022 コンスタンス④
突然の宣言にネリーネイオミは困惑した。
「えーっと、住むとは」
「そのままの意味だ。このプラムブロッサムの木を我が新居とする!!」
どどんという擬音が聞こえてくる。
「いいの? プラムには立派な家があって」
プラムブロッサムが咲く山岳地帯に、プラムを祀った遺跡があった。
神様、精霊は遺跡に住み、地元民と共存する。
「無論、ネネが修繕してくれた家も私の家だ」
プラムブロッサムを一望できる場所にたてた立派な祠を思い出した。遺跡を基本にして作られた神様、精霊が住む場所を。
「だが、家はひとつだけと誰が決めた。私は精霊だからな、家はいくらでもあっていい」
(そうかな、そうかも……)
ネネは困惑しながらも納得した。
ラニテル公爵家でも、この領地屋敷の他に別宅がいくつもある。神様もいくつか家があっても不思議はないだろう。
「それに、私の力はまだ本調子ではない。ここにいた方が何かと都合がよくてな」
プラムは付け加えて事情を話した。
「都合がいいというのは……」
「ひとつはお前だ。ネネ。お前の周りには清浄な気が流れている。これは我々神霊にとって贅沢な馳走なのだ」
ネネからしてみたら、はじめて聞く情報だ。
「そうなの?」
「なんだ。今まで見つけた遺跡の神霊から何も聞いていないのか?」
「私が直接話したのはプラムがはじめてよ」
遺跡はたくさん見つけたが、ネネは神様を見たことがない。
ようやくプラムの姿をみて、本当に神様・精霊は実在するのかと感心したほどだ。
「そうかそうか、私がはじめてか」
くふふとプラムはご満悦に笑った。
「とにかくお前の気は信仰が薄れて力を失った神霊を慰め、邪神を清める効果がある」
「……」
確かに、他の探索者からもネネが発見した遺跡の回復が早いと評価されていた。
「お前のいるこの敷地内に入れば、お前の気に触れて私は元の神だった姿を取り戻せるかもしれない」
「それはすごい……それはいつですか?」
ネリーネイオミはわくわくとした。
愛らしい精霊の神様の姿には興味があった。
「うむ、ざっと100年だな」
「その時は私は生きていないわね」
とはいえ、ネリーネイオミが根を下ろしたこの敷地で療養するのは意味があるようだ。
「それではここに新しい祠を建てなければいけないわね」
場所はどのあたりがいいか。
ネネは庭園を見渡した。
「何、突然押しかけた身だ。自分の棲家など、このプラムブロッサムの木で十分だ」
プラムは気に入ったと言わんばかりにプラムブロッサムの幹を頬擦りした。
「まぁ、私もただの穀潰しになる気はない。お前が望めばできる限りの力を貸してやろう」
といっても精霊としての力はまだ戻っていない。せいぜい良い香りを漂わせて心を癒してくれる程度だ。
後は小さいマスコットのような姿で、置物として最適。精霊に向かって置物は不敬であるが、ネリーネイオミはふと思いついた。
「……それじゃあ」
ネリーネイオミはプラムに笑いかけた。
◆
朝の日差し、鳥の囀りを聞いてコンスタンスは目を覚ました。
「……ん」
今の状況をみて青ざめた。
「いけないっ!」
ベッドから起き上がり、机の上をみる。
宿題が半分も終わっていなかった。
(お祖母様がくれた飲み物を飲んだら眠くなって……)
昨日のことを思い出す。
ネリーネイオミから蜂蜜いりのホットミルクを差し入れにもらい、それを飲みながら宿題をしていたが途中で眠くなってしまった。
そして朝までぐっすり眠ってしまった。
いつものけだるさ、眠気はないが、その代わり宿題が終わらなかった。
「コンスタンス、大丈夫? まだ眠いのなら今日は休みましょう」
朝食の最中、ネリーネイオミはコンスタンスに声をかけた。
「いえ、眠くありません。大丈夫です」
「ずっと午前の授業を休まずに受けているのよ。1日くらい休んでも」
「必要ありません!」
苛立ちながらコンスタンスはネリーネイオミを睨んだ。
「昨日、お祖母様が……っ!」
(昨日、お祖母様がくれたホットミルクのせいで宿題が終わらなかった!)
それを口から出そうになり、コンスタンスはすぐに口を閉ざした。
「大丈夫です。それでは午前の授業へ向かいます」
コンスタンスは朝食を済ませて、そそくさと午前の授業へと向かった。
(いや、お祖母様のせいにしてはダメだ。私が悪くて……私が……)
じわりと涙が出てくる。
宿題が終わっていないのは仕方ない。コンスタンスはブラウン夫人が待つ教室へと歩いた。
午前の授業が始まる。
「これはどういうことでしょうか?」
宿題をみてブラウン夫人はため息をついた。
コンスタンスは裾を掴んで、頭を下げる。
「すみません。昨日は眠くて……宿題が終わる前に眠ってしまい」
「言い訳は必要ありません」
ブラウン夫人はコンスタンスの言葉を遮った。
「コンスタンス様は、公爵家の後継としての自覚はありますか? これが明日の領民の生活に関わる内容だったらどうするのです?」
ちくちくと責められてコンスタンスは答えられずにいた。
「ああ、困りました。困りました……これでは立派な公子とは言えませんわ。立派な公子はどこにいるのかしら」
ブラウン夫人から出た『立派な公子』という言葉にコンスタンスは胸がぎゅうと締め付けられるような苦しみを覚えた。
呼吸が思うようにできない。
コンスタンスは長い間、ブラウン夫人の授業を受け続けていた。
ブラウン夫人には自分と同じ年頃の子供がいて、とても聡明な子だという。
それに妙に父親について親密だった過去をちらりと教えてくる。
思い出すのは授業の一環で読んだ小説の内容。
『本物の公子さま』
もしかすると自分は偽物で、ブラウン夫人の子供が本物なのかもしれない。
それだと優秀じゃない自分はどうなるのだろうか。
脳裏に浮かぶのは、祖父母が自分以外の子供を可愛がる姿。嫉妬を見せると呆れる祖母の顔が浮かび上がってくる。
(いやだ、いやだ……捨てないで。お祖母様)
バン!
大きな音と共に、扉が開かれた。
そこに現れたのはネリーネイオミだった。




