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第十一話 挑戦へのはじまり2

 海人は振動で望遠鏡が倒れるのを防ごうと急いで立ち上がった。

 直後に空気そのもので叩かれたような強烈な衝撃波が襲ってくる。


「うわっ!」と叫ぶ間もなく海人は吹き飛ばされ、屋上のフェンスに叩きつけられる。

 そのすぐ後にドゴオオォォォォォォォォォン‼ という音がやってきた。 


「がはっ……!」


 肺から空気が強制的に絞り出され、打ち付けられた全身が悲鳴を上げる。

 衝撃で天体望遠鏡は宙を舞い、そのまま校舎下の地面に叩きつけられ粉々になってしまった。

 意識が飛びそうな中、彼女の安否が気になり何とか目を開け正気を保つ。


「あ、明日乃は⁉ だ……いじょうぶ?」


 見ると、彼女はあの衝撃の中でも全く意に介さないかのように立っている。

 そしてフェンスの隙間から望遠鏡だったものと彼女とを交互に見ている海人に対し手を伸ばしてきた。


「大丈夫は、こっちのセリフよ。立てる?」


 伸ばされた明日乃の手を掴んだ海人は、立ち上がると同時に自分の頬をパチンと一発ひっぱたいた。


(こんな時に、この状況なのに! 手を握られて嬉しくなっている自分は何なんだ!)


「星野、怪我は? あと……望遠鏡が……」


「うん」とは答えたものの、短い間とはいえ気持ちをのせた望遠鏡の最後に胸が痛む。

 しかし、そういう感傷を許している事態ではない。


「ああ、僕はなんとか大丈夫。それより、今のは亀町の方向だったよね。ん?」


 海人の観察眼が無意識のうちに辺りの状況を詳細に捉えようとしていく。

 亀町の方向辺りに何か黒い小山のようなものがある。

 それと先ほどの空中放電の影響なのか、それとも別の要因か、その小山の随分と上辺りの星が部分的に陽炎に晒された様にゆらいで見える。

 続いてコントラバスとコントラファゴットを足した様な超低音の音が響いてきた。


「なんだ? 何が起こってる?」


 海人の疑問など、お構いなしのように明日乃が呟きだした。


「どうしようかな、どうしようかな……」


 何故か明日乃は怖くて慌てているというより、困って慌てているという感じだ。

 そう、うーんと唸っている感じにしか見えない。

 そして、思い悩んだ挙句、わけが分からないことを言いだした。


「ねえ! 星野、わたしどうしよう⁉」


「どうしようって、そりゃ、ここから避難してから次どうするか考えようよ!」


「ああ、違うの。そうじゃなくって! ああっ、もうっ‼」

 

 彼女が何にイラついているのか分からないが、明らかにここは危険な状況だ。

 今も最初ほどではないが、地震のような振動が周期的に襲ってきている。

 ましてや、ここは旧校舎。

 耐震性のことを考えると普通ならとっくにビビッて逃げ出しているところだ。


「明日乃‼ マジにヤバいって! 逃げようよ! なんか振動もデカくなってきてるし‼」


 彼女の手を引っ張りに行こうとするが、周期的にやってくる振動が段々と大きくなってきて、既にまともに立ち上がることすら出来ない。だが、明日乃は派手な振動の中、全然平気で立っていて髪をかいたりイライラして額に手をあてたりしている。


 そんなことをしているうちに黒い小山がどうやら、こちらに近づいてきているのが分かってきた。


 ゆっくりではあるが周囲の建物などを壊して移動しているようで、土ぼこりの様な煙もたっている。

 それから、またもや重低音の咆哮が響く。

 その音で校舎のどこかの窓ガラスが割れたような音が聞こえた。

 やがて咆哮の主の詳細が月あかりで見えてくる。

 

 形状はどうやらサイっぽいが、サイにはない、もっとゴツゴツとした体表をしているような陰影が見える。

 迫るのは推定体高50メートルほどの生物。それは、まさしく怪獣であった。


「か、怪獣だあ⁉ そんなものリアルな生物として成立するのか? おかしくないか⁉」


 腰が抜けるほど驚いている海人をよそに、明日乃はイライラが頂点に達したらしい。


「あああ! もう‼ なんなのよアレ! なんで、あんなのがこっちに来ちゃうの‼ もう、しっかたないなあ! ……星野、ごめんね。ここから先の世界、あなた、もう戻れなくなるから覚悟して」


 さりげなく、恐ろしい話をされたのかもしれない。その詳細は告げず、彼女は普通の声で、普通に何者かを呼んだ。


「エスプレンダ―、ここにおいで」


「えっ、なに、誰かと話してる……のか⁉ あれ?」


 彼らからみて南西の方向にある宇宙艦との間の空間に無音の白い閃光が走る。

 そこから円柱状の光が生じると、人型のものに光の粒子が集結していく。

 やがて光が消えると、その人型のものは、みいさと高校のグラウンドに降りようとしていた。


「ちょっと! そーっと降りなさいよね!」


 見るとどうも、普通にアニメで観るようなヒーローロボット的なものが音もなく降り立とうとしている。体高は怪獣よりも倍はあろうか、相当大きい。

 これだけデカくて質量もあるだろうに、よくも静かに来れたものだ。

 その巨大なロボットに、今度は何故か明日乃は当たり散らし始めた。


「もう! こんなの全然よくない! ちっともよくない! 雰囲気よくないっ‼ 全部、アイツがぶっ壊した‼」


(えっ? えっ? なに、これ。怪獣とロボット⁉ どっちも、どっから来た⁉ なんなんだ⁇ 明日乃が怒ってるのは⁇ 怖がってるの俺だけ⁇)


