005 蜂蜜の甘さ
厨房にて、茶葉が並べられた棚を目の前にネネは記憶を辿った。
(えーっと、マーガレットの好きな銘柄は……)
お茶の葉の名前を探し出した。
次にミルクに、蜂蜜の用意もする。
(そうだわ。これを忘れてはダメ)
準備したティーセットをみてネネは目元が緩んだ。
「失礼いたします」
マーガレットの目の前でお茶を注ぐ。次に取り出したのはミルクと蜂蜜だった。
(あの子は蜂蜜が大好きで、何にでも淹れたがっていたわ)
夜になれば、蜂蜜いりのホットミルクを作ってあげたのを思い出す。彼女が求めるだけの蜂蜜の甘さの加減もネネは熟知した。
(待って)
ミルクと蜂蜜をいれようとした手がピタリと止まる。
(い、いくら何でもマーガレットの好みのものを出したら怪しまれるわね)
ネネは蜂蜜を引っ込めて、ミルクと砂糖を用意した。
「蜂蜜で良かったのよ」
マーガレットは下げられた蜂蜜の方へ視線を向けた。
「……あなたは新人ね」
「はい、ネネと申します」
「新人なのに私が蜂蜜好きなのをよく知っているのね」
ひやりと背筋が寒くなる。
「あ、申し訳ありません。以前勤めていた家で、幼いご令嬢がいて蜂蜜をいつも入れたがっていた為癖で……」
それらしい理由を縦並べると、マーガレットは笑った。
「そのご令嬢とは好みが合いそうね」
マーガレットはじっとネネを見つめた。
「あなたは今どこの所属?」
「まだ研修をしている最中ですが、主な業務は掃除です」
かちりと茶器が皿へ戻される音がした。
「そう……まだ研修は終わっていないのね。私付きのメイドに……」
その言葉を聞いてネネはごくりとのどを飲み込んだ。
(こ、こんなにさくさく進んでいいのかしら)
元からコンスタンスか、マーガレット付きメイドになることを目標に考えていた。1日目でそれが叶うなど思いもしなかった。
「……に、したら他のメイドたちの角が立つわね。業務はそのまま、1日1回決まった時間に私にお茶を淹れに来なさい」
「は、はい」
マーガレット付きのメイドになれないにしても、1日1回の接触がはかれるのであれば願ってもいないことだ。
「後はメイド長に言っておくから持ち場へ戻りなさい」
「かしこまりました」
ネネはぺこりと頭を下げて部屋を飛び出した。
廊下を通っていると目の前で近づいてくる殿方をみてネネは裾を掴んだ。
「何をしているの!」
廊下の端によっていたメイドに声をかけられて、ネネは慌てててメイドのとなりへと立つ。
現れた殿方は、カレン・ノクティス。
公爵家の騎士団副団長であった。
公爵・コンスタンスの幼馴染であり、幼い頃からコンスタンスのお目付けとして側に置いていたのはネリーネイオミ自身であった。
マーガレット同様に幼い頃から彼をみていた。
(カレン、立派になったわね)
ネネはほろりと胸が熱くなるのを感じた。
最後に出会ったのは一ヶ月前だった。彼から副団長になったことの報告を聞いて、ネリーネイオミは「誇らしい」と彼を褒めた。
◆◆◆
「旦那様の恋人?」
使用人部屋で休んでいるところ、ネネはアンネに質問した。
「ネネったら、噂に交わらないから興味ないかと思っていたのに興味津々だったのね」
「う、……でも、内容が内容なだけに」
ネネとしては微妙な気持ちあった。
孫の浮気相手を探ると、顔に出てしまうのではないかとメイドたちの噂に混じれなかった。
「まー、確かに仕えている主人の浮気話を手放しに楽しむものじゃないわよね」
アンネはいいように解釈して、噂の内容を教えてくれた。
「えーっと、旦那様の浮気相手はマルヴィナという名の美しい女性よ。没落した子爵家の令嬢で、教会で慈善活動をしながら生活されていてチャリティーイベントで出会ったと聞いたわ」
マルヴィナ。
没落した子爵家の令嬢。
ネネは心の中で、言葉を反芻させる。
「どんな方かしら?」
アンネはネネを見ながら口にした。
「亜麻色の髪に、翠の瞳をしていて、目がくりくりっとしていて……あ、ネネじゃないというのはわかっているわよ」
「まるで私と似た容姿というような言い方ね」
窓に映る自分の姿を改めて見た。
そこには今の自分の姿が見えた。
「そうなのよ。旦那様の好みかしら……こう保護欲をそそるような女性がお好みなのかしらね」
「なら私と違うわね」
アンネはふふぁっと吹き出した。
「冗談? 自分の顔を改めてみたらどうかしら?」
自分の顔なら先程窓ごしで見たのだがとネネは首を傾げた。




