連鎖する悲劇(4)
「ガリル・ザウァーを殺そうとしたやつは、生かしておけない」
「アミさ…………」
こんな至近距離で間合いも何もない。
彼女の一突きでロムの心臓は砕かれる筈だった。
「アミさん……聞いて、くれ……」
ダメだ。
少女の拳が唸りをあげる。
全てを諦めて咄嗟に目を閉じたロムの心臓は、次の瞬間、容赦なく潰れている筈だった。
しかし、その衝撃はいつまで経ってもやってこない。
恐る恐る目をあけた彼の眼前で、銀の少女が呻いていた。
臓器を突き破る感触を待ち焦がれていた右手には、細い腕が二本絡められている。
渾身の力を使って彼女の凶行を止めていたのは淡い金髪の小柄な少年──ラドムであった。
「何やってんだよ、アミ!」
「どけ!」
戦士である彼女にとっては、目視よりも反撃が先んじていた。
攻撃を邪魔する存在を振り解き、突き飛ばしたのだ。
腕にしがみ付いていたのが小柄な体躯の少年であると気付いた時にはもう遅い。
ラドムの身体は壁を突き破り、表の道路に叩き付けられていた。
「ガフッ……!」
塞がり切っていない腹の傷に激痛が走り、傷付いた気管が血の泡を吹く。
それでも少年はよろよろと立ち上がった。
「アミ、目の前をよく見ろ」
強い光を放つ紫の眼に見据えられ《鋼鉄の暗殺者》は僅かにたじろいだ風だった。
「ラ、ラドム、ごめん」
ロムから視線を外さず、それでも彼女は壁に開いた穴の方へと躙り寄る。
「ラドム、いつからここにいた?」
「僕は隅っこの床でずっと寝てたよ。包丁が飛んできて目が覚めたんだ」
それはかなり長いこと寝てたんだな──そう言われラドムは赤面した。
夢うつつにアミとロムの緊迫したやり取りが聞こえていた……ような気はする。
だが直ぐ側で命のやり取りが行われていようとは夢にも思わず、眼前に刃物が飛んでくるまで寝こけていたのだ。
彼とて怪我人で、しかも日中あんなに移動して体力が削られていたのだ。無理もない。
「……そのまま寝てればよかったのに」
壁の穴を使ってアミが外へ出て来たのは、別にラドムの側へ来ようとしたわけではないようだ。
少年の安否には頓着せず、銀髪を優雅になびかせながら、家の裏手すぐの海辺へと走り出す。
この騒ぎを隣りのガリル・ザウァーに聞かせたくない故の行動だろう。
「今のうちだ。ロム、逃げろ」
逆上した今の彼女に喧嘩を売っても如何ともしがたい。
暫く頭を冷まさせて、それから説得を試みるのが賢明だとラドムは判断した。
ゆっくり時間をかけて両者の行き違いを納得させ、誤解を解くのだ。
しかし頭に血が昇っていたのはアミだけではなかった。
「アミさん、待ってくれ。聞いてくれ!」
少年を押し退けるようにして、ロムが彼女の後を追って駆け出したのだった。
「ロム、待てよ。人の話……」
──聞けよ……。
語尾は空しく消えていく。
ぼやきながらラドムも二人の背を追った。
腹の傷口が痛くてたまらない。
アミに投げ飛ばされた際に全身を強打した衝撃も、満身創痍の今の身体には深刻だ。
ただの喧嘩であれば、いくらアミが絡んでいようとも放っておく。
しかし殺伐としたこの状況を見逃すわけにはいかない。
放っておけば血を見ることは明らかだ。
「アミ! ロム!」
ゼェゼェ喉を鳴らして、ようやく追いついた先には夜明けの湾が開けていた。
辺りに風を遮る遮蔽物はない。
ふらつけば人の体など簡単に巻き上げられ、満潮の荒波に猛る海に真っ逆さまに吸い込まれるだろう。
数メートルはあろう崖の下からは轟音が響いている。
滝が落ちるようなこの音は、急速な潮の満ち引きにより生じる渦に違いなかった。
砂地を踏み締め、自分の足場を整えたアミはそこで殺人対象を待ち構えていた。
普段はあまり頭の回らない彼女が戦闘に関しては天才的な閃きでもって、どんな状況下であれど自身の優位を導き出す。
「アミさん、こんな所にいちゃ、いつ死ぬか分かんねぇ。おれと一緒に逃げよう!」
なのにロムは彼女に駆け寄った。
何も見えてはいまい。
《鋼鉄の暗殺者》の間合いに、無防備にも自ら飛び込んだのだ。
「止めろ、アミ!」
少女の全身の筋肉が、次の瞬間の攻撃に備えて緊張する様を見て、ラドムは両者の間に飛び込んだ。
ロムを庇うように両手を広げて、彼の前に立ちはだかる。
「そこをどけ、ラドム」
少女の拳に目一杯の力が込められた。制御しきれないかのように震えている様を正面に捉えながらもラドムは首を振る。
「ロムは仲間だろ! あんなことがあって、今はちょっと混乱してるだけだ。何も……」
そこをどけ──もう一度アミが怒鳴った。
「さもなきゃ、ラドムも殺す」
わたしの腕ならキミの体を貫通して、ロムも仕留められる。
「クッ……」
少年は唇を噛んだ。
彼女が本気で言っているのは分かった。
まともじゃない。せめて背後のロムが真っ当な判断力を取り戻してこの場から逃げてくれればいいのだが、しかし彼も正気を失っている。
少女の元へ近付こうとラドムの背を押してくるのだ。
それを阻みながらも、十四歳の自分の力の限界は見えていた。
体力が尽きるか、二人のうちのどちらかに押し退けられるか……。
そうなれば次の瞬間、ロムの心臓が叩き潰されるのは分かっている。
ラドムは意を決した。
「アミ、僕は退かない。アミに助けてもらった命だ。今ここで終わっても構わない」
「ラドム、そこをどけ」
わたしは本気だ、とアミは腰を落とす。
下半身のバネを使って一気にこちらに詰め寄る体勢だ。
まるで暴走した殺人兵器だ。
言葉による説得など、彼女には最早通じないとラドムは悟る。
眼前の少女から湯気のように立ち上る殺意をひしひしと感じながらも、自身も両足を踏み締めて全身に緊張を走らせた。
殺人兵器を止めるならば、自分も相当な覚悟が必要だ。