 さっきまで海人は腰を抜かしそうだったが、今は腰が抜けた。


「ラ……じゃなかった、明日乃くん。怒ってないで、どうするんだアレ?」

 そのロボットは、振り返り気味に普通に話しかけてきた。


「しゃべっただあ⁉ しかも日本語!」


 するとロボットは、今度は海人に話しかけてきた。


「ん? おお! キミは、もしかして星野海人くんかい? 話は聞いていているよ。はじめまして、私の名前は」


「エスプレンダー‼ 自己紹介とかいいから、あれ。なんとかしてよ!」


 エスプレンダーと彼女が呼ぶロボットは、ゆっくりと向かってくる怪獣を再度見た。


「あれを? 私が? 何故、自分でやらない?」


 海人が割って入る。

「えっ? ちょ、ちょ! 誰が、何をどうするって話をしているんだ?」


「星野は黙ってて! 今、その誰が何をどうするって話をしているんだから!」


「そうだぞ、星野くん。人が話している最中に自分勝手に話を始めちゃダメだぞ?」


「そんな説教とかは、どうでもいいからアンタやんなさいよ!」


「いや、私がやったら辺り一面、大被害だ。あんな、ただの怪獣なんかより余程酷いことになってしまうぞ。だから私は明日乃が自分でやればいいと最初から言ってるじゃないか」


「わたしは‼ 今‼ 忙しいのっ‼ 自衛隊とか来る前に、アンタがどっか持ってって何とかしてよっ‼」


 癇癪を起す女子高生にロボットは、ため息をつきながら返事をした。


「へいへい。つまらん用事だ……では星野くん。また、そのうち会おう!」


 そう言うと、ロボットは派手な爆風もなく飛翔すると、すぐに怪獣の前に着地する。

 しかし、その着地は、ここに来た時とは違って怪獣を上回る程の派手な爆音と振動をもたらした。途端に新校舎の方からメキメキッと嫌な音が響く。


「あの馬鹿……」


 舌打ちをしながらも腕を組んでロボットが怪獣を真正面から鷲掴みにしているのを見ている。格闘する振動がビリビリと響く中、彼女は後ろを振り返りもせずに話しかけてきた。


「星野。ひいたでしょ?」


 海人が返事をする前に彼女は続けた。


「いいよ、ひいても。ある程度はバレちゃってたっぽいしね。なんか……ごめんね」


 ロボットが、そのまま怪獣を持ち上げると怪獣の全容が見えた。

 4つ足で、本当にサイが巨大になった感じなのだ。

 ただ良く見えないのだが、どこかサイだけじゃない甲殻類っぽい感じもする。


 重量がある為、ロボットの指が表皮に食い込んで破片らしきものがバラバラと落ちていく。メチャクチャに暴れる怪獣をものともせず、ロボットはそのまま上昇して南の空に消えて行った。


 それらを一通り見てから振り返った明日乃は、うつむいて半泣きの状態だった。


「明日乃、なんで泣いてるんだ?」

 明日乃は肩を震わせながら、ただ黙って立っていた。

 唇をかみしめて、大泣きしたいのを我慢している。


「だって……わたし、普通の高校生でいたいだけなのに! 誰かしらないけれど、あんなのが出てきちゃったら、もう普通の生活が出来なくなっちゃう! そんなの……そんなの嫌だよぅ……」


 声が震えて、言葉にならない声が漏れる。

 ついには座り込んで、わあわあ泣き出してしまった。


(今の僕らの関係性では、よほど正体を知られたくなかったんだな。

とはいえ、今までの彼女の雑な隠ぺいの仕方からみると、いずれは話そうとは思っていたんだろう。

ただ、何者かのせいで強引にこんな事態になって、僕に嫌われて、更に他者にも話をされてしまうとか面倒で嫌なことばかり想像したんだろうな。

もし、そんなことが起こった時は、きっと彼女は、ここにいられなくなるだろう。

それは、僕も絶対に嫌だ!)


