021 コンスタンス③
ネリーネイオミは少しばかり緊張しながら、部屋へと入った。
コンスタンスの寝室である。
昔はよくコンスタンスはネリーネイオミの寝室で夜を過ごしていたが、5歳を境目にここで一人眠るようになった。
寝室は綺麗に掃除されていた。
端の方にはおもちゃがたくさん詰め込まれていた箱が並んでいる。
そのうちのひとつを取り出すと、あまりに綺麗な状態だった。
(2年前のクリスマスにプレゼントしたもので、喜んでくれたけどほとんど使われていない)
昔のコンスタンスだったら手に入れたおもちゃをぼろぼろになっても遊び続けただろう。
別の箱に入ったぬいぐるみがまさにそれであった。何度もほつれてはネリーネイオミが修繕した跡が見られる。
(好きなおもちゃじゃなかったのかな)
ネリーネイオミはおもちゃを箱に戻して、コンスタンスのベッドを確認した。
綺麗に整えられたベッド。特に問題はない。
次に机。よくここで宿題をしているという。
積まれたノートを開くと、何度も文字が書かれて真っ黒になっていた。
(一生懸命練習しているのね)
次に本棚の方をみる。
今までコンスタンスに与えられた絵本、児童向けの小説が端っこの方に並んでいる。
メインになっているのは地理や、地学、言語学、歴史の本であった。
(まだこれはコンスタンスに早いような気がするわ)
科学研究者の記録書をみてはネリーネイオミは困惑した。
(あの子が好きなら……と思うけど、あの子が好きなのは星学の方)
いつの時か購入した星座の本を探すと端っこに追いやられていた。
「あら」
その隣にあるのは児童向け小説の本。
個人出版作のようで、ネリーネイオミの記憶にない作品であった。
「……」
タイトルは、『本物の公子さま』とあった。
ネリーネイオミはその本を開いた。
ぱらぱらとめくって、妙な読後感を覚える。
ただの児童向け小説だというのに。
(何でかしら)
考えていても、まとまらずお昼の鐘が鳴りネリーネイオミは小説本を本棚に戻してそそくさと部屋を飛び出した。
午前の授業が終わる頃合いで、コンスタンスが戻ってくる。
勝手に部屋へ入り本棚を物色したと知られるのは避けたかった。
◆
ネリーネイオミは自室に戻る気になれず、離れの方へと向かった。
離れの庭園には去年、夫が植えてくれたプラムブロッサムの木があった。
まだ花をつける時節ではないのだが、ちゃんと根付いているのか確認することが日課となっていた。
離れは、今は主人はいない。
先代公爵夫人が療養されていた場所であり、彼女の慰めになればと彼女の好きな植物を植えていた。
主人がいなくなって久しい離れ、雰囲気を変える目的で先日大工事された。
「うんうん、元気そうね」
ネリーネイオミはプラムブロッサムの様子を確認して、一息ついた。
白い椅子に腰をかけて庭園を眺める。
(今の小説……)
先程急いで読んだ小説の内容を思い出した。
◆
『本物の公子さま』
二人の男女は恋に落ち、関係を結ぶ。
しかし、政略結婚により男は別の貴族令嬢と夫婦になり、女性は親の勧めで別の男性のもとへ嫁いだ。腹の子を、自分の子として育ててくれる良い男性だった。
その時に生まれた子供が主人公だ。
主人公は美しく、聡明だった。
そして、女性は家庭教師の仕事を始める。
かつての恋人だった男の屋敷である。男が結婚相手とともに作った公子の家庭教師を任じられたのだ。
公子はとてもわがままで、不真面目な性格で女性を困らせていた。
この子が跡取りでは先が思いやられると元恋人は悩み、女性との間にできた子供のことを思い出す。
主人公が元恋人の子供だと認知されて、公子として迎え入れられた。
公子は意地悪で、主人公の邪魔をしてばかり。
主人公は機転を利かせて、難事に対処していた。
その様子をみた元恋人は主人公の方を跡取りとした。
公子は嫉妬にかられて主人公を殺そうと思うが、見破られて囚われる。
後から判明したことだが、公子は元恋人の子ではなく、結婚相手が浮気相手との間に産んだ不貞の子だった。
托卵の罪で結婚相手は捨てられて、公子は牢屋に入れられて、主人公は母親と一緒に元恋人に迎え入れられて本物の公子となった。
めでたしめでたし。
◆
どこにでもある不遇な生い立ちの主人公が最後には幸せになる話。
何の問題もなさそうな話だというのにネリーネイオミは妙な引っ掛かりを覚えた。
「おーい」
足元で声がして、ネリーネイオミは視線を下へと移した。
そこにいたのは赤い花びら……のような頭をした精霊であった。
「プラム……」
驚いた様子で声をかけるとプラムはへへっと笑い、ぴょんと飛んでネリーネイオミの膝へと乗った。
背中には風呂敷包みを背負っている。
「どうしたの?」
遠い山岳地帯で見つけたプラムブロッサムの精霊である。彼を祀っていた遺跡を修繕して、そこで暮らしていたはずだ。
「なんだとはなんだ。水臭い……プラムブロッサムを植えたと聞いたぞ」
「ええ、まだ咲く頃合いではないけど」
「安心しろ。来季には美しいプラムブロッサムが咲く。このプラム様が住むからな!」
精霊はどやっと宣言した。




