015 プラムブロッサム
ネネたちが修道院を去った後、敷地内で作られた庭園にお茶を飲むスペースが解放されている。
ここにはマルヴィナとコンスタンスの二人だけしかいなかった。
「今日は、ノクティス卿がきていましたわ。可愛らしい女の子と一緒で……」
マルヴィナは先程あった出来事についてコンスタンスに説明した。
「カレンが……」
「今は休暇中と聞きましたが、まさか恋人かしら」
お茶を淹れながら楽しげに話している。
「ネネといって私と同じ亜麻色の髪の女の子……親近感が湧いたわ。実家にいる弟妹を思い出します」
「確か、マルヴィナには兄弟がたくさんいたか」
「はい……今は事情があり、離れ離れですが」
くすんとすすり泣く声がして、コンスタンスはハンカチを差し出した。マルヴィナはハンカチで目元を拭った。
「あのネネを、いつか私付きのメイドに欲しいですわ」
大層気に入った様子だった。一度しか出会っていないというのに。
「ネネは、マーガレットのお気に入りのメイドだよ」
コンスタンスは釘を刺していた。
「もしかするとマーガレットに言われて訪問したのかもしれない。あまり不用意に近づかない方がいい」
ネネがここに来た理由についてコンスタンスは予想を立てた。
ネネは新人メイドであるが、マーガレットに気に入られてアフタヌーンティーの係に指名されている。もしかしたら、コンスタンスの浮気相手マルヴィナを探りに来たのかもしれない。
「そんなの関係ないわ」
マルヴィナはコンスタンスの瞳を見つめて言った。
翠の瞳。
ネネ、とコンスタンスの祖母——ネリーネ・イオミが持つ瞳の色だ。
その奥の方でちかりと金色に輝く色が見えて、目をこらしているうちに吸い込まれるような感覚を覚えた。
「……」
くすりと笑い、マルヴィナはコンスタンスの手を握りしめる。
「ねぇ、愛しいコンスタンス」
彼女がそう囁くと、コンスタンスはこくりと頷いた。
その様子をみて一層マルヴィナは微笑んだ。
「私、あの子が欲しいの。私が公爵夫人になったときはあの子を私付きにしてちょうだい」
マーガレットを差し置いて自分が公爵夫人にという。既に未来について、マルヴィナはコンスタンスと話をしているのだろう。
「しかし……」
コンスタンスはネネについて頷こうとしない。
マーガレットのお気に入りのメイドというところで引っ掛かりを覚えているのだろう。
「大丈夫よ。あなたと同じ……何度もお話をしていれば、きっと私のこともわかってくれるわ」
甘い、さざなみのようにゆるやかな声で囁かれてコンスタンスはこくりと頷いた。
「そうだな。マルヴィナ……君と話していればきっと彼女も君の良さに気づくだろう」
求めていた言葉が出て、マルヴィナはコンスタンスの胸元へともたれかかった。
「コンスタンス、大好き……もっと一緒にいたいわ」
マルヴィナは甘えるように言う。
「私もだよ」
「私を早く公爵夫人にしてね」
マルヴィナのお願いにコンスタンスは微笑んで頷いた。
その瞳の奥でバチリと小さな火花が散ったが、彼の胸元にすがっていたマルヴィナには見えていなかった。
◆◆◆
修道院から公爵家へ戻った後、ネネはメイド服に着替えて敷地内を歩いた。
彼女が行った先は離れである。
この離れの主人である、大奥様・ネリーネイオミはいない。
ここに配属されていたメイドの大半は、本邸へと戻されている。
今は掃除以外はがらんとしていた。
(こっち)
ネネはまっすぐ庭園の方へと向かった。
離れの庭園にはプラムブロッサムが植えられている。
ネリーネイオミが好きな花で、亡き先代公爵・アレクサンダーが植えさせた木の花であった。
赤い花びらを見てネネは頬が緩んだ。
数日後の葬儀で、カレンがここの花びらをとって葬儀に参加してくれることだろう。
「む、ネネ?」
プラムブロッサムからちょこんと小さな人間が顔を出した。
(精霊には私がネリーネイオミとバレても大丈夫なのね)
死神の指輪をみて、特に変化のない体をみてネネは安心した。
「こんにちは、プラム」
ネネが挨拶をすると小さな人間はプラムブロッサムの枝からぴょんと飛び降りた。
「確か死んだはずでは?」
「ええ、死んだわ。でもやり残したことがあって数日だけ残っているの」
「なるほど、死神の指輪か」
プラムはこくこくと頷いてみせた。
髪は赤い花びらのように、目はメジロのようにつぶらで愛らしい存在。——プラムブロッサムの精霊だった。
昔、ネネが発見した遺跡に眠る神様の一部。彼はネネのことを気に入って、公爵家の離れにプラムブロッサムが植えられると聞きつけると住み着いてしまっていた。
「プラム。以前私があなたに預けたものを覚えている?」
「覚えているぞ。マーガレットに困ったことがあれば渡すように言っていた箱だろう」
「明日にはマーガレットを連れてくるから、渡しておいて欲しい」
プラムは目をしばしばとさせた。
「マーガレットが今、困っているのか?」
「困ることになる予定よ」
コンスタンスの浮気の件まで話しても長くなってしまうためネネは端的に伝えた。
「それで私はマーガレットを連れてくるけど……私の正体は」
「隠す必要があるのだろう」
既にわかっているというプラムの反応にネネは驚いた。
「死神の指輪は、死者が生者のように現界する道具だ。だが、生者……生きた同類……ネネの場合は人間か。生きた人間にばれて名前を呼ばれたら、指輪の効果はなくなる」
「そうよ。説明せずに済んで助かったわ」
ネネはプラムの頭を撫でた。ふわふわのプラムブロッサムの花のような髪は揺れて、彼はくすぐったそうに笑った。




