012 面影
ロマ教では自殺を禁じている。
だが、この国では主君が死んだら後を追い忠義を示す古い風習があった。
もうそのような殉死はないが、この公爵領には騎士がその行為に及んだ伝承がいくつも存在する。
カレンはこの伝承を聞いた時、心の中で決めていた。
彼の忠義はネリーネイオミに向けられていた。
彼女が亡くなったのであれば、彼女の後を追う。
その覚悟を抱えて、今まで生きていた。
「何をしているの!」
少女の叫びで、カレンは目を見開いた。
扉から飛び込んできた少女であるはずなのに、一瞬だけ視界がぶれて少女がはじめて出会った時のネリーネイオミの姿と重なった。
ネリーネイオミ様……。
その名を口にしようとした瞬間、目の前にいるのは少女のネネだった。
ネネは短剣を持つ両手を掴んで、カレンの喉元から離した。
「ふ、副団長。何をやっているのですか!?」
後から追いかけたジョンが慌てて部屋へやってきて、ネネと一緒に短剣を奪い取った。
短剣が床へ落ちて、ネネは息を切らしていた。
「あなたは……」
カレンはネネを見つめた。
ネネはきっとカレンを睨みつけた。
立ち上がってカレンの左頬を叩いた。
「馬鹿! 何をしようとしていたの!?」
ネネの問いに、カレンはつぶやいた。
「ネリーネイオミ様の後を追おうとした」
何のこともないことのように答えて、ネネは頭を抱えた。
「何を考えているのよ」
「そういうあなたは何だ? 私とは関係ないと思うが」
「目の前で死のうとされたから、関係も何もないでしょう!」
ネネは叫んだ。
「あなたはネリーネイオミの後を追うと言っていたけど、ネリーネイオミはそのことを知っているの?」
カレンは黙った。
「知らないのでしょう」
これは、ネネ自身よく知っている。ネリーネイオミ本人だから。
「よく聞きなさい。こんなことを誰が望んでいるというの。勝手に後を追われても困るのよ。頭なんて撫でてやらない。『何をやっているの!』とどつき回すわよ!!」
途中からネネの言葉ではなく、ネリーネイオミの言葉になっていた。
そんなことも気に留める余裕もない程、ネネは怒っていた。
「っふ……」
カレンは口を緩ませた。今までの緊張が嘘のように解れていく。
「確かに、大奥様であればそう言うだろう」
ようやく我を忘れてまくしたてていたことに気づいてネネは慌てた。
「そ、そうよ。大奥様ならそう言うでしょう!」
ネネは指の黒真珠の指輪を見つめた。
自分の体がまだある為、指輪の効果はまだ有効なようだ。
とりあえず安心した。ネネは深くため息をついた。
「と、とにかく馬鹿なことはもう考えないでください」
メイドのネネの口調に戻り、カレンに口酸っぱく言う。
「……はい」
カレンは大人しくネネの言葉を聞いた。
「4日後の葬儀には必ずくること。プラムブロッサムの花びらでも集めて、棺の中へ捧げなさい」
「ああ、プラムブロッサムは大奥様が一番好きな花だった」
嬉しそうにカレンはつぶやいた。
それにネネは表情をこわばらせた。
「そ、そうよ。大奥様が好きだったプラムブロッサムの花びらを捧げなさい」
「枝じゃなく?」
「枝は折ったら可哀想だと大奥様なら言うでしょう」
ネネは心臓をばくばくさせながら、どこまでだったら大丈夫かとカレンの質問に答えた。
「そうだな。ネリーネイオミ様ならそう言う」
カレンはようやく落ち着いた様子だった。
もう死のうという気配は見当たらない。
「良かった……奥様が心配していたのよ」
ネネは彼の頭を撫でる。
ジョンが慌てて止めるが、カレンは気にせずネネの手が頭に触れるのを許していた。
「少し落ち着いた?」
「ああ、だいぶ……感謝する。あやうく大奥様に叱られるところだった」
もうすでに叱られているのだが、気づいていないことにネネは安心した。
「何か礼をしよう。何がいい?」
カレンの言葉にネネは色々と考えた。
「その、旦那様が最近通っている修道院があるでしょう。マルヴィナという女性について……教えてください」
ネネはおそるおそる尋ねた。
「ま、おまえ。よりによって副団長にそれを聞くなんて」
ジョンは青ざめた。
よりによって公爵家当主の右腕的存在の、騎士団副団長に何という質問をしているのだろうか。
カレンは不愉快を示すどころか表情が固まった。
「知っていますね」
「いや、なんのことやら何もわかりませんね」
カレンの言葉にネネはため息をついた。
(相変わらず嘘が下手ね)
コンスタンスの悪戯を庇う時の仕草にそっくりである。
その対応方法をネネは知っていた。
「カレン・ノクティス……教えて」
満面の笑顔でネネが尋ねると、カレンは困り果てた表情で言葉にした。
「わ、私が言えることは……」
「カレン・ノクティス」
ネネはカレンの頭を撫でると、カレンはそのまま項垂れた。
「ひとつ、条件が」
「何かしら?」
「修道院へ行く時は、一人で行かないでほしい」
カレンはじぃっとネネを見つめた。
「私を連れて行くこと……」
しばらく悩んでネネは頷いた。
「わかったわ」
「修道院の名は今は教えない。明日、連れて行く。それでいいか?」
(そこまで徹底しなくても……でも、新人メイドが秘密を知ったらその管理をしなければと思うものよね)
ネネは仕方ないとカレンの指示を受ける条件で、協力を得た。




