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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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【第二章 隻腕の殺戮者】

 朝方とはうって変わって、ノルマンディーの海は穏やかだった。

 初冬の冷たい風も、今は緩やかに海面に小波さざなみを立てる程度。


 この湾に死体が一つ、流れ着いたのはつい半時間程前のことである。

 珍しい事件ではない。

 島民たちは落ち着いて事態に対処した。


 その人物は海の中で死んだのではなく、死んでから海に落ちたらしい。

 動かぬその顔に、水死者特有の苦悶の表情はなかった。

 皮膚がふやける間もなく打ちあげられたため、生前の姿をそのまま保っている。


 死体の顔を見知っている島民がシュタイヤーを呼びに来たことから、疲れた顔をした黒ずくめの青年は海辺へとやって来た。

 そして寡黙な彼にしては珍しく、動揺の叫びをあげたのだった。


 その死体に対して、ではない。

 起こってしまった不測の事態に、シュタイヤーはようやく気付いたのだ。


 黒の靴底が踏み締める地面──砂場から岩場に変わるその辺りに、見覚えのある棒が転がっている。

 乾いた血液がこびり付いたそれは、途中で異様な方向に曲がっているとはいえ、女性の腕を模したものに違いなかった。


 岩にぶち当たり、相当な衝撃を受けたのであろう。

 筋肉繊維とシリコンがむき出しになっている。


 修理することは可能だが、激しい戦闘には耐えられないだろう。

 それは間違いなくアーミーの義手《右腕》であった。


 海辺に安置されていたものは義手それ、それから死体が一つ。

 海草が絡まった茶髪、成長しきっていない体躯。


「…………ロム」


 鼻を折られ顔面が陥没したため顔立ちは少し変わっているが、それは昨日まで一緒にいた仲間の一人に違いなかった。

 首の骨も事故ではなく、人の力で強引に折られているのだと分かる。


 その剛力、そして鮮やかな手腕はアーミーのものと断定して然るべきだろう。


 そう言えばラドムといったか、少年の姿もない。


「クッ……、一体何が起こったのだ」


 この場合シュタイヤーにとって、ラドムの生死などどうでも良い。

 アーミーの安否が一番の気がかりだった。

 海辺の砂と岩の抉れ具合から察して、彼女が海に転落したのは確かなことだろう。


 ──もしアーミーに何かあったら……。


 湧き上がる怒りから、シュタイヤーは気楽に転がる死体を蹴飛ばしたい衝動を辛うじて思いとどまる。

 ガリルの看病に没頭し、隣り家屋の異変に気付かなかった自分が迂闊だったのだ。

 それなりに目敏く、耳聡い筈の自分が、これほどの事態を見逃していたのはおそらくアーミーの策略によるものだろう。

 自分に、と言うよりガリルに心配をかけまいと、意図的に戦闘ポイントを海に近いこんな場所に設定したのだ。


「……そういう所だけ頭が回るか、アーミー」


 低い声に滲んでいたのは苦痛の色だ。

 或いは押し殺した笑いだったろうか。


 歯車が狂い出した。

 十数年順調に動いていたそれが、今になって突然……。


 そもそも事の起こりは昨日。


 武器庫が爆撃を受けた。

 《武器庫ヴァッフェン・カマー》メンバーはここで働き、ロムの家で食事をとり、休む。


 酷いことに、ほぼ全員がそこに居る時に悲劇が起こった。

 元々、爆発物を大量に保管している倉庫兼作業場だ。

 一回の砲撃をきっかけに、あの建物が大爆発を起こすのは必然。


 武器庫は崩壊し、さらに不審なドイツ兵により武器商人ガリル・ザウァーは大怪我をした。

 アーミーは行方不明。

 築きあげてきたものが、たった一日で全て壊れた。


 シュタイヤーは唇を噛み締める。

 背後には、岩の要塞のように聳えるモン・サン=ミシェル修道院。

 そして目の前に広がる広大な海。

 自分の無力さ、小ささを噛み締めるのにこれ以上の装置はあるまい。


 シュタイヤーは穏やかに揺れる水面をただじっと見詰めていた。

 かつてモン・サン=ミシェル島と大陸の間に橋がかかっていなかった時代は、何千人もの巡礼者たちがこの海の渦に巻き込まれ命を落としたという。


「アーミー、生きていてくれ」


 身体能力がずば抜けて優れている彼女とはいえ、片腕を失くした状態では生存の可能性は著しく低い。

 出来ることならすぐにでも近くの海岸を探しに行きたい。

 どこかに流れ着いているという僅かな望みに掛けたいのだ。


 しかし、現在の状況ではその行動は許されない。

 夕べアーミーにはああ言ったが、ガリルの傷はひどい状態だった。

 刃に底意地の悪い毒でも塗ってあったのだろう。傷口が化膿したのだ。


 腕が変色し、完全に感覚を失くしてしまっている。

 一刻も早く病院に連れて行かなければならないというこの状況で、アーミーの捜索は断念せざるをえない。


「すまない、アーミー……」


 黒ずくめの青年は妹分の沈んだ海に背を向けた。

 ──彼女が産まれた日を今でも思い出す。

 誰よりも喜んだのは自分だ。

 悲劇の予感は何もなく、成長していく彼女を見守るのを楽しみにしていた。


 悔恨の暗い面持ちでその場を後にしながら、シュタイヤーは上着から小さな装置を取り出していた。

 真実を知った時、彼女が自分を許すとは思えなかった。

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