 ポロポロと大粒の涙を流して泣きじゃくる彼女の隣にしゃがんでみる。


「なあ、明日乃。今、起きたこと。それと、これから起きることも全部、秘密にしないか?」


 肩がビクッとして、泣き顔の明日乃が海人の顔をみた。


「え……、いったい……どういうこと?……」


「言葉のままだよ。幸い、僕も君も今日、天体観測をするために旧校舎の屋上にいることやロボットと君が何らかの関係で話をしていたこと、全て誰も見ていない」


 足を組みなおして、明日乃の隣に座りなおすと自分なりの考えを伝えた。


「だから僕だけが黙ってさえいれば、キミは何も心配いらないはずだ。違うか?」


 これは海人にとっては、かなりリスクが高い話だ。

 さっきの怪獣騒ぎの時点で、何者かが意図を持って地球に侵入していることはハッキリしている。

 だが、それは明日乃未来についても全く同じであり、もし彼女が地球に対しての敵性種族だった場合には、何をするにも星野海人を消すことが一番手っ取り早い。


 明日乃は、スンスン言いながらも泣き止んだ。


「……ほんとに?」


「本当に」


「……いろいろ見ちゃって、嫌いになってない?」


「全然? なんで嫌いになるんだ?」


「……だって、怖かったでしょ? 望遠鏡も……壊れちゃったしっ!」

 そう言うなり、また泣き出してしまった。


「それは、君のせいじゃないだろ。確かにカイザー型が粉々になったのは泣けてくるけれど」

 なんだか言ってる海人までつられて泣きそうになってくる。


 すると明日乃は、泣きつつもいきなり立ち上がった。


「わたし……望遠鏡、直るか見てくる!」


 だが、粉々になった光学機器は決して元には戻らない。

 気持ちは嬉しいが更に悲しくなるだけだ。


「明日乃、無理しないでくれ。いいんだ。もう、それはいいんだよ」


「でも!」


 あれは星野が凄く嬉しがったもので、と言おうとしたが、しょげかえっている海人を置いていく気にもならなかったのだろう。


 立ち尽くす明日乃の後ろでは亀町からのパトカーと消防のサイレンの音が聞こえていた。

 そして、空に眩く輝く星がひとつ現れたかと思うと、それはすぐに消えた。


 明日乃のスマホから着信音がした。

 すぐに取り出し、見ている。


「怪獣の処置、終わったって」


「それ、誰か……あーっ? そういうこと? ロボットってLINEとかやるんだ?」


 海人の変なツッコミに、ようやく泣くのを止めて海人から前にもらったハンカチを胸ポケットから取り出すと涙の跡を拭いた。


「それと、もうひとつ。怪獣を持ち運ぶ時に付近に地球人じゃない怪しいのが2人程いたって。そいつらみたいね、ろくでもないのは」


 それを聞いて海人は考えはじめた。

 どうもおかしい。

 特撮じゃないのだから50mの生物は二人程度でどうこう出来るようなことではない。

 そもそも、怪獣はどこから来たかを自分が目撃したことから考えるとおぼろげながら、彼の中で仮説が組み上がってきた。だが、それには証明が必要だ。


「どうする? 亀町に行ってみる? 状況からいって徒歩以外は無理だろうけれど」


 恐らく道路は、乗り物では接近出来ないような状態だろう。

 電線が切れているので漏電を防ぐためもあり、既に大部分の灯りが消えている。

 場所によっては上下水道が踏み抜かれて水浸しになっているに違いない。

 火災も起きているようだ。

 空は既に陸自のヘリ以外に報道関係のヘリだらけになってきた。

 空自の戦闘機も飛んでいる様で昼間よりも騒がしいくらいだ。


「ん~……ちょっと待ってくれる?」


 明日乃は両目を閉じ、腕を組んだ。

 ただ、黙って立っている。あまりに長いこと黙っているので声をかけてみる。


「どうした? 考えごとかい?」


「もう少し待って。……ははーん、言っていたのは、こいつらね……。ん? このビルは……古いね……」


 何かを使って見ているようだ。仕組みすら分からないが最早、彼女が何をどうしていようが驚きようもない。


「んー、ここまでが限界かな。えーとね、急がなくて大丈夫よ。さすがに今は現場が混乱していて私達がウロウロするのはどうかと思うから、明日以降で行ってみない?」


「あえて探った方法は聞かないけれど、その怪しい二人組を見ていたのかい? 行方がわかったんだ?」


「うん。別にドローン飛ばしてもよかったんだけれど、その代わりになる報道のヘリがいっぱいいたから助かっちゃった」


 全然分からない理由だったが「わかった」と言っておいた。

 ともかく諸々が明日以降に持ち越しになったお陰で、やっと周りを落ち着いて見回すことが出来た。

 どうも、新校舎の方は怪獣の衝撃で窓ガラスが割れているだけではなく、壁にも亀裂が入っている様にみえる。

 宿直の人だろうか、懐中電灯の灯りがチラチラと動いているのが見える。

 酷い惨状にどうしたらいいか戸惑っているのだろうか。


 では、旧校舎の方はどうなのだろう、と手すりから下を覗いてみると、何故かなんでもなさそうだ。

 ふと、望遠鏡が落ちた辺りも見たが、さっき確かに落ちて粉々になったはずの望遠鏡は何故か破片すら見当たらない。

 風も吹いていないのに、屋上の空気が妙に澄んでいる気がした。


「あれ? 望遠鏡が無くなってる」


「えっ、あ、ほんとだ。ないね?」


「あのさ。変なこと聞くけれど、君、なんかやった?」


「まだ、何もしてないよ?」

 これも変な答えが返ってきた。


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