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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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連鎖する悲劇(5)

「ラドム、どけよっ!」


 ロムが叫ぶ。

 その声が合図となった。


 後ろから肩をつかまれた手を振り払って、少年は《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の側面に回った。

 小柄な身体を利用して彼女の視界を攪乱させるのだ。

 全体重をスピードに乗せれば、あるいは《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の先手を取れるかもしれない。

 双方多少の怪我は止むを得ない。誰かが死ぬことになるよりずっとましだ。


 凶器である少女の右腕だけを凝視して、ラドムは身体を捻った。

 しかし思惑通りにはいかない。


 左側面に回り込んだ瞬間、身を翻したアミの左手に、ラドムの身体は払われた。

 間髪入れず迫る右膝を、空中で身体を回転させて避ける。


 同時にラドムは左足で地面を蹴った。

 アミ目掛けて頭から突っ込んだのだ。

 ぎこちない体当たりだったが、予想外の攻撃だったのだろう。

 まともに受けて少女の華奢な身体は岩に激突する。


「ラドッ……!」


 肺に溜まっていた空気を全て吐き出して少女は咳き込む。


「ア、アミ?」


 後悔の声をあげて少女の身体を助け起こそうとしたラドムは、自分を見上げた彼女の表情が強張ったことに気付いた。

 薄灰の瞳に、影がちらつく。

 はっとして背後を振り返る彼の耳に、ロムの叫びが届いた。


「アミさんから離れろ! ラドムッ!」


 再び肉切包丁を拾ったロムは、それを頭上に振り被って迫っていたのだ。

 迫る刃を見据える少年の身体は驚愕に縛られ、動かない。

 硬直した瞼は瞬きすら許さず、己に襲い掛かる刃の色を、次いで舞い散るであろう血の赤を、やがて訪れる暗闇を見続けるのみ。


 ──ラドム。


 誰かが己の名を呼んだ気がした。


 同時に視界に銀色が割り込む。

 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の右腕が少年を突き飛ばし、包丁を弾き飛ばしたのだ。

 勢い余ってロムの体はアミの右腕に圧し掛かる。


 ガゴッ。


 妙な金属音と共に、アミが悲鳴をあげた。

 ロムの全体重を右腕一本で受け、肩の筋肉が悲鳴をあげたのか。あるいは関節が外れたのか?


「グゥ……アアアァッッ!」


 ガシッ。ゴリッ。

 断続的に続く金属音をかき消すかのようにアミの喉が凄まじい絶叫を放つ。


 頬を打った衝撃を、はじめラドムは気にも留めなかった。

 右腕に異常をきたしたアミと、そんな彼女を見て恐慌に陥ったロム。


 悲鳴をあげる二人をおののきの視線で見詰めていたからだ。

 しかし頬に、額に、何かの塊が当たる感触は次第に強くなっていった。


 その時だ。

 修道院の天頂のミカエルが黄金に輝いた。

 夜明けの太陽の光が反射して、海岸線の彼等を強烈に照らし出す。

 それまでの夜明けの朧な世界が、突如明確な色彩を帯びた。


 同時に真紅の塊がラドムの顔面を直撃する。

 咄嗟に眼を閉じていなければ、しばらくの間外界を見ることは適わなかったろう。


「うっ……」


 ラドムの呼吸が瞬時に止まる。

 先程から顔に、腕に、体に浴びていたのは赤い液体──アミの右腕付け根から撒き散らされる血液だったのだ。


「うぅああぁっっ!」


 アミの叫びに、ラドムの悲鳴が重なる。


「どけぇっ、ロムッ!」


 圧し掛かる男を左腕一本で押し退け、少女はその場に立ち上がった。

 撒き散らされる血の反動で、上体がグラグラ揺れる。


 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の右腕は、肩の辺りから完全に失せていたのだ。


 本人アミの神経細胞と血管を義手の接合部に組み込むことによって伝達を速める──殺された武器職人の言葉がラドムの脳裏によみがえる。


 あらぬ角度からロムの体重がかかったことで、結合部の組織の損傷とともに義手が肩から引きはがされたのだ。

 根元からへし折れたと表現しても過言ではない。

 生身のアミの肩をもぎ取りながら。


 道を転がっていく義手になど見向きもせずアミは怒りで顔を歪め、残された左手を拳の形に握り締めた。

 目の前でただうろたえる男の顔面にそれを打ちつける。


 生身の拳はロムの顔でガリッと異音を発した。

 彼の鼻の骨が砕けた音だ。


「おおぉぉぉ!」


 男に倒れる自由も許さず、アミは再び左手を振り上げた。

 その瞬間、失った右腕のせいでバランスを崩す。

 少女はふらつき、膝を折った。そのままグラリと倒れ込む。


 倒れた先に、地面はなかった。

 咄嗟の行動で側に居たロムの体をつかみつつも、銀色の姿は小さな呻きだけを残して湾に転がり落ち、満潮の荒波に没した。


「アミッ!」


 ラドムの叫び。

 手を伸ばすも、届くわけがない。

 崖から覗き込むも、夜明けの海面に銀色は最早見えやしない。

 躊躇の時間はなかった。

 少女の名を叫んで、ラドムは自ら湾へ飛び込む。


 この辺りの海は満潮時と干潮時の海面差が十四メートルもある。

 渦のような凄まじい波は、容赦なく小さな体を飲み込んだ。


 泳ぎ切るなど不可能だ。

 海中をきりきり舞いながら、ラドムはせめて銀の姿を探そうと懸命に首を振って周囲を見回す。


 しかし海は闇の世界に沈んでおり、やがて少年の意識は真の暗闇に飲み込まれたのだった。



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