011 【3日目】
カレン・ノクティスはラニテル公爵家の騎士の子として生まれた。
父は、子爵位を持っていたため貴族相当の地位であった。
いずれは自身も、公爵家に仕える騎士になるのだろう。
カレンは漠然と考えていた。
「可哀想に、まだ6歳だろう」
「母親は確か、彼が生まれた時に亡くなられたとか……」
葬儀の中、周りから聞く悼む声にカレンは眉をしかめた。
父は、公爵家嫡男夫妻の他領地へ移動する際同席していた。
道中の土砂崩れに巻き込まれて、嫡男夫妻も父も無言の帰宅となった。
花でいっぱいになった箱の中で眠る父を見て、カレンは何も言えなかった。
「カレン・ノクティス」
土に埋まった父の側を離れないカレンに声をかけたのは、当時の公爵夫人だった。
彼女も息子を失ったばかりで、目の下に隈ができて腫れていた。
彼女の腕には2歳になる子供がいた。
父と共に亡くなった嫡男夫妻の忘れ形見だとすぐにわかった。子供は重々しい雰囲気に気分があてられたのか、ひたすら公爵夫人にしがみついていた。
「もしよければ一緒にいましょう」
公爵夫人はカレンに手を差し伸べた。
他の者たちのように、もう寒いのだから帰ろうとか、前を向いて生きなければならないとは言わない。
一緒にいると言っていた。
カレンは思わず、その手をとった。
しばらくして外は寒いということを認識して、カレンはようやく口にした。
「奥様、建物へ行きましょう」
ようやくカレンから出た言葉に、公爵夫人は微笑んだ。
◆◆◆
ネリーネイオミが亡くなって3日目。
ネネは公爵家の敷地から出て、領地都市の中を歩いた。
カレンの家がある場所はどこだったかと思い出す。
「エーリッヒ通りよねぇ……」
ネネはうろうろとあたりを歩く。
(……まさか、そんな)
立ち止まってネネは今の状況に困惑した。
「……迷った」
悔しいがその一言を口にした。
かつては領地都市で下宿していた身、領地都市で迷うことはないと思っていたというのに。
公爵夫人になってから、街中を歩くことは無くなったため随分と雰囲気が変わっていて、目印すらもなくなっていた。
困惑するネネのもとへ、助けが入る。
「おーい、また迷子かぁ?」
いつぞやのネネを使用人たちの寮へと送り届けた公爵家内の見回り兵士だった。
「ジョン?」
「おう、覚えていたか。ネネ」
ジョンは嬉しそうに胸を叩いた。
「何だ? 迷子だろう?」
「目印を見失ったのよ」
「迷子だろう。どこへ行きたいんだ?」
ネネはここで頭の中で考えた。
迷子と改めて言われると癪であるが、ここは公爵家の外であり自力で帰れる自信もない。
(ここは彼の力を借りましょう)
「カレン・ノクティス卿のお家を探しているの」
「ノクティス副団長の? どうして??」
「……奥様からの言伝があって」
ネネはそれらしい理由を探して口にした。
「奥様か、そういえばお前は最近奥様によく呼ばれているんだっけ……」
ジョンはネネの最近の状況を把握しているようで、まじまじと見た。
「よし、ノクティス副団長の家へ一緒に行こう」
すっと目の前に手を差し伸ばされた。
手を握ってくれるといっているのだ。
「じゃあ、お願い」
ここは甘んじてエスコートをお願いしよう。
ネネは笑って、ジョンの手をとろうとした。
バチバチ……
大きな静電気が走り、お互い手を引っ込めた。
「すっげぇ、静電気がこんなに走るとか。お前はそういう体質なのか?」
「違う、と思うけど」
おそるおそるお互いの手を触ると今回は大丈夫だった。
「よ、よし。行こう」
ジョンは安心して、目的地へとネネを案内した。
カレンの家は三階建ての棟が並ぶうちの一棟であった。
ネネは、扉付近のベルを鳴らしてみるが応答がない。
「留守かな……確か長期休暇をとると言っていたし、旅行かもしれない」
「……」
ネネはドアノブに手をかけると、あっさりと扉は開いた。
家の中からは誰も出てくる気配はない。
「……」
ネネは胸騒ぎを覚えて、家の中へと足を踏み入れる。
「お、おい。副団長に怒られるぞ」
ジョンが呼び止めたが、ネネはすたすたと家の奥へと進んで行った。
「うぅ、副団長。ごめんなさい」
そう呟きながらジョン自身も家の中へと入った。
(カレンの部屋は多分、3階……あの子は高いところから景色を眺めるのが好きだったもの)
彼が幼い頃、教会の鐘にいつもいたのを思い出した。
——「みぃつけた」
そう声をかけるとカレンは照れて笑っていた。まるでネリーネイオミに見つかるのを望んでいたかのように。
3階まで上がり、ネネは一室のドアへと手をかけた。
中の光景を見て、ネネは叫んだ。
「何をしているの!!」
ネネは部屋の中へと飛び込んで、カレンの方へ走った。
カレンは両手に短剣を構えて、自分の喉へと当てていた。




