023 コンスタンス⑤
午前の授業に乱入してきたのは、ネリーネイオミであった。
「奥様、今は授業中ですよ。以前にも言いましたが……コンスタンス様の勉強の」
「ブラウン夫人を捕縛しなさい」
ネリーネイオミが言うと、後ろに控えていた騎士たちがブラウン夫人を取り囲んだ。
「奥様、これでは私が罪人みたいじゃないですか。私が何をしたというのです!」
騎士に押さえつけられて、ブラウン夫人は不服を訴えた。
パサ
彼女の前に児童向け小説が置かれた。
『本物の公子さま』というタイトルが見えて、ブラウン夫人は顔色を変える。
「マリア・ブラウン男爵夫人。あなたを公爵家後継者を呪詛した罪で訴えます」
「何のことですか? 私がそのようなことを……」
「この小説には微量な呪いが含まれていました。小説の世界と、現実を誤認するような……一度読んだ程度では大した効果はありませんが、何度も複読することで誤認を促す」
ブラウン夫人は首を傾げて知らない素振りを見せた。
「私は呪いなんて知りません。その小説だって……コンスタンス様が読む本は全て網羅していませんし、勝手に読んだものでしょう?」
「では、今の言葉は何でしょう? あなたが授業中に、コンスタンスに呪いの言葉を吐いたことを今確認しました」
ネリーネイオミは傍に控える術者に視線を向けた。身なりから、公爵家と協力関係にある魔術師組織の者だとわかる。
ブラウン夫人は笑い出した。
「あれはただの説教です」
確かに一見そう見えるかもしれない。
小説の存在と、今の説教で、認めにくい微細な呪いが重なっていくのをネリーネイオミは見つけた。
だが、それでもブラウン夫人はしらをきった。
「コンスタンス様が真面目に宿題をするように……奥様だって、子供を叱りつける時に、言ったでしょう? 言うことを聞かないと悪魔がくるとか」
ブラウン夫人は誤魔化した。
みるみるうちにネリーネイオミの表情が冷たくなる。
「説教で、あんなことを言いますか?」
静かな怒りの言葉に、ブラウン夫人は息を呑んだ。今まで、ネリーネイオミがこのように怒る様子を騎士たちも知らず、思わず圧倒される。
「どちらにせよ、今のあなたの発言はナニーとしても、家庭教師としても不適切です」
解雇宣言を出し、ネリーネイオミはブラウン夫人をそのまま幽閉するように騎士たちに指示を出した。
この後彼女に待っているのは尋問である。
ブラウン夫人がいなくなった教室で、残されたのはコンスタンスとネリーネイオミだった。
「コンスタンス」
ネリーネイオミが声をかけると、コンスタンスは震えた。
「ご、ごめんなさい。お祖母様に迷惑がかかりました」
コンスタンスの声が震えていた。
ネリーネイオミはコンスタンスの前まで移動して、彼の前に膝をおり顔を覗き込んだ。
「迷惑だなんて言わないの。私が気づいてあげられず、ごめんなさいね」
逆に謝られてコンスタンスは首を横に振った。
「ぼ、僕は……勉強ができない出来が悪いのです」
今まで隠していたことをようやく告白したようだ。
それを聞いてネリーネイオミは笑った。
「そうなの。私も勉強ができないの。きっと私に似たのね」
ネリーネイオミはコンスタンスの手を握った。
「僕は出来が悪いのに、嫉妬ばかりして……カレンがお祖母様にひっつくのも許せなくて、お祖母様を困らせて……」
「あらあら、私ってばもてもてなのね。おばあちゃん、困っちゃうわ」
ネリーネイオミは冗談めかして笑った。
「いいのよ。コンスタンスはまだまだ甘え盛りの子供なの。私は、お母様の代わりにはなれない。けれどあなたのおばあちゃん……だから、私を困らせてちょうだい」
「でも、本物がきたら僕は……」
まだ小説の内容と混同しているようだ。
ネリーネイオミは苦笑いした。
「コンスタンス」
彼の目を見つめて言う。
「これから、庶子が現れようとしても変わらないわ。あなたは私の大事な孫……見捨てたりしないわ」
ぽろぽろと流れる涙をネリーネイオミは拭った。
思わず彼女の胸に飛び込む。ようやく見られたコンスタンスの感情に触れてネリーネイオミは感慨深く彼の頭を撫でた。
「アレクがもしあなたを捨てるなら、私も一緒に出ていくわ」
「そんなことは絶対ない」
扉越しにアレクサンダーが否定した。ムスッとした表情だった。
ゆっくりとコンスタンスに近づく。
「よく今まで耐えた」
アレクサンダーはコンスタンスの頭を撫でた。
「だが、感心しない。次は一人で抱え込まずに私か、ネネに話してくれ」
「でも、お祖父様も、お祖母様も、忙しくて……困らせたくなくて」
「ネネが、祖母が言っていたのをもう忘れたのか?」
アレクサンダーはニヤッと笑った。
「お前はまだ子供。私たちがいるのだから、甘えて困らせていいんだ」
そう言いながら、アレクサンダーはコンスタンスの頭をわしゃわしゃと撫でた。




