004 【1日目】
ネリーネイオミが亡くなってから1日が経過した。
ラニテル公爵家では、影が落ちたような雰囲気であった。
それだけ公爵家ではネリーネイオミは大きな存在だった。
「奥様はしばらく華美な衣装を着ません。手入れを終えたらクローゼットにしまい、代わりに黒を基調にしたドレスを出しておいて」
衣装室を掃除しながら、リーダー役のメイドの指示が聞こえてきた。
(確か、私の葬儀は一週間後。おそらく死神さまはその日まで待ってくれるというのだろう)
ネネは屋敷内のスケジュールを確認して、これからどうやって目的を果たすか考え込んでいた。
あまりに夢中でアンネに声をかけられていたことに気づかなかった。
「……の?」
肩を揺らされて、ようやくネネはアンネの方をみた。
ようやくこちらに視線が向いたと、アンネは改めて聞いてくる。
「ネネは喪服を持っているの?」
「あ……」
ネネの持ち物は必要最低限であった。
この少女の姿で現界したときの古いドレス一着に、配布されたメイド服のみだ。
ネリーネイオミの寝室に喪のドレスはいくつかあるが、今は使えるはずもない。
「持っていません」
アンネは深くため息をつき、記録帳を持ち歩くメイドを指差した。
「ほら、記帳するのよ」
「記帳?」
「葬儀用の喪服を持っていない使用人は、名前を書くの。そうしたら喪服を用意してくれるわ」
どうやら新人メイドの為に喪服を手配してくれるようだ。
配慮が行き届いた職場にネネは感動した。
「あと数日なのに、用意してくださるのね」
「ええ、といっても既製品。公爵家お抱えの商団が持っている売れ残り喪服だけどね」
それでも突然準備できない新人メイドにはありがたいことだ。
「ねぇ、誰か。髪結ができる子はいる?」
メイドが大声をあげた。
「奥様の髪結をしている子が風邪で休んでしまったのよ。他の子は別件へ行ってて……わ、私は髪結は綺麗にできないから」
新人メイドたちは顔を見合わせた。
髪を整える程度であるならできそうだと思うが、相手は公爵夫人である。
新人の身で何か粗相してしまわないかと不安であった。
(これはチャンス!)
ネネは手を挙げた。
「私、髪結します! できます!」
自信ありげな新人メイドに、先輩メイドは視線を向けた。
「あなたは」
「ネネといいます」
周りからの視線を集める中、先輩メイドはしばらく考えた。
「ふーん、試しに私の髪をまとめてごらんなさい」
先輩メイドは髪結の紐を外して、椅子に座った。その後ろにネネは立つ。
「櫛がないため簡単になりますが……」
ネネは慣れた手つきで先輩メイドの髪をまとめた。その手つき、できあがった髪型を窓のガラスに映る姿を、先輩メイドはじっと見つめていた。
「そうね。あなたにお願いするわ」
及第点が出て、ネネは一歩踏み入れた感覚を覚えた。
◆◆◆
「失礼致します」
ネネが公爵夫人の部屋を訪れた。
着替えを済ませたマーガレットは鏡台の前に座っていた。先程のメイドたちが話していた通り、黒を基調にした華美さを取り除いたドレスを着ていた。
彼女から普段見る柔らかな表情は見受けられず、衣装も相まって深く沈んだ暗闇を思わせた。
(あんなに、笑顔が素敵なマーガレットがこんな暗いドレスを着るなんて……)
喪中だからと頭でわかっていても、ネネには我慢ができない。
「普通のシニョンにしてくれればいいわ」
簡単に指示を受けて、ネネは鏡台の傍まで近づく。
(マーガレットの髪、触るのは久々ね)
ネネは櫛をとって彼女の髪を梳いた。
作業をしながら、かつての思い出を呼び起こす。
マーガレットがこの屋敷へやってきたのは10歳の頃だった。頬がこわばっていた少女の髪を毎日梳いてやっていき、少しずつ心を解していき笑顔を取り戻すまでの日々を思った。
(すっかり明るくなったマーガレットは私に編み込みをねだるようになったわね)
軽い三つ編みを作り、くるくるとお団子状へまとめあげる。
華美さは求めないというが、葬儀の最中ではないのだから少しだけ軽めの印象が欲しい。
ふと、白い花の存在が目に入ってきた。
「マー……夫人。このお花を少し使ってもいいでしょうか?」
鏡台の端に飾られているのは、庭に咲いていた白いカーネーションだった。
マーガレットが軽く頷いたのを確認して、一輪の花を手にとった。
黒いリボンに絡めて、黒中の白のアクセントをつける。
(マーガレットの美しい金色の髪に暗い色は似合わない)
そう念じながら、ネネは髪を形作る。
「……」
マーガレットは髪に色づきを与える白いカーネーションを見つめた。
「白いカーネーションは、亡き母を偲ぶ意味も込められています」
果たして自分はマーガレットの母親としてどうだったかわからない。
だが、養育した老婆が亡くなった今の時期に、白いカーネーションで飾っていても特に咎められるものではないだろう。
「きっと大奥様は、奥様の美しい髪が暗いもので染まるのを望んでおりません」
ネネの言葉にマーガレットは目を見張った。
鏡に映るネネの姿を見て考え事をしているようだった。
「……っは、申し訳ありません」
(しまった。今の私はただのメイド……知ったような口を開くなと思われるかもしれないわ)
「お茶を淹れてくれる?」
ネネの心配をよそに、マーガレットは新しい頼み事をしてきた。特に嫌な印象は見受けられない。




