第18話 条件その11 人生二週目
衣食住は整った。
今と同じ生活ができる。
いや。
今より少し楽で、少し贅沢な生活ができそうである。
理美は、ようやく生活以外のことを考え始めた。
自分の身体のことである。
「JINさん。私、二十二歳になるんですよね?」
「はい。」
「ずっと二十二歳ですか?」
「いいえ。」
JINは答えた。
「理美さんの身体は、そこから普通に年齢を重ねていきます。」
「あ。よかった。」
理美は安心した。
永遠の二十二歳になりたいわけではない。
理美が知りたいのは、その先である。
五十三歳の今まで、自分は美容や健康について、それなりに気を遣ってきた。
特にここ三年ほどは、美容が趣味のようになっている。
食事。
運動。
睡眠。
スキンケア。
二十二歳の身体から、もう一度それらをやり直したら。
自分は、どんな五十三歳になるのだろう。
それを見てみたい。
「一年経ったら、一歳年を取るってことですよね?」
「はい。時間の流れは、日本とほぼ同じです。」
「ほぼ?」
「正確には、二時間ほどずれています。」
時差のようなものらしい。
理美は少し考えた。
「じゃあ、私は日本時間で生活します。」
「日本時間ですか?」
「まだ、そちらの世界の人と関わるかも決めてませんし。二時間ぐらいなら、明るさとか暗さも、そこまで変じゃないですよね?」
「そうですね。」
「じゃあ、日本時間で。」
これまで五十三年間、日本時間で生きてきた。
わざわざ異世界へ行った初日から、時計まで変える必要はない。
次に理美が気になったのは、怪我だった。
病気については、すでに確認した。
病原菌。
ウイルス。
寄生虫。
食中毒。
そういうものからは守ってもらえる。
しかし、病気にならなくても、転ぶことはある。
包丁で指を切ることもある。
火傷をすることもある。
「怪我はしますよね?」
「します。」
「痛いですよね?」
「……痛みもなくしますか?」
「いや。それはダメです。」
理美はすぐに答えた。
痛いのは嫌いである。
できれば、痛い思いなどしたくない。
しかし、痛みは身体からの警告でもある。
どこかがおかしい。
何かが起きている。
それを知らせるアラームのようなものだと、理美は思っている。
「痛みがなかったら、怪我してても気づかないかもしれないじゃないですか。」
「そうですね。」
「痛いのは嫌ですけど、痛みは必要です。」
怪我をした時は、Hugoに診てもらえばいい。
必要な医療技術をインストールする。
先ほど決めた、マトリックス方式である。
Hugo、便利すぎる。
そこで理美は、もう一つ身体のことを思い出した。
「……JINさん。」
「はい。」
「二十二歳の身体ってことは、生理もあります?」
「ありますね。」
「いらないです。」
「え?」
JINが一瞬止まった。
「私、生理痛が重かったんですよ。」
理美は、生理が来るたびに嫌な思いをしてきた。
痛い。
だるい。
面倒くさい。
それでも、子供を産む可能性がある間は必要なものだと思っていた。
しかし、理美は五十三歳である。
子育ても終わった。
今から恋愛をして、誰かとの子供を産みたいとも思っていない。
中身は五十三歳なのだ。
枯れている。
「もう、いらないです。その機能。」
「機能……。」
「なくせます?」
「できますよ。」
「じゃあ、なしでお願いします。」
理美は即決した。
見た目は二十二歳。
身体も二十二歳。
しかし、いらない機能はいらない。
若返るからといって、二十二歳の人生をそのままもう一度やりたいわけではないのである。
理美は、さらに先のことを考えた。
年を取る。
老化する。
ということは。
「寿命は?」
「あります。」
「何歳までですか?」
「それは分かりません。」
「神様なのに?」
「理美さんがどう生きるかで変わりますから。」
なるほど。
それなら日本と同じである。
理美は少し安心した。
寿命まで最初から決められているより、その方がいい。
では。
「万が一、事故とかで死ぬこともあります?」
JINの表情が少し真面目になった。
「可能性が全くないとは言えません。」
JINは、自分ができる範囲で、理美が命を落とすようなことがないようにすると言った。
裏から手配できることもある。
危険を避けることもできる。
しかし、予測できない事故まで、絶対に起きないとは言い切れない。
理美は頷いた。
絶対に死なない。
そんな約束の方が信用できない。
「じゃあ、私が死んだらどうなるんですか?」
「異世界での理美さんの記憶を、日本にいる理美さんへ戻すことができます。」
「全部?」
「はい。」
理美は少し考えた。
そして、嫌なことに気づいた。
「死ぬ時の痛みとか、怖かったことも?」
「……それも記憶ですから。」
「それはいらないです。」
また即答した。
JINが理美を見る。
「最後の恐怖だけ持って帰るのは嫌です。」
理美は言った。
「それまでのことは全部欲しいです。何をしたとか、誰と会ったとか、楽しかったこととか。そういうのは全部、いい思い出として持って帰りたいです。」
「はい。」
「でも、死ぬ直前の痛いとか、怖いとか、もう嫌だとか。そういうのはいりません。」
「分かりました。」
「そこだけ消せます?」
「できます。」
「じゃあ、それでお願いします。」
異世界でどれだけ長く生きるのかは分からない。
二十二歳から始めて、五十三歳になるかもしれない。
もっと長く生きるかもしれない。
途中で、思いもよらない事故に遭うかもしれない。
それでも。
最後の恐怖や苦痛を除いた記憶は、日本の五十三歳の理美へ戻る。
日本の理美は、ある日突然知ることになる。
自分の知らないところで、もう一人の自分が生きていた人生を。
こんな人生を送った。
こんなことがあった。
そして、最後は事故で亡くなった。
その事実も含めて、一つの思い出として受け取る。
理美は、それでいいと思った。
二十二歳から、もう一度年を取る。
今度は、自分が知っている美容も健康も、最初から試すことができる。
そして、どんな五十三歳になるのかを見る。
人生二周目。
ただし。
いらない機能は外してもらう。
そこは、五十三歳の知恵である。
……いや。
これだけ地味チートを積んだ二十二歳の異世界の理美は、日本の理美より長生きしそうな気がする。
異世界の自分が先に死んだ時のことを考えるより、日本の自分が先に死んだ時のことを考えた方が現実的かもしれない。
まあ、いっか。
その時は、自分の葬式でも見に行こう。
そして、毎週日本へ来るJINさんと、日本の理美にゆかりのある場所を巡ればいい。
本体亡き後の、聖地巡礼である。(笑)




