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第十話 10挑戦へのはじまり1

今までの長いキャラクター紹介は終わりました。

この第十話からが、この小説のストーリーの始まりとなります。

 天頂方向なのでダイアゴナルプリズムを挿したついでに広視野から惑星観望に向いた、やや倍率高めのアイピースに差し替える。

 微動ハンドルでピントを合わせると丁度いい具合にガリレオ四大衛星までが視野に納まった。


「なかなかいいと思うよ。見てみて」


 そう言われて明日乃は観測モードになったのか、やっと顏から手を降ろし、おずおずと望遠鏡に近づき覗き込んだ。手や顔が触れぬよう慎重にアイピースに瞳を近づけると丸い視界の中には、縞模様のある天体が小さな白い四つの点と共に真っ黒な背景の中に浮いているように輝いていた。

 その光景を明日乃はじっと見つめている。


「しばらく観るなら、このフレキハンドルを少しづつ動かせばいいからね」


 そこからフレキハンドルを動かして視界の中央に木星を捉えながらしばらく見ていたが、ふと呟いた。


「ねえ……。ここに行ってみたいとか考えたことある?」


 木星は今の人類には絶望的に遠い天体だ。その手前の火星に行く算段どころか、ようやく月に対して本格的なアプローチが始まる段階で木星まで行きたいかというのは方法も含めてなかなかに答えずらい。


「お、木星が気に入った? そうだなあ、木星は有名なSF作品の舞台にもなっているからね。でも、僕はわりと小さい頃から宇宙のどこにでもいいから行ってみたいとは思っててさ」


「星野なら絶対に行けるよ」

 幾分、食い気味で返事がかえってきた。


「星野なら行ける。だって、宇宙、好きなんでしょ? 本当は見ているだけじゃ物足りなくなっているんでしょ? 本音では絶対に行きたいんでしょ?」


 いったいどうしたのか望遠鏡から離れた彼女はまるで海人から何かの答えを引き出すように矢継ぎ早に問いをたててきた。それをなだめるように落ち着いて返答していく。


「そうだね。行きたいさ。でもね、実際にはたった百キロの高度の弾道飛行するのに旅費が二千万円と言われているんだ。とても僕には……。地球が丸いことを八分間観て数分の無重量を経験するだけで、そんな大金が消えていく。今の地球の厳しい現実だよ」


