007 茹で蛸状態
『呪われた公爵家』
世間で呼ばれているラニテル公爵家の呼び名をネネは思い出した。
(まさか、公爵家の令息がそのへんの道に落ちていたなんて……)
公爵家へと呼び寄せられたネネは頭を抱えた。
「何かしらのロマンス小説にできそうね」
「小説を書くのかい?」
「書かないわよ」
ネネはため息をついた。
「なら、これならしてみないか? ローザン子爵家の再興を」
突然の提案にネネは目を見開いた。
「そんなこと……負債で、爵位も、領地も失ったのよ」
「私の依頼を引き受けたら負債を代わりに請け負おう。爵位が取り戻せるようにする。領地は、私の方で新しく用意しよう」
都合の良すぎる話である。
ネネは警戒した。だが、ローザン子爵家は建国の際の忠臣の家系で、ネネはそれなりに誇りを持っている。その名前が復活するというのは魅力的な話である。
「でも、爵位を受ける男がいないわ」
女が爵位を持つなどできない。他国では特例で爵位を与えられた女性はいるが、この帝国では前例はなかった。
「そうだね。女子爵の前例を作るというのは……」
「保守的な貴族が黙っていないわ」
ネネはため息をついて首を横に振った。
「では、ローザン子爵家の血筋の男児がいれば、子爵代理になれる」
アレクサンダーの代替案が一番現実的だろう。
男児が成人する為の中継ぎという形であれば、子爵になれなくてもそれに準じた地位を得られる。
しかし、問題はある。
「残念ですが、ちょうど良い男児がいないわ」
「では、あなたが結婚して子を産めば可能になるよ」
アレクサンダーの言葉にネネは動揺した。思わず後退り、アレクサンダーから離れようとした。
「い、一体私に何をさせようとするの」
「? 何て……この公爵領に眠る土着神を見つけ出して欲しい」
予想外の言葉にネネはすぐに混乱した。
「順番がばらけたね。まず、私は君に土着神の遺跡を見つけて、必要な修繕の手配をして欲しい。おそらく当家の呪いは土着神由来のものだろう。彼らの怒りを鎮める為に君の力が必要だ」
アレクサンダーの要求を聞いて、ネネは納得した。どこからか、ネネの評判を聞きつけて近づいてきたというのがわかった。
「君の働きによって、私は君の実家の負債を請け負う。そして、君の婚活を支援する。結婚・出産できる環境を作ることを約束しよう」
最後の部分を頭の中で咀嚼して、ようやく理解したネネは顔を赤らめた。
あまりに茹で蛸状態で、アレクサンダーは笑った。
「まさか、私がレディに子供を生ませようと思っていましたか?」
「そ、そんなことないでしょう!」
ネネは顔を真っ赤にしてアレクサンダーに抗議した。
実際、そう思ったなど言えない。恥ずかしすぎる。
(よくよく考えればないわよね。私は没落子爵家の令嬢、相手は公爵家の令息だもの。釣り合わないわ。釣り合わない!)
自分の思い上がりにネネは恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
誤魔化すように話題を変える。
「そ、それで遺跡の資料とかありそう? 手当たり次第領地内を歩き回ってもいいけど……資料があればまずはそこからあたるわ」
ネネの震える言葉を、アレクサンダーは優しく微笑んで、手元にある資料をネネに見せた。
◆◆◆
鳥の囀りが聞こえる朝方。
アンネはカーテンをあけると、明るい日差しが部屋を照らした。
「うーん、良いお天気。ほら、ネネも起きて……ネネ?」
毛布にくるまるネネにアンネは声をかけた。
「どうしたの?」
「恥ずかしい昔のことを思い出したの」
ネネの言葉にアンネは「ああ」と頷いた。
「そういうことあるよね。私も恥ずかしいことを思い出しては叫びたくなることがあってね」
毛布の中でネネは顔を真っ赤にした。あの時と同じ茹で蛸状態だった。
(もう、もう! 何でこの歳になってまで思い出すのよ!!)
結局、色々なことがあってアレクサンダーの子供を産むことになったが、それでもあの時の自分が恥ずかしいことを考えていたことは事実である。
(おばあちゃんになっても、恥ずかしいことは恥ずかしいわね)
ようやく心が落ち着いて、ネネはのろのろと毛布から出てきて着替えに手を伸ばした。




