009 美味しいものを一緒に
それはネネが公爵夫人になる前の出来事のことである。
アレクサンダーの依頼で公爵領の遺跡を探し当てる仕事を請け負っていた。
(変ね、このあたりと思ったけど)
森の中、地図をみながらネネは眉をしかめた。
印をつけた場所はこのあたりであるが、遺跡らしい痕跡が見当たらない。
「ねぇ、ネネ?」
後ろから声をかけられてネネはぞくっとした。
慌てて振り返るとアレクサンダーがにこにこと笑っていた。
「きゅ、急に後ろに立つのはやめてください。というか何でここにいるのですか?」
森へ出発したときは二人だった。
ネネと、公爵家が用意してくれた護衛騎士だった。
長い間、一人で遺跡探索していたネネとしては護衛の必要性は感じなかったが、アレクサンダーは許さなかった。
——「領地内は荒れていて、魔物が出る。盗賊もでる。護衛を必ず一人はつけなさい」
いつもへらへらしているのに、ネネの安全に関しては頑なに譲ろうとしなかった。
(その護衛が、気づけば雇い主に代わっているなどありえるだろうか)
ネネは困惑しながらアレクサンダーを見つめた。
「交代したんだ。そろそろ、ランチタイムだろう? 町の方へ食べてくるように言ったよ」
「そうですか」
理由になっていないアレクサンダーの答えに、ネネはますます困惑した。
「ほら、ランチはここでしよう」
アレクサンダーはちょうどいい場所を見つけて、マントを敷いた。
「そ、それじゃあ」
ネネはアレクサンダーに促されるままマントの上に座る。
背負っていた荷物から簡易食を取り出した。朝のうちに作った蕎麦粉のパンにチーズとベーコン、きゅうりを挟んだものだ。
(彼がパトロンになってくれたおかげでランチが豪華になったのよね)
きゅうりは高級食材であり、なかなか手に入れられなかった。簡単なパンに、燻製にした肉類・乳製品を挟むものがスタンダードなものだったが、今は贅沢にきゅうりを入れることができた。
口を開こうとするととなりから視線が気になった。
「何ですか?」
アレクサンダーが目を輝かせてネネの手に持つものを見つめていた。
ランチタイムなのだから、アレクサンダーも自分が持ってきたお弁当を食べればいいのに。
「あの時食べた蕎麦粉のパン、美味しかったな」
「……それはどうも」
アレクサンダーであればもっと美味しい、やわらかいパンを食べられるだろう。
何を羨ましがっているか理解できなかった。
「私にもくれないかい?」
意図に気づかれないと思ったアレクサンダーは直接的に言う。
パンを口に入れて、思わずネネはむせた。
「は……はぁ?」
ネネはアレクサンダーの目を見た。
冗談で言っているように見えず、ますます理解できなかった。
「こんな粗末なもの食べて何になるのですか?」
高級なものといえばとネネはパンの中に挟まれているきゅうりを見た。
「まさか、きゅうりを狙って」
元々彼の家からもらった食材の為、彼に還元すべきだと頭でわかっているがネネは拒絶した。
「違うよ。君が作った蕎麦粉のパンが食べたいの」
「なぜですか?」
「美味しかったからだよ」
嘘を言っているようには見えない。
「こんなもの、食べて何になるのです」
「こんなものと言わない。すごく美味しかったのだから」
アレクサンダーは真面目にパンを褒め称えた。特に嫌味などは感じない。本当に、心から思っているようだった。
「私のご飯はこれだけですよ。もう口につけましたし」
「それなら私のお弁当をあげよう」
アレクサンダーは自分のお弁当箱を開いた。目の前に広がったのは骨付き肉に、ふわふわの真っ白のパンで作られたサンドウィッチである。
豪華な代物だ。
これがあるのに、どうしてネネの貧相な弁当を食べたがるかわからなかった。
「うぅ」
骨付き肉はとても美味しそうだ。
ネネはよだれが出てきて、手で口を隠した。
「さぁ、お食べ。そして私にそのパンを寄こすのだ」
「ば、バカにして。私が貧乏だからって、そんな比較対象を見せびらかして……うぅ」
ネネは目の前の美味しそうなお肉に負けて、アレクサンダーに自分の弁当を差し出した。
甘だれがついた骨付き肉はとても柔らかくて美味しかった。
公爵家に雇われてから気軽に肉を摂取できるようになったが、公爵家令息のお肉は格別だった。
「おいしぃ」
悔しいと思いながらもつい口にしてしまう。
「うん、とっても美味しいね」
アレクサンダーは嬉しそうにネネのお弁当を頬張った。
しゃきしゃきときゅうりを咀嚼する音がする。
「ネネ」
アレクサンダーはネネの名前を呼んだ。
いつの頃か、彼はネネを呼ぶようになった。
(別に気にしないけど)
実家が没落してから、ネリーネイオミという名前はネネにとっては大仰なもので、もうほとんど使用されることはない。
だが、アレクサンダーが呼ぶ声は胸がぽかぽかとした。
彼の呼ぶ声があまりに優しくて、甘酸っぱい。
アレクサンダーは手を伸ばし、ネネの口元についたたれをぬぐった。
「これからもいっぱい美味しいものを一緒に食べよう」
それがアレクサンダーからのアプローチだとネネはまだ気づかなかった。
「没落貴族の令嬢をからかって何が楽しいの!」
ネネは顔を真っ赤にしてアレクサンダーを詰った。
アレクサンダーは目を細めて、怒るネネを見つめていた。その視線はとても温かいもので、彼に見つめられると耳の先まで熱くなっていくのを感じて歯痒かった。
手持ち無沙汰にネネは足元に触れた。木の根っこが感じられて、その端に固いものが感じられた。
「?」
ネネは立ち上がって、マントをひっくり返した。根っこの先で感じた固いものに指で触れた瞬間に、ネネの頭の中でバチリと走るものを感じた。
長い間の訓練の成果なのか、ネネは遺跡の破片に触れるとそれだとわかるようになっていた。
「あった!」
ネネは道具を取り出して、丁寧に土を掘り上げる。固いもの、遺跡の破片を傷つけないように。ときには刷毛を利用してみて形を確認した。
土から出てきたのは遺跡の一部だ。
「ようやく見つけた……今まで見つけられなくてごめんなさい」
ネネは遺跡に優しく声をかけた。
「どうか、安心して。ここで過ごせるようにするから……もう少し待って」
そう言うと周りが一瞬だけ暖かくなるのを感じた。
その瞬間を目にして、アレクサンダーは目を細めてネネを見つめた。




