019 コンスタンス①
コンスタンス・ラニテル。
現ラニテル公爵は幼い頃から手のかからない少年だったと言われている。
8歳のコンスタンスをネリーネイオミは心配した。
「とてもいい子すぎるの……無理をしているのではないの?」
コンスタンスの父、ネリーネイオミの息子であったシルヴィウスとは対照的であった。
幼少時のシルヴィウスはよく泣いて、甘えん坊で10歳になるまでネリーネイオミの側を離れない程だった。
それなのに、コンスタンスは5歳になる頃には一人で眠るようになり、勉強も嫌がらずに淡々と励んだ。
「奥様、気にしないでください。コンスタンス様は、公爵様に似たのでしょう」
屋敷の者たちは特に気にする様子はなかった。
何しろ、ネリーネイオミの夫の、アレクサンダーがそれであったのだから。
「でも、アレクの場合は生い立ちがそうさせていたようなものじゃないかしら……」
物心つく頃にアレクサンダーの父親は、妻と息子に興味を示さず愛人と過ごすことが多かった。
アレクサンダーの母親は夫に振り向いてもらえないのをアレクサンダーのせいにして厳しかった。アレクサンダーはその生活に慣らされていた。
「公爵閣下が自我をもち自由に振る舞うようになったのは15歳の頃……それまでは見守りましょう」
「そうかしら」
釈然としないネリーネイオミは困った表情のままだった。
その後ろにこっそり近づく者に気づかず、隙を見せてしまった。
「うひゃ」
後ろから首筋に息を吹きかけられてネリーネイオミは悲鳴をあげた。
「あなた、またこんなイタズラをして」
ぷんぷんと怒りだす妻をみてアレクサンダーは目を細めて笑った。
「それより今日のお仕事はどうされたのです? 本日中に決裁をしなければいけない案件が大量に残っていたはずですよ」
ネリーネイオミはじとっとアレクサンダーを睨みつけた。
ラニテル公爵家の女主人として、夫の仕事状況も把握していた。
「ネネが悩んでいると聞いて飛んできたのだよ」
「決裁は?」
「緊急性の高いものだけ片付けてきたから大丈夫」
(何が大丈夫なの?)
ネネは呆れた。
秘書官たちが慌ててアレクサンダーを探している姿が目に浮かぶ。
「妻が悩んでいるというのに、放置する夫の方が問題だろう」
どやっと語るアレクサンダーの姿は一見立派に見えるが、中身をみると子供っぽさがある。
(今年、50歳になったというのに困った人ね)
ネネは深くため息をつき、アレクサンダーは笑顔を絶やさなかった。
「それにコンスタンスは私の孫でもある。なら私も一緒に悩んで考えるべきことだろう」
「……では、1時間程お時間をください」
「1時間と言わず、いくらでも私を拘束してくれ」
アレクサンダーはぎゅうとネリーネイオミを抱きしめた。
その姿を見てメイドたちは特に表情を崩す様子はない。公爵の夫人への熱愛に動揺しなくなってこそ、一人前のラニテル公爵家の使用人となれるのである。
「もう、そうやって仕事に戻らないつもりでしょう? 秘書官からの苦情は私に来るのが分かっているの?」
ネネはぶちぶちと文句を言いながらもメイドにお茶の準備をさせた。
◆
「確かにコンスタンスは手のかからない子だね」
お茶を飲みながらアレクサンダーは感想を述べた。
公爵の仕事に追われている身でも、朝晩の食事ではコンスタンスと一緒にとる時間は設けてある。
「5歳まではあんなにべったりだったのに……」
ネリーネイオミはため息をついた。
2歳の頃、父母を失ったコンスタンスの養育はネリーネイオミが背負っていた。
母が恋しい年頃で、祖母と乳母が側にいないと泣く有様だった。
一緒に引き取ったカレンに声をかけるだけでコンスタンスは地団駄を踏んで注目を求めていた。
それが5歳になってからピタリとなくなった。
「おかげで私はネネと一緒に夜を過ごせて幸せだけど」
時々茶々を入れるアレクサンダーにネリーネイオミは睨んだ。
「4歳になった時に、新しいナニーを雇っただろう。コミュニケーション範囲を広げたら、怒りや不満を言語化できるようになれば落ち着くと聞く」
ネリーネイオミは思い出した。
(確かに彼女を雇い始めてから、コンスタンスが落ち着いたように思える)
「でも、いくら何でも早すぎるわ」
「気になるのなら、直接コンスタンスに訊けばいい。ここで悩んでも仕方ないだろう」
アレクサンダーの言葉にネリーネイオミは確かにと頷いた。
「それなら早速コンスタンスに会いにいかなければ……今は、お庭でカレンと剣の稽古をしていたはずだわ」
ネリーネイオミは近くにいるメイドに声をかけた。
「コンスタンスがいる庭へ行くわ。エッグタルトと、飲み物を用意してちょうだい」
指示を終えたネリーネイオミは部屋を飛び出した。
そしてぴたりと止まり、後ろを振り向く。
後ろにはピッタリとアレクサンダーがひっつかんばかりについてきていた。
「あなたは執務室へ戻ってください」
「私も一緒に行くよ。コンスタンスは私の孫だからね」
「祖父母に囲まれてもコンスタンスがすぐに喋れないかもしれません。まずは私が声をかけて、反応を確認しますから」
アレクサンダーは「えー」と悲しげにネリーネイオミを見つめた。
「困ったらまた声をかけます。とにかくあなたは執務室へ戻ってください。仕事を残していたら、あなたは一人執務室で夕食を食べていただきますよ」
そこまで言われてアレクサンダーはとぼとぼと執務室へと帰っていく。
その後ろ姿は哀愁が漂っていて思わず声をかけたくなるが、ネリーネイオミは堪えた。
(騙されてはいけないわ。ネリーネイオミ。あれはあの人の作戦……引っかかってはならない。執務室には秘書官たちが待っているのよ)
何度ひっかかったか知れないアレクサンダーの術中だと、ネリーネイオミは見抜いていた。




