018 【5日目】
ネリーネイオミが亡くなって5日目。
アフタヌーンティーの時間が近づいた。
ティーセットの準備をして、ネネは改めてポケットに入れていた便箋を確認した。
(よし、これをマーガレットに渡すのよ)
緊張しながらティーセットを運ぶ。
「失礼いたします」
ノックをすると中からマーガレットの声がした。
「中へ入って」
扉を開き、ネネは礼をした。
「休暇はゆっくりできた?」
お茶を淹れていると、マーガレットが尋ねてきた。
「はい。突然の用事のために休暇をとり、申し訳ありませんでした」
「いいのよ」
マーガレットはお茶にミルクと蜂蜜をいれて、口へと運んだ。
「あ、あの……奥様」
ネネは改めてマーガレットに声をかけた。
「何かしら」
「実は、離れで掃除をしていたらこんなものが落ちていました」
先程ポケットに詰めた便箋を差し出した。
「宛名は奥様宛のようで、一応報告にと持ってきました」
ネネがそれらしいストーリーを語り、マーガレットは便箋を見つめた。
「……」
マーガレットは目を見開いて、何度も便箋を裏表ひっくり返して眺めていた。
(やはり怪しんでいる)
ネネは胸がドキドキした。
これはネリーネイオミとしてマーガレットにあてた手紙である。
(本当は封に蝋を使いたかったけど、さすがに部屋に入ると怪しまれるものね)
封は糊付けに、趣味のイラストを描いたもので済ませていた。
マーガレットはようやくペーパーナイフを取り出して、封を切った。
中から手紙を取り出して確認した。
「これは……」
マーガレットは立ち上がった。
「お、奥様。どちらへ」
部屋を出ようとするマーガレットにネネが声をかける。
「離れの庭園へ行くわ。ネネ、あなたも来なさい」
狙い通りの行動にネネは安堵した。
「はい、お供いたします」
ネネはマーガレットの後ろをついていく。
◆◆◆
向かう先は離れの庭園。
そこには、ネリーネイオミの好きな花、プラムブロッサムが植えられていた。
庭園を訪れると甘い香りが一気に強くなった。
(プラムったら、ちょっと演出が過剰じゃない?)
ネネはマーガレットの様子を見続けた。
彼女は懐かしく、甘い花の香りを感じているようだった。
「プラム、起きているの?」
マーガレットが声をかけるとプラムブロッサムの幹からちょんと赤い花びらのような髪が見えた。
「マーガレット、きたか」
まるで待っていたかのような口ぶりである。
実際、ネネに頼まれて待っていたのだが。
「大奥様からの預かり物があると教えられたわ」
マーガレットは手紙の内容をプラムに見せた。
プラムはちらりとネネをみて、頷いた。
「うむうむ、よくきた。きっと今が必要な時なのだろう」
そう呟き、プラムは幹に手を翳した。
幹の中からスッと現れたのは、小さな木の箱である。
プラムは木の箱をマーガレットに渡した。
「……」
マーガレットは木の箱を開いた。
中には、紙が綺麗に入っていた。
小さな印もある。
これは財産の書類である。所有者の名前は、マーガレット名義にしてある。マーガレットの為にオリジナルの印も用意した。
いざというときにマーガレットが、一人でも生きられるように用意したものだ。
マーガレットは賢いから有効に使うだろう。
そう考えて、ネリーネイオミはプラムに預けていた。
だが、その後にマーガレットは孫のコンスタンスと親密な関係になり、婚約することになった。
公爵夫人としての仕事をやり遂げられるまでになり、木の箱は必要なくなりネネ自身忘れていた。
「大奥様、こんなものを用意していたなんて……」
ぽたぽたとマーガレットの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ネネはこのまま見守るに徹しようとしていたが、思わず声を出す。
幼い頃より育ててきたマーガレットの涙に、ネネは弱かった。
「あ、あの……何か、あったのでしょうか?」
何とか言葉を絞り出すと、マーガレットは微笑んだ。
「ええ、とても嬉しいことよ」
マーガレットは木の箱を抱きしめた。
「これは大奥様が私のために用意してくれたもの。大奥様は死んだ後も私のことを考えてくださった」
マーガレットはプラムの方に振り向いた。
「プラム、ありがとう。ずっと守ってくれて」
「お、おう……とりあえず一安心だな」
感謝を受け取り頷くプラムに、マーガレットはさらに頼み事をした。
「それでお願いがあるの。今まで通り、預かって欲しいの」
「ふぁ!?」
予想外の頼み事にプラムは飛び跳ねた。
「なんだ。好きに使ってと言われた財産だろう。そのまま受け取ればいいだろう……は、さては少なかったのか。ネネめ……お金持ちなんだからもっと弾めばよかったものの」
プラムはちらっとネネを見た。
(ちょっと、こっちを見ないでよ……ええ、とあの時どのくらいいれたかしら。……足りなかったかしら)
内心プラムの指摘にネネは心外だと怒ったが、同時に木の箱に入れていた財産の心許なさを感じた。
「いいえ、いいえ」
マーガレットは首を横に振った。
「今の私にはまだ必要のないもの……だから」
優しく微笑んだ。
「これがここにあるとわかれば……ここに来れば、大奥様が見守ってくれていると思えるの。それはとっても心強いことだわ……これがあると感じられるだけで私は耐えられる」
マーガレットの言葉にネネは瞳が潤んだ。ぽたぽたとこぼれる涙に、今度はマーガレットが動揺した。
「どうしたの……ネネ」
「いえ、奥様があまりに立派で……そんな耐える必要などないのに」
(浮気した馬鹿孫のことなど、耐える必要がない)
思わず口にしたい言葉をぐっとこらえる。
まだコンスタンスの祖母・ネリーネイオミとバレるわけにはいかない。
バレる時はコンスタンスの頬を殴り、どつき回してからではないといけない。
ネネの言葉にマーガレットは微笑んだ。
「ネネ、ありがとう。大奥様の手紙を見つけてくれて……もう大奥様からの言葉はもらえないと思っていたから、嬉しかった」
マーガレットはポケットから白いハンカチを取り出して、ネネの涙を拭ってやった。
優しい手つきで、あの時の心許ない少女がここまで立派に成長できたのかとネネは感慨深く思った。
そして心に決めた。
(コンスタンスをどつき回す)
浮気が本当か、どうかなどどうでもいい。
噂ひとつでマーガレットを一喜一憂させ、耐えさせる馬鹿孫をこの手で殴る。
そうしなければ気が済まなかった。