「二千万円……」


 彼女は金銭的な価値には全く興味がない。

 ただ、その金額を彼が絶望的と考えている(現実)の重みとして受け止めたようだ。

 そして少し黙り込んだ後、ふっと顔を上げて海人を見た。

 その蒼い瞳は、確かに不思議な力が宿っているように光っている。


「星野さ、お金だけが宇宙へ行ける唯一の方法なの?」


 何か言いたいことを自分ではなく海人に考えさせているようでもあった。


「そこなんだよなあ。僕が天才的な頭脳の持ち主だったら、また違ったんだろうけれど。普通の人間には残念ながら……。お金は人類が生み出した最も罪深い魔法だよ」


 “なぁーんだ、そんなことか”とでも言いたげに彼女はいたずらっぽく笑う。

 その笑顔は月夜の中で不思議と輝いて見えた。


「その魔法は、人類っていう枠の中でしか通用しないんじゃない? もし、枠の外から来た魔女がいたら……その魔法、全部無効にできちゃうかもよ?」


「そっか。そうかもね。それなら、もし……君がその魔女だったとしても僕は宇宙に行きたいとは、すぐには言わないかな」


 絶対にすぐにでも行きたいはずの宇宙に行かないという意外な言葉に明日乃は驚いた。


「どうして?」


 何の問題があるの? と続けたかったのだろうが何か重大な問題が潜んでいるのを察したか押し黙る。


 海人はどうにも言いにくそうにしていたが、やがて重い口が動き出した。


「……宇宙に行きたい気持ちはある。ずっと小さい頃からの夢なんだ……でも、今のままじゃチャンスがあっても、とても行けそうにないや。でも──」


 その目は明日乃をみて言った。



「キミが行くなら僕も行く」



 その真っ直ぐな言葉に、明日乃は息を呑んだ。

 いつもは科学の話以外は、どこか自信なさげにしている彼が「キミが行くなら僕も行く」と迷いなく言った。いろいろなことを状況から汲んでの彼なりの決意の言葉なのだろう。

 その一言が彼女の心の奥深くに突き刺さる。


 夜風が二人の間を吹き抜ける。彼が抱える純粋で大きな夢。


 それを聞けたことが、何よりも嬉しかった。

 その夢に自分が存在していることも。

 自然と笑みがこぼれ、その表情は今までにないほど優しい。

 彼女は静かな声で呟いた。


「だったら絶対に行かなきゃね。二人で。どんな手段を使っても」


「ありがとう。でも今は、その気持ちだけで充分だよ」


 そう言って、笑いながらも少し寂しい表情になっていった。


 その表情の変化から明日乃は気がついてしまった。

 彼女は勢いをつけるつもりで、どんな手段を使っても宇宙にいくぞ、オー!みたいな応援のつもりで言ったのだが、逆にそれが海人に実行手段を想起させてしまい、夢を彼の現実的な枠組みの中での問題に引き戻してしまったのだ。


