014 【4日目】
ネリーネイオミが亡くなって4日目。
カーテンの隙間から溢れる朝の日差しが見える。
目を覚ましたネネはむくりと起き上がり、夢の中で思い出した過去に頭を抱えた。
(コンスタンスの浮気が心配なのは……あのことがあったから)
女によって堕落した義父——先先代公爵は、幽閉されても目を覚ますことはなかった。
最期までアレクサンダーとネリーネイオミへの恨みを吐き続けて、息を引き取った。
そして、彼に蔑ろにされていた義母は、離れに移り住み療養していた。
夫の浮気に心を痛めるだけではなく、毎日のように夫から人格否定をされて体が弱っていた。その拠り所はアレクサンダーへ向けられて、彼女はアレクサンダーを厳しく躾け、時には不満の捌け口とした。
そして、夫の幽閉を知り、ついに壊れてしまった。
食事を摂ることも拒絶し、何を食べても吐きだす始末。ようやくスープを飲めるようになったが、栄養失調で亡くなった。
(マーガレットには、あんな目にあってほしくない……)
コンスタンスに限って義父のようなことはしないと思っているが、義父も若い頃は立派な当主だと聞いていた。
(万が一はありえる……もし、コンスタンスが浮気をしているなら、私はやらなければならないことがある)
カーテンを開くと、部屋全体が明るくなる。
同室のアンネがあくびをしながら目を覚ました。
「ふぁ……今日は早いのね。おはよう」
「おはよう。うん、ちょっと用事があるから」
朝の挨拶をかわしながら、ネネが手に取るのは私服の方だ。
本日は事前にとっていた休暇であった。
「まだ就職したてなのに連日休暇をとるなんて……何かあったの?」
「ええ、実はお世話になった修道院に用事ができてしまって」
「そっか、気をつけていってきてね」
「ありがとう」
メイド長の許可は下りている。アンネは特に気に留めずネネを送り出した。
◆◆◆
メイドの寮を飛び出したネネは、指定された待合の場所へと向かった。
(あの馬車よね)
屋敷を出たら、すぐ見える通りの端に馬車が停車していた。ネネが近づくとカレンが姿を現した。
「こちらへ」
カレンが手を差し伸べて、ネネは応じた。
「あの、領地都市内なら歩いてもよかったのですが……」
「都市郊外で、馬車の方が疲れずにすみます」
カレンは説明しながらネネを馬車の中へ誘導した。
◆◆◆
カレンが言う通り、例の修道院は遠いようだ。
領地都市の繁華街を通り過ぎて、あたり一面草原に囲まれた道の中を馬車は走って行く。
(こんな遠くまでコンスタンスは通い詰めているの?)
ネネは窓の外の光景を眺めながら考えた。
到着した先は、エンデ修道院というロマ教ノンナ派の施設であった。
(ノンナ派とは色々なことがあったわね)
ネネはかつての記憶を掘り起こした。
この国で土着神が蔑ろにされて邪教化した問題の遠因でもあった。
土着神の遺跡を掘り起こして、信仰を呼びかけるネネは彼らから邪神を広める悪魔だと罵られた。
しかし、ネネの働きかけで公爵領に染み付いた呪いは薄れていき、ついに彼らは何も言えなくなった。
かつての隆盛した姿はなく、今は普通の宗教施設として残っていた。
「とりあえず、まずはお祈りね」
ネネは本堂の方へと向かった。
修道院にきて、お祈りをしないのは周りから怪しまれる。
色々あったとはいえ、ネネ自身ロマ教に対しては特に嫌悪感はない。
ただノンナ派が過激なだけだと理解していた。
(邪教の信徒というのなら、とっくにロマ神は私を排除しようとしているでしょう)
それがないのであれば、そういうことだ。
ネネは本堂の、ロマ神の像の前に膝をついた。
「ロマ神、どうか公爵領に慈愛を……」
