26.
死体漁り、とは少し違う。
火事場泥棒、ともやはり違う。
惨事の後から、使えそうな物資をかき集め。既に滅んだ国を巡る。
歩き通しだ。空間跳躍が叶うなら、この程度の移動に半日もかけなかっただろうが。
或いは、その探索に丁寧に時間をかけていたからかもしれないのだが。
生存者が居るのかもしれない。その気配を察知する為には五感がいる。耳を澄ませ、振動を察知し、視界を常に明晰に保つ。
拾えたのは。
風の音と、鳥の気配と、瓦礫の山程度ではあったのだが。
「…………」
生存者は居なかった。
砕けた植物の破片は、いつの間にか肉の塊に戻っていた。
人の形は保っていない。ねじれ混ざり溶け合って、歪な姿のどこに顔があるのかもわからない。
ただ、それらを見つける度に。せめて目立たないようにと道の端に運び、可能であれば布を被せ。
祈る。
ただひたすらに、それを繰り返す。
歩き通す為の食料を拾いながら、見つけた水筒に水を足しながら。
そんな日々を、しばらく続けた。
一週間ほど。
巡り巡って戻るのは、あの日に世界を書き換えた場所。
魔法という概念を、この世から消し去った場所へと、彼の足は向かっていた。
切り立った崖から海を臨む。
選択は正しかったのか。疑問は残る。その「結果」を知る手段は、ここには残ってはいないのだが。
「…………」
左手を空へ翳す。
当然、あの影色は生み出せない。
この役割は、とっくに終わっているのだろう。
「まぁ──これからは混乱の毎日だろうが、何とかならなけりゃその程度だろ。俺がどうこう言える範囲は、とっくに通り過ぎている」
踵を返す。
機能としての役割を終えたのであれば──放棄できるのであれば、望むべくもない。
もはや彼は『剣』ではない、ただの一個人。他者の命を奪う事を求められず、自己の感情に蓋をせずとも許される。ここに在るのは、どうしようもなく普通の人間。
晴れやかな笑顔だった。どんな事をしても渋面だった彼にしては、とても珍しいと思える程の。
歩を進める。数歩。この国の跡地に用事が無いのなら、どうするべきか。
「……旅、か」
自分の為の願いは、殆ど持ち合わせていなかった。
激務の中、理想を捨てた彼には、およそ願望と呼べるものは残っていなかった。
折角なら、他の国も見て回ろう。その程度の考えで、この世界を巡る事を思いつく。
誰の為でもなく、ただ自分の為に。
そうやって時間を使えるのは、いつ以来の事だったか。
「で?」
「アンタはどうするんだ?」
気まずそうに。
岩陰から、顔を覗かせるのは。
「……わかんない」
「なんだそりゃ」
「わかんないよ。いきなり何もかもが終わったって言われても、私には何もわからないんだから」
顔を伏せ、呻く彼女は。
「『結果』が何も見つからない。望んでいた筈なのに、願っていた事なのに。いざそうなってみると、目隠しよりずっと酷い」
「…………」
「第一、なんで私は死んでないの?」
反対に。
珍しく、渋面であった。
「魔法は……消えたんだよね?」
「そうだな」
「私は?」
「魂まで干渉してないから、死んでない。じゃねぇの?」
「……六千年?」
「わからんな」
怯えているのか、反応は芳しくない。
らしくない、とは思わなくもないが。彼女らしさを根こそぎに奪ったのは自身である事に、疑いの余地は無い。
「私はこれから、どうしたら良いの?」
小動物のように、ただ回答を請われる。
回答は、すぐに浮かんでいた。しかし脳裏のそれを敢えて握り潰し、口から出たのは、別の言葉。
「……一緒に来るか?」
差し伸べた手は、傲慢ではなかっただろうか。
「俺はこれから、世界を旅してみようかと思う。魔法が無くなったら大混乱だろ。……ただの興味本位で、中身のない行動だけどさ」
「話し相手くらい居ないと、つまらねぇよ」
彼女は、ずっと全てを背負い続けてきた。
自分とは別に、全人類を抱える覚悟を固めていた。
そこで敢えて、さらに生きる理由を見つけ出せなど、酷すぎると思ったのだ。
何せ。
それを奪ったのは、この手なのだ。
だから、せめて。自分が死ぬまでの間くらいは、生きる理由になってやろうと。
「それに、アンタの知識なら──野営の時だって、食ったらまずい草くらい見分けつくだろ」
「なに、それ」
ようやく。
彼女の頬が、少し緩んだ。
「──しょうがないなぁ」
その答えは、不思議と眼前の青年にも似て。
「責任なんて背負ってやらない。ただ隣で、笑ってやる」
「ところで、なんだが」
「ん?」
「そういやアンタの名前を知らんな。これから困りそうだ」
「うん」
「いや、うんじゃなくて」
「うん?」
「教えてくれないかって聞いてんだけど」
「やだ」
「何でだよ……」
「私はキミの名前くらい知ってるよ。調べなかったキミが悪い」
「……なんで覚えてんだよ。キリ無いから人の名前覚えないって言ったのはアンタだろ」
「ふふ。キミと一緒さ。大事な所は、いつも嘘で隠してきた」
「なんだよそれ……」
「言ったとおりだ。言葉の裏に意味なんてない。……いつか、遠い未来で」
「私の名前、見つかると良いね」