 しまった、と思った。


 気まずい沈黙が流れる。

 明日乃は視線を少し下に落とし、指先で制服のスカートの裾をいじり始めた。


「……充分、じゃないよ」

 ポツリと、だがはっきりと聞こえる声でつぶやく。

 その声は弱いなりにも、自分が言う意味をなんとか分かってもらいたいという現れなのか、どこか必死だった。


「わたしは、あなたと一緒に宇宙をみたいの。気持ちだけじゃダメなの」


 突然の言葉に今度は海人が驚いてしまった。

 一瞬、どう返したものかと思ったが、ここで自分を飾っても仕方がない。もう何でも、深く考えずそのまま言おうと決めた。


「明日乃。今から、とりとめのない話を僕が勝手に語るから、適当にながして聴いといて欲しい」


 天体望遠鏡から少し離れてフェンス基部の段差に腰を下ろすと、明日乃もやってきて隣に座る。



「望遠鏡で宇宙を観る度に僕は何かから解放される気持ちになるんだ。

でも、それと同時に寂しくなる。

僕は人類がどこまで行けるのかを見てみたい。

もちろん、自分が宇宙を飛び回る時代まで生きることが出来たなら、それは最高だけれど……でも、そこまでいくには今の人類は稚拙過ぎる。経験も無さすぎる。

そして人生百年は僕にとってはあまりに短過ぎる……。

残り八十年少々じゃ、宇宙を闊歩する技術の進歩を待つにはあまりに短すぎる。

これを他人に話すと、十代のくせに何を夢が無いこと言っているんだと必ず言う。

こんなこと理解してくれる人はいない。

親すら忙しい。

僕に対して愛情がないわけじゃないんだろうけれど……

僕の話を、夢を聞いてくれる人はどこにもいない。

僕は、いつも一人だった」


 明日乃は黙って聞いていた。


 宇宙を仰ぐ海人と、そこから語られる彼の孤独。

 その言葉一つひとつを噛みしめている。

 緩い夜風に彼女のブロンドの髪が僅かに動く。


「そのせいか、たまに自分も他人もどうでもいいやと考えてしまうことがあるんだ……

あっ、だからなのかな、人類とか地球なんか超越した景色を観たくなるのは。

あの黒い宇宙艦が東京上空に陣取ってからは人類は宇宙で一人じゃなくなった。

それまでは人類だって一人だったんだ。

その証明が宇宙の方からやってきてくれたんだ。

だから! それなら宇宙に行けば、きっと僕も‼️ 

……あ、ごめん……ちょっと熱くなりすぎた……」


「ううん、謝らないで」


 熱く語る海人を、彼女は静かな目で見守っていた。

 その瞳は否定するどころか、むしろ共感の色を深めているようにすら見える。


「いつもと違って話は離散的だったけれど、でも、それって本音をそのまま言ったということだから、わたしは全て受け入れるよ」


 彼女は海人との距離を肩が触れ合うか触れ合わないかの位置まで詰める。

 そして、重くなった空気を換える提案をしてきた。


「ね、気分を変えていつものノリにしよっか。あの宇宙艦。みんな怖がってるけどさ。あれ、実際なんなのか——って、考えたことある?」


 こういう話題になると簡単にスイッチが切り替わってしまう単純なところが星野海人のどうしようもなくダメもであり、最高に良い所でもあった。

 その星野コントロール方法を明日乃は早くもモノにしたらしい。


「もちろん、あるよ。あの宇宙艦、ただ何もしないで、あの位置で固定だってみんな思っているようだけれど……一体、どこを見ているんだろうね」 


 会話に毒が入りだしたのをみて明日乃はしめしめと思った。

 彼女は落ち込んでいる星野ではなくオタクの能力全開の星野海人が好きなのである。

 そして今の毒は初爆みたいなもの。

 もう一息でエンジンがかかると確信すると燃料投下の質問をぶつけた。


「あれが物体じゃないって仮説、聞いたことある?」


「ちょっと待って。その話をする前に整理していくよ? まずは観測事実ってやつだ。科学の理論は観測事実なくしては成り立たない。まず、あの宇宙艦は全長約五キロ、場所にして池袋から秋葉原の辺りの空中に微動だにせず十年間いる。はい、まずここね」


 (エンジンかかった!) と確信する。

 ここからは彼の話を聴くのと同時に、どこまであの宇宙艦を観察しているのかも分かる。


「風が吹こうが微動だにしない。おかしいと思わないかい?」


 明日乃は楽しそうに聴き、意見も言ってみた。

「そうね? 浮いているのに風が強い時も動いたって話はないよね?」


「それどころか空中にいて全く動かないということは、あの宇宙艦は地球の重力から切り離されているにも関わらず、自転と公転に完全にシンクロさせて動いている状態だからこそあの場に留まっているように見えている。つまり、あの艦には意思がある」


 そこまでは割と誰でも考えつく。そこで問いのギアを彼女は一段あげてきた。


「じゃあ、ただ、浮かんでいるだけじゃなくて——あそこにいることを選んでるってこと? それ、何のために?」


「そこは、分からない。過去、あの位置の真下になにかあるのかと調査もされたが、特に何もないという結論だったよ」


「下に何もないなら、じゃあ上から? 意図的に留まってるなら、目的があるはず」



「上というのは、つまり宇宙からだよね。

あの宇宙艦がくるまでは、宇宙から我々に誰も話しかけてこない理由について、”我々しかいないから”とか、”文明の発生から崩壊までの速度が早すぎて我々とタイミングが合わないから”とか、暗黒森林論なんてのもあったけれど、あの宇宙艦がきてから、そんな話は吹き飛んで消滅してしまった。

では、何のためにきたのか。

それこそ、本人? に聞かないとわからないよ」


「——聞けたらいいのにね。もし、話せるなら何が聞きたい?」


 冗談とも本気ともつかない響き。探りとも言える内容。明日乃の本心を探ることもなく海人はそのまま続ける。


「まずは、普通に”何故、ここにいるんですか”ってとこだろうね。

でも実は、それを聞かなくても少しはヒントが既にあってね。

簡単な仮説をたててみよっか。

ひとつは、あらゆる意味での観察をしているって可能性。

これは一番大きい可能性とは思う。でも、あそこに留まる理由としてはかなり薄い。

もうひとつの可能性として、実は人類を観察しているんじゃなくて、他の何かを見ているから定点観測みたいに止まっているんじゃないかという見方。

しかも、あの艦の近くの何か。

もっと言うなら地上の何か。

そうじゃないと地球の動きに同期してまで、あんな場所に居座る意味がない」


 明日乃がどういう訳か居心地悪そうな微妙な表情になりつつも意見を言った。


「もしそうなら、十年前の飛来から今まで一切の干渉がないのも説明つくのかもね。観察対象に気づかれないようにしてる——みたいな?」


 少し誘導が入っているような、早めの落としどころを探っているような気もする解釈だ。

 だが、それを軽く一蹴する。


「いや、気づかれない為というのは無理があるよ。全長五キロのものがいつでも見える位置に留まっているのだからね。どちらかというと気づかれる為・・・いや、気づくという刹那的なものじゃなくて、ここに常時いるというランドマーク的な意味合いの方が強いよね」