神像の後ろに張り巡らされたステンドグラスを見る。光に照らされて、美しく輝いていた。
(綺麗……だけど、目がチカチカする)
ネネは目を伏せて、祈りを続けた。なるべくステンドグラスを見ないようにしていた。
祈りを捧げ終わったら、空いた席へと腰掛けた。その隣に、カレンが腰掛けた。
◆◆◆
「あら、ノクティス卿」
若い女性がカレンに声をかけた。
目の前に現れた女性にネネは少し驚いた。
亜麻色のストレートヘア、真っ白な肌に、翠の瞳をした20歳手前の女性が笑顔で挨拶してきた。
(確かに、髪も、瞳も私に似ている……かも)
とはいえ、羨ましくなるほどのストレートヘアである。
アレクサンダーはネネのくせのある亜麻色の髪を好きだと言っていたが、それでもストレートヘアには憧れがある。
ネネの視線に気付いたのか、女性はにこりと微笑んだ。
「今日はお祈りに来られたのですか?」
女性はカレンの方へ向き直り質問した。
随分親しげでカレンは彼女に何度か会ったことがあるようだ。
「彼女がエンデ修道院に祈りを捧げたいと言われて同伴しました」
カレンはネネの方を紹介する。
「まぁ、可愛い方。私はマルヴィナ・エイベルと言います」
女性は笑顔で挨拶をする。
「ネネと申します。数日前から公爵家に奉公をはじめて……こちらの修道院のステンドグラスに興味があって連れてきてもらいました」
「素敵でしょう。私も大好きなの」
マルヴィナは嬉しそうにガラス絵を案内した。
「この国へ訪れた敬虔な修道士様の物語をモチーフにしているのよ。あちらは……」
ネネはちらりとステンドガラスを見た。光の中、さまざまな色合いで照らされてまた目がチカチカするのを感じた。
「それでは私はこれで……、ノクティス卿。今度一緒にお茶を飲みましょう」
「結構です」
カレンはあっさりと断った。
「ただお茶を飲むだけよ。コンスタンス様はその程度で怒らないわ」
くすくすと笑うマルヴィナの口から出た名前にネネはため息をついた。
(なるほど、カレンはコンスタンスと彼女の逢引きの場に同席していたのね)
呆れたネネはカレンをじとっと見つめる。
「それじゃあ、ネネさん。私と一緒にお茶でもどう?」
「え、えーっと」
「私たちきっと仲良くなれるわ。ほら、私となんだか似ているでしょう。他人とは思えないわ」
マルヴィナはじっとネネを見つめた。
(何?)
彼女の翠の瞳の中にちかちかと光る別の色がみえた。それを見ていると、胸がざわめく。
目を見ていたらダメだ。
そう思っていても目を逸らすことができない。
「マルヴィナ嬢。そろそろ閣下が来る時間だろう」
カレンの言葉に、マルヴィナはぱっと表情を明るくした。
「そうだったわ。いけない」
マルヴィナは慌てて本堂から姿を消した。
ネネはほっと安心した。
「帰りましょう」
カレンに言われたが、ネネは首を横に振った。
(閣下が来るということは、コンスタンスが来るということ……逢引きの現場をこの目で確認しないと)
ネネは立ち上がり、のろのろとマルヴィナの後を追いかけようとした。
腕を強く引っ張られて先へは進めない。
「帰りましょう」
カレンに強く言われて、ネネは彼に引きずられる形で馬車に乗せられた。
馬車の揺れの中、窓の外をみるとコンスタンスの愛馬が柱に繋がれているのを見た。
(来ているのね、コンスタンス)
ネネはぼんやりとそれを眺めて、修道院の敷地から離れたところで身が軽くなっていくのを覚えた。
「?」
自分の身に起きたことにネネは首を傾げた。
「疲れているのですよ」
カレンはそれだけ言った。何か知っているように感じたが、彼の口は結ばれて教えてくれる気配がなかった。




