017 マーガレット②
孤児院から出た後、マーガレットは女性と一緒に馬車に乗った。
(はじめて、孤児院の外へ出た)
マーガレットは窓の外の光景を眺めて思わず呟いた。
馬車に揺られながら、女性はマーガレットに教えてくれた。
「改めて自己紹介するわ。私はネリーネイオミ。ラニテル公爵夫人と呼ばれているわ」
女性の名を聞いて、マーガレットはかしこまった。
ネリーネイオミ・ラニテル公爵夫人。
『呪われた公爵家』こと、ラニテル公爵に見そめられて、長年の苦労である呪いを解決した聖女のような人と聞いた。
ロマ教の本拠地である聖国より聖女として招聘されていたが、彼女は聖女の座は望まず断った。
まさに雲の上の存在だ。
「私はずっとマーガレットを探していたの。あなたは私の息子夫妻の友人の子……よく生きてくれたわ」
ネリーネイオミは、マーガレットに感謝した。
(変なの。生きているだけで感謝されるなんて)
変な気分だった。
——「マーガレットがいるだけで食べ物の分配が減る。大した役に立たないのに」
いつも言われていた言葉を思い出して、マーガレットは思わず裾を握りしめた。
「息子夫妻とあなたの父母はとっても仲がよかったの。旅行も仕事も一緒にすることが多かったの」
しばらくしてネリーネイオミの表情が曇った。
「あの日も、一緒に領地外の仕事へ出かけていたわ。道中に、崖崩れに巻き込まれてしまった」
マーガレットは青ざめた。
「では、私のお父さんとお母さんは……」
辛い出来事であるが、マーガレットは知るべきだ。
そう思ったのか、ネリーネイオミは話を続けた。
「あなたのご両親は、崖崩れに巻き込まれて亡くなられたわ。そして、一緒にいたあなたは当時1歳……生死不明の行方不明だった」
ネリーネイオミは悲しげに笑った。
「ずっと探していたの……まさかこんな遠くへ流されていたなんて」
ネリーネイオミの想像ではこうだ。
赤ちゃん籠で寝ていたマーガレットは、籠ごと馬車から投げ出されてしまった。
マーガレットは川の中へ流されて、下流の方で孤児院の先生に拾われた。
「あなたが死んだものと考えて、川を漁り、土を掘り起こして……時間がかかってしまったわ。あなたが10歳になるまで気づかなくて、遅れてごめんなさい」
ネリーネイオミに頭を下げられたマーガレットはしばらくして思い出した。
「で、ですが……奥様。私は本当にマーガレットでしょうか?」
マーガレットは不安げに質問した。
ネリーネイオミが探していたマーガレットではないかもしれない。その事故で行方不明になったマーガレットだと証明するものがなかった。
貴族に嘘をつけば、右の薬指を切り落とされる。
先ほどの話を思い出してマーガレットは右の薬指を握りしめた。
古い言葉とはいえ、貴族に嘘をつくのは罪深いこと。
「あなたはマーガレットよ」
ネリーネイオミは先ほどの布を広げた。
布の中からは先ほどの刺繍絵、いやその上にちょんと乗っている小さな人間がいた。
赤い花びらのような髪をしたつぶらなお目々をした人間。
「この子はプラム。私の友人となったプラムブロッサムの精霊よ」
「精霊……」
マーガレットは思わず呟いた。
精霊は絵本の中でしか知らない。
本当に実在していたとは驚きだった。
「この子が教えてくれたの。マーガレットがあの孤児院にいることを」
「ど、どうして精霊様が私のことを」
「あの事故があった場所で、偶然、この子の祀られていた遺跡を見つけたの」
ネリーネイオミはプラムのことを説明した。
「この子が教えてくれたわ。プラムブロッサムの花見をしていた夫妻に近づいてあなたに花の香りをつけたのよ。だからかすかについた花の香りで判定してもらったわ」
精霊をジッと見つめるマーガレットにネリーネイオミは困ったように続けた。
「当時は力は弱くて、遠くにいるあなたの居場所を見つけることができなかったの。最近力が戻って、あなたのいる孤児院がわかったわ」
言い訳に感じたかもしれないとネリーネイオミはマーガレットの様子を窺った。彼女はそこまで気にはしていないようだ。別のことを考えているようだ。
「もしかして、私がお腹を空かせたら甘い花の香りがしたのはこの子のおかげでしょうか?」
「そうね。もしかしたらそうかも」
力が弱くても花の香りでマーガレットを慰めてくれたのかもしれない。
「精霊様、こんにちは」
マーガレットが挨拶をすると精霊はにこにこと笑い、マーガレットに手を伸ばした。
「え、えーっと」
「握手をしてあげて」
ネリーネイオミに言われるままマーガレットは手を差し伸ばした。人差し指がちょんとプラムの手に触れる。
その瞬間に、甘い花の香りがしてぽかぽかと胸の奥が温かくなった。
「良かったわ。プラムがあなたを気に入ってくれて。あなたに加護を与えてくれるって……そのうちプラムの言葉が聞こえるようになるわ」
ネリーネイオミは嬉しそうに説明してくれた。
「離れのプラムブロッサムに住んでいるから時々声をかけてあげて」
用事が済んだのか、プラムはあくびをしてネリーネイオミのポケットの中へと入っていった。
「……とりあえず、あなたは私が探していたマーガレットよ」
改めてネリーネイオミは断言した。
間違っていないと念を押されて。
「……それでは奥様」
マーガレットの声が掠れていた。
「私は捨てられた訳ではないのですね」
その言葉にネリーネイオミは目を潤わせて、マーガレットを抱きしめた。
「勿論よ。あなたはお父様とお母様に愛されていたの……あなたは大事な子よ」
その言葉にマーガレットは涙をこぼした。
ようやく自分のことがわかった気がして、思い切って泣いてもいいとわかって声をあげて泣いた。
そしてマーガレットはネリーネイオミのもとで養育された。
はじめは引っ込み思案な子であったが、一年経過した頃には明るくなり、コンスタンスとカレンと庭を駆け回るまでになった。