 明日乃は、先ほど以来なんだか曇った顏になってきたのだが、絶賛エンジン稼働中の海人は全く意に介さない。


「じゃあ、誰かのじゃなくて──何かを誘導するためにいるんじゃない?」


「もし、あれが後続の何かの指標として留まっているなら、その後続の何かが来た時点で人類は終わるよね。でも、その心配はないと思うよ?」


「なんで?」


「理由はね、あの宇宙艦、レーダーにも映らないしレーザーポインターの反射もしない。

でも影が地表にできるし、あの下だと雨が降らない。

つまり、物体っぽい物性も見える。

でも、浮いている。

では、どうやって浮いているのか? 

科学者は反重力だ、いや、上に重力場を作って自分を吊っているとか、ダークマターで出来ているんじゃないかとか適当なことを言っているが、それは全員ハズレだね。

何故なら、あの下にいっても普通に生活できるし、何の重力の変化もない。

つまり、あれは重力とは無関係。

なのに物体にみえる。

そんな超越した存在が後続の戦力なんか必要とするわけがない。

人類どころか、その気になれば数秒後には地球自体をどうでも出来るくらいのチカラはあってもおかしくない。

それが十年も何もしないということは、そういう破壊行為が目的じゃないんだよ」


 明日乃のさっきまでの困った顔が、ついに何かを諦めたのか急に力が抜けて、逆に明るい表情になってきた。そして、しばらく沈黙した後、はぁ~っとため息をひとつする。


「星野ってさ」

 肩を完全に海人にくっつけてしまうと、一言いった。



「そういうとこ、好きだわ」



「え‼」と大きく海人が声をあげた瞬間、鼻血が出てしまっていた。


「あ……! ご、ごめん! ティッシュ持ってたりする?」


 一瞬、きょとんとして、それからさっきとは明らかに違う盛大なため息をついた。


「ちょっと⁉ 科学的な話のはずだったでしょ、今。なのになんで鼻血なのよ!」

 急いでポケットティッシュを数枚取り出すと海人に渡す。


「あ、どうもありがとう……いや、想像の斜め上の言葉を聴いたんで、びっくりしちゃって」


「わたしは、そう思ったからそう言っただけ。はい、上向いて!」


 固められたティッシュを鼻に突っ込んだ。雑だが手際がいい。

 それには、どうやら続きを急かす目的もあったようだ。

 案外、容赦がない。


「で、続きなんだけれど。じゃあ、あの艦は十年間も誰かに気づいて欲しくてあそこにいるってことなの?」


「仮にだよ? あくまで仮ね。

誰かに気づいて欲しいというのなら、その集団だか本人だかは、とっくに気がついているだろ? 

だから、そこから想像すると地上にいる何かとは、そういう組織的な何かを画策する連絡関係じゃないってことになる。

それに、僕も見かけから宇宙艦とか言っちゃってるけれど、実はあれが宇宙艦というメカニズムである証拠は何一つないからねえ。

それで、ここからは本当に勘でしかないんだけれどさ。

地上の何かとは、もっとこう……何というか、離れることを嫌うような特別な関係性とかなんじゃないかな。

例えば、樹木と果実、鳥と玉子、案外に親と子みたいなものだったりするのかも」


「……親と子ね……」


 小声で呟く彼女の目線の先には月の光も反射しない漆黒の宇宙艦があった。


「もしそれが合ってるなら——ロマンチックだね、宇宙のスケールで」



 その途端、時間が止まったかのように感じられた。

 彼女は、はっと息をのみ、これまで見せたことのない種類の動揺がその美しい顔に走るのを海人は見逃さなかった。


 同時に、みいさと市に隣接した亀町付近の空に突如として巨大な空中放電が起き、辺りを昼間の様に照らすと何かが放電の中から落下したのが見えた。


空気は悲鳴を上げ、巨大な大砲の音にも似たズドンという空気振動と共に激しい縦揺れが校舎を揺らす。


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