


「星野、違うよ。座敷ちゃんは直してあげたいんだけれど新校舎に思い入れがないから具体的な履歴に繋がらないんで出来ないのよ。この部屋みたいに“自分のイメージと空間自身に状態の長い積み重ね”がないと無理なの」


 どうやらファンタジックな理由ではなかったようだ。

 破損前のイメージを持てないから直せないみたいなことだろうか。


「適当でもいいなら、わたしがやる?」


「え…………」


 軽く明日乃は言っているが、先ほど以来、割り切った後の彼女の能力の底が全然見えない。


 彼女自身は怖くはないが、能力が全く分からないことにはリスクの幅も、何かの能力を使っていいかの判断も出来ないのでかなり困ったことである。


「適当って、どんな感じに直すつもりなんだ?」


「んー、割れたガラスとかは面倒くさいから、そのまま放置。壁のヒビについては骨組みの状態を衝撃受ける前との差をザックリと比較して、問題がなければヒビが分からないようにする程度のつもりだけれど。どお?」


「まだ、全然よく分からないんだが、透視するってことかい?」


「ううん、違う。被害前と後の空間を比較するだけ」


「あ──、んん──、なるほど? で、実際の修理はどうやる?」


 そこで彼女は苦虫を甘噛みしたような微妙な表情をした。

 どうも方法がまともじゃないのか、または代償でも必要なのか。

 あまりいい予想が湧かないが、今は部室の窮地だ。

 新校舎を救う為に多少のことは仕方がない。


「星野だから逆に言いたくないんだけれど……どうしても聞く?」


「これからのことを考えると聞いておきたいな。難しいことなのかい?」


 海人は自分には言いたくないの意味がよく分からなかった。

 ここまで地球人類とは違う能力を部分的とはいえ見せられてきても、別に彼が彼女を避けたことはない。

 それは、明日乃も薄々だろうが理解しているはずだ。

 それをしてなお、言い渋らなければならないとは。


「あの、言ったらどうなっちゃうのか分からないけど……嫌われたら……怖いな……」


「大丈夫‼ 宇宙人のテクノロジーだろうが、超音速での左官だろうかオールオッケーだから」


 (もう今更、なんでもどんとこいだ。彼女の正体が露になっても気持ちは変わらないし!)


 するとモジモジしながらも、意を決したのかついに話出した。


「あのね、星野にはいろいろ分かっちゃうかもしれないけれど、本当に嫌わないでね。ええっと……物質生成で修理するよ」


 海人は「うん、そうか」とだけ言っておいた。

 しかし、心の中では完全に膝から崩れ落ちていた。


(明日乃は、生物ですらなかった‼)


 物質生成は、まともに何かを生み出そうとするならば、人類が今まで使ってきた全てのエネルギーの総和よりも遥かに莫大なエネルギーを必要とする。

 ましてや、それを周りに何の影響も出さずに、狙った物質を任意に、しかも意図した場所に生成するというのは何らかの複数の法則そのものを直接操作出来なければならない。

 しかも、それを校舎の壁の修理程度にお手軽にやろうとしているのである。


 海人は一瞬、めまいと頭痛がした。


 だが、三秒後には全然平気になっていた。

 何故なら、彼はアニオタ耐性も極度に高いため、こう考えたのだ。


『何が擬人化しているのかまでは分からないけれど、それなら戦艦やら戦闘機が女子になっているアニメとナンボも変わらなくね? むしろウェルカムなんじゃね?』


 つまり、明日乃未来とは”そういう人である”という理解の方が話が早いと即断したのだった。それはそれで、どうかしている話だと海人自身も思わなくもないが”星野海人とは、そういう人である”と自分を定義すれば、少なくとも彼の中だけでは整合がとれた。


(……それに、どうであろうが彼女は彼女だ)

 そう考えたら逆に今までよりも明日乃のことが更に特別に思えてきた。

 また、経緯からいっても、これは明日乃の秘密のひとつでしかないのだろう。

 こうなったら、彼女の何がどの程度のものかを知ってナンボだ。


「それじゃあ、僕の前で物質生成で修理するのをみせてもらうことは出来る?」


「全然問題ないよ? すぐにやっちゃう?」


 即答できるほど簡単なことではないはずなのだが、この際、自分の中での整理は後回しにして、どんな過程を経るのかを観察がてらやってもらうことにした。


「じゃあ、お願いしようか」


「うん!」

 海人が全く動じないどころか興味をもってくれていることを察して、俄然ヤル気もでたらしい。

 しばらく新校舎をじっとみていたが問題がなかったのか、彼女が指をくわえて見ている間に問題個所の壁のヒビ部分からチリチリと光が漏れ出て、見る間に塞がった。


「え、今ので終わり?」


「うん。終わり」


 海人は、あまりにアッサリ終わってしまったので余計なことをいろいろ想像しだした。


(これ、光が見えたってことはやっぱりエネルギーから質量を作り出したって解釈でいいんだよな? でも、あんな少ない光? ああ、可視光だけじゃなく他の高エネルギー線が大量に出ているんだろうな)


「ねぇ、星野」


(ということは……えっ、まさかガンマ線が大量に出ていたってことも⁉ わあ、そりゃマズイや。えらいこと頼んじゃった。致死量確定だな。まいったなあ)


「ねぇ、星野ってば!」


 何か話したかった明日乃に海人が返したのが

「なあ、明日乃‼ 僕は、これから死んじゃうのかな⁉」


「は……え……?」


 どうやら、海人は物質生成に伴ってガンマ線バースト並みの高エネルギー線が発生して、それを浴びてしまったんじゃないかと思ったらしい。


 座敷わらしが物質生成の一部始終を見ていて”ほ──っ”と感心している。


「壁を直したくらいで死んじゃうなら大工や左官屋はどうなるのよ。そうじゃなくて、そうじゃなくてさ……」


 なんだか少ししょげている様に見える。

 どうやら地球人類ではない動かぬ証拠を見せてしまったことで、海人の気が変わったのかを心配しているようだ。


「なぁにを心配してるんだよ。君が何をしても、今までも、そしてこれからも何も変わらないよ」


 あれだけのことをやれてしまうのだから、その気になれば海人の脳が何を考えているかを知ることだって出来るはずだ。

 場合によっては記憶の書き換えだって普通にやれそうだ。   

 しかし彼女は、そういうことを少なくとも海人には一切していない様に感じる。

 理由は何かあるのだろうが、そういうことをやらない彼女は信用出来ると判断した。


「なにも変わらない」と言ってくれたのが、よほど嬉しかったのか涙ぐんでいる。


「わたしさ。やっぱり、星野が好きなんだ」


 いつもなら、ここで鼻血が出るところなのだが、何故か出なかった。

 というのも、海人としては、彼女が絶対に他の人間に知られてはならないことを自分に開示してくれたのに自分は何も彼女に見せていない。

 もちろん、自分の本当の気持ちさえ。

 それが呵責となっていて、嬉しい以前に素直な明日乃と、どこか卑怯な自分という、このバランスが許せなかった。

 だが、明日乃に知ってもらう自分、伝えたい自分とは一体どこにあるのだろうか。

 彼女は、まだ人類が意味を見出していない空間の持つ履歴について詳しいようだ。

(履歴……履歴か。自分の履歴書的な物とは?)


「なあ、明日乃。遅い時間ではあるけれど、君さえ良ければ、これから僕の家を見に来ないか?」


「えっ⁉」


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