008 【2日目】
ネリーネイオミが亡くなって2日目。
ネネは与えられた仕事を淡々とこなしていた。
掃除の合間に、時計の針が2時に近づいていた。
午後2時は、マーガレットのお茶の時間であった。
(とりあえずこの窓拭きが終わってからお茶の準備をしよう)
まだ時間に余裕がある。
マーガレットのアフタヌーンティーの係があるからといって、やりかけの仕事を放り出す訳にはいかない。
掃除を続けていると、他のメイドが声をかけてきた。
「奥様のお茶の時間でしょう。早く行きなさい」
主人のお茶が何よりも大事である。
そのように教え込まれている使用人たちはネネから掃除道具を取りあげた。
「それでは私は失礼します」
ネネはぺこりと頭を下げて、手を洗って厨房へと歩いた。
「今日はきゅうりのサンドイッチ、スコーン、エッグタルト……」
3段重ねになる予定の皿を眺めながら、ネネの頬は緩んだ。
「ネネちゃん、つまみ食いはダメだよ」
「しません」
ネネはむぅっと厨房の料理人たちに怒りを向けた。料理人たちは「わはは」と笑いながら、ネネにパンの耳ラスクを差し出した。
一口食べるとシナモンが利いて美味しくネネの怒りの顔は解けた。それがますますおかしいのか、厨房の料理人たちは笑った。
(別にじっと見ていたのは食べたかったからじゃないのに……)
内心不満に思いながらもマーガレットの元へとティーセットを運ぶ。
(エッグタルトは、コンスタンスの好物なのよね)
ネネは昔を思い出した。
コンスタンス、マーガレット、カレンとでティータイムをしていたときのことだ。
(コンスタンスったらお気に入りは最後までとっておくから、マーガレットとカレンに食べられて拗ねちゃったのよね)
懐かしくてたまらない。
だが、もうコンスタンスは大きくなった。マーガレットも、カレンも。
(これからの人生、あの子たちの人生はあの子たちのもの。私が関わっても、何にもならないかもしれないわ)
ぱたっと目の前に足が見えて、ネネは立ち止まった。
足から上の方を見ると上質な紳士服であった。顔を見て、思わず口にする。
「コンスタンス……様」
目の前に現れたのは公爵家当主・コンスタンス——ネネの孫だった。
生前の呼び方をしてしまいそうになり、ネネは慌てた。
「失礼いたしました。旦那様」
コンスタンスはじっとネネを見つめた。ネネの髪の色、瞳の色をまじまじと見つめていた。
「ああ……君は新入りのメイドか」
ようやく納得したかのようにコンスタンスは頷いた。
「はい、ネネ・ローザンと申します」
「ローザン?」
聞き覚えのある家名で、コンスタンスは首を傾げた。
(まずい)
メイド長は特に気にしていなかったが、さすがにコンスタンスは気にするようだ。
ローザンは、ネネ——ネリーネイオミの実家の名前である。
(何とか誤魔化さないと)
「あの、南方の異国によくある家名なのですよ」
異国で誤魔化す作戦である。
「そうだっけ」
コンスタンスは訝しんだ。
さすがに公爵である彼は、国内、周辺諸国の貴族、名族のことはあらかた把握している。
彼の記憶の中にはローザンという家名を見かける土地があるかどうかなど瞬時にわかるだろう。
ネネは冷や汗をかいた。
「あの、これから奥様のティータイムです」
次にネネから出たのは話題を逸らす作戦である。
「そのようだな」
コンスタンスはじっと皿の方をみた。エッグタルトが4つ盛られた皿を。
「美味しそうなエッグタルトでしょう」
ネネの言葉にコンスタンスの頬がぴくりと動く。特に不快になった様子はないようだ。
「奥様とご一緒にいかがでしょうか?」
(夫婦なのだから、アフタヌーンティーを一緒にしても何も問題にならないでしょう)
今のコンスタンス、マーガレットに必要なものはできる限り一緒の時間を過ごすことだ。
老婆心からネネは二人の時間をセッティングしようとした。
それに、今から二人の様子をみれば新しい情報が得られるかもしれない。
「妻とはお茶の約束していない」
コンスタンスは端的に言った。
「で、ですが、奥様も旦那様がいらっしゃれば……」
「行かなきゃいけないの?」
その一言に、ネネは強張った。
押し黙ったと言った方がいいだろうか。
「妻は君が淹れたお茶を楽しみにしていると聞いている。妻のことは任せたよ」
コンスタンスはそう言い残して、姿を消した。
「……」
廊下で残されたネネはしばらくして頬がみるみる膨れていった。
(コンスタンス! あなたはマーガレットの夫でしょう? 『一緒にお茶してもいいか?』と言えばいいのよ!!)
口に出せば、他の使用人たちに怪しまれるしその場にいなくても当主への罵倒は不敬である。
ネネは心の中であらん限りのコンスタンスへの怒りを吐き出した。
(全く、アレクとは大違いだわ)
アレクだったら約束していなくてもちゃっかりと御相伴に預かろうとすることだろう。
ネネはティーセットを運びながら、夫と過ごしていた日々を思い出した。
もう遠い昔のことだというのに、鮮明に思い出してしまう。